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第一章 魔王

別れ

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 「素晴らしい~こんなにも早くに見つけられるなんて~」



 仮面の男は茸を持った手を高く上げてくるくると回転している。



 「…………」



 今の状況に理解が追い付かず、戸惑いを見せる少女に、ようやく仮面の男が気づいた。



 「ん~?あなたは誰ですか~?」



 「……えっ!?あ、えっと……ぼ、ぼくは…………」



 突然声を掛けられ動揺しつつも答えようとすると。



 「痛ってー、いったい何が起こったんだ?」



 「知らねーよ。いきなり横っ腹にぶつかってきたんだからよ」



 「ううっ……」



 先程の二人組が起き上がり戻って来る。少女は恐怖のあまり仮面の男の後ろに隠れ、顔半分だけで覗く。



 「んっ?おまえか!さっき俺達を突き飛ばしたのは」



 「いや~大変申し訳ありません。坂道でうっかり転んでしまって、そのまま転がり続けてしまいました」



 「謝ってすむ問題じゃねーだろー、まずその仮面を取って謝罪するのが礼儀ってものじゃないのか?」



 「それはできませんね~」



 「なんだと!?」



 「この仮面は私のアイデンティティーであり象徴でもあるのです。これを外してしまったら、私は私でなくなってしまうのです」



 仮面について熱く語るこの男に不気味さを感じた二人はさっさと会話を終わらせようと思った。



 「……まぁ今回はそこにいるガキを渡せば許してやるよ」



 「…………ううっ」



 少女は顔半分隠して仮面の男の服を強く握りしめる。



 「どうしてですか~?」



 「はぁ?頭いかれてんのか?そいつは魔族なんだよ。魔族は昔から害悪の対象として殺すのが常識なんだよ。」



 「しかも、見たところそいつは上級魔族、他の魔族よりも知性が高い分、今ここで殺さないと必ず俺達人間の障害となる」



 すると仮面の男は振り返り背丈に合わせるようにしゃがみ、少女の顔を見つめる。



 「…………」



 しばらく見つめると、仮面の男はしゃがみながら二人組の方に顔を向ける。



 「あなたたち、まさかこんないたいけな少女が害悪になると思っているのですか~?」



 予想外の返答に少し驚く二人だが淡々と答える。



 「たとえ、女だろうが魔族には変わりねーんだよ」「あの……」

 「それに女っていうことは大人になれば俺達男をたぶらかすことだって「あの……」っなんだよ!」



 大きな声に驚きながらも仮面の男の後ろからひょっこり顔を出す。



 「ぼ、僕……男です」



         時が止まった。

 もちろん比喩表現である。だが人間はあまりに信じがたい事を耳にすると、思考が一時停止する。



 「「「ええーーーーーー!!?」」」



 森に今までにない大声が木霊した。



 「おいおいうそだろ!?魔族は美男美女ばかりと聞いていたけど、まさかこんな……」



 「魔族ってのは本当に罪な生き物だぜ」



 「これがいわゆる“男の娘”ということでしょうか。いや~人生は驚きの連続ですね」



 少女は少年だった。その衝撃の事実に独り言を各々始める。



 「……って、そうじゃないだろ!女だろうが男だろうが関係ない魔族は殺すんだよ」



 「はっ!そ、そうだよな危ないところだった」



 「お前は仮面の変態を殺れ。俺はガキの方を殺る」



 「了解」



 じりじりと近づいてくる二人に恐怖で身を震わせる少年は仮面の男の服をギュっと掴む。その男の方はというと……。



 「ギャー、人殺し!!!」



 殺されると知ったのか騒ぎ立てる。



 「運の悪い自分を呪うんだな」



 「死ね」



 「隙あり♪」



 そう言うと懐に仕舞っておいた黄色い茸を取り出し笠の部分を叩いた。胞子が飛び散り、二人の男にかかる。



 「うわっ、なんだこれ!?」



 「ぺっぺ、なんか吸い込んじまった」



 「ふふふふふふふ」



 不適に笑う仮面の男。



 「てめぇなにしやがあ…………」



 「おい、どうし…………」



 寒さで凍るように固まっていく。最初に口、目、顔全体、手、足、そして体全体と強い痺れを味わう。



 「効果は抜群ですね~」



 「あの、何をしたんですか?」



 「この森原産の茸を使ったんですよ。痺れ茸という身から胞子までもが強力な痺れ作用を持つ恐ろしい代物です」



 「へ、へぇー……」



 そんな危険な茸を持っていてどうして本人は痺れないんだろうと疑問に思うが、助けてもらって聞くのは野暮である。



 「っ!があっ!」



 「ごっ!おご!」



 痺れているため目が閉じられず乾燥して涙が出ており、口も閉じられないのでよだれが溢れ出ている。



 「安心してください。昨日出くわした熊さんにもバッチリ効いていたので効果はお墨付きです」



 何を安心しろと言うんだ、と思う二人を放っておき、少年に手を差しのべる。



 「さあ、行きましょう。この森は迷いやすいので出口まで案内しますよ」



 「あ……ありがとうございます!」



