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第四章 冒険編 殺人犯サトウマオ

欲望のままに生きる

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 あれはそう……空一面が真っ赤に染まった異常な日だった。世間が不安に駆られる一方、俺達の家では親父が今まさに息を引き取ろうとしていた。



 「……私はもう駄目だ……」



 「そんなあなた、しっかりして!!」



 「父さん!! 父さん!!」



 「…………」



 親父は不治の病に侵されていた。最早手の付けられない程に進行は進んでいた。医者からは朝を迎える事は出来ないだろうと宣告され、その最後を見届ける為、お袋とリューゲと俺の三人はベッドで寝た切りの親父の周りに集まっていた。



 「お前を残して先に逝く事を許しておくれ」



 「何言っているのよ。あなたと過ごした日々は私にとって幸せその物だった」



 「リューゲ……お前ならきっと私を越える絵描きになれる筈だ。精進するんだぞ」



 「父さん……僕、必ず世界一の絵描きになってみせる!!」



 正直な話、親父が死のうが生きようがどうでもよかった。親父の死を切っ掛けに俺はこの村を出て行く事を心に決めていたからだ。



 「……アージ、そんな所にいないで……もっと近くに寄ってくれないか?」



 お袋とリューゲ、二人よりも少し離れた位置で見届けていた俺に気が付いた親父は、側に寄る様に言った。



 「何しているのアージ、お父さんが呼んでいるのよ、早くこっちに来なさい」



 イラついた様子で腕を掴む。分かった分かった、分かったからそんな強く引っ張るな。



 「アージ、お前は本当に出来が悪い。絵描きの血筋に生まれたのにも関わらず、絵の才能が全く無い。もっとリューゲを見習ったらどうだ」



 「…………」



 何も変わらない。いつもの説教。リューゲは優秀なのに、何故お前は無能なんだ。死に掛けの癖によく喋る。



 「ちょっと、お父さんがこう言っているのよ。何とか言ったらどうなの!? 答えなさいアージ!!」



 「まぁまぁ、母さん落ち着いて。父さんもそんなに否定的にならないで。きっとアージにはもっと別の才能があるんだよ」



 「リューゲ、あなたは優し過ぎる。弟だからって甘やかしていたら、立派な大人になる事は出来ないわ」



 「その通りだ。我が家系に絵描きじゃない者がいるなど、あってはならない事だ。厳しいかもしれないが、これもアージの事を思っての言葉なんだ」



 「母さん、父さん……そうだよね。僕が間違っていたよ。アージ、お前ならきっとやり遂げられる。大丈夫、お前にだって父さんの血が受け継がれているんだから、必ず立派な絵描きになれる筈だ」



 お袋と親父が言っている事は正しい。確かにここで甘やかせば立派な大人にはなれないだろう。しかし、別に絵描きにならなくてもよくないか? 一見、正しい事を言っている様に見えるが、別の角度から見れば只の考えの押し付け……結局、絵描きの家系から異端者を出したくないという自己満足に過ぎない。そして何より、そんな一方的な押し付けに対して簡単に納得するリューゲ。こいつはいつもそうだ。親の言いなりになって動くだけの存在だ。その証拠に自分の意見を押し倒そうとしない。少しでも両親に否定されると、簡単に折れてしまう。所詮、俺の事を本気で気遣ってはいないという事だ。



 「そうだな……とにかく頑張るよ」



 俺はいつもの返しを口にする。とにかく頑張る。具体的に何をどう頑張るのか説明しない。とにかくがむしゃらに頑張ると明言しておけば、勝手に納得してくれる。



 「さてと……すまないが……しばらく一人にしてくれないか……」



 「でもあなた……」



 「頼む……」



 「分かったわ。何かあったら呼んでちょうだい。行くわよリューゲ、アージ」



 「……うん……」



 「…………」



 「あっ、すまないがアージ、お前だけは残ってくれないか。まだ話していない事があるんだ」



 部屋を後にしようとした時、親父に引き留められた。俺は心の中で舌打ちを鳴らしながら一人部屋に残った。



 「何だよ話って……また説教か?」



 「まぁ、もっと近くに寄れ」



 言われた通り、近くに寄った。すると親父は俺の肩を掴んで来た。



 「なっ、いきなり何するんだよ!?」



 「…………うん、やはり良い目をしている。流石は俺の息子だ」



 「はぁ? 急に何言ってるんだ?」



 「今までこの事は誰にも話してはいなかったんだが、どうせもうすぐ死ぬ身だ。お前にだけは話しておこうと思ってな」



 「な、何だよ話って……」



 その時の親父はまるで別人だった。顔こそ親父だが雰囲気や喋り方などが、先程までとは全く異なっていた。俺は少し恐怖を感じていた。



 「実はなアージ、お前は俺の息子なんだが、リューゲは俺の息子じゃない」



 「……はぁ? 何言ってるんだよ? 俺とあいつは兄弟なんだぞ? そんな訳があるかよ」



 「へっへっへ……よく見てろよ」



 すると親父は左手の薬指に嵌めている深紅の宝石が嵌め込まれている指輪を取り外した。その瞬間、目の前で横たわっていた親父は見知らぬ禿げたデブのおっさんに変わっていた。



