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終章 呪いの星に神は集う

378話 最終決戦 ~ 第二次神魔戦役 其の2

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「大丈夫、か?」

「……して、どうして。私、死んだのに。なんで、なんで!?」

 大聖堂外れの小高い丘に、少女の叫びが木霊した。予期せず蘇生を果たしたフォルトゥナ姫の錯乱振りは余りにも酷い。自らを殺したオルフェウスすら認識せず、呼びかけにも応じない。救いであった死すら拒絶された絶望に、何も見えず、聞こえず。

「どうして、どうしてみんな私を生かすんです?もうこんな生き方嫌なのに……憎まれて、恨まれて、恐れられて、孤独で、逃げる道すらなかった。なんで!!」

 血塗れのドレスを振り乱しながら姫はオルフェウスに訴えた。声は震え、目には涙が浮かぶ。しかしオルフェウスは答えられない。いや、果たして誰が答えられるのか。

 救う答えが世界のどこにも無いならば、姫は再び死を選ぶ。今の姫に星の加護は無きに等しく、願えば容易く達成出来る。達成すれば姫の魂はカグツチ巡る輪廻の輪か、さもなくば黄泉へと堕ちる。

 誰も、何も語らない。無言の間。が、無為に時間が進む間にも竜の群れは突き進む。その数は余りにも多く、今の姫とオルフェウスなど容易く押し潰す。英雄は遥か上空。スクナとクシナダは未だ姿を見せず。現状で唯一事態を打開し得る力を持つ邪神は"見守る"という約束通り何もしない。

「力を手放しても幸せになんてなれない。不幸を捨てれば幸福になれるわけじゃない。自分がそう願わなければ、思わなければ、決めなければ幸せになんてなれはしない!!」

 遥か上空、ジェミニドラゴンの頭部からルミナが叫んだ。彼女がそう願ったというそれだけの理由で、声は数千メートル以上を離れたフォルトゥナ姫の元に届く。

「全てを他人に委ねた決断の先に幸せなんて無い。自らの生き方は自分で決めろ。誰かに与えられた幸福に、選ばされた死の先には何もない。そんな最後でいいのかッ、受け継がれた願いをそんな理由で投げ捨てていいのか!!」

「私は、あなたほど強くはないッ」

「お前は!!一体何を見てきたんだ!!」

 ルミナの声に、姫の感情が僅かに動いた。しかし声と同じで余りにも小さい。未だ心は絶望に沈んだまま。ならばと今度は伊佐凪竜一が叫ぶ。掻き消すような叫びに姫は僅かに震え、隣に立つオルフェウスに寄り掛かった。まるで救いを求める様に。

「短かったけど、それでも世界を見て回っただろ?思い出せ!!誰が神を怖がっていた?誰も怯えず、頼らず、懸命に生きてただろ!!お前の力も、神の力もその程度だ!!お前は、自分で自分を縛ってるだけだ!!救うんだよ、お前を助けるのはお前自身しかいない!!俺達も傍にいるから、だからッ!!」

「そんな、そんな勝手な事言わないで!!私の何が分かるの……」

 やはり、届かず。彼女の抱える絶望は余りにも重く、深い。全てを拒絶した姫は伊佐凪竜一を突き放すとオルフェウスに縋った。

「お願いです。私を、私を……」

 しかし、オルフェウスは最愛の姫の懇願に何らの行動もとらない。その顔は苦痛に満ちる。出来ない。もう、殺せない。己の本心を知ったオルフェウスに姫は殺せない。

 男の心変わりを知った姫は弱々しく地に伏すと、小刻みに震え出した。眼から落ちた雫が土に染みを作る。姫が願った死による救済は儚く散った。彼女に残された道は絶望に塗れた自殺しかない。

 その姫の身体が揺さぶられた。星が、鳴動した。

 無表情で空を上げた姫の泣きはらした目に、星を喰らい生まれた竜の頭部を持つ歪な神が映る。骨と核に強固な外皮を纏い、完全な竜として顕現したアルヘナに姫は小さく"ヒ"と零した。

「ハハ、なら殺してやるよ!!貴様の悩みに満ちた人生は終わりだ!!今、ココで消えろ!!」

 姫の恐怖に目ざとく気づいたアルヘナが動く。器たる姫の死こそが絶対勝利の条件。星に呼応し竜も鳴動、腹部を開いた。その奥には巨大な砲身が見え、砲身の奥には淡い緑を含んだ輝きが灯る。

伍式ゴシキ!?星ごと吹き飛ばすつもりかッ!!」

「嘘だろッ!?」

 見覚えのない兵器の名をルミナが叫んだ。彼女の記憶の端に残る伍式"スメラギ"は、外宇宙へと商機を求めたザルヴァートル財団が護衛艦に搭載する予定で建造させたものの、肝心のマガツヒ相手に全く効果が無かった為に記録から抹消された兵器。製造に携わった特兵研に辛うじて映像データだけが残っており、現物は当該銀河の何処にも存在しない。

 脳裏を掠めた星を容易く破壊する映像にルミナが動く。同時、伊佐凪竜一も反射的に彼女の後を追った。

「死ねよッ!!」

 神の咆哮。続けて、呉式が限界まで駆動する音が唸り声の様に周囲に木霊す。が、発射せず。

 正しく青天の霹靂へきれき。好天に無数の轟音と雷光が踊り、空気を震わせながら一斉に伍式目掛けて突き進み、爆発音と衝撃と共に砲身を食い破った。巨躯の体勢が僅かに崩れる。

