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決(きめる)_2

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 緩い、ひたすら緩い。それは、神と言う頂上的な存在と初めて会った感想としては余りにも有り得なく、正直信じてる人がかわいそうじゃないかなぁと同情する位だった。

『神と言っても大体はこんな感じだよ。厳かで厳粛で公平で万能全能の存在なんていうのは人間が作り上げた幻想に過ぎない。神に縋りつきたい者がそう思い込んでいるだけ。期待させて申し訳ないが、神なんてのはちょっとだけ宇宙の理を弄れて、ちょっとだけ物事を思い通りに進める事が出来るだけの存在だ。』

 俺の何とも言い難い表情と視線に気付いた"アーちゃん"と呼ばれた神はそう説明してくれた。まぁ、そうだよね。見た事も無い、伝承や神話でしか知らない神が実際はどんな存在かなんて人間が知るのは無理だ。伝言ゲームの様に少しずつ歪んでいったか、あるいは誰かに都合よく解釈されていったのが今の神の認識なんだろう。

 そう考えれば目の前にいる神が何だか可哀そうに思えてきたし、神さえ都合よく扱う人間の面の皮の厚さに辟易してしまう。が、頼むから本名おしえてくれないだろうか。仮にも神様を、しかもいい歳した俺が"アーちゃん"なんて呼べるわけないだろ。

『そうか。残念だ。まぁソレは一旦置いておいて、君は君の過去……つまり、地球の現状を知りたいのだね。だが君ならばもう予想がついているのではないか?何故、私とハイペリオンが意図的に記憶を封じたか。何故、君のツガイとなる運命の相手がいる世界に送り出したか。』

 神の口振りから、やはり俺は意図的にこの世界へと送られたらしい。しかも記憶を封じてまで、だ。だけどもその前に疑問がある。ここにきて以降、誰もが当たり前の様に口に出す"ツガイ"という言葉の意味がイマイチ分からない。いや、何となく予想はついているのだけど。

『そうか。ならば先ずその言葉について教えなければならないか。簡単に説明すれば君の生まれた日本で言う"運命の赤い糸"が一番近い。但し、1つだけ相違点がある。赤い糸が人同士を繋ぐのに対し、番は人と物質、あるいは物質同士の間にも作用するという点だ。』

『より正確に言えば、人間に始まりあらゆる物質が持つ固有の波長が全く同じモノ同士による共鳴作用やね。』

『うむ。例えばとある芸術家の番は巨大な岩石だったのだが、芸術家はソレから歴史にその名を残す彫像を作り出した。番とは通常ならば奇跡的な確率で出会うのだが、君の場合はちょっと特別でね。神同士には相互互助の約束を使って方々から君の番を探し出したのだよ。通常、番たる運命の相手に出会える確率は絶望的に低く、正に奇跡に等しいからね。』

 コレも予想通りだな。つまり俺の番はアメジストで、この神様はその運命にある彼女に出会わせる事で異世界での安全を確保しようとしたという事か。

『あらぁ、ナギちゃんは鋭い子やねぇ。でもちょっとだけ違うでぇ。アンタの番はあの子等4人や。』

 は?いや、でも確か誰かからアメジスト達は4つ子だと聞いた様な記憶がある。4姉妹ならバラバラだが4つ子なら波長も同じ……なのか?イマイチ釈然としないが。

『だから、ナギちゃんは誰を選んでも良いし、誰も選ばなくても良いし、なんなら全員選んでも良えんよ。』
 
 全員って、それはちょっと常識的にどうなんだ?母親なのに随分とざっくばらんというか、放任的というか、言葉にし辛い感情が湧き上がる。いや、確かに男として……いや、今はよそう。

『エルフの価値観は人間とはちょっと違うからなぁ。それに嫌ならナギちゃんとは距離を置く位はしてる筈やて。でもそうしてないでしょ?程度の差はあれども、誰もナギちゃんを悪く思ってないんよこれがねぇ。』

