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アインワース大陸編
迫(ちかづく) 其の2
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――上位区画内 ファウスト家
翌日。動けるようになったパールに案内される形で俺達は彼女の実家に足を踏み入れた。
「大丈夫か?」
『えぇ。もう大丈夫。』
俺の質問に彼女は毅然と答えたが、当然ながら俺含め誰一人として信用していない。両親の死から立ち直るには余りにも時間が短い、強気な言葉に反し露骨に低いトーンの声からも明らかに強がりだと分かる。
『お嬢さん。時には誰かに寄りかかっても良いのだぞ?人はだれしも1人では生きていけない、頼る事は弱さではない、助け助けられ人の世界は発展してきたのだからね。』
アゾゼオの言葉は彼のこれまでの生きざまと年齢が加わっているからか、とても強い説得力を感じた。同じように彼女を心配していても、たいした経験のない俺ではああも気の利いた言葉は出てこない。
『ありがとう。』
『気にしなくて良い。コチラとしても寧ろ感謝しているよ。こうして新しい働き口が見つかったのでね。』
『現金ね。』
アゾゼオの言葉にパールは少しだけ微笑んだ。ジルコンと俺、アメジストとルチルの推薦により彼も今回の調査に加わることになったのは昨日の話だった。早速、エンジェラへと相談すると彼女は二つ返事で了承した。確かに彼は独立種、人類統一連合に滅ぼされる側とは言っても相変わらず決断が早いよあの人。
『さて、では態々この家に来た目的をそろそろ教えてもらいたいのだがね?』
確かにソレは気になっていた。昨日の今日で何故こんな場所に居るかと言えば、朝早くに俺の元へ来るや"家に戻りたいからついてきて欲しい"と言いだしたからだった。誰も彼もが反対した。傷口を抉るような場所に戻る意味も無いし、敵が残っている可能性も無きにしも非ず。彼女の叔母と一緒に安全な場所に送り届けるジルコンに同行すべきだと提案したが、彼女は頑として曲げなかった。
『うん。実はね……』
彼女はそう言いながら家探しを始めた。彼方此方をゴソゴソと探し回る姿は生家とは言えちょっと不信に映ってしまう。
『あ、いた!!見つけたよー。』
そんな彼女を俺とアゾゼオはジッと眺めるしか出来なかったが、場所を変えながら人目に付かない物影を探し回っていた彼女は台所の奥を探りながら大声を上げた。
『ほう、これは……人工妖精か。』
『はい。実は、こっそり仕掛けてたんです。』
『そうか、君はリブラの武術学園在籍だったな。上位ランクには確かクエストの進捗報告や救助用に学園長から人工妖精が支給されると聞いていたが、もしや?』
『こっそり仕掛けちゃいました。』
両親の死への折り合いがまだつかない彼女はそう言いながら俺達を見ると何時もの屈託ない笑顔を見せた。強いな、と思った。強さと言うのは身体だけじゃなくて心の在り方も含めるんだろうな、と今の彼女を見て思う。
『でも上手くいく保証は無いから殆ど賭けだったんだけど、どうかな。人工妖精、昨日記録した会話を聞かせて?』
手に収まるほどに小さい人工妖精は、持ち主であるパールの言葉に反応すると暫しムームー唸った後、"サイセイシマース"と小さく呟いた。
『残念だったな。小娘の浅はかな小細工などとうにお見通しだ。』
が、聞こえてきたのは明らかに両親とは違うしゃがれた老人の声。
『コイツは……イカンッ!!』
