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第一章 新たなる旅立ち

カルド王国新女王

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 カルド王国の最奥で聳え立つ、一際目立つ巨大な城。外部からの侵入を妨げる城壁は、一年前の物と比べてより強固な物へと変わっていた。真緒達が城門に向かうと、それを出迎える様に一人の兵士が立っていた。



 「マオ様、ハナコ様、リーマ様、フォルス様ですね?」



 「はい、そうです」



 その兵士はとても若く、見た目だけで言えば、まだ二十歳も行かない十代前半の若者だった。



 「リリヤ様からお話は伺っております。どうぞこちらへ」



 そう言うと兵士は、真緒達をリリヤ女王の下まで先導し始めた。



 「…………」



 「…………」



 「…………」



 「…………」



 「…………」



 会話の無い終始無言の移動に耐えきれず、思わず真緒は目線を城内に向ける。



 「(…………あれ?)」



 すると気が付く。すれ違う貴族らしき人や、コック帽を被った料理人、中庭で訓練している兵士数名に、その兵士を指導している隊長に至るまで、その全ての人物が先導してくれている兵士と同じ、十代前半の年端も行かない若者だったのだ。



 「マオ……気が付いたか?」



 「はい……カルド城で働く人の年齢層が、随分と若者に偏っていますね……」



 「一年前までは、熟年層がこの城を多く利用していましたよね?」



 「でも……見だ所、年相応の人はいないだよぉ?」



 カルド城の異様な変化に、真緒達は歩きながらこそこそと会話をし始めた。



 「ん? どうかなさいましたか?」



 「あっ、いえ! ただちょっと、若い方が多いなーって……」



 先導していた兵士が、真緒達のこそこそ話に気が付き、歩みを止めずに意識だけを向けて来た。



 「あぁ、そう言う事でしたか。確かに最近はよく若い年齢層が、このカルド城を出入りしていますね。これはリリヤ様の方針のお陰なんですよ」



 「リリヤ様の?」



 「はい、一年前までは年をそれなりに重ねた熟年層がこのカルド王国を支えていましたが、リリヤ様は未来のある若者にこそ、この国を支えて行くべきだと考え、十歳を迎えた貴族や兵士の若者を中心に早くから、このカルド城で仕事を勤めさせているのです。実は私もその内の一人で、一ヶ月程前に門番の兵士として働かせて頂いているのです」



 「そうだったんですか……ところで、それまで働いていた熟年層の貴族や兵士はどうなったんですか?」



 「あぁ、皆さん退職されて行きました」



 「「「「えぇ!!?」」」」



 あまりに突拍子も無い答えに、真緒達は驚きの声を上げてしまった。



 「仕方ありません。私達が働く為に、それぞれのポストを空けなければいけません。そのまま一緒に働かせてしまったら、私達と熟年層の二種類に給金を払わなくてはならない。誠に残念な事だとは思いますが、先代以上の成果を上げられる様に精進を重ねる所存です」



 「そ、そうですか……で、でもそんな急に退職を言い渡されても、皆さん納得出来ないんじゃ無いですか?」



 「いえ? 皆さん、喜んで退職されて行きましたよ?」



 「えっ!?」



 あり得ない。若い世代を積極的に働かさせる為という、理不尽な理由で退職を言い渡されているのに、誰一人不満や抗議の声を上げないだなんて、異常としか言えない。



 「それはあれか……リリヤ女王が裏から手を回したという事か?」



 「リリヤ様が? いいえ、違いますよ。あの御方が他人を陥れようとするなんてあり得ません。皆さん、リリヤ様の国に対する優しさに心打たれて、自ら退職をしたんです」



 「それってつまり……自主退職……」



 「リリヤ様は本当にお優しい方でして、人間は勿論の事、亜人や魔族の方々とも仲良くなりたいと仰られていました」



 「あぁ、それは知ってる。元々、俺とハナコとリーマはリリヤ女王から頼まれて、他の種族の仲介役として活動していたんだからな」



 先代の王であるカルド王は、あくまで人間に対して攻撃的な意思を示している魔族だけと、停戦協定を結んでいた。それがリリヤ女王に移り変わってから、この世界に存在する全ての種族と人間の、友好関係条約を結ぼうと決めた。その仲介役として、世界を救った真緒達が選ばれていたのだ。



 「そうでしたか!! いやー、流石はリリヤ様だ。“慈愛の女神”と呼ばれる訳ですね!!」



 「“慈愛の女神”?」



 「おや、ご存知でない? リリヤ様は私達人間の将来だけで無く、他の全種族の将来の事も考えて下さっており、また犯罪を犯した死刑囚の罪を許して上げるなど、とても懐が深く慈悲深い御方なのです。その事から……「ちょ、ちょっと待って下さい!!?」……どうしましたか?」



 兵士の口から衝撃的な言葉が飛び出して来た。そのあまりに衝撃的な言葉から、真緒は咄嗟に大声を上げて兵士の言葉を遮った。その大声に反応して、先導していた兵士は歩みを止めて真緒達の方へと振り返る。その時の真緒達の表情は、驚きを通り越した怒りの表情を浮かべていた。



