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アインワース大陸編

リブラ帝国 ~ 到着

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  ――リブラ帝国 南口正門

『じゃあここから別行動だ。話したこと、忘れるなよ。』

 ルチルとジルコンはそう言うと馬車に乗り込み都市中央へと向かっていった。別に今生の別れになる訳じゃないけど、俺は視界から消えゆく馬車がをずっと目で追い続けた。

『じゃあ、私達は何処か二人っきりに慣れる場所でぇ……』

 が、背後からアメジストの素っ頓狂な声と台詞。君は話を聞いてたのかい?まぁ、しんみりとする必要も無いしいいんだけどさ。

『では参りましょうか。伊佐凪竜一殿、ラベンダー=クォーツ殿。私はあなた方の後を歩きますので何かあればおっしゃってください。無用なトラブルについても同様です。基本的に"エス・カマリ"が目を光らせているのでそうそうある訳ではありませんが、しかし絶対とは言い切れません。』

「ありがとう。」

『じゃあ、最初は中央にある市場に行きません?お腹空いたでしょ?』

「俺はあまり詳しくないから、任せていいか?」

『はい!!』

 素直に頼るとアメジストは嬉しそう微笑み、そして俺に腕を絡ませた。まぁ、たまにはこんな雰囲気も悪くないさ。決して胸の感触に負けた訳じゃないぞ。

 ※※※

 確か……馬車から下りて市場へ向かうまでは問題なかった。そう、問題なかった筈なんだ……

『あぁ哀れ、か弱い私は人質にされ、愛する男は守る為に決闘に……ステキ!!という訳で頑張ってぇン。』

 君さ、ホントにちょっと黙っててくれるかな。なんで、どうしてこうなったんだっけ?そう、確か街中を歩いていたらいきなり因縁付けられて、後ろを見たら近衛のお兄さんが消えていたんだ。で、流れ流されこんな状況に陥ったワケ。あぁもう腹立たしい。

『よぉ田舎モン。ココの流儀を知らないってぇなら教えてやるよ。』

 目の前には血気盛んな連中。ドイツもコイツも鍛えているのが一目で分かる位に筋肉が隆起している。更に後ろに大きなレンガ造りの豪華な建物が見えるから、多分こいつ等が鉄騎兵とかいう連中なんだろうな。いや、そんなことはどうでもいい。相手がどうであれいきなり面倒ごとに巻き込まれてしまったのも致し方ない。だけど、なんで俺って何時もこうなの……ひょっとして、何か面倒事を引き寄せる運命でも持ってるんだろうか。

『実力のねぇやつはある奴の為に道を譲るのが筋だ。なのにテメェは俺の前に立っちまった。』

 あぁそうだ、そうだった、はっきりと思い出したよ。だけど、アレはどう考えても俺に喧嘩を売るつもり満々だったよなぁ。確かアメジストと仲良く?歩いていた時、前方からコイツ等が来たんだった。で、彼女の姿を見た途端、一番前を歩いていたこの男が厭味ったらしい笑みを浮かべながら俺達の進路を塞いだ。

 邪魔したのは俺達じゃなくてコイツ等だ。だけどソレを頑として認めなかった。いきなりのトラブルだが、でもこういう時の為に近衛がいる……と思ったのに、振り向けば誰もいやしない。ソコまで早足で歩いていないところを見れば別のトラブルに巻き込まれたか、それとも意図的に分断されたか。いずれにしても強引に因縁を吹っ掛けられた俺達は直ぐ近くにあったこの場所に無理やり連行された。

『じゃあ田舎モン。俺が勝ったらソコの女貰ってくからな。』

「止めろ。」

『そうですよー。』

『お前……なんでそんなにマイペースなの?自分の状況分かってる?』

 スイマセン。そういう奴なんです。

『ま、まぁいい。とにかく、お前みたいなクソ雑魚にエルフのお姉さんは似合わねぇよ。彼女は俺たちと仲良くするからな、お前は這いつくばってそこで見てろよ。』

『お茶位ならお相手しますよぉ。』

『あの、ホント君……状況分かってる?』

 ホントスイマセン、緊張感無くてスイマセン。が、のほほんとしたアメジストは置いておいて、状況はマズい。コイツ等、俺が負けたら彼女を……だが何より一番まずいのは勝っても負けてもトラブル確定という事だ。

