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終章 呪いの星に神は集う
366話 叛逆
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旗艦に出現した機竜が聖堂を震わせる咆哮を上げる半日以上前――
「随分と酷い有様だけど、誰にやられたんだ?」
「アイアースだ」
研究者の1人がガラクタの山に語り掛けると、声に反応したガラクタが僅かに動き、ゆっくりと返事をした。
「後は我々も、か」
「ン?同士討ちか?」
「いや、神託だ。まさかアイアースが所持しているとは思わず、不覚を取った」
三様の異なる返答に、特兵研から逃げ延びた研究者達は動揺した。ガラクタは惑星ザルヴァートルが誇る最高戦力"セラフ"の成れの果て。彼等は伊佐凪竜一と協力関係を結んだ直後、アイアース|(正確にはアイアースと瓜二つのアルヘナ)に敗北を喫したという。その手段も神託というセラフに命令を強制するコードによって、だ。
「嘘じゃないよな?」
研究者の数人が口々に真偽を問いかけた。誰もが驚くが、無理もない話。この時点で守護者は限りなく怪しかったが、一方で確たる証拠は何もなかった。だというのに総代であるアイアースが直接的な行動に打ってでたという。
「記録映像を見ればわかる。セーフティは解除しておくので確認してみると良い」
「ならさ、この映像が有れば」
映像の存在に、隠れ家から様子を窺うしか出来なかった研究者達が湧き立った。程なく彼等の視線にセラフの言葉通りの映像が流れる。背後から強襲するウリエルとラファエルに無抵抗のミカエルは呆気なく破壊され、続いて無抵抗の残り二機を嬉々として破壊するアイアースの歪んだ笑みが映像に映る。
「今回の一連に新総帥も一枚噛んでいる。アイアースと口裏を合わせる程度は計画している筈だ」
「クソッ、ならもっと確実な証拠を探さないと!!」
「無いモノを探すのは時間の無駄だ」
現状を打開しようと躍起になる研究者達にミカエルが冷や水を浴びせた。余りにも機械的で、それ以上に冷静な返答に水を打ったように静まり返る。
「頼みがある」
横たわる静寂に、ミカエルが提案を重ねた。
「おい、まさか?」
「話しが早くて助かる。頼めるか?」
「良いのか?セラフに関する全技術は極秘扱いで、今この状況ですら協定違反なんだぞ?」
「現状ではそうも言っていられない」
セラフの依頼が破損した体躯の修復と察した研究者達は驚いた。彼等の構造はザルヴァートルだけの秘密となっており、例え不測の事態に陥ろうが無暗に解析する事も修復する事も固く禁じられている。彼等はその秘密を曝け出す覚悟で特兵研に助力を請うた。
連合全域に極めて強い影響力を持つ一族と事を構える輩は表立って存在しない為、この約束は今の今まで厳守され続け、従って何処の惑星もセラフがどう言った構造となっているか知る事さえ出来なかった。
有能な人材を取り込み続けたザルヴァートルが作り上げた最高傑作ともなれば、連合が想像もつかない技術がふんだんに使用されている。金を過剰に持つと言う事は謂れの無い恨みを買うのと同義。一族には敵が多かった。それがセラフ誕生の理由であり、身体構造を秘密にし続ける理由でもある。
「分かった。けど、何か言われたら庇ってよ?」
「無論だ。我等からも説得を試みるから安心して欲しい」
「オーケー。なら後は、頼むから生きて戻ってくれよ」
「我等が敗北すると言うならば、それは連合が滅びるのと同義では無いかな?」
「滅多な事言わないでくれ。じゃあ始めるが……で、誰をベースにすりゃ良いんだ?」
