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アインワース大陸編

編入試験 ~ 長男アンダルサイト 其の2

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 ――試験会場

『もう始まっていたか。しかし、なるほど俺の予想通りお前の勝か。』

 アンダルサイトがニヤリと不敵な笑みを浮かながらそう呟くと、全員の視線が再び俺に集まった。スイマセン、のっぴきならない事情で目立てないんです。だから見ないで見つめないで睨まないで。

『え?』

『どういう事?』

 生徒達も教職員もアンダルサイトの言葉の意味を理解できず、俺とその男を交互に見つめるばかり。

『そうか、誰も知らないのか。まぁそうか。何があったかは訳あって伏せるが、その男は20人近い鉄騎兵を一方的に叩きのめしている。しかも無傷でな。』

 その言葉に全員の視線が一気に集まる。マズいよマズいよコレ非常にマズいよ。

『その程度ならばジルコンが推薦する位だから別に驚きもしなかったが、だが……お前、昨日父上に会っているな?』

『は?』

『こ・う・て・い?』

『嘘でしょ?』

 その言葉に周囲は一気に騒然とした。不味いマズいバレるバレる、いきなりこの話が終わってしまう。

「いや、どうかなあ?」

『惚けるな?それとも目の前にいる男はそんな程度すら分らん無能だと思ったか?』

 いやあぁあぁぁ。惚けても駄目だ、この人も有能だ。嘘も誤魔化しも通じない。不味い、非常にマズい。何とかしないと……

『おい。試験はもう終わりか?』

『い、いえ。それは……』

『続けるのか?なら次は誰が相手だ?』

『わ、私の予定です。』

 気が気ではない俺を他所に向こうの話はサクサク進む。東洋の武術師範が次の試験官だと名乗り出ると、アンダルサイトは背後に立つ僧侶風の女に目配せをした。女は仕方ないとばかりに無言で頷き……

『俺と代われ。』

 その反応に満足したアンダルサイトは重苦しい鎧を脱ぎ去ると次の試験官を押しのけ俺の前に立った。

『へ?』

 その言葉に全員が波打ったように静かになり……

『『『『い、いやいやいやいやいやいや!!』』』』

 直後に全員が一様に驚き、仲良く手を顔の前で横に何回も振りながら同じ言葉を叫んだ。

『アンダルサイト様が自ら試験を行うなど聞いたことがありませんよ!!』

『何を固い事を、そもそも俺にはその資格がある筈だが?』

『確かに特別顧問として在籍して頂いてはおりますが……』

『なら問題あるまい。オイ。お前……そいつの名前は何ていうんだ?』

『は、はい。伊佐凪竜一だそうです。』

『イサナギリュウイチ?変な名前だな。ジョブズ出身か?まぁ、出身も生まれもどうでも良い。お前、俺と戦え。試験官程度では消化不良だろう?』

 その言葉に生徒達はヒートアップ。先生方も勿論ヒートアップ。もう勘弁してよ。今の俺の顔、きっと顔面蒼白だと思うんです。

『は?消化……』

『ぜ、全力じゃないの?』

『師範を相手に?』

『確かに一撃で倒したけどさ、でも、幾ら何でも……』

『な、何なんだよアイツ?』

 コレは相当マズいですね。目立ってる目立ってるゥ。ルチルのお仕置がスキップしながら近づいてくる幻覚が見える見える。

『無論。断ったとて試験の結果には影響はせん。俺が約束しよう。これは俺個人の問題でもあるのでな。』

 ソレは……どういう意味だ?言葉の意味を俺含め誰一人として理解できず、全員が怪訝そうな表情を浮かべる。個人の問題?何のことだ?

