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第三章 冒険編 私の理想郷

良心

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 薄暗い部屋。互いの姿がぼんやりとしか見えない。幅も狭く、大人一人入るのがやっとだった。そんな狭い部屋の中に真緒達は身を潜めていた。肩を寄せ合い、無理矢理詰め込んだ為、一歩も身動きが取れなくなってしまった。側には古ぼけた竹箒がいくつも並び、足下には木のバケツなどが転がっていた。



 「こ、ここは何処なんでしょうか?」



 「恐らく、掃除道具などを仕舞い込む為の物置部屋だろう」



 「うぅ……ぐ、苦じいだぁ……」



 「我慢して、今見つかったら殺されちゃうよ」



 「だがこのままじっとしていも、遅かれ早かれ酸欠で死んでしまうぞ」



 真緒達の額から汗が流れ落ちる。四人の男女が体を寄せ合って、呼吸を繰り返している為、徐々に熱気は高まり、部屋の中の酸素が無くなっていく。



 「でも……今部屋の外に出れば、確実に見つかってしまいます」



 「八方塞がりか……」



 「……うぅ……おわぁ?」



 「「「「!!!」」」」



 部屋が熱気に包まれている中、部屋の外から聞こえた声に真緒達の背筋が凍った。足音はゆっくりとこちらに近付いて来る。その度に心臓の鼓動が早くなる。早過ぎて痛みすら感じる。



 「この部屋か……?」



 「(も、もう駄目だ!!)」



 逃げ切れない現実に絶望しながら、真緒達がいる部屋の扉がゆっくりと開かれる。



 「…………」



 差し込まれる光。部屋の中には“誰も”おらず、竹箒と木のバケツだけが置かれていた。



 「……あぅー……」



 気にもされず、部屋の扉がゆっくりと閉められる。



 「い、いったいどう言う事だ……?」



 真緒達は消えてなどいなかった。扉が開かれた時もその場にいた。しかし、何故か発見はされなかった。



 「見逃された……?」



 「それは無いだろう。もしそれなら、捜す意味すら無い筈だ」



 「じゃあどうし……!!?」



 真緒達が疑問を抱いていると、物置部屋から一瞬にして、見た事も無い部屋に切り替わった。



 「こ、これは!!?」



 「この感覚……まさか、師匠と同じ“転移魔法”!!?」



 「……いえ、違います。エジタスの転移魔法よりも質の悪い物です」



 「「「「!!?」」」」



 誰かいる。真緒達が慌てて声のした方向に顔を向けると、そこには意外な人物が立っていた。



 「突然のご無礼お許し下さい。こうする他、あの子から……“メユ”からは逃れる事は出来ませんでした」



 「ソ、ソーニョさん……」



 そこにいたのは、メユの姉である“ソーニョ”だった。その両手には、メユが持っているのと同じ“夢の絵本”が握られていた。







***







 「気を付けろ!! こいつはメユの姉、つまり敵側の人間だ!!」



 突然見た事も無い部屋に連れて来られ、酷く混乱していたが、ソーニョの姿を認識した途端、一斉に武器を構えた。



 「落ち着いて下さい。私は敵ではありません」



 「殺そうとした奴の家族を、そう易々信じる程、俺達はおめでたい頭はしていない」



 「いきなり信じろと言うつもりはありません。取り敢えず話だけでも聞いて頂けないでしょうか? 皆さんが無事に脱出する為にも……」



 「「「「…………」」」」



 真緒達は互いに目配せをすると、静かに武器を下ろした。



 「ありがとうございます。まずはエジタスと私達の関係について、説明させて頂きます……実は私はソーニョではありません」



 「「「「?」」」」



 「私の本当の名前は……“メユ”」



 「「「「!!!」」」」



 その言葉を聞いた瞬間、真緒達は再び武器を構え、警戒し始める



 「す、すみません!! 言葉が足りませんでした!! 正確にはメユだったけどメユじゃ無くなっ……いや、そう言う訳でも無くて……えっと、メユ本人なんだけど今のメユでは無い……ってあれ? 余計に分からなくなっちゃった!? えっーと、えっーと……」



 必死に説明しようとするが、自分でも何を言っているのか訳が分からなくなり、その場にしゃがみこんで頭を抱えてしまった。



 「「「「…………」」」」



 そんなソーニョ?に、真緒達は呆気に取られいた。そのあまりの情けなさから、いつの間にか構えていた武器を下ろし、警戒を解いていた。



 「あ、あのソーニョ?さん?」



 「は、はい……」



 「あなたが敵では無い事は充分分かったので、こちらの質問に答えて頂けませんか?」



 「……分かりました」



 真緒に声を掛けられた事で、落ち着きを取り戻したのか。腰を上げ立ち上がると、真緒達の目線に合わせる。



 「それじゃあまず、ソーニョさんが持っているその絵本は……」



 「はい、“夢の絵本”です。ですが、私は本当の理想郷の主でありません」



 「それを信じるとしてだ。何故、同じロストマジックアイテムが複数存在しているんだ?」



 「それは……夢の絵本の力を使って増やしたからです」



 「増やしただと!? そんな事が可能なのか!!?」



 「はい、ですがオリジナルとは異なり、使用できる力に制限があります」



 「制限?」



 「複製した方はオリジナルとは異なり、描いた空想は粗悪品となって現実に現れる。街にいた時は知性が見られた住人達が、屋敷に集められた時には全く知性が見られなかったのが証拠。オリジナルで描かれれば、確りと知性や教養を持ち合わせる事が出来ます」