 俺がこいつら相手に大立ち回りすれば確実に目立つし、負けたら負けたでアメジストが暴走するのは目に見えている。下手すればこの辺一帯が跡形もなく消える、なんてのは冗談でも考えすぎでもない。

 どうするべきか。勝つべきか、負けるべきか……いや、秤に掛けるべきじゃない。アメジストに何かあっては他の姉妹に申し訳が立たない。なら、泥を被ってでも勝つ。

 それに……それに……もう、色々と我慢の限界だ。何で毎回こうなるんだ。必死で抑えようと、約束を守ろうとするのにトラブルが向こうから鼻歌混じりでやってくる。もういい加減、我慢の限界だ。やってやるさ。

「後悔するなよ。」

『こう……なんだってぇ?』

『オイオイ、言葉の意味を理解してるのか?』

『そもそも、アイツ俺たちが誰かさえ分かってねぇぜ!!』

『ヒョロッちい雑魚のくせに。オイやっちまえよ!!』

 周囲からゲラゲラと笑い声が上がる。

『あぁいいぜ。だけどお前も後悔するなよ?俺達、鉄騎兵団エス・カヴァヴェッポウ!!』

 ゴメン。喋り終わるの我慢できなかった。力を籠め、拳を振り抜くと鍛え上げた男の身体は面白い様に吹っ飛び、四方で下卑たヤジを飛ばしていた連中の何人かを巻き込み吹っ飛ばした。訓練場が一気に静まり返り、一瞬の間をおいて何が起こったか理解した残りの連中が腰の剣を次々に引き抜いた。

 先ほどまでの緩い空気は微塵もない。怒気と殺意で空気が張り詰める。しかし……コイツ等は一体どういう教育受けてるんだ。何の関係もない一般人をこんな場所に連れ込んで、恥をかかせたら殺すとか正気かよ。その余りの酷さに、ひょっとしたらジャスパーが人間嫌いになった一因を垣間見たような気さえした。隣だからまだマシなだけであって、ココではこんなのが日常なのか。

『テメェ!!』

『いい度胸だ!!死にてぇらしいなァ!!』

「死にたいって、端から殺すつもりだっただろ!!」

『クソガキが!!』

 俺の反論を聞いた鉄騎兵達は怒り、我を忘れる。年齢構成を見れば俺より年下も年上もいた。だが、誰もが完全に俺とアメジストを見下している。そして、見下された相手に泥を掛けられたという事実がどうにも我慢ならないと言った様子。極端すぎて歪んでいるのはリブラと言う都市の価値観が原因なのか、それとも元からそう言う性根なのか。だけど……

『この数相手に勝てブペッ!!』

 先ず1人。オレから一番近い位置にいた一回り以上は年上の髭面のオッサンをぶっ飛ばした。

『調子に乗っポウッ!!』

 2人目。背後から近づいた少年兵を右の裏拳で殴り飛ばし……

『くたばべポッ!!』

 3人目。攻撃の死角、左後方から襲ってきた男を振り向きざまに蹴り飛ばした。3人は3人共に仲良く気絶しているようで、時折ピクピクと動くばかりで起き上がる気配はない。その様子に鉄騎兵を包む空気が冷え始めた。

『アナター。頑張ってねぇン。』

『『『アナタ!?』』』

 そんな空気ぶち壊しの応援が耳に入った。こんな状況だけど、だから助かる……いや、やはりまずかった。鉄騎兵の1人が彼女を羽交い絞めにして、もう1人が喉元に剣を突きつけた。リブラの鉄騎兵がただの個人間のトラブル程度で人質まで取るのか。一体どうなってんだ?どれだけ歪んでるんだ?勝つ為にソコまでする意味あるのか?そんな勝ち方して何の意味があるんだ?怒りよりも驚きよりも何をどうしても理解できない行動理念に対する疑問が勝った俺は呆然とその様子を見つめ……