「チィッ、雑魚がァ!!」

 見上げる程の巨体が声の主を探し、咆える。

「そうやって一々見下してるから足ィ掬われるんでしょッ!!」

 ジェミニドラゴンの攻撃を阻止したのは姫の下へと向かう最中のクシナダ。カストールから受け継いだ力は今や彼女の力となり、邪竜の一撃を阻止した……

「だが無駄だッ、纏めて死ねよ!!」

「え、うっそ!?」

 かに思えた。ジェミニドラゴンの腹部から深緑の輝きが吹きあがり始めた。破損を無視した強引な一撃。再びの咆哮。周囲に木霊す絶望的な振動に続けて本体が蠢き、巨躯の腹部に光が集束し、撃ち出された。

 星を消滅させる悍ましい輝きは姫を目掛けて一直線に突き進む。直前の攻撃によるズレは微細な差でしかなく、ほぼ確実に直撃する。当たれば即死。

 今度こそ終わりだと誰もが目を逸らすか、あるいは呆然と見つめる。心に浮かぶのは日に二度も死ぬ姫への悲哀。が、有象無象の悲哀を両断する黒い閃光が横切った。深緑を侵食する漆黒の剣閃。伊佐凪竜一の放つ一撃は星を破壊する悍ましい光から姫を護る様に遡り、今度こそ砲身を破壊した。

  伍式はその大半が斬り払われた。が、残った僅かが姫達の立つ小高い丘を突き進む。依然として姫の命は危険に晒されたまま。が、軌道上に白い粒子が輝き出したかと思えば、瞬く間に無数の刀が生まれた。刀は幾重にも折り重なり、やがて巨大な盾となり絶望に動けない姫の前に立ちはだかる。

 刹那、一際に大きな衝撃。空気が、大地が震えた。超高エネルギー粒子の直撃、飛散した影響は余りにも甚大。彼方此方に飛び散ったエネルギーは周辺諸共に竜を巻き込みながら巨大な爆発と爆炎を上げ続ける。

 やがて風が吹きつけ、巻き上げた炎と煙を薙ぎ払う。

 無傷の姫が、呆然と佇んでいた。死んでいない。クシナダが逸らし、伊佐凪竜一が分断し、残りをルミナが防ぎ切った事で伍式の光から生き延びた。が、その当人に喜びは皆無。絶望に染まった生気のない目はただ茫然と巨躯を見上げる。姫は生を、救いを求めていない。

 無意味だったのかと、誰かが疑問を投げかけた。星を破壊する光の引いた戦場、その様子を伝えるディスプレイに異変が映り込む。

 崩れ落ちるルミナ。その身体は小刻みに震え、口から血が零れ落ちる。片膝で辛うじて立つ伊佐凪竜一とクシナダの呼吸は酷く荒れており、杖代わりの刀から手を離せない。僅か十数秒前とは全く違う、満身創痍を作り出したのは間違いなく幸運の星。

 星がアルヘナの願いを叶えている。蘇生したはいいが未だ絶望に捕らわれた姫の心から星が離れつつある。となれば、その影響は苦悶にのたうつ3人だけに止まらない。

 連合支配域に不幸があまねく広がり始めた。不自然な身体の痛み、再発する筈の無い事故、空から降り注ぐ流星、荒れ狂う自然現象、旗艦では生命維持装置の停止等々。襲い来る不幸の数々が不測の事態を引き起こし、営々と築き上げた文明を蹂躙し始めた。

 目の前に起こる因果を無視した不幸の連鎖に、誰もが改めて思い知った。幸運の星の力と、その力で連合を支え続けて来た歴々の姫の崇高な精神に。それ程に現状は凄惨。幸運の星を持つ者が傲慢に振る舞っただけで文明は風前の灯火となる。だというのに星を手中に収めたアルヘナには何ら影響を及ぼさない。愚者が夢見るノーリスクハイリターンの力が、銀河に牙を剥いた。

「忌々しい。だが、ハハハハっ!!次は防げまい。さぁどうするッ!!」

 アルヘナは巨躯の中で下卑た笑い声を上げながら、砲身の修復と並行する形で再び"伍式"に火を灯した。神話の如き戦いとその終末に訪れるという破滅を目の当たりにした全ての人間の眼前に、絶望を象徴する淡い緑色が再び映し出された。

 ジェミニドラゴンの腹部に再び光が集束し始める。僅かな材料で恒星レベルのエネルギーを放出する"深緑の炎"をエネルギー源として稼働する呉式は、その桁違いの破壊力と危険性故にオリジナルは解体封印され、残ったデータも全て破棄させられた。

 伊佐凪竜一とルミナが万全だったならば余裕で防ぐことが出来た。しかし現状は悲惨極まりなく、一撃防げただけでも御の字。そんな攻撃をもう一度防ぐ事など出来ない。

 幸運の星は更に輝き、現状で反抗し得る伊佐凪竜一、ルミナ、クシナダを更に苦しめる。星がより強い意志を持つアルヘナの意志を反映する形で事象改変を行った結果が、因果を無視したあらゆる苦痛という形をとる。

 主星に残存した戦力の内、動ける者はスクナとオルフェウスしか残っていない。残存する竜の群れを相手に善戦する2人の戦闘能力は一般と比較すれば桁違いに高いが、この状況を覆すには余りにも弱すぎる。残ったカストールは瀕死の上に力の大半をクシナダに渡しており、フォルトゥナ姫は未だに絶望に心を捕らわれたまま。英雄達の言葉は、姫の冷えた心を揺り動かすには足らなかった。

 説得出来ねば姫は今度こそ死ぬ。そのはなむけは、心を潰さんばかりの絶望。姫の生い立ちやこれまでの足跡から判断すれば、正しく不幸としか表現できない。しかし当人はそれを望む。あの場から動かないのが証左。

 万事休す。映像を見る誰もが、淡い深緑の輝きの中に銀河の終焉という未来を垣間見た。
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