話しは恙なく進んだ、特兵研の研究者がその言葉を発するまでは。その何気ない質問を聞くやセラフ達の態度は一転、喧々囂々の議論が勃発した。主張は単純、自らをベースにしろの一点張り。自らが如何に優れているか、今後の戦いに如何に有用かをプレゼンする三者の主張と様子を窺えば、決して相手を貶めず、相手が主張を言い終えるまで律儀に待ち続けたりと議論のお手本を示すかの様に振る舞う。が、一方で梃でも引き下がるつもりはない。
三者が三様にやれ総合的な能力が優れているだの、敗北理由が遠距離からの魔導であるから近接戦闘を主体に攻めるべきだの、ルミナ=ザルヴァートルの安全確保を優先すべきだから防御性能をおろそかにしてはならないだのと言い合う様子を最初は楽しげに見ていた特兵研だったが、しかし一向に終わる気配の無い議論に辟易し……
「じゃあアレだ、俺とコイツがジャンケンするからどっちが勝つか賭けろ」
特兵研の1人がそう言うや、隣で報道番組を眺める同僚の肩を引っ掴みながらセラフに提案した。同僚は唐突な提案に最初こそ不貞腐れ気味だったが、即座に状況を理解するや指をポキポキと鳴らし始めた。以上がメタトロン誕生までの経緯。
「こんな事を頼むのもお門違いだが、頑張ってくれよ」
「承知した、最善を尽くす」
「あんがとさん。あぁ、俺達がこうして仲良くできるのに、なんで人同士はこうも拗れるのかね。泣けるよ」
「人類は争い合う運命にあるのかも知れないが、双方に歩み寄る意志があれば何れは元に戻る可能性はある。人は弱い、醜い。しかし、それは一面でしかない。闇があるならば、光もある。私は歴々の総帥の中に光を見た。そして、その光は君達の中にもある」
「照れるねぇ。あぁそれから、生きて帰って来てヨ。これ、打算じゃないからな」
「感謝する。不思議だな。今の私は、その光を護りたいと願っている」
紆余曲折の末、ミカエルをベースに余剰部品で組み上げられる事となったメタトロン。その最中、セラフ達は見出した。見慣れない構造に奮闘する特兵研の1人が零した泣き言に、己が戦うべき理由を見出した。
事の始まりは強硬な手段で新総帥となったフェルムへの不信感から。しかし、もうそれだけではない。伊佐凪竜一との約束、前総帥アクィラの血縁ルミナ、そして彼等の体躯を修復する特兵研の研究者達。幾つもの理由が、彼等を動かす。
※※※
「クソ、クソクソクソクソクソクソクソクソクソッ。こんな筈じゃぁ!!」
動かぬ車の中で、男が苛立ちを募らせる。
「あの野郎。俺を、財団総帥を利用しやがった!!クソがァ!!」
抑えきれない怒りは、やがてシートを蹴るという幼稚な行動として表出し始めた。フェルム=アヴァルス・ザルヴァートル。前総帥を謀殺し、新たな総帥へと昇った男。しかし、過ぎた席だった。性格も、能力も、人望も人脈も何もかもが足りない。だというのに欲望とプライドだけは人並み以上だった男は何の根拠もなく己こそが総帥に相応しいと夢想、行動を起こした。
守護者と共謀した男はセラフ不在の間に次期総帥を選抜する継承戦に強い影響力を持つ賢人会議を制圧、己を副総帥に指名させた。その後、旗艦に滞在中のアクィラ総帥をタナトスとの約束を無視する形で殺害し、現在へと至る。が、そうまでして手に入れた総帥の座は風前の灯火。
「出て来い」
車外からの声に、男は身体を強張らせた。
「き、貴様」
「私が、私達が誰か分かるな?」
「……は?あ、いやそうか。セラフか。そうだな?」
正体を看破したフェルムは歓喜に震えた。これで助かる。命の保証ができるや男は皮算用を始める。セラフと共に一旦逃げ延び、連合各惑星の戦力を纏め、反抗作戦に打って出る。今の己にはそれだけの発言力がある。実現する、いやさせねばならない。荒唐無稽な絵図が男の軽い頭に描かれた。
「よし。お前達、俺を護え」
「断る」
その絵図がいとも容易く破かれた。セラフ達はフェルムの申し出を即断で蹴った。
「は?貴様ッ、神託の存在を忘れたのか!!」
フェルムは、ならばとセラフに神託の行使をチラつかせる。セラフを操る特殊コードがあれば彼等の意志など関係ない。が、やはり目論見は甘い。