直後、何かに気づいたアゾゼオは反射的に叫び、同時に俺を見た。あぁ、と俺も納得した。罠だ。とすれば次にするのは証拠隠滅。俺は急いでパールを担ぎ上げると力任せに壁を蹴り飛ばし、外に向けて飛び込んだ。直後……途轍もなく大きな爆発音と衝撃が背中から身体を突き抜けていった。
弾き飛ばされた俺は彼女を必死で抱えたままゴロゴロと転がり、石と泥を固めて作った塀に身体を強く打ち付けた。身体が酷く痛いが、取りあえず何とか助かったみたいだ。
『ちょ、ちょっと。ま、まさか第一夫人コースなの!?』
君さァ、なんでそんな余裕なの?とは言え減らず口が叩けるならダメージは受けていないようだ。良かった、そう力なく呟くとソレまで強張っていたパールの顔がクシャッと崩れた。やっぱり強がりか。
『ほう。聞いていた通りかそれ以上に優秀なようじゃな。』
が、その顔が再び強張った。声の先、爆炎が上がる家の反対側の塀の端に取り付けられた扉の先から現れたのは見た事のない老人。年の頃は70かもっと上、やたらと豪奢なローブと帽子を身に纏っている。
『アンタ、魔術学舎の……』
『脳筋共の中にも少しは物覚えの良い輩がいるようで。が、悲しいかなその為にここで死ぬことになる。』
その言葉にパールは俺の腕からスルリと抜けると学長の前に立ちはだかった。顔は怒りに燃え、半ば正気を失っている様にさえ見える。
『アンタがウチの両親を殺したのね!!』
『フッ、ハハハハハッ。』
睨みつけるパールの言葉を謎魔術師は嘲笑う。当然パールはその態度に怒るが……
『コレはコレは、ファウスト家のお嬢さんはホントに何も知らないのだね。』
『何がよッ!!』
『宜しい。死ぬ前に教えて差し上げよう。金だよッ。君の両親もワシと同じ穴の狢、つまり人類統一連合の協力者なのだよ。ついでに君以外の名家も金額の多寡はあれど協力している。』
老魔術師の暴露に怒り心頭だったパールの紅潮した顔が一気に青ざめた。
『え?』
『女だてらに自ら道を切り開こうという強さだけは敬意を表したいが、しかしその為に家を長く空けたのは不味かったねぇ。両親の心境の変化に全く気付かなかったのだから。さて、では昨日の無能共の後始末をさせて貰おうかの。なぁに、少し痛いだけ。直ぐに両親の後を追わせてあげよう。』
そう言うと老魔術師の手に魔法陣が浮かび、光球を生み出すとゆっくりと杖で押し出した。ソレは暫くフワフワと、まるで避けてくださいと言わんばかりのゆっくりとした速度で空中を進むが、パールと老魔術師との中間地点辺りまで進むと突然破裂、無数の光線を生み出した。
『くッ!!』
流石に武術学園のナンバー2だけあり、彼女の反射神経も回避速度も尋常じゃなかった。が、相手はそんな事も織り込み済み。
『あぁ……パール。』
『お願い、助けて。』
不快になるほどに汚い手を使う、そう思った。他人事なのに自らの様に頭に血が上る。あの老魔術師はパールの隙を作る為に魔術で両親の亡骸を操っていた。外道が。
『貴様にも死んでもらうぞ。我が弟子、フォシルの仇だ。ラルビカイトッ。』
老魔術師が俺を見つめる目ははっきりと感じる位の殺意が籠もっていた。フォシル……カスター大陸の都市ヴィルゴで俺を襲ったヤツだ。なるほど、彼女は魔術学舎の学長の弟子だったのか。ならばあれ程に強いのも納得がいく話。
『貴様がッ!!』
突如、背後から声が聞こえた。男の声、そして老魔術師以上の殺意が籠っている事だけが分かる。
『殺すッ!!』
振り向く間もなく地面から鋭い針が生まれる。串刺しにされたら命が無いと悟る程度には硬く鋭い鋼鉄製の針。それが1つ2つと正確に足元から生まれる。しかし回避できない速度ではない……と思った直後、何かがガシッと俺を羽交い絞めにした。