『昨日、父上と会ったという件だよ。さて、どうする。逃げるか?それとも受けて立つか?』

 どうする。と、必死で考えるが答えは出ない。だけどこの状況、考えようによってはチャンスだ。この男に近づき人類統一連合かどうか知るには断るよりも受けて立った方が良い。

 別に勝たなくてもいい、いい勝負を演じて友好的な関係になれば良いんだ。雨降って地固まる。昨日の敵は今日の友。ウン、名案だ。ちょっと目立ったけど、コレで帳消しにしよう。ヨシ、お仕置がその場でタップダンスし始めたぞ。俺は提案に了承の返答を返した。

『良し。エピドート、ソイツの手当を頼む。』

 俺の返答にアンダルサイトは満足そうな笑みを浮かべると背後に向け叫ぶと、程なく生徒が作る壁が二つに割れ、その間を一人の女が歩いてきた。どうやら鎧やら何やらを片付けていたのか、ほんの少しだけ呼吸を荒げる白いローブを纏った女性は、少し前にアンダルサイトが声を掛けていた人だ。眼鏡の奥の落ち着いた視線は他と同じく俺を値踏みするかのように一度上下したが、血塗れの左腕へと移るや大きく揺らいだ。

『これは……試験にしては随分と酷い傷ですね?』

『鉄騎兵を紙切れみたいにぶっ飛ばす奴だぞ、杓子定規の試験では測れんよ。とにかく頼む。』

『なるほど、畏まりました。』

 彼女は血塗れの手に触れるとその部分が白く発光し始め、程なく傷口がムズムズとした感触に襲われ、次に仄かに暖かくなり、痛みがドンドンと引いていった。時間にして数秒、彼女が手を離す頃には傷口が完全になくなっていた。相変わらず凄い技術だ。

『コレでフェアだ。方法はお前に合わせるがどうする?見たところ特に武器は持っていないようだが、ステゴロが趣味か?俺は別に何でも構わんぞ。』

 怪我の完治を確認するやアンダルサイトの様子が変わった。この人、凄いウキウキしてるよ。なんでこんなに楽しそうなんだ。もしかして戦闘狂?

「じゃあ、素手で。」

 俺の回答にアンダルサイトは不敵な笑みを浮かべた。拳を鳴らし、俺へと歩み寄る。

『さぁ、掛かってこい!!我が妹を娶るならば俺より強くなければ話にならんぞ!!』

 んんんんンンンンn?おやおやぁ、この人何言ってるんですかねぇ?

『『『『『『う……嘘でしょ!!』』』』』』

 先生方もびっくり、生徒もびっくりだし親御さんもびっくりしているよきっと。それにあの落ち着いた僧侶のお姉さんも目を丸くしているし……ジルコーォン、なんでアンタだけは笑ってるの?なんで親指立ててるの?これ爆笑してる状況じゃないよね?俺?俺もびっくりだよ、笑えないよ、寧ろこれバレたらルチルに何要求されるか分かったもんじゃないんですけど!!

『父上の件。ソコにエンジェラがいたことを踏まえれば、お前はその婚約者で間違いない。そうだろう?』

「いやいやいやいやいやいやいや!!ちが、ちっちつっちち!!」

『うむ、その通りだ。』

 ジルコーーーーーーーォン。あんた何言ってんの!!が、何やら俺に目配せをしているのに気づいた。アレは……いや違う。ハッと俺は察した。人類統一連合となっている3兄弟を探るという真の目的を逸らす良い目隠しだと。そう言いたいんですね絶対そうですよね楽しんでる訳じゃないですよね?信じますよ。とは言え、コレを認めるには相当勇気がいるんですが……と言うか先ず本人に話を通さないと。あぁ、頭が痛い。

『隠そうとした理由は理解するさ。あの跳ねっかえりの婚約者と分かれば特別待遇は必死、だがそれは貴様の本意ではないのだろう?自力で鉄騎兵か、あるいは近衛に上り詰めたいと条件を出したんだろうが、そんなまどろっこしいことしなくても俺自らが裁定してやろう。』

 良かった。コイツ、意外とポンコツだった。勝手に勘違いしてくれ……

『だが、それならば婚約者の言動に注意を払っておくべきだったな?』

 ン?何やらまぁた嫌な予感がしますよぉ。ビンビンにね。

『お前と婚約したと当人自らが吹聴していたぞ。』

 エンジェラァァァァァァァァァァァァァァ!!お前もかァ!!って言うかお前かァ!!