 「何故そんな事が分かる?」



 「それは……私がオリジナルで描かれた空想だからです」



 「「「「!!!」」」」



 「私だけではありません。メユ、ソンジュ、レーヴ、そしてエジタスもオリジナルで描かれた空想です」



 「それならどうして、オリジナルの方を使おうとしなかったんですか? そうすれば、私達を簡単に始末出来たのに……」



 「……出来ないんです」



 「えっ?」



 そう言うソーニョの表情は、とても辛そうで苦しそうだった。



 「オリジナルは……私達の手が届かない場所にあるからです」



 「手が届かない場所?」



 「その場所に、本当の理想郷の主がいます」



 「本当ですか!? それはいったい誰なんですか!!?」



 「……ごめんなさい。それは言えない……」



 「どうして!!?」



 真緒の問い掛けに対して、ソーニョは目線を反らして俯いてしまった。そして重々しく口を開いた。



 「でも……これだけは言える……“死人に口無し”……」



 「それはどう言う……!!?」



 その時、部屋全体が激しく揺れ始める。



 「じ、地震!!?」



 「し、しまった!! 勘づかれた!!」



 「勘づかれたって、いったい誰に!!?」



 「早く部屋から出て!! 部屋の外は二階の廊下に通じている!! 急いで!!」



 「わ、分かりました!! 行こう皆!!」



 ソーニョに大声で急かされ、真緒達は足早に部屋を後にしようとする。



 「マオさん!!」



 「?」



 「あの子を……“解放”してあげて……」



 「…………」



 その時ソーニョは、穏やかながらも何処か悲しげな表情を浮かべていた。



 「マオぢゃん、急ぐだぁ!!」



 「えっ、あっ、うん!!」



 先に部屋の外に出たハナコに声を掛けられ、真緒は慌てて部屋を飛び出した。



 「……頼みましたよ」



 「何処に隠れているかと思えば……まさかあんたが匿っているとはね……」



 真緒達を見送った直後、背後から声が聞こえて来た。ソーニョはゆっくりと振り返る。



 「……メユ……」



 そこには、先程真緒達と戦っていたメユが立っていた。両手には勿論、夢の絵本が握られていた。



 「ソーニョ……どう言うつもり? あいつらはエジタスを殺した奴等なのよ!? それを匿うだなんて……どうかしているんじゃないの?」



 「あんな小さな子達に殺されるって事は……それだけの事をしたって事じゃない?」



 「はぁ? あんた何言ってるの?」



 「私は……もうこれ以上、過去に縛られたく無いだけ!!」



 「私が……過去に縛られているって言いたいの?」



 「だってそうでしょ!!? 好きな男には振り向いて貰えず、人生を無駄に浪費して!! その結果……!!?」



 ソーニョが言い掛けた瞬間、顔の真横を白い物体が勢い良く通り過ぎる。それはティーカップ。勢い良く通り過ぎたティーカップは、壁に深くめり込んでいた。その際、頬に擦り傷が入るが、血は一滴も流れなかった。



 「それ以上口にしたら……殺すわよ?」



 「それは……ジョークのつもり? そうだとしたら……全く笑えないわ」



 「「…………」」



 その言葉を合図に、ソーニョとメユは一斉に夢の絵本のページを撫でる。するとソーニョの背後に巨大な槍、メユの背後に巨大な斧が出現した。



 「あんたみたいな良い子ちゃんが“私”だと思うと……鳥肌が立つわ」



 「それはこっちのセリフ……あなたみたいな我が儘娘……吐き気がするわ」



 「「…………」」



 言葉の刃で傷付け終わると、今度は互いが描いた武器で傷付け始めた。



 「死ね死ね死ね死ね!!!」



 「終わりにする……この理想郷も……長きに渡る恋模様も!!」



 激しくぶつかり合う槍と斧。そんな最中、ソーニョとメユが夢の絵本のページを撫でる。すると、互いの床が粘土の様に柔らかくなった瞬間、メユは粘土の様に柔らかくなった床を大粒の弾丸として、ソーニョ目掛けて連続発射する。しかし、それを予測していたソーニョは逆に柔らかくなった床を広げ、自身の前に構えると盾として弾丸を防いだ。



 「ちぃ!! 大人しく殺されなさいよ!!」



 「私はあなたなのよ? あなたの考え位、簡単に予測出来る」



 「へぇー、そう……それじゃあ、“もう一人”の方の動きは予測出来た?」



 「“もう一人”……っ!!?」



 ソーニョが不思議に思っていると、突如背後から体を鋭い剣で貫かれた。



 「あっ……がはぁ!!?」



 苦しむソーニョ。しかし血は一滴も流れない。苦しみながらも首を捻り、背後を確認する。



 「あらあら、全く出来損ないの“娘”で困るわ」



 「ソ、ソンジュ……!!」



 そこにいたのは、メユとソーニョの母親であるソンジュだった。ソンジュの両手には二人と同じ様に“夢の絵本”が握られていた。



 「良くやったわソンジュ。その調子で、あいつらもお願いね」



 「えぇ、勿論よ。任せて」



 「…………」



 薄れ行く意識の中、ソーニョが思い浮かべたのはエジタスの姿だった。



 「(あぁ……あなたに会いたいわ……エジタス……)」



 そしてそのままソーニョの意識は途絶え、永遠に目覚める事は無かった。
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