『貴様がフォシルを殺した男かァ!!』
耳元から殺意と怒気に塗れた声が聞こえる。顔は分からないが、辛うじて見える腕と声色から結構若い魔術師だと分かる。しかし、ソレが分かったところでどうしようもなければ俺はその女を殺していないと説明したところで聞き入れもしないだろう。
『俺と一緒に死ねッ!!』
その言葉に俺はぎょっとした。コイツ、俺と刺し違えるつもりらしい。しかも……老魔術師の表情はこれ以上ない位に歪んでいる。その表情で全部察した。全部お前の仕業か、お前がコイツを言い包めて自爆する様に仕向けたのか。抑え込めない程に膨れ上がった怒りで我を忘れそうになる。頭の辺りがフワッとした奇妙な感覚に包まれ……
『やれやれ、随分と派手好きなヤツだ。』
直後に聞こえた言葉に正気へと戻った。声の方向、爆風が引く豪邸へと視線を向けると、朦々と立ち昇る爆炎と煙の中からアゾゼオが姿を見せた。老魔術師も、ラルビカイトと呼ばれた男も声の方向を見て驚くが、やがて嘲笑を浮かべた。獣人状態へと変化したアゾゼオの姿は見るも無残だった。爆発や飛散した破片が身体に幾つもの傷を作っており、さながら満身創痍と言った状況だった。
『ハハハハッ。呆気ないなッ。』
『そうかね?』
『強がりをッ!!』
老魔術師は勝ち誇った表情でアゾゼオを見下す。
『さて。伊佐凪竜一、少しばかり不甲斐ないさまを見せてしまったが……何方を相手にするね?』
が、アゾゼオは飄々とした態度でそう言ってのけた。
『ワシとしてはそちらの青年の方で頼みたい。尻の青い小僧の躾けには慣れているのと……そちらの外道を相手にすると、うっかりやり過ぎてしまうかも知れんのでな。』
嘘ではないと誰もが理解するのにそう時間は掛からなかった。言い終えたアゾゼオから凄まじい殺気が放出されると、直前まで勝利を確信していた老魔術師は恐怖し狼狽えた。言動に反し満身創痍に変わりないのに、自分への向かう殺気に完全に飲み込まれた。
『ぐ……ラルビカイト!!』
『チッ、死にぞこないが!!』
俺を羽交い絞めにしていた青年は直後に俺から離れるとアゾゼオと対峙、瞬きする間も無い速度で魔法陣を展開した。その洗練された動作は、魔術に関する知識を全く持たない俺でも"あぁ、強いな"と直感する位だった……
『遅い。』
『死ベブロンンンンンーーーグエッ。』
……んだけども、瞬きする間も無い速度よりも更に速く動くアゾゼオの前には全く微塵も何の役に立たなかった。
『魔術師としては一流だ。素晴らしい手並みだと褒めてやりたい。が、手負いと侮った時点で三流以下だ。出直せ馬鹿者。』
満身創痍ながらも的確に相手の顎を撃ち抜き動きを止め、続けざまの裏拳で吹き飛したアゾゼオは絶対相手が聞こえていないであろう助言をしながら変身を解き、同時に片膝をついた。どうやら限界だったらしい。と言うか、あの爆風の中をソレだけの傷で出てくる方が有り得ないんですけど……あの、味方ですよね?そのムーブ、どっちかと言うと敵……
『馬鹿なッ。』
老魔術師は一撃で倒されたラルビカイトの様子を見て唖然とした。
『後は任せるぞ。』
その声に押され、俺は老魔術師と対峙した。怒りを全部拳に籠める。
『グゥ。出でよ、石人形。』
老魔術師は杖を塀に向けそう叫ぶと塀が不規則に歪み、やがて大きな人型を作った。こじんまりとしているが、ヴィルゴで見たゴーレムとよく似ている。が、あれと比較すればため息が出る程に弱い。拳を振り抜けばソレは粉々になり、ピクリとも動かなくなった。
