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終章 呪いの星に神は集う

384話 星が照らす 神の終焉 其の3

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 斬撃と銃撃により致命傷を受けたジェミニドラゴンが、さながら土砂の如く崩れ落ち始めた。

「ガキさえッ、ガキさえ死ねば勝利は揺らがない!!」

 崩れ落ちる竜の中から、勝利に拘泥するアルヘナの叫びが木霊した。忌々しく、愚かなまでに力強い声。しかしジェミニドラゴンは尚も崩壊し続け、遂には完全不定形な姿となった。ドロドロに溶け落ちた竜の残骸に戦う力があるとは思えない。虚勢か、秘策か。

 が、早期決着を急く伊佐凪竜一とルミナは弾かれる様に突撃した。即断で動く理由は仲間の為。幾ら数が増えたとは言え、惑星を糧に無尽蔵に量産される歪な竜の群れが相手では多勢に無勢過ぎる。そもそも数で押し潰されるよりも、オリンピア市民が全滅する方が早い。

 背後は見ない、振り返らない。己が取り得る最善の手段を理解する伊佐凪竜一とルミナは幸運の星を取り戻した少女の祈りを、その祈りに応えて死地に飛び込んだ仲間を信じて前に進む。

 その意志が少女にも伝播した。今や幸運の星を正しく制御するフォルトゥナの意志に応え、岩盤の裂け目から飛び立つ無数の竜の何割かはその形を維持できず、粉々に砕け散った。

 飛散する竜が消滅する度に空から光を反射するナノマシンがダイヤモンドダストの如く降り注ぎ、祈りを捧げる姫を一際に輝かせる。奇跡。誰もがそう確信する光景は、大聖堂を超えて惑星全域にまで拡大していた。旗艦から転移した精鋭が討ち漏らした竜の群れが崩壊、キラキラと輝きながら惑星にあまねく降り注ぐ。惑星全体が、まるで祝福されている様に微細な粒子の輝きに彩られる。

「クッ……ケホッ」

 その奇跡が陰った。吐血しながら力なく倒れ込むフォルトゥナ。星が輝きを失い、事象制御が不可能となる。少女が起こした奇跡の代償は大きく、塞がったと思われた傷口が開いた。よく見れば口に止まらず、ドレスに濃い赤色が滲んでいる。

 己を顧みなかった。己よりも他者を優先する心情が、悲惨な光景の中に浮かび上がる。死を願う闇は既に晴れた。が、結果としてその身を死に追いやる皮肉。生きてはいるが、いつ死んでもおかしくない。その状況にタケルが動いた。機先を制し、飛び交う無数の竜と少女の間に割って入り、防壁を展開して姫と竜を断絶した。

「ヒ……ヒハハハハッ!!星は陰った。まだッ、まだ俺は負けていない!!」

 ドロドロに溶解する巨躯からアルヘナが声高に叫ぶ。未だ己の勝利を願う声は酷く虚しい。山を越える程に大きかったジェミニドラゴンの巨体は既に十分の一程のサイズにまで縮まり、溶け落ちた巨躯の残骸が鈍色の流砂の如く周囲に広がる。

 一方、小型の竜は無様を晒す本体とは無関係にその数を増やし続ける。地面に、空に、風に巻き上げられながら周囲に散らばる極小のナノマシン群は、侵食し、群れ集いながら無数の竜を作り上げると四方八方へ飛び散った。が、旗艦から参じた仲間とオリンピアで奮戦し続ける、クシナダ達の手により排除され続け、瞬く間にその数を減らした。

「いい加減、負けを認めろ!!」

 ルミナは蠢く不定形の塊から未だ抵抗を試みるアルヘナに向け、叫んだ。

「敗北?この俺が、神たる俺が負けただとッ!!ふざけるなよクソアマが!!」

「お前の敗北は誰が原因でも無い、お前自身だ!!ずっと孤独で、誰も信用しなければこうなるに決まっているッ。なんでそれが分からない!!」

 伊佐凪竜一も続く。

「今度は揃って説教か!!貴様等の姿も声も不快極まりないッ、いい加減にこの世から消え失せろ!!」

 3人の言葉と意志が戦場に交差するが、何をどうしようが交わることは無い。全てを否定する男の怒号を最後に言葉は途絶え、同時に中央で蠢く悍ましい何かから凄まじい速度で何かが飛び上がった。

 鈍色のナノマシンを巻き上げながら出現したのはやはり巨大な竜。全身を漆黒の鱗に覆われ巨大な胴体、太い四肢、長い尾に首、そして首の先には二対の角、巨大な口、背中には桁違いの重量を支える三対の一際大きな翼。

 巨躯と比較すれば数分の一程度の大きさではあるが、それでも全長は確実に2000メートルは有ろうかという竜。ソレは先程までの巨躯とは明確に違い、やや細身の形状を持つ。

 自らと同じく星を扱うフォルトゥナ=アウストラリス・マキナがこれ以上力を行使出来ないと知った男は勝機を見出し、再び襲い掛かる。真の姿を現した邪悪なる竜"ジェミニドラゴン=ディアヴォロスが咆哮を上げると、再びナノマシンが蠢き始めた。地上から、空中から、出鱈目な速度でナノマシンが活性化すると小型の竜が生まれる。

「死ねッ、死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねィ!!誰も俺の上に立つなッ、俺が、俺こそが!!」

「そうやって逃げ続けるからッ!!」

「口の利き方に気を付けろクソガキがッ!!」

 その言葉と共に黒い剣閃が地上を薙ぎ払い竜の群れを両断、一掃した。

「なら、叩き落とす!!」

 今度は頭上から声が響いた。視線を移せば恒星の光を背に受けながら空を駆ける銀色の髪がキラキラと輝き、更にその後ろにカグツチの残光が幾つも輝きを残す。地上から猛然と空中へ飛び上がったルミナが邪竜へと向かう。しかし竜は巨体に見合わない速度で更に上空へと飛び去った。高度数千か、あるいはそれ以上に到達した邪竜が深緑に輝き始める。空の一角に破滅の輝きが灯り、再び青天を侵食し始めた。

「また呉式ゴシキか!!」

 竜が翼を広げた。同時、背後に後光と共に巨大な魔法陣が展開される。邪竜の胸部が開き、呉式の砲身が姿を見せ、激しく輝き始めた。

「見積もりが甘いんだよクソガキッ、伍式にありったけのカグツチと原初魔導を掛け合わせた必殺の一撃だ。星共々ォ、あの世に逝けよッ!!」

 遥か上空からのアルヘナの怒号。それに呼応し、上空から射す光が一層強くなった。

 人は、空に神を見た。全身を黒い鱗に覆われ、6枚の翼を掲げ、激しく輝く後光に照らされる邪悪な竜の姿をした神を見た。その姿は絶望に打ちひしがれた僅かばかり前であったならば、誰もが地に平伏したであろう威圧感を放つ。が、今は違う。

 邪悪な神に立ち向かう光が、圧し潰されそうな心を照らし、支える。自然と視線が吸い寄せられる。地上から竜を見上げる伊佐凪竜一に、空を舞い踊るルミナに。竜が放つ破滅の光以上に輝く意志に。

「滅絶しろ!!神の怒り、七つの鉢、地に傾け全てを滅ぼせッ、黙示録の炎ッ!!」

 上空から一際大きな声が木霊した。歪んだ神が裁きを与えようする、そんな言霊が連合にあまねく響き渡る。
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