 「い、今何て言いましたか!? 犯罪を犯した死刑囚の罪を……許した!?」



 「えぇ、そうですよ……それが何か?」



 「何かだと!? ふざけんな!! 死刑囚の罪を許す馬鹿な女王が何処にいる!!」



 「ちょっ、ちょっと落ち着いて下さいよ。何をそんなに怒っているんですか?」



 「怒るに決まっでいるだぁ!! いぐら頭の弱いオラでも、犯罪を犯した死刑囚を許ず事はしないだぁ!!」



 「そうですよ!! どうしてそんな軽率な行動をさせたんですか!? 止めるのが普通ですよね!?」



 「そんな、リリヤ様のご意志を私如きの兵士が止めるだなんて……恐れ多いですよ」



 常識以前の問題。犯罪を犯し、死刑まで宣告された犯罪者を許し、野に放つなど狂っているとしか思えない。



 「そいつがまた犯罪を犯すかも知れないじゃないか!!」



 「いえいえ、それは絶対にあり得ませんよ」



 「そんな憶測だけで物事を言わないで下さい!!」



 「いやだから、憶測などではありませんよ」



 「どうしてそう言い切れるんですか!?」



 「だって……その犯罪者……“私”ですもん」



 「「「「!!?」」」」



 空気が凍った。急激に背筋が凍り付くのを感じる。額から冷や汗が流れる。真緒はゆっくりと唾を飲み込み、恐る恐る口を開いた。



 「えっ……じょ、冗談ですよね?」



 「いえ、本当の事ですよ。元々私は、敵国のスパイとしてカルド王国の国力情報を自国に流していました。それが先代の王であるカルド王にバレてしまい、死刑を宣告されていました。しかしリリヤ女王が就任され、私の罪を全て許して下さった。それだけでは無く、スパイとして捕まっていた事で、自国に見捨てられた私を門番として雇って下さった。本当に……リリヤ様は“慈愛の女神”の様な御方だ……」



 「「「「…………」」」」



 どう反応して良いのか、言葉に詰まる。真緒達には、リリヤ女王の考えが全く読み取れなかった。



 「おっと、すみません。ついつい話し込んでしまいました。それでは、引き続きリリヤ様の下までご案内させて頂きます」



 「は、はい…………」



 これ以上、話を広げるのは危険と感じた真緒は、黙って兵士に先導されて行くのであった。







***







 「こちらが、リリヤ様が居られる“王の間”でございます」



 兵士の先導の下、真緒達は他の扉よりも少し大きめの扉の前に辿り着いた。扉の縁からドアノブに至るまで、細かな装飾が施されており、その見た目から豪華さが伺えた。



 「えっと、ありがとうございました。わざわざここまで案内して頂いて……」



 「いえ、これが仕事なので……それでは、私はこの辺で失礼します!!」



 そう言うと兵士は背筋を伸ばし、丁寧にお辞儀をすると、そのまま元来た方向に走り去った。



 「……行きましょうか」



 兵士の後ろ姿が見えなくなった事を確認した真緒は、豪華な装飾が施された扉をノックした。



 「…………どうぞ、お入り下さい」



 扉越しから聞こえる優しげな声。とても心地良く、聞いているだけで心が落ち着く。そんな事を思いながら、真緒はゆっくりとドアノブを回して、王の間の扉を開けた。



 「皆さん、この度は急な召集に応じて頂き、ありがとうございます」



 “王の間”と呼ばれるこの部屋は、広い空間に少しばかりの階段の上に玉座が置かれており、常に謁見を求める人達を見下ろせるような構図に、部屋を支える為の柱が数本と、玉座の階段まで続く真っ赤に彩られた深紅のカーペットが敷かれている。そんな王の間の中心で、一人の女性が真緒達を出迎えた。女性は、入って来た真緒達に向けて深々と頭を下げる。



 「顔を上げて下さいリリヤ様。一国の女王が、簡単に頭を下げては他の国民に示しが付きません」



 「いえ、これは女王としてでは無く、一人の女性リリヤとしての感謝の言葉です。どうか受け取って下さい」



 そう言って静かに頭を上げるリリヤ。その容姿は、黒色のストレートに何処か親しみの持てる顔立ちをしており、何の装飾も施されていない女王と言うにはあまりにも地味な、白いドレスに身を包んでいる。しかしその首からは、銀色のハート型に赤い宝石が組み込まれた非常に豪華なペンダントが下げられていた。そして何よりも側にいるだけで、穏やかな気持ちになった。



 「そうですか、それなら喜んでお受け取り致します」



 「マオさん、リーマさん、ハナコさん、フォルスさん……今この部屋には、私達しかおりません。ですので、どうか私の事も呼び捨てして呼んで下さい」



 「いや、しかし……」



 「お願いします。私には、年齢の近い友人がおりません。周りの方々は私を良くして下さりますが皆、気軽に話し掛けては下さりません……ですから、どうかこの五人だけの時は呼び捨てにして呼んで下さいませんか?」



 「…………分かったよ。それじゃあ、遠慮無く呼び捨てにさせて貰うからね……リリヤ」



 「はい!!」



 真緒に呼び捨てにされて、分かりやすく喜びの声を上げるリリヤ。



 「皆も良いよね?」



 「はい、良いですよ」



 「オラも大丈夫だぁ」



 「まぁ、元々堅苦しいのは苦手だからな。正直助かったよ」



 ハナコ、リーマ、フォルスの三人もリリヤの事を呼び捨てにする事を了承した。



 「それでリリヤ、私達を呼び出した理由なんだけど……」



 「確か、エジタスさんに関わる話だと伺っているが……」



 「はい……その通りです。ですがそのお話しする前に、今から話す事は決して他の方に漏らさないと約束して下さい」



 「勿論、約束するよ」



 リリヤの念押しに、真緒は決して漏らさない事を誓う。それに続いて、他の三人も静かに頷いた。



 「それではお話しします……皆さん……“レッマイル”という団体をご存じですか?」
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