「忘れてなどいない。だが、お前が知らぬこともある。神託は、一度限りだ」
「は?」
セラフの反論に男は素っ頓狂な声を上げた。男は無能なりに現状をよく理解していた。セラフは恐らく自分を守らない。だから神託という枷を再び使用すれば良いと考えた。しかし、軽薄な思考が描いた絵図は容易く崩壊した。
「ハッタリだ!!」
声を張り上げるフェルム。が、無言を貫くセラフの前に盛り返した意気は瞬く間に消沈した。男の中に、疑惑が生まれる。神託に回数制限があるなどという話は聞いた事がない。
しかし、傍と気付く。今の己に真実を確認する方法がない。前総帥は自身が殺害した。賢人会議に確認を取ろうにも、副総裁となる為に力づくで制圧した過去が仇となる。セラフは言わずもがな。男は、己の浅慮な性格と傍若無人な行動により情報を手に入れる術を失った。
「バ、馬鹿な。そんな話!?」
「神託とは遥か昔から受け継がれた約束なのだ。存在するが絶対に使用しない。だから使用しない限り我等は忠誠を誓う。人ではない我等を人と認めた歴々の総帥、議長との間に交わされた約束は、正式な手順で選任された際に告げられるのだよ」
「な、何だと……そんな馬鹿げた」
神託の意味と真実にフェルムは愕然とした。神託は財団総帥と賢人会議議長がそれぞれ一度ずつ下せる。賢人会議議長分はフェルムが強奪し、前総帥殺害時に邪魔させない様セラフ達の行動を制限する為に使用した。
この時点で残りは総帥分のみ。が、協力の見返りに貸し与えてしまった。タナトスは伊佐凪竜一を罠に嵌める為、ガブリエルに神託を使用してクロノレガリア大聖堂に誘導した。これは問題ない。しかし、アイアース|(実際はアルヘナ)は神託を使いミカエル、ウリエル、ラファエルを纏めて無力化した後に破壊した。どう考えても無駄で無意味な行為だが、使用した事実に変わりはない。
「だが、お前はッ!!貴様はッ、その約束を踏みにじった!!」
「ハ、ハハ。そうか、そうかよ。だが残念だなぁ。セーフティまでは外せていないだろ。そうだよなぁ?」
完全に八方塞がりなフェルムは恐怖で震えながらも必死で頭を働かせ、唯一の希望を見出した。勝ち誇る理由はセラフに掛けられた"ザルヴァートル財団、及び一族には危害を加えてはならない"というセーフティ。が、メタトロンは余裕とばかりに口の端を歪めた。
「何が可笑しい!?」
「恨むのならば、通信だけ制限しなかった神を恨むのだな」
「は?」
意味を理解できないフェルムはまたしても素っ頓狂な声を上げながらも、しかし即座に踵を返す。現時点で逃げる以外の選択肢は無い程度は理解しているようだ。
「聞こえるな」
その足が、声に止まる。メタトロンに背を向けた直後、眼前にディスプレイが浮かんだ。逃走を邪魔する様に展開した映像に映るのは次期総帥の座を賭けて戦った男。フェルムの動揺が頂点に達する。
「マ、マリン!?」
「総力戦らしいね。ウチの艦を制圧していた守護者達が消えてくれたので漸く自由になったよ。さて、本題だ。賢人会議の合議により、フェルム、クーラ、ファルサの3名をザルヴァートル一族から追放する決議が承認された」
「なッ!?」
「と、いう訳だ。君には散々に煮え湯を飲まされたからね、すんなりと決まったよ」
画面に映る男は賢人会議が下した決定を淡々と告げた。一族からの追放。その一言が、男を絶望の底に突き落とす。現状においてセラフに優位を取れる要素はセーフティのみ。ソレを、外部から外された。栄えあるザルヴァートル一族という梯子を下ろされた己に待つ運命は1つしかない。
ドシン――
大きな振動にフェルムは背後を見やり、怯えた。ヒ、と情けない声が漏れる。力強く地を踏みしめるセラフの表情は憤怒に染まっていた。長きに渡り果たされてきた約束を己が欲望の為に売り渡した男への怒り。総帥を護るという約束を果たせなかった怒り。己が意志を蹂躙し、道具として扱った怒り。堪えがたい怒りが、声に、顔に、行動に噴出する。