『いやーん。アナタぁ、助けてぇん(ハートマーク)』

 呆れたよ。君さァ、なんでそんな楽しそうなの?どうしてその状況で極上の笑みが浮かぶの?これじゃまるで俺がバカみたいじゃないか。

『オイ。お前、ホントにこの状況理解してる?』

『え?人質ですよね。私、実は憧れていたんです!!人質に取られる健気な私、そしてそれを助ける王子様!!あぁ、ス・テ・キ。』

『駄目だコイツ。誰か何とかしてくれ……』

 何ともならないよ。生まれた時から多分死ぬまでその調子だよ。

『ま、まぁともかく動くなよ。動いたらどうなるか、分かるよなァ?』

『分かりません!!』

『お前に聞いてねぇーっつうの!!いや状況分かれよ!!お前人質、アイツ殺した次お前!!分かる?ドゥユゥアンダスタン?(極めて流暢な発音で)』

 アホだなァ。呑み込みの悪いアメジストにキレた鉄騎兵が懇切丁寧に状況を説明したけど、そりゃあ不味いよ。幾ら鈍い彼女でも察するって。

『あー。なるほどぉ。じゃあ、私が人質じゃなくなれば彼は大暴れできるんですね?』

『その細腕でどうやって逃げるつもりだよ。おっと、魔術は使わせねぇぜ?』

『あーもう遅いですよ。そういう事は早く言わないとぉ。』

『は?』
「は?」

 俺と鉄騎兵の間の抜けた声が聞こえた直後、上空に巨大な魔法陣が浮かび上がった。あ、コレ……ヤバい奴だ。確かずっと前に見た……

『ってお前ー!!死ぬッ、死んでしまうッ!!』

 と情けなく叫ぶ間に上空から無数の光線が降り注いだ。幸いにもハイペリオン郊外の森を焼き尽くした桁違いの破壊力ではないようだが、その代わりに敵とみなした鉄騎兵を情け容赦なく追尾する。アメジストを人質に取っていた2人はさながら誘導レーザーの如く追尾する光に焼かれアッサリ戦闘不能。ソレを見た残りの連中は一斉に彼女から距離を取るが、遅れた相当数が吹っ飛ばされた。可哀そうに。

『バカな!!いつの間にあんなレベルの魔法陣を!?』

『あんな真似ができるのは死凶レベルじゃないか、何なんだコイツ!!』

 あ、スイマセン。それ以上の詮索は止めて貰って良いですか?

『あーん。アナタァ、怖かったぁ!!』

 アメジストが泣いた振りしながらこっちに走ってくる。が、君はまぁよくそんなウソをしゃあしゃあとつけるな。後、抱き着くな、胸を押し付けるな、上目遣いで見るな目を閉じるな!!どれもこれもこの状況でやって良い行動じゃない。いや今はソレよりも……俺は彼女を守る様に鉄騎兵の前に立った。

 コイツ等、まだ諦めてない。全員の目を見ればついさっきとはまた違う目をしている。怒りではなく、驚きでもなく、もう引くに引けないという焦りに近い目だ。プライドがそうさせるんだろうか、喧嘩を吹っ掛けたは良いけどその相手が自分より強かった。だけど自分から拳を引っこめることが出来ないという、半ばヤケクソに近い感じだ。

『テメェさえブベラッ!!』

 そんな無茶苦茶な理屈に納得できるわけないだろ。喧嘩売って来たのソッチなのに。

『『俺達を何だとベブシッ!!』』

 鉄騎兵なのは知ってるって。

『『『エリートだボベラッ!!』』』

 エリートなら気軽に喧嘩を売るなよ。

『アナタぁ、私の為に争わないでぇン。』

 もうホントにちょっと黙ってくれないかな。絶頂するな。今忙しいんだから……

『お前達ッ、ココで何をしているッ!!』

 って誰?いやこの声は……と、恐る恐る振り向けば、ソコには怒り心頭のエンジェラ=リブラの姿。しかも後ろにはカルなんとか君を含む近衛兵がズラッと並んでいる。その余りの威圧感に俺は元より鉄騎兵の動きも完全に止まってしまった。やべぇ……控えめに判断しても死ぬんじゃないコレ?

 ※※※

 ――鉄騎兵宿舎跡地

『さて、どういう事か説明してもらおうか?』

 状況は最悪に近い。鉄騎兵の宿舎で争いが起きたとなれば当然相応の戦力が事態解決に動くのは当たり前だが、まさか一番最初に駆け付けたのがエンジェラ率いる近衛兵とは夢にも思わず、俺を含む全員戦意喪失すると黙って彼女に従うしかなかった。

「説明した通り、コイツ等に喧嘩売られて……」

『伊佐凪竜一、私は君に問うてはいない。こっちの連中に聞いている。』

 彼女は俺を見てほほ笑んだが、どう見ても作り笑いだ。言い終えた彼女が鉄騎兵へと視線を戻す頃には目と眉が吊り上がっていた。

『あ、あの……こ、コイツに喧嘩を売られて……』

『カルセド、剣を。』

『ハッ。』

 エンジェラの一言にカルセドは腰に下げた剣をうやうやしく渡した。直後、彼女は問答無用で振り下ろした。視認困難な斬撃をモロに受けた壮年の片腕が血しぶきを上げながら宙を舞う。その光景に鉄騎兵達は一様に震えあがるが、対する近衛兵達は凄惨な光景をさも当然の如く無言で見下ろす。