 しっかりと手を繋ぐと仮面の男は鼻唄交じりで歩き始める。二人の男を置き去りにして……。







***







 「た、助けていただきありがとうございます」



 迷いの森から少し離れた原っぱ。近くには人の気配はなく、ただ広い大地が続いていた。



 「偶然ですよ~偶然。だからきにしないでくださ~い」



 少年にお礼を言われ、舞い上がる仮面の男。



 「そういえば、まだ聞いていませんでした。お名前はなんと言うんですか?」



 「おお~これは失礼しました。それでは…………コホン」



 咳払いをし息を整えると両手を拡げ顔の横にやり、小刻みに振る。



 「ど~も初めまして“道楽の道化師”エジタスと申しま~す」



 決まった!と言わんばかりに自信満々に披露する仮面の男、エジタスに呆気に取られる。



 「あ、道楽の道化師とは私が考えた二つ名なんですよ~」

 「……えっ、あ、そうなんですね」



 「ところで、あなたのお名前をお聞かせください」



 「は、はい!僕の名前はサタニア・クラウ…………サタニアです」



 「サタニアさんですね。よろしくお願いしま~す」



 明るく自己紹介するエジタスに対して少し暗い雰囲気を見せる少年、サタニアはある疑問があった。



 「あの、エジタスさん」



 「なんですか?」



 「どうして、エジタスさんは僕を助けてくれたんですか?」



 「どうしてとは?」



 「僕は魔族です。さっきの二人組が言ってたように僕達魔族は人間にとって……害悪なんです」



 唇を噛みしめ苦しそうな表情を浮かべながら項垂れる。



 「そんなの困っている人がいたら助けるのは当たり前ですよ」



「でも!!」



 エジタスの返答を否定し両手を握りしめる。強く握りすぎて、爪が押し当てられ血が滲み出る。



 「・・・・」



 無言のままサタニアに歩み寄る。



 「サタニアさん……」



 エジタスの優しく暖かい声。その声に反応するかのように顔を上げる。そして……。



 「うにゅ~」



 手で両頬を引っ張った。



 「な、なにふるんでふか!」



 上、下、左、右と動かした後、ぱっと手を離した。痛みを抑えるために頬を擦るサタニアに対してエジタスは語り始める。



 「サタニアさん笑顔ですよ。笑顔。泣いてる顔よりも笑ってる顔の方が楽しいですよ。ほら、笑って笑って」



 「エジタスさん」



 「……いいですか、この世には確かに生きてはいけない人がいるかもしれません。ですが、だからといって殺すのは間違っています。それはエゴですエゴの押し付けなのです。だからサタニアさん、生きていいんですよ。あなたの人生はあなただけのもの。分かりましたか」



 「……はい!!」



 頬の痛みはすっかり消えていた。エジタスの言葉に元気付けられたサタニアは笑顔を見せた。



 「そういえば、エジタスさんはどうして迷いの森にいたんですか?」



 ふとした疑問をサタニアが聞いた。



 「ん?あ~それはですね~実は私、気になった事や疑問に感じた事を確かめに行く旅をしているんですよ~」



 「気になった事?」



 「はい。例えばこの前は綺麗好きなゴブリンがいるという噂を聞き、ゴブリンが住んでいる里に行ってみたり。未来を視ることのできるお婆さんがいるという沼地に行ったこともあります。」



 「へぇー」



 「そして今回は迷いの森に生えているという幻の茸、たらふく茸を探しに来たのです」



 「それって僕の近くにあったあれですか?」



 「その通りです。食べればお腹の中から幸福で満たされると言われ、一つで遊んで暮らせるほどのお金が手に入れられるらしいのです。そして、その茸がこちらです!」



 「おおー」



 エジタスの掲げたたらふく茸を物珍しそうに見つめるサタニア。



 「そうだ!良ければ一緒に食べませんか?」



 「ええっ!?いいですいいです。そんな貴重な物を見るだけでも有り難いのにましてや食べるなんて……」



 「いいんですよ~どうせ食べるつもりでしたし、それに昔から言うでしょ、食事はみんなでした方が美味しいって」



 「で、でも……」



 「ほらほら、早く焼いて食べちゃいましょう」



 いつの間にか用意した薪に火をつけ、焼き始めるエジタスに見事に流されてしまうサタニア。



***



 「さぁ、焼き上がりましたよ」



 二つに分けた茸が狐色になって香ばしい香りを放つ。



 「本当にいいんですか?」



 「遠慮なんかしなくていいんですよ~茸は食べられるためにあるんですから」



 まだ食べることに抵抗があるサタニアだが、恩人であるエジタスに勧められたら食べる他ない。



 「それじゃあ、いただきまーす」



 「い、いただきます」



       パクッ



 「おいしい!!凄くおいしいです。こんなの今まで食べたことありません。ありがとうございますエジタスさん。……エジタスさん?」



 お礼を述べるサタニアの視線の先には、何故か踞るエジタスがいた。



 「う、う、うますぎるーーー!!!今まで様々な茸を食べてきましたがここまでおいしい茸は初めてです。見た目良し、香り良し、そして味も良いとなると文句の付け所がありません。本当においしいですねサタニアさん」