 それでも親か?と思ったのは決して考えすぎではない筈だ。が、一方で誰か1人に絞れと言うには全員が全員魅力的でもあり……だから考えるのは止めよう。直ぐ結論を出せる話じゃなさそうだ。

『真面目やねぇ。まぁソレは当人達が決めればエェ話やからね。さて、じゃあ肝心の本題、いこか?』

 ハイペリオンはそう言うと神へと視線を移した。釣られて俺も視線を動かせば、ソコに先ほどまでの緩い空気は無かった。神はジッと俺を見つめている。冷たく、とても静かな目で見つめる神がそこにいた。

『地球の現状について教えよう。君が考えている通り地球は滅んだ……今の地球に人類も文明も存在しない。全て、根こそぎ破壊された。』

 その言葉を聞いて、"あぁ"と呟いていた。やっぱりそうか、寧ろそうでなければ、それ位の出来事が無ければ記憶を消そうなんて思わない。俺は、何らかの理由で地球が滅ぶ直前にこの場所に飛ばされたんだ。

 でも、一体何があったんだろうか?忘れる前の記憶を思い起こしても、取り立てて滅亡する様な理由なんて見当たらない。それに神様が態々手を貸す位なのだから、相当以上に想定外の理由で滅んだはずだ。隕石とか世界大戦とか、そんな陳腐な理由で予測しやすい理由ならばその前に幾らでも手が打てるはずだし。

『信じろ……と言うには中々難しい。だからほんの少しだけ見せよう。君の記憶、転移直前の悪夢を。』

 そう言うと神は俺の前に瞬間移動すると大きな手を俺の額に当てた。直後、脳裏にあの時の記憶が蘇った。崩壊する街、泣き叫ぶ人、夥しい血と死体、遠方では何かが爆発する音と衝撃、そしてその奥に見えるのは咆哮を上げる化け物……が、ソレが俺を睨みつけたところで記憶が途切れた。何だアレ?怖い。ほんの僅かな記憶なのに、ただ思い出しただけで身体が震えあがり、心臓は激しく鼓動し、呼吸が激しく乱れる。

『悪夢だよ。我々でさえ想定出来なかった悪夢。可能性が生んだ最悪の忌み子。それが君の世界を滅ぼした。そして……我々が原因だ。こんなこと、謝罪して許されるとは思っていないが、それでも……済まない。』

 神はそこまで話し終えるや、俺に頭を下げた。いや、神様がソレをするのは不味くないか?というか神でさえ想定出来なかった事態って一体……だが、俺はソレを聞く気にならなかった。真摯に頭を下げる神の傷口に触れるような事を聞きたくなかったという事もあるが、素直に教えてくれそうにないというのが本心としてあったからだ。

『だからだ。運良く生き残った君達をこのまま地球に残しておいても遠からず死んでしまうと考えた私は、償いの意味も込めて君を含む数名の生存者を別次元に転移させたのだ。全員から破滅直前の記憶を封じるか、あるいはトラックに轢かれたなんて適当な死因……偽の記憶を植え付け、更に幾つかの異能おくりものと一緒ね。相互互助の協定が存在するから難なく事は運んだよ。君が転移した真相はこれが全てだ。』

 神妙な語り口と共に知った事実は俺の予想通りだったが、それでも俺は立っていられず崩れ落ちた。が、気が付けば背後に椅子があった。そんな物、ついさっきまでは無かった筈と周囲を見回せばハイペリオンがニコニコと微笑んでいる。どうやら彼女が用意してくれたらしい。有難い話だ。正直、これから先も立って話を聞いていられる自身が無かった。

『君を番の元に送ったのは……滅亡の引き金は人類自身の手によるものであったが、元を辿れば我々が原因。それで地球人類が滅びるという運命を傍観するのは忍びなかったからだ。しかしそれも君次第だ。私は強制しない。君が地球人類は滅びるべきだと考えるならば誰も選ばず生きても良いし、誰を伴侶に選んでも良いし、ソレが番の中からでもそれ以外からでも構わない。』