『ばッ、一撃だと!!クソッ、ならばァ。天より降臨せし世を閉ざす神よ、贄を喰らい敵を蹂躙せよ!!』
老魔術師が叫び再び杖を振るえば、燃え盛る家屋から炎が集まり巨大な蛇の形を成した。まるで生き物の様に蠢くソレは瞬く間に俺を渦巻き状に取り囲む。
『そのまま燃え尽き……尽き……』
ソイツが言い終わる前に俺は蛇を殴り飛ばし、消滅させた。
『馬鹿なッ。ワシの上級魔術をただの拳で破壊するだとッ!!』
遠くから声が聞こえた。どうやら遠くから俺が死ぬ様子を眺めるか、さもなくば逃げるつもりだったらしい。が、老魔術師は俺に魔術が効かないと知るや唖然とした表情と共に俺を見つめた。が、それも僅かの間。その足元に魔法陣が浮かび上がり、ボウッと淡い輝きを発し始めた。
『伊佐凪竜一。確かにヤツの言う通り予想以上かッ。』
『ヤレヤレ、流石一流の魔術師殿。逃げ足だけは流石だ。』
もうすぐにもアイツは逃げてしまう、そんな状況の中で不意にアゾゼオの煽る声が聞こえた。老魔術師は忌々しいとばかりに意識をそちらに向けるが……
『アンタはァー!!』
背後からの叫び声に驚いた。パールの存在を頭の中から完全に消していた老魔術師が気付いた頃にはもう遅く、彼女は既に自分の両親……を真似て作られた泥人形を粉々に砕いており、更に出鱈目な速度で老魔術師の背後に回り込むと攻撃態勢を取っていた。
『ハベベルギヤッ!!』
気付いて振り向こうとする間もなく、後頭部に思い切り回し蹴りを喰らった老魔術師はそのまま思い切り吹き飛ばされ顔面から地面に激突、更に勢いのまま暫くズルズルと滑りながら庭の端に植えられた木に頭を打ち付け漸く止まった。うわぁ、痛そう……
翌日。動けるようになったパールに案内される形で俺達は彼女の実家に足を踏み入れた。
「大丈夫か?」
『えぇ。もう大丈夫。』
俺の質問に彼女は毅然と答えたが、当然ながら俺含め誰一人として信用していない。両親の死から立ち直るには余りにも時間が短い、強気な言葉に反し露骨に低いトーンの声からも明らかに強がりだと分かる。
『お嬢さん。時には誰かに寄りかかっても良いのだぞ?人はだれしも1人では生きていけない、頼る事は弱さではない、助け助けられ人の世界は発展してきたのだからね。』
アゾゼオの言葉は彼のこれまでの生きざまと年齢が加わっているからか、とても強い説得力を感じた。同じように彼女を心配していても、たいした経験のない俺ではああも気の利いた言葉は出てこない。
『ありがとう。』
『気にしなくて良い。コチラとしても寧ろ感謝しているよ。こうして新しい働き口が見つかったのでね。』
『現金ね。』
アゾゼオの言葉にパールは少しだけ微笑んだ。ジルコンと俺、アメジストとルチルの推薦により彼も今回の調査に加わることになったのは昨日の話だった。早速、エンジェラへと相談すると彼女は二つ返事で了承した。確かに彼は独立種、人類統一連合に滅ぼされる側とは言っても相変わらず決断が早いよあの人。
『さて、では態々この家に来た目的をそろそろ教えてもらいたいのだがね?』
確かにソレは気になっていた。昨日の今日で何故こんな場所に居るかと言えば、朝早くに俺の元へ来るや"家に戻りたいからついてきて欲しい"と言いだしたからだった。誰も彼もが反対した。傷口を抉るような場所に戻る意味も無いし、敵が残っている可能性も無きにしも非ず。彼女の叔母と一緒に安全な場所に送り届けるジルコンに同行すべきだと提案したが、彼女は頑として曲げなかった。
『うん。実はね……』
彼女はそう言いながら家探しを始めた。彼方此方をゴソゴソと探し回る姿は生家とは言えちょっと不信に映ってしまう。