『さて、じゃあ始めようか。凡骨共は気付いていないだろうがお前から妙な気配を感じる。見せてみろ、エンジェラが認めた力を。俺にッ!!』

 アンダルサイトが叫ぶと同時、ソレまで浮足立っていた全員の意識が一点に集中した。裂帛の気迫が緩い空気を一気に吹き飛ばし、緊張と緊迫が場を支配した。直後、ドンという大きな衝撃に続いて背後に激痛が走った。痛い、激痛と身体を貫く衝撃でまともに呼吸が出来ない。

『どうした?ハンデのつもりか?それともこの程度か?』

 朦朧とした意識が泰然とした男の声に向かう。ついさっきまで俺と話していた男が遥か遠くに見える。どうやら思い切り殴り飛ばされたようだ。色々と整理がつかない内に始まったなんて言い訳にならないし、許してくれる状況でもない。婚約者どうのこうのは置いておこう。今はこの状況をうまく切り抜ける方を優先しないと。

『ほう、立ち上がるか?』

『おいおい、直撃しただろ?』

『アレで立てるのか?どんなタフネスだよ?』

 遠くからまた男の声が聞こえ、続いて動揺する声が幾つも重なって聞こえた。直後……再びドンという大きな衝撃が走った。

『なるほど、思ったよりも早いな。もう慣れたか。』

 危なかった。今度はちゃんと防げた。が、何だコイツ。防げたはいいけど、両腕が吹き飛ぶんじゃないかって位の衝撃だった。カル何とかの攻撃も桁違いだったけどコイツそれ以上じゃないか。この都市はこんな化け物クラスがうようよいるのか?

『がァ!!加減したまま負けるつもりか貴様ッ!!』

 至近距離から怒号が飛んだ。同時、攻撃のモーションが見えた。握り込んだ拳が仄かに輝き、そのまま力任せに叩きつける。喰らったらマズイ、ソレだけは分かる。

『今度は避けたか。段々慣れてきたようだなァ?』

 背後からの凄まじい衝撃に続いて男の余裕の声が聞こえて来た。避けられて当然とでも言わんばかりだ。危なかった。が、これ以上はマズい。

『漸くやる気になったか。』

 反射的、気づけば反撃していた。手が痺れていた影響か余裕で回避されてしまったが、それでも本気に近かった。それなのにあっさりと避けられた。本気とかバレるのバレないのとかどうとか言ってる状況じゃない。

 コイツ、さっきの強かった試験官がクソ雑魚ナメクジレベルに見えるほど強い。少なくとも攻撃力はオークレベルかそれ以上。コレが人類って、バグか突然変異だろって位に異常だ。挙句に加減するつもりは無いらしい。

『コッチも身体が温まって来た頃だ。』

 マジかよ。男はそのまま力任せに拳を叩きこんでくる。紙一重で交わすが衝撃が凄まじい。喰らえば間違いなく気絶、最悪死ぬレベルの重い一撃。俺はその合間を縫って反撃するが、コッチも間一髪で回避される。

『気に入らんなお前ッ!!』

 言葉に怒りが混ざり始め、ソレに伴い攻撃も苛烈になる。今度は足を思い切り振り上げた、踵落としだ。手よりはモーションが遅い……だから余裕をもって回避できたが、その一撃は激しい衝撃と共に地面を陥没させた。嘘だろ……と思考が逸れた直後、今度は横凪の蹴りに入る姿勢が見えた。喰らえばタダでは済まない連撃。頭に色々な可能性が過る。

 直撃すればタダでは済まない。良くて気絶、最悪死ぬ。秤に掛けるのは命と約束。いや、約束じゃない。不条理を止めたい。人が無意味に死ぬ、ソレを止めたい。人類統一連合とかいう思想も理念も共感できない連中を止めたいというもっと大切な願いと一緒に色々な光景が頭の中に浮かび、通り過ぎ、消えていく。
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