 「なっ!!? お、お前は誰だ!!?」



 「しっ!! 声が大きい!! さっきも言っただろう。俺はお前の親父だ」



 「い、意味が分かんねぇよ……」



 「まずは自己紹介から始めようか。俺の名前は“イラ”、お前達の近所に住んでいた男だ。俺はずっとお前達を見続けて来た。いや、正確にはお前の両親を見続けて来た。俺はこの通りデブで禿げてる……だから全くと言っていい程、モテなかった。だがそんな俺にも好きな人がいた。それがお前の母親だ」



 俺は目の前の現状に酷く混乱していた。訳が分からず、吐き気すら覚えていた。



 「天使爛漫なその笑顔。気が付けば俺はいつも目で追いかけていた。しかし、そんな彼女が結婚してしまった。相手はそこそこ有名な絵描き……そう、それがお前の父親だ」



 「…………」



 「俺は激しく嫉妬した。俺の方が彼女を幸せに出来るのに……どうして……どうして……そんな事を毎日考えてたそんなある日の事だった。俺は一人の道化師に会った」



 「道化師?」



 「その御方は不運な俺にこの真・変化の指輪を授けてくれた」



 親父に変化していた男は、指から取り外した指輪を見せる。



 「この指輪は元々変化の指輪を改良した代物であり、従来の変化の指輪よりも強力な能力を秘めている。百聞は一見に如かず、見てろよ……」



 そう言うと男は再び指輪を左手の薬指に嵌めた。その瞬間、男の体は変化して親父の姿になった。



 「な、何だと……!?」



 「へっへっへ……従来の変化の指輪と異なり、真・変化の指輪は任意の人物に変化する事が出来る。そして時間は無制限、永遠に変化していられる。俺はこの指輪を使い、二十年近くお前達の父親の振りをしていたのさ」



 「に、二十年だと!?」



 「そうさ。だが残念な事に成り代わった時には既に身籠っていた……そう、それがリューゲさ」



 「…………」



 「しかし俺は挫けなかった。リューゲが生まれた後、俺はすぐに二人目を作ろうと迫った。そして生まれた二人目がお前だ……アージ」



 「!!!」



 訳が分からなかった。目の前の男の話が本当なのかどうか。気分が悪い。体の震えが止まらない。



 「詳しい話はこの日記に記しておいた。きっとお前の役に立つだろう」



 すると男は俺に一冊の本を握らせ、突然頭を撫で始めた。



 「すまなかったな……あの絵描き野郎を演じる為とはいえ、今まで冷たく当たってしまって……」



 「な、何を今更……」



 「言い訳にしかならないかもしれないが、俺はお前の事を愛していたぞ。血筋を重視する糞な絵描き野郎としてじゃなく……お前の父親イラとして……」



 「そんな事言ったって……騙されねぇぞ……」



 男は……イラは……俺の頭を撫でるのを止めようとしない。



 「それで良い……誰も信じるな。お前はお前一人の力で生き抜いて行くんだ……アージ、父親として最後の言葉を残す……“欲望のままに生きろ”」



 「欲望のままに……?」



 「そうだ……人間は欲深い生き物だ……その欲望を押さえて生き続けるのは辛い事だ。それなら欲望のままに生きた方が楽しいと思わないか? 俺は欲望のまま生きたお陰で最高に楽しかった」



 「楽しいか……」



 「アージ、俺が死んで墓に埋められた後、掘り返してこの指輪を取り外せ」



 「い、良いのかよ」



 「あぁ、きっとあの御方も納得して下さる事だろう……アージ、素直になるんだ……」



 「分かったよ……“親父”」



 「ふふっ……最早何も言う事は無い……本望だ……“エジタス”様……先に逝って待っています……」



 そう言うと親父は、目を閉じて静かに息を引き取った。それからは早かった。親父の葬儀が執り行われ、墓に埋められた。俺は言われた通り、墓を掘り返して指輪を取り外した。そして親父から受け取った日記を読んだ。そこには親父の生涯が書き記されていた。絵描きの野郎にどれだけ嫉妬していた事とか。道化師から貰った指輪がロストマジックアイテムと呼ばれる代物である事とか。そして息子の俺をどれだけ愛していた事とか。日記を読み終えた俺は指輪を嵌め、絵描きの野郎に変化した。そしてお袋を夜中に呼び出し、殺した。今までのお返しだ。俺はもう押さえない。親父に言われた通り、欲望のままに生きてやる。ここから俺の新しい人生がスタートするんだ。








 それから間も無くして、リューゲが一人の女を連れ帰って来た。
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