聞く。説明しろ。』

 ドスの効いた低い声は、短い付き合いながらも相当以上に怒っていると伝わった。俺がそうなのだから鉄騎兵達はより強く感じていることだろう。

『答えんのか?』

 尋問を受けている男は恐ろしさで震えている。いい年をしたオッサンは、体つきだけを見ればエンジェラとは比較しようがない位に逞しく分厚く筋骨隆々と言う表現が相応しい。が、その男が俺に殴られた分を差し引いたとしても恐怖で震えまともに動けない。この人、どんだけ強いの?

『そうか。ではしかたあるまい。連帯責任で全員除隊の上、リブラから追放する。』

『い、や、お待ちを。わかりました……申し訳ございません。コチラから彼等に……喧嘩を売りました。』

 "除隊"、"追放"。その単語を聞いた壮年の男が観念する様に白状すると、エンジェラは冷たいため息を1つ漏らした。

『そうか。主犯は?』

『アンデシン隊。隊長のアンデシンを含む10人、です。』

『そうか。誰か、コイツの腕を繋いでやれ。』

『ハッ。』

 エンジェラが背後に向け指示を飛ばすと近衛の1人が地面に落ちた腕を拾い上げ、壮年の男を引き摺りながら何処かへと消えていった。

『ではアンデシン隊とやら。今回の件、お前達が原因で相違ないか?』

 エンジェラは鉄騎兵に向けてそう尋ねる。目は未だに吊り上がっており、許すつもりなど微塵も無いのが伝わる。やがて、かつての仲間達に押される様に俺に喧嘩を吹っ掛けた連中全員がエンジェラの前に引き摺りだされた。

『は、はい。ど、どうか……』

『許して欲しいのか?』

『は、はい。』

『ならば力を示せ。』

『は?』

『お前達10人掛かりで私を倒せたならば不問にしてやろうと言っている。』

 は?いやいやいや、ソレはマズいでしょ。

『どうした、伊佐凪竜一?何故君が心配する?』

 俺の顔を見たエンジェラが無造作に近づき、俺の顔をマジマジと見つめる。いや近い近い、顔が近い。あ、でも良い匂い……いや、ソッチに意識向けてる場合じゃないな。

「いや、コレは俺の問題で……」

 咄嗟の言い訳にしては上出来だ。

『いいや。我らリブラの問題だ。下がっていたまえ。それから、私を心配してくれたこと感謝しよう。久方ぶりだよ、他人からこの身を心配されるなど。だが気にする必要など……無いッ!!』

 不出来でした。俺の言い訳をそよ風の如く受け流した彼女は振り向きざまにアンデシン達を横凪に斬り払った。凄まじい威力の斬撃は瞬く間に10人を飲みこみ斬り裂き吹き飛ばし、空中に無数の血渋きを舞い散らせた。直後、ドサリと言う音が幾つも響いた。たった一撃、一振りで10人を纏めて葬った……いや、生きてた。辛うじてだけど……こえぇ。

 しかし、この人もどこかの誰かさん達と同じで全く人の言う事聞かないよ。心配したのは嘘偽りないけど、まさかこうもアッサリ勝つとは思っても見なかった。

『ね、大丈夫でしょ?』

 背後から呑気な声が聞こえて来た。振り向くと……カルセド君がいた。何時から?だけど頼むから音も気配もなく近寄るの止めよ?ネ?最悪、背後から近づくのは良いけど殺気交じりで近づくのは止めてお願いだから。

『いーけないんだーいーけないんだー。なぁぎ君がまぁた私との約束を破っちゃったぁ。』

 今度は別の声が背後から聞こえた。確認するまでも無い、ルチルだ。

『あーあぁ。目立っちゃったぁ。困るよねぇ。ホントに困るよねぇ、さぁてどうしようかなぁ何して貰おうかなぁ?』

 いつもと違って妙にねちっこく、その割に妙に嬉しそうな声色の彼女は楽しそうに俺の背中を突きまわす。もう勘弁してよ。全部俺のせいじゃないじゃない?そうだよね?
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