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終章 呪いの星に神は集う

380話 最終決戦 ~ 第二次神魔戦役 其の4

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 星が一際大きく震える。ジェミニドラゴンが埋まっていた下半身を強引に引きずりだした。艦と一体化していた下半身は脚部と巨大な尾へと変化を果たす。岩盤から突き出した片脚が力強く地を踏みしめると、地面が更に激しく揺れ動いた。

 変化は竜全体にも及ぶ。背部から巨大な翼が生え、空へと飛び立つかの様に大きく羽ばたいた。吹き荒ぶ突風が周囲を襲い、あらゆるものを吹き飛ばす。現状ですら手一杯の状態だというのに、攻撃が届かない位置まで逃げられては勝ち目がない。

 が、攻めあぐねる。惑星を糧に生まれる小型の竜による時間稼ぎ。天を覆う程に増殖した竜が流星の如く地を目指す。星の力が完全に機能しないのはフォルトゥナ姫の生存が原因。故にアルヘナは竜をけしかける。作戦は功を奏し、迎撃せざるを得ない伊佐凪竜一とルミナは竜に釘付けとなった。

 しかし、真に劣勢へと追いやるのはやはり幸運の星。アルヘナの意志を反映する星は連合中から幸運を吸い上げ、事象を改変する。事象とは敵対者の不幸。

 伊佐凪竜一の斬撃が生む黒い剣閃が空ごと竜を薙ぎ払う度、ルミナが無数の刃で竜の群れを串刺しにする度に、クシナダが魔導で竜を消滅させる度に、オルフェウスがフォルトゥナ姫に近づく竜を両断する度、各々に激痛が身体を走り、果ては病までもが因果を無視して襲い掛かり、肉体と精神を蝕む。顔が苦悶に塗り潰される。

 星を喰らいながら生まれる竜の圧倒的な物量を前に肉体は既に限界を超え、満身創痍の状態。辛うじてクシナダの治癒で持ち堪えているが、遠からず物量と星の力に膝を折るのは見えている。

 が、それでも諦めない。本体から無尽蔵に吐き出されるナノマシンから生まれる竜を相手にしながら、見上げる程の巨躯を前にしながら、何度傷つけられても、立ち上がる。その姿を、神に抗う姿を連合中が目撃する。誰もが、誰一人としてそこから目を逸らせずにただ祈る様に見つめる。

 終幕が、近い。

 一進一退が続く最中、再び星が大きく震えた。ジェミニドラゴンの埋もれていたもう片方の脚部が完全に外気に晒され、遂に竜がその姿を見せた。全長の計測は不能。天を突くばかりの巨躯は再び巨大な翼を羽ばたかせた。

 上空に上がられてしまえば英雄側の攻撃手段は限られる一方、ジェミニドラゴンは分身もあれば伍式も健在。敗北に等しい光景が、闇を伴いながらにじり寄る。未だ健在のジェミニドラゴンと比較し、相対する5人は戦闘の継続が困難な程度にまで疲弊していた。

「もう終わらせてやる!!」

 アルヘナが叫び、竜が咆哮し、翼を大きく広げた。周囲の何もかもが振動に震える。が、その瞬間……

「な、何ぃ!?」

 想定外。竜は、飛翔しなかった。推進機構と巨大な翼は不自然に崩れ落ち、重力の枷を振り切り今にも空へと飛び立とうしたジェミニドラゴン大きな振動と共に地面に叩きつけられた。

 何が起きたのか誰にもわからない。特にアルヘナは想定外の事態に狼狽え混乱する。が、容易く辿り着いた。正確には自身の目に飛び込んで来たと表現するのが正しい。

 視界の先、小高い丘に少女が映った。血塗れのドレスを纏った少女は膝立ちの状態で背筋を伸ばし、真っ赤に染まった胸元の辺りで手を組み目を閉じる。まるで何かに祈る様な姿勢のまま、微動だにしない。

「貴様ァ、何をしているッ!?」

 その光景にアルヘナの心が掻き毟られた。激昂。湧き上がる怒りは容易く沸点を超え、理性は消え、思考は固定され、殺意の鉾が僅か先の姫を貫く。

「死ねよクソガキがァ!!」

 抑えきれない怒りに絶叫したアルヘナが無数に蠢く竜をけしかけた。地を揺らし、空を切り裂きながら竜が少女の元へと向かう。しかし、認めない。

「「邪魔をするな!!」」

 伊佐凪竜一が、ルミナが……

「させるかァ!!」

 オルフェウスが……

「自分の足で歩こうって決めたって子の邪魔すんなバカ!!」

 クシナダが咆えた。ジェミニドラゴンに、神を騙るアルヘナに怒りを露わにする。

「何時までカミを気取るか、愚か者が!!」

 僅か遅れて、スクナも咆える。しかし状況は圧倒的に劣勢。ジェミニドラゴンは惑星を素材に修復を行う為に全く疲弊しておらず、更に分身となる竜を無尽蔵に生み出す。数を頼みに押し続けるアルヘナと竜の猛攻は尚も5人を押し続け、遂には姫まであと僅かと言う場所まで来た。

 激しい戦闘の衝撃と音が間近に迫る。が、祈りを捧げるフォルトゥナ姫は動じず。その姿5人は奮い、死力を尽くす。彼女もまた、戦っている。星に、己の運命に抗う。

「その邪魔な祈りを止めろと言っているッ!!」

 戦場に降り注ぐ怒号。と同時に巨躯の腹部を照らす淡い緑色の光が揺らめき、一際濃さを増す。後数秒もすれば再び超威力の一撃が放たれる筈が、しかし結果として何も起こらなかった。