 滅びる?なんでそんな言葉が出てくるのだろうか。生存者は数名いた筈だ。いや、まさか……

『察しが良くて助かるよ。転移した地球人の内、君以外は死に絶え、残るは君だけとなった。君が最後の地球人ラスト・ワンだ。君の意志を蔑ろにしたことについては謝罪する。だが、そんな事情があるのだ。君は、孤独だ。』

 その宣告はちょっとだけ神らしい残酷さを感じた。だけど、神様の目はとても申し訳なさそうだった。一体どんな理由であの化け物が生まれたのか興味はあるのだが、結局俺は聞けなかった。神の態度もそうだけど、真実は想像以上に重く伸し掛かったからだ。
 
『ちょっとアーちゃん、ソコまで説明せんでもええやん。ホラぁ、ちょっとショック受けてはるわぁ。でも心配いらんで、おばちゃんがついとるけんね。』
 
 その口調と雰囲気、素直に助かります。ソレは素直な感想で、だからこそ無意識的に口から出た。

『んふふふ。アーちゃんは気が利かんさかいね。』

 ハイペリオンは俺の言葉に甚く上機嫌そうだった。一方、神は相も変わらず神妙な面持ちで俺を見つめる。相当に罪の意識を感じているらしい。

『済まないね。此方も色々と立て込んでいて、だから君の感情にまで気が回らなかった。正直なところ、まさかあの惑星が超巨大な特異点……宇宙が紡ぐ巨大な歴史の転換点になるとは思いもしなかった。このまま地球にいても死は免れなかったし、仮に生きていたとしても君達が原因でどのように宇宙と歴史が捻じれてしまうか分からなかったのだ。』

 何か理屈はよく分からないが、どうやら俺は地球に帰る事が無理らしい。とは言え、地球人類が絶滅する程度の災厄があったのだから戻ったところで何も無いだろうが。故郷の景色も、職場も、好きだった女性も、何もかもが無くなってしまったのか……そう言えば、なんで俺、生きてるんだろう?ソレに、以前ルチルから見せられた映像の俺は何か異様な力を持っているようだったが、それも神の仕業なのだろうか。

『君が生きている理由だが、まぁ身も蓋もない言い方をすれば運が良かったに尽きる。』

 成程、確かに身も蓋も無いな。

『次に君の特異性についてだが、それも私が意図して付与したものだ。異能。人知を超えた超越的な力は本来ならば人類に発現することは無いのだが、流石に送り出した先で即死されては贖罪も何もあったものではない。だから生き延びる事が出来る様、且つ転移先の世界のバランスを崩さないギリギリにまで調整した異能を君含む生存者全員に与えた。君達に渡したのは異能の種。環境に応じ発現する能力を変化させる力を持っていたのだが、君の場合は転移直後に瀕死の重傷を負った事により物理的な損傷で死なない異常な肉体として顕在化したようだ。詳しく調査しなければ判明しないが、生命力、治癒能力は確実に人外レベル。加えて副作用で身体能力も上がっているだろうし、何か他に未知の力に目覚めている可能性もある。』

 神の言葉を聞いた俺はまじまじと自分の身体を眺めた。そんな兆候は何処にも無い様に見える。生まれてから今まで見飽きた身体がそこにあるが、でも神がそう言うならば間違いは無いだろう。

 それまで生きてきた常識とは余りにもかけ離れているが、でも信じる以外の選択肢は無い。何より、神の言う"異常な治癒能力"に限れば俺は映像で見ているのだから。確かにこんな異常な力があれば死ぬことは早々に無い……ならなんで俺以外の生存者は死んだんだろう?