 「はい!とても……おいしい……です」



 おいしい。その筈なのにこの気持ちはなんだろう。お腹の中から幸福で満たされるはずなのに今日の出来事が甦る。



 魔族は殺されるべき害悪なんだよ。



 恨むんなら自分の一族を恨むんだな。



 笑顔ですよ。笑顔。泣いてる顔よりも笑ってる顔の方が楽しいですよ。



 あなたの人生はあなただけのもの。分かりましたか。



 「う、うぅ……」



 涙が溢れ出る。悲しさと嬉しさが混じり合ってわけがわからなくなっていた。



 「ほら~サタニアさん。さっきも言ったでしょ笑顔ですよ笑顔。せっかくおいしいものを食べてるんですから笑いましょう」



 「……はい!」



 涙で目は腫れ、鼻も垂れて決して美しいとは言えないが先程よりも素晴らしい笑顔だった。



***



 「今日は何から何までありがとうございました」



 「何言ってるんですか、お礼を言うのはこちらの方ですよ」



 「え?」



 「何故なら私は今日、最高に素晴らしい笑顔の持ち主に出会えたからです」



 「そ、そんな僕なんか……」



 「謙遜しなくていいんですよ~。今まで出会った笑顔の中でも、一、二を争う可愛さでしたよ」



 「えっ……」



 突然の言葉に頬が赤く染まり、顔が熱くなる。



 「えっと、あの、そ、そうだ!エジタスさんはこれからどこに行くつもりなんですか?」



 「これからですか?ふふふ、実は今巷で噂になっている魔王様に会ってみようと思っているんです」



 「!」



 「魔族の頂点とされている魔王様。噂では隆起した筋肉の怪物だ。とか、または絶世の美女。とか、色々な予測が飛び交い気になってしまったのです」



 「……エジタスさんはどう思っているんですか」



 急に暗い表情を見せるサタニアが恐る恐る訪ねる。



 「私ですか?そうですね~。姿がどうであれ魔族を治める立場にいるのですからとても努力家な人じゃないでしょうか」



 「それってどういう……」



 「つまり、魔族と言えども心ある複雑な生き物です。それぞれに個性があり、それをまとめ上げるのは生半可な気持ちではできません。だからこそ、それを治める魔王様は努力家な人だと思ったのです」



 「エジタスさん……」



 さっきの暗い表情とは違い明るい表情になるサタニアに、エジタスは気づくことはなかった。



 「…………サタニア様ー!!!」



 遠くの方からサタニアを呼ぶ女性の声が響いてきた。



 「あ、クロウトだ」



 「どうやらお迎えが来たようですね~それでは私はこの辺で失礼させていただきます」



 「エジタスさん今日は本当にありがとうございました」



 「もう~だから言ってるでしょ。お礼を言うのは私の方ですよ。……ではサタニアさんまたいつか何処かでお会いしましょう」



 「はい!」



 サタニアを背に鼻唄交じりで歩き始めるエジタス。



 「~~~♪~~♪~~♪」



 エジタスの背中は次第に小さくなり、やがてその姿は見えなくなった。



 「また何処かで……」



 少し含み笑いを浮かべるサタニア。



 「サタニア様ーーー!!!」



 サタニアを呼ぶ声の主が目で認識できる距離まで近づいてきた。



 「クロウト」



 「こんなところにいましたか!心配したんですよ!」



 スラッとした高身長に長髪な青髪。瞳は緑色で燕尾服に身を包んでいた。



 「ごめんなさい……」



 「ここは人間のいる都市にも近いんですよ!何かあってからでは遅いんです。もう少しご自身の立場をわきまえてください。三代目魔王サタニア・クラウン・ヘラトス三世様!」



 「…………」



 心配をかけてしまい、申し訳ない気持ちで思わず俯いてしまうサタニア。そんな様子を見て短いため息を出すと優しく声をかける。



 「さあ、帰りましょう」



 「……うん!」



 差し出された手を握り、並んで歩く二人。



 「~~~♪~~♪~~~♪」



 「おや?ご機嫌ですね。何か良いことでもあったんですか?」



 「う~ん、実はね~」



 サタニアの鼻唄は迷いの森の奥深くまで木霊した。
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