『あ、いた!!見つけたよー。』
そんな彼女を俺とアゾゼオはジッと眺めるしか出来なかったが、場所を変えながら人目に付かない物影を探し回っていた彼女は台所の奥を探りながら大声を上げた。
『ほう、これは……人工妖精か。』
『はい。実は、こっそり仕掛けてたんです。』
『そうか、君はリブラの武術学園在籍だったな。上位ランクには確かクエストの進捗報告や救助用に学園長から人工妖精が支給されると聞いていたが、もしや?』
『こっそり仕掛けちゃいました。』
両親の死への折り合いがまだつかない彼女はそう言いながら俺達を見ると何時もの屈託ない笑顔を見せた。強いな、と思った。強さと言うのは身体だけじゃなくて心の在り方も含めるんだろうな、と今の彼女を見て思う。
『でも上手くいく保証は無いから殆ど賭けだったんだけど、どうかな。人工妖精、昨日記録した会話を聞かせて?』
手に収まるほどに小さい人工妖精は、持ち主であるパールの言葉に反応すると暫しムームー唸った後、"サイセイシマース"と小さく呟いた。
『残念だったな。小娘の浅はかな小細工などとうにお見通しだ。』
が、聞こえてきたのは明らかに両親とは違うしゃがれた老人の声。
『コイツは……イカンッ!!』
直後、何かに気づいたアゾゼオは反射的に叫び、同時に俺を見た。あぁ、と俺も納得した。罠だ。とすれば次にするのは証拠隠滅。俺は急いでパールを担ぎ上げると力任せに壁を蹴り飛ばし、外に向けて飛び込んだ。直後……途轍もなく大きな爆発音と衝撃が背中から身体を突き抜けていった。
弾き飛ばされた俺は彼女を必死で抱えたままゴロゴロと転がり、石と泥を固めて作った塀に身体を強く打ち付けた。身体が酷く痛いが、取りあえず何とか助かったみたいだ。
『ちょ、ちょっと。ま、まさか第一夫人コースなの!?』
君さァ、なんでそんな余裕なの?とは言え減らず口が叩けるならダメージは受けていないようだ。良かった、そう力なく呟くとソレまで強張っていたパールの顔がクシャッと崩れた。やっぱり強がりか。
『ほう。聞いていた通りかそれ以上に優秀なようじゃな。』
が、その顔が再び強張った。声の先、爆炎が上がる家の反対側の塀の端に取り付けられた扉の先から現れたのは見た事のない老人。年の頃は70かもっと上、やたらと豪奢なローブと帽子を身に纏っている。
『アンタ、魔術学舎の……』
『脳筋共の中にも少しは物覚えの良い輩がいるようで。が、悲しいかなその為にここで死ぬことになる。』
その言葉にパールは俺の腕からスルリと抜けると学長の前に立ちはだかった。顔は怒りに燃え、半ば正気を失っている様にさえ見える。
『アンタがウチの両親を殺したのね!!』
『フッ、ハハハハハッ。』
睨みつけるパールの言葉を謎魔術師は嘲笑う。当然パールはその態度に怒るが……
『コレはコレは、ファウスト家のお嬢さんはホントに何も知らないのだね。』
『何がよッ!!』
『宜しい。死ぬ前に教えて差し上げよう。金だよッ。君の両親もワシと同じ穴の狢、つまり人類統一連合の協力者なのだよ。ついでに君以外の名家も金額の多寡はあれど協力している。』
老魔術師の暴露に怒り心頭だったパールの紅潮した顔が一気に青ざめた。
『え?』
『女だてらに自ら道を切り開こうという強さだけは敬意を表したいが、しかしその為に家を長く空けたのは不味かったねぇ。両親の心境の変化に全く気付かなかったのだから。さて、では昨日の無能共の後始末をさせて貰おうかの。なぁに、少し痛いだけ。直ぐに両親の後を追わせてあげよう。』