『同胞の死の理由が気になるかね?一概には言えないが、例えば転移先の人類と敵対した末に討たれたという話も聞いたし、共に敵対勢力と戦う中で命を落としたという話もあったし、単純に病死というケースもあった。何れも君と同じく番たる人類の元に送り込んだ。だから、最後はきっと幸せだったと、そう思いたい。』

 そう呟いた神は目を閉じると空を仰いだ。屈強な体格に反したその言動はとても寂しそうに見え、とても神とは思えない雰囲気を纏っていた。神とて万能全能ではないと言っていたが、今の様子を見れば……こう表現するのは失礼かもしれないが人間らしく思えて、だから何となく親近感も湧いた。

『こんな事態になってしまった事をどう詫びれば良いか分からないが、地球人類最後の1人となってしまった君には可能な限り便宜を図るつもりだ。例えば……人類と文明が滅んだ地球に戻りたいと願うならば、私は覚悟を持ってその決断を受け入れよう。いずれにせよ、ゆっくり考えて欲しい。』

 神は俺を見て力なく微笑むと、背後に現れた赤い光の中に消えていった。俺は消えゆく神の後姿が完全に消失し、やがて赤い光も霧散し消えゆく光景を椅子に座ったまま呆然と眺め続けた。立てなかった。動けなかった。

『じゃあ、ナギちゃんも一旦戻ろうかね。それから、もし今日の事を忘れたいのならばそうしてあげるさかい、遠慮せんとオバチャンに言ったってや。』

 俺を労わる声が聞こえた。隣を見れば相変わらずニコニコと微笑むハイペリオンが俺の傍に立っており、更にに背中をバシバシ叩き始めた。大丈夫です、多分。ソレだけを伝えると俺はこの場を後にした。

 ※※※

 気が付けば城の来賓室に戻っていた。何時の間に、どうやって戻って来たのかサッパリ記憶にないまま戻ってきた俺はそのままベッドに横たわった。地球人類は俺を残して全滅、1人きりになってしまった事実は予想以上に重かった。

 過去を思い出せば良い事よりも悪い事の方が多かった。変えようがない環境と現実に苛立ったことなんて何度もあったけど、滅んで良いとまでは思っていなかった。俺は今どんな顔をしているだろうか。そんな事を考えていたら意識を手放していた。

 ……目を覚ませば何か柔らかくて温かく良い匂いのする何かの感触を感じた。明らかに俺でもなければ毛布でもない。ソレに包まれているととても安らぎ、落ち着く。何かは考えるまでも無い。コレはアメジストだ。

 確かこの部屋は度重なるアメジストの侵入を防ぐ為、シトリンの手によって魔導による転移が出来ない様な結界が展開されているとかナントカされた筈だが、この状況を見るにどうやら力づくで侵入したらしい。また勝手に部屋に入って来た彼女は俺を大きな胸に抱き寄せるような体勢で寝ている。どうりで妙に柔らかい筈だ。

『母上は何も教えてくださいませんでした。でも、アナタが何かに苦しんでいるのは分かります。だから、今はこうしていて下さい。』

 俺の心境を知っているのかと思ったが、どうやら何も知らないらしい。なのに俺の変化に気づいたというのは……ずっと俺を見てきたからだろう。ソレが良いか悪いかはともかく、彼女の申し出は有難かった。

 今は、コレが一番良い。アメジストに抱き締められながら素直に感謝の言葉を伝えると、直後に身体がビクッと震えた。更に呼吸がドンドンと荒くなり、優しく後頭部を撫でる手が止まったり震えたりし始めた。何だ、どうしたんだ?

『わ、分かりました。そこ、そこまでおっしゃるのならば謹んで告白、お受けいたします。どうか末永く……』

 違う……まーた勝手に解釈してるよ。だけど今はその楽観的で緩い言動が心にみる。あるいは俺の為に敢えてそんな態度を取っているのかも知れない。そう考えれば運命の相手の1人がアメジストだったというのは幸運だったんだろう。

 本人には口が裂けても言えない思いと、もう存在しない故郷への郷愁を胸に抱えながら俺は再び意識を手放した。
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