「ちがう。おレ」
「黄泉の闇に落ちろ、外道がァァァァァァ!!」
怒りと共に振り抜いた拳はフェルムの顔面に直撃、そのまま数メートルを吹き飛ばされた男は青々と繁る樹木の幹に叩きつけられ、意識を喪失した。死んではいないが、しかし結果は同じ。英雄が勝利すれば連合とザルヴァートルに断罪され、神が勝ては用済みとして処分される。目的の為に大勢を犠牲にした男に真っ当な未来は無い。それはフェルムを置き去りに逃げた残りの2人も同じ。
「行くのかい?」
仇を討ち、怒りを収めたメタトロンにマリンが問う。
「はい」
「なら何も言わない。君達の行動も、体躯の方もだ。特兵研には後で僕から詫びを入れておくよ」
「ありがとうございます」
一言、メタトロンはそう語るとマリンの視界から消失した。
※※※
「助太刀に参った」
奇妙としか言いようのない、継ぎ接ぎだらけの不格好な式守が大聖堂に姿を見せたのは機竜の咆哮が轟いた丁度その頃。
「漸くか、恰好付けてないで早く手伝ってくれ!!」
「終わりましたか?」
「あぁ。1人だけだが、ケリは付けてきたよ。ガブリエル」
遅れた詫び代わりに数機の量産型を戦闘不能にした行動に、全員がそれ以上を語らなかった。誰もが見た。人の目を模した無機質な眼差しの奥に、人と同じ意志の輝きを見た。初めて己が意志で行動を起こしたセラフは、信仰する神"ザルヴァートル財団新総帥"に弓を引き、人と交わした約束の為に戦場へと舞い戻った。
-----------
※241021 一部を修正しました。
「随分と酷い有様だけど、誰にやられたんだ?」
「アイアースだ」
研究者の1人がガラクタの山に語り掛けると、声に反応したガラクタが僅かに動き、ゆっくりと返事をした。
「後は我々も、か」
「ン?同士討ちか?」
「いや、神託だ。まさかアイアースが所持しているとは思わず、不覚を取った」
三様の異なる返答に、特兵研から逃げ延びた研究者達は動揺した。ガラクタは惑星ザルヴァートルが誇る最高戦力"セラフ"の成れの果て。彼等は伊佐凪竜一と協力関係を結んだ直後、アイアース|(正確にはアイアースと瓜二つのアルヘナ)に敗北を喫したという。その手段も神託というセラフに命令を強制するコードによって、だ。
「嘘じゃないよな?」
研究者の数人が口々に真偽を問いかけた。誰もが驚くが、無理もない話。この時点で守護者は限りなく怪しかったが、一方で確たる証拠は何もなかった。だというのに総代であるアイアースが直接的な行動に打ってでたという。
「記録映像を見ればわかる。セーフティは解除しておくので確認してみると良い」
「ならさ、この映像が有れば」
映像の存在に、隠れ家から様子を窺うしか出来なかった研究者達が湧き立った。程なく彼等の視線にセラフの言葉通りの映像が流れる。背後から強襲するウリエルとラファエルに無抵抗のミカエルは呆気なく破壊され、続いて無抵抗の残り二機を嬉々として破壊するアイアースの歪んだ笑みが映像に映る。
「今回の一連に新総帥も一枚噛んでいる。アイアースと口裏を合わせる程度は計画している筈だ」
「クソッ、ならもっと確実な証拠を探さないと!!」
「無いモノを探すのは時間の無駄だ」
現状を打開しようと躍起になる研究者達にミカエルが冷や水を浴びせた。余りにも機械的で、それ以上に冷静な返答に水を打ったように静まり返る。
「頼みがある」
横たわる静寂に、ミカエルが提案を重ねた。
「おい、まさか?」
「話しが早くて助かる。頼めるか?」
「良いのか?セラフに関する全技術は極秘扱いで、今この状況ですら協定違反なんだぞ?」
「現状ではそうも言っていられない」
セラフの依頼が破損した体躯の修復と察した研究者達は驚いた。彼等の構造はザルヴァートルだけの秘密となっており、例え不測の事態に陥ろうが無暗に解析する事も修復する事も固く禁じられている。彼等はその秘密を曝け出す覚悟で特兵研に助力を請うた。