そう言うと老魔術師の手に魔法陣が浮かび、光球を生み出すとゆっくりと杖で押し出した。ソレは暫くフワフワと、まるで避けてくださいと言わんばかりのゆっくりとした速度で空中を進むが、パールと老魔術師との中間地点辺りまで進むと突然破裂、無数の光線を生み出した。
『くッ!!』
流石に武術学園のナンバー2だけあり、彼女の反射神経も回避速度も尋常じゃなかった。が、相手はそんな事も織り込み済み。
『あぁ……パール。』
『お願い、助けて。』
不快になるほどに汚い手を使う、そう思った。他人事なのに自らの様に頭に血が上る。あの老魔術師はパールの隙を作る為に魔術で両親の亡骸を操っていた。外道が。
『貴様にも死んでもらうぞ。我が弟子、フォシルの仇だ。ラルビカイトッ。』
老魔術師が俺を見つめる目ははっきりと感じる位の殺意が籠もっていた。フォシル……カスター大陸の都市ヴィルゴで俺を襲ったヤツだ。なるほど、彼女は魔術学舎の学長の弟子だったのか。ならばあれ程に強いのも納得がいく話。
『貴様がッ!!』
突如、背後から声が聞こえた。男の声、そして老魔術師以上の殺意が籠っている事だけが分かる。
『殺すッ!!』
振り向く間もなく地面から鋭い針が生まれる。串刺しにされたら命が無いと悟る程度には硬く鋭い鋼鉄製の針。それが1つ2つと正確に足元から生まれる。しかし回避できない速度ではない……と思った直後、何かがガシッと俺を羽交い絞めにした。
『貴様がフォシルを殺した男かァ!!』
耳元から殺意と怒気に塗れた声が聞こえる。顔は分からないが、辛うじて見える腕と声色から結構若い魔術師だと分かる。しかし、ソレが分かったところでどうしようもなければ俺はその女を殺していないと説明したところで聞き入れもしないだろう。
『俺と一緒に死ねッ!!』
その言葉に俺はぎょっとした。コイツ、俺と刺し違えるつもりらしい。しかも……老魔術師の表情はこれ以上ない位に歪んでいる。その表情で全部察した。全部お前の仕業か、お前がコイツを言い包めて自爆する様に仕向けたのか。抑え込めない程に膨れ上がった怒りで我を忘れそうになる。頭の辺りがフワッとした奇妙な感覚に包まれ……
『やれやれ、随分と派手好きなヤツだ。』
直後に聞こえた言葉に正気へと戻った。声の方向、爆風が引く豪邸へと視線を向けると、朦々と立ち昇る爆炎と煙の中からアゾゼオが姿を見せた。老魔術師も、ラルビカイトと呼ばれた男も声の方向を見て驚くが、やがて嘲笑を浮かべた。獣人状態へと変化したアゾゼオの姿は見るも無残だった。爆発や飛散した破片が身体に幾つもの傷を作っており、さながら満身創痍と言った状況だった。
『ハハハハッ。呆気ないなッ。』
『そうかね?』
『強がりをッ!!』
老魔術師は勝ち誇った表情でアゾゼオを見下す。
『さて。伊佐凪竜一、少しばかり不甲斐ないさまを見せてしまったが……何方を相手にするね?』
が、アゾゼオは飄々とした態度でそう言ってのけた。
『ワシとしてはそちらの青年の方で頼みたい。尻の青い小僧の躾けには慣れているのと……そちらの外道を相手にすると、うっかりやり過ぎてしまうかも知れんのでな。』
嘘ではないと誰もが理解するのにそう時間は掛からなかった。言い終えたアゾゼオから凄まじい殺気が放出されると、直前まで勝利を確信していた老魔術師は恐怖し狼狽えた。言動に反し満身創痍に変わりないのに、自分への向かう殺気に完全に飲み込まれた。
『ぐ……ラルビカイト!!』
『チッ、死にぞこないが!!』