 腹部に大きな爆発が起き、衝撃にジェミニドラゴンの巨躯が大きく揺れ動いた。星を破壊する程に強力な伍式の完全破壊。抉れた腹部から濛々と上がる煙に、誰もが僅かに安堵する。何れ修復はされるだろうが、それまで星を破壊する光は封じられた。

 自然と、視線が一つの場所に集まる。祈りを捧げる血塗れのフォルトゥナ姫。誰もが理解した。何が起きたか分からずとも、"どうして"起きたのか理解した。

「ふざけるなァ!!また、また俺の邪魔をするのかヘラァデウスゥゥゥウゥ!!」

 怒りに我を忘れたアルヘナが、姫とは違う別の女の名を叫んだ。ヘラ=デウス。今より2000年前、オリンピアに降り立ったアルヘナを討伐した英雄の1人。幸運の星を持つデウス家当主の姿をアルヘナは幻視した。幸運の星に祈りを捧げるフォルトゥナ姫の姿に、敗北という癒えぬ傷を残したヘラ=デウスの影を垣間見た。

 全くの偶然か、あるいは必然か。姫の祈る姿はヘラ=デウスのソレと同じだった。失伝した祈りが時を超え、現世に復活した。

「おのれっ……クソッ、星の力が!!」

 幸運の星の力は再び、今度は完全に拮抗した。アルヘナとフォルトゥナ=アウストラリス・マキナの間を揺らめく幸運の星は双方の願いを叶えようと光り輝くが、双方の願いが矛盾するが故に結果として"何も起こさない"という事象を起こす。

 星を手中に収めれば神になれると見込んだ男の当ては完全に外れた。しかし、絶望はまだ続く。

 光。自らを更に窮地に追い込む光を見た。伊佐凪竜一とルミナの周囲を舞い踊るカグツチの光は、且つて地球で見た奇跡の再来。否。それ以上の光が集まり、戦場を煌々と照らし出した。

「チィ、忌々しいッ!!」

 ジェミニドラゴンが動く。巨躯の頭部の更に上空に魔法陣が展開するや、無数の落雷が戦場に降り注いだ。轟音、閃光を伴いながら雷撃が周囲の全てを破壊する。が、2人は致命傷どころか掠り傷一つ受けない。無傷のまま佇む2人は互いの顔を見合わせ、巨躯目掛け突撃した。周囲の竜は次元すら切り裂く斬撃に薙ぎ倒され、瞬く間に消滅する。

「ゴミがッ、神たる俺に、俺にィ!!」

「お前を神だと認めない!!」

「その考え方、寧ろ悪魔だろうが!!」

「神に対して不遜な口をッ!!貴様等ニンゲンの方がよほど悪魔だろうが!!どいつもこいつも外面だけ、弱く醜い内面から目を背け、自由を絶対の権利と己惚れ、欲望のままに人から世界から全てを奪い尽くし、愛だの友情だの正義だの平和だの平等だの勝手に作った価値観に振り回され縛られ流され迷い、他者を妬み憎み蔑み罵り傷つけ裏切り最後には殺す。その堕落しきった意志で人間を気取るか!!俺より醜い、寧ろ化け物だろうが!!」

「それは全部じゃない!!」

「悪い部分だけで人間を評価するな!!」

「真理だ!!堕落した人間こそが悪魔なんだよ!!内面を見る事が出来ないから感じないだけ、あるいは見て見ぬ振りか?己惚れ、過信し、飾り立て、その果てに自尊心が肥大化した化け物。ソレが人間だ!!だから互いを否定し、認めず、過ち、殺すんだろうが!!だから俺が罰を与えるんだよ。"神たる俺の為に生きて死ね"という唯一絶対の価値を与えてやると言ってるんだ!!その肉の内に醜い化け物を飼う貴様等を救おうと言う俺の慈悲を理解しろよクソが!!」

「今日ココまでの何処に慈悲があるんだ!!」

「お前はそうやって尤もらしい理由を付けて、自分以外の全部を踏み潰してきただけだッ!!」

「神がそう命じていると言っているだろうが!!神罰と言えよクズがァ!!」

「どうあっても上から見下ろすしか出来ないのか!!」

「ならば、下まで引き摺り下ろす!!」

「俺をッ、見下すなぁ!!」

 互いが本音をぶつけ、否定する。しながら、戦い続ける。その戦いは余りにも苛烈過ぎて、もう誰にも手が出せない状態になっていた。

 無数の魔導が飛び交い、その隙を縫う様に黒い剣閃が走ると同時に巨躯の右腕が斬り裂かれる。数キロを瞬く間に跳躍しながらの斬撃。常軌を逸し、物理法則を無視した機動からの攻撃を捉える事など誰にも出来ない。

 ジェミニドラゴンの傷は瞬時に復元されるが、直後にそうさせまいと無数の青い刃が塞がろうとする傷口目掛けて流星の如く降り注ぎ、右腕をズタズタに斬り裂いた。

 修復が間に合わない右腕を失ったジェミニドラゴンが怒りと恐怖に満ちた叫びを上げながら、出鱈目な速度で左腕を振り下ろす。が、攻撃は虚しく空を切った。凄まじい速度に威力であろうが、当たらなければ意味はない。

 幸運の星は拮抗し、事象の改変は機能しない。となれば、この世界を構成するあらゆるルールから外れた伊佐凪竜一とルミナを止める事はもう出来ない。
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