連合全域に極めて強い影響力を持つ一族と事を構える輩は表立って存在しない為、この約束は今の今まで厳守され続け、従って何処の惑星もセラフがどう言った構造となっているか知る事さえ出来なかった。
有能な人材を取り込み続けたザルヴァートルが作り上げた最高傑作ともなれば、連合が想像もつかない技術がふんだんに使用されている。金を過剰に持つと言う事は謂れの無い恨みを買うのと同義。一族には敵が多かった。それがセラフ誕生の理由であり、身体構造を秘密にし続ける理由でもある。
「分かった。けど、何か言われたら庇ってよ?」
「無論だ。我等からも説得を試みるから安心して欲しい」
「オーケー。なら後は、頼むから生きて戻ってくれよ」
「我等が敗北すると言うならば、それは連合が滅びるのと同義では無いかな?」
「滅多な事言わないでくれ。じゃあ始めるが……で、誰をベースにすりゃ良いんだ?」
話しは恙なく進んだ、特兵研の研究者がその言葉を発するまでは。その何気ない質問を聞くやセラフ達の態度は一転、喧々囂々の議論が勃発した。主張は単純、自らをベースにしろの一点張り。自らが如何に優れているか、今後の戦いに如何に有用かをプレゼンする三者の主張と様子を窺えば、決して相手を貶めず、相手が主張を言い終えるまで律儀に待ち続けたりと議論のお手本を示すかの様に振る舞う。が、一方で梃でも引き下がるつもりはない。
三者が三様にやれ総合的な能力が優れているだの、敗北理由が遠距離からの魔導であるから近接戦闘を主体に攻めるべきだの、ルミナ=ザルヴァートルの安全確保を優先すべきだから防御性能をおろそかにしてはならないだのと言い合う様子を最初は楽しげに見ていた特兵研だったが、しかし一向に終わる気配の無い議論に辟易し……
「じゃあアレだ、俺とコイツがジャンケンするからどっちが勝つか賭けろ」
特兵研の1人がそう言うや、隣で報道番組を眺める同僚の肩を引っ掴みながらセラフに提案した。同僚は唐突な提案に最初こそ不貞腐れ気味だったが、即座に状況を理解するや指をポキポキと鳴らし始めた。以上がメタトロン誕生までの経緯。
「こんな事を頼むのもお門違いだが、頑張ってくれよ」
「承知した、最善を尽くす」
「あんがとさん。あぁ、俺達がこうして仲良くできるのに、なんで人同士はこうも拗れるのかね。泣けるよ」
「人類は争い合う運命にあるのかも知れないが、双方に歩み寄る意志があれば何れは元に戻る可能性はある。人は弱い、醜い。しかし、それは一面でしかない。闇があるならば、光もある。私は歴々の総帥の中に光を見た。そして、その光は君達の中にもある」
「照れるねぇ。あぁそれから、生きて帰って来てヨ。これ、打算じゃないからな」
「感謝する。不思議だな。今の私は、その光を護りたいと願っている」
紆余曲折の末、ミカエルをベースに余剰部品で組み上げられる事となったメタトロン。その最中、セラフ達は見出した。見慣れない構造に奮闘する特兵研の1人が零した泣き言に、己が戦うべき理由を見出した。
事の始まりは強硬な手段で新総帥となったフェルムへの不信感から。しかし、もうそれだけではない。伊佐凪竜一との約束、前総帥アクィラの血縁ルミナ、そして彼等の体躯を修復する特兵研の研究者達。幾つもの理由が、彼等を動かす。
※※※
「クソ、クソクソクソクソクソクソクソクソクソッ。こんな筈じゃぁ!!」
動かぬ車の中で、男が苛立ちを募らせる。
「あの野郎。俺を、財団総帥を利用しやがった!!クソがァ!!」
抑えきれない怒りは、やがてシートを蹴るという幼稚な行動として表出し始めた。フェルム=アヴァルス・ザルヴァートル。前総帥を謀殺し、新たな総帥へと昇った男。しかし、過ぎた席だった。性格も、能力も、人望も人脈も何もかもが足りない。だというのに欲望とプライドだけは人並み以上だった男は何の根拠もなく己こそが総帥に相応しいと夢想、行動を起こした。