俺を羽交い絞めにしていた青年は直後に俺から離れるとアゾゼオと対峙、瞬きする間も無い速度で魔法陣を展開した。その洗練された動作は、魔術に関する知識を全く持たない俺でも"あぁ、強いな"と直感する位だった……
『遅い。』
『死ベブロンンンンンーーーグエッ。』
……んだけども、瞬きする間も無い速度よりも更に速く動くアゾゼオの前には全く微塵も何の役に立たなかった。
『魔術師としては一流だ。素晴らしい手並みだと褒めてやりたい。が、手負いと侮った時点で三流以下だ。出直せ馬鹿者。』
満身創痍ながらも的確に相手の顎を撃ち抜き動きを止め、続けざまの裏拳で吹き飛したアゾゼオは絶対相手が聞こえていないであろう助言をしながら変身を解き、同時に片膝をついた。どうやら限界だったらしい。と言うか、あの爆風の中をソレだけの傷で出てくる方が有り得ないんですけど……あの、味方ですよね?そのムーブ、どっちかと言うと敵……
『馬鹿なッ。』
老魔術師は一撃で倒されたラルビカイトの様子を見て唖然とした。
『後は任せるぞ。』
その声に押され、俺は老魔術師と対峙した。怒りを全部拳に籠める。
『グゥ。出でよ、石人形。』
老魔術師は杖を塀に向けそう叫ぶと塀が不規則に歪み、やがて大きな人型を作った。こじんまりとしているが、ヴィルゴで見たゴーレムとよく似ている。が、あれと比較すればため息が出る程に弱い。拳を振り抜けばソレは粉々になり、ピクリとも動かなくなった。
『ばッ、一撃だと!!クソッ、ならばァ。天より降臨せし世を閉ざす神よ、贄を喰らい敵を蹂躙せよ!!』
老魔術師が叫び再び杖を振るえば、燃え盛る家屋から炎が集まり巨大な蛇の形を成した。まるで生き物の様に蠢くソレは瞬く間に俺を渦巻き状に取り囲む。
『そのまま燃え尽き……尽き……』
ソイツが言い終わる前に俺は蛇を殴り飛ばし、消滅させた。
『馬鹿なッ。ワシの上級魔術をただの拳で破壊するだとッ!!』
遠くから声が聞こえた。どうやら遠くから俺が死ぬ様子を眺めるか、さもなくば逃げるつもりだったらしい。が、老魔術師は俺に魔術が効かないと知るや唖然とした表情と共に俺を見つめた。が、それも僅かの間。その足元に魔法陣が浮かび上がり、ボウッと淡い輝きを発し始めた。
『伊佐凪竜一。確かにヤツの言う通り予想以上かッ。』
『ヤレヤレ、流石一流の魔術師殿。逃げ足だけは流石だ。』
もうすぐにもアイツは逃げてしまう、そんな状況の中で不意にアゾゼオの煽る声が聞こえた。老魔術師は忌々しいとばかりに意識をそちらに向けるが……
『アンタはァー!!』
背後からの叫び声に驚いた。パールの存在を頭の中から完全に消していた老魔術師が気付いた頃にはもう遅く、彼女は既に自分の両親……を真似て作られた泥人形を粉々に砕いており、更に出鱈目な速度で老魔術師の背後に回り込むと攻撃態勢を取っていた。
『ハベベルギヤッ!!』
気付いて振り向こうとする間もなく、後頭部に思い切り回し蹴りを喰らった老魔術師はそのまま思い切り吹き飛ばされ顔面から地面に激突、更に勢いのまま暫くズルズルと滑りながら庭の端に植えられた木に頭を打ち付け漸く止まった。うわぁ、痛そう……
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克全
ファンタジー
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辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。
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