守護者と共謀した男はセラフ不在の間に次期総帥を選抜する継承戦に強い影響力を持つ賢人会議を制圧、己を副総帥に指名させた。その後、旗艦に滞在中のアクィラ総帥をタナトスとの約束を無視する形で殺害し、現在へと至る。が、そうまでして手に入れた総帥の座は風前の灯火。
「出て来い」
車外からの声に、男は身体を強張らせた。
「き、貴様」
「私が、私達が誰か分かるな?」
「……は?あ、いやそうか。セラフか。そうだな?」
正体を看破したフェルムは歓喜に震えた。これで助かる。命の保証ができるや男は皮算用を始める。セラフと共に一旦逃げ延び、連合各惑星の戦力を纏め、反抗作戦に打って出る。今の己にはそれだけの発言力がある。実現する、いやさせねばならない。荒唐無稽な絵図が男の軽い頭に描かれた。
「よし。お前達、俺を護え」
「断る」
その絵図がいとも容易く破かれた。セラフ達はフェルムの申し出を即断で蹴った。
「は?貴様ッ、神託の存在を忘れたのか!!」
フェルムは、ならばとセラフに神託の行使をチラつかせる。セラフを操る特殊コードがあれば彼等の意志など関係ない。が、やはり目論見は甘い。
「忘れてなどいない。だが、お前が知らぬこともある。神託は、一度限りだ」
「は?」
セラフの反論に男は素っ頓狂な声を上げた。男は無能なりに現状をよく理解していた。セラフは恐らく自分を守らない。だから神託という枷を再び使用すれば良いと考えた。しかし、軽薄な思考が描いた絵図は容易く崩壊した。
「ハッタリだ!!」
声を張り上げるフェルム。が、無言を貫くセラフの前に盛り返した意気は瞬く間に消沈した。男の中に、疑惑が生まれる。神託に回数制限があるなどという話は聞いた事がない。
しかし、傍と気付く。今の己に真実を確認する方法がない。前総帥は自身が殺害した。賢人会議に確認を取ろうにも、副総裁となる為に力づくで制圧した過去が仇となる。セラフは言わずもがな。男は、己の浅慮な性格と傍若無人な行動により情報を手に入れる術を失った。
「バ、馬鹿な。そんな話!?」
「神託とは遥か昔から受け継がれた約束なのだ。存在するが絶対に使用しない。だから使用しない限り我等は忠誠を誓う。人ではない我等を人と認めた歴々の総帥、議長との間に交わされた約束は、正式な手順で選任された際に告げられるのだよ」
「な、何だと……そんな馬鹿げた」
神託の意味と真実にフェルムは愕然とした。神託は財団総帥と賢人会議議長がそれぞれ一度ずつ下せる。賢人会議議長分はフェルムが強奪し、前総帥殺害時に邪魔させない様セラフ達の行動を制限する為に使用した。
この時点で残りは総帥分のみ。が、協力の見返りに貸し与えてしまった。タナトスは伊佐凪竜一を罠に嵌める為、ガブリエルに神託を使用してクロノレガリア大聖堂に誘導した。これは問題ない。しかし、アイアース|(実際はアルヘナ)は神託を使いミカエル、ウリエル、ラファエルを纏めて無力化した後に破壊した。どう考えても無駄で無意味な行為だが、使用した事実に変わりはない。
「だが、お前はッ!!貴様はッ、その約束を踏みにじった!!」
「ハ、ハハ。そうか、そうかよ。だが残念だなぁ。セーフティまでは外せていないだろ。そうだよなぁ?」
完全に八方塞がりなフェルムは恐怖で震えながらも必死で頭を働かせ、唯一の希望を見出した。勝ち誇る理由はセラフに掛けられた"ザルヴァートル財団、及び一族には危害を加えてはならない"というセーフティ。が、メタトロンは余裕とばかりに口の端を歪めた。
「何が可笑しい!?」
「恨むのならば、通信だけ制限しなかった神を恨むのだな」
「は?」
意味を理解できないフェルムはまたしても素っ頓狂な声を上げながらも、しかし即座に踵を返す。現時点で逃げる以外の選択肢は無い程度は理解しているようだ。
「聞こえるな」
その足が、声に止まる。メタトロンに背を向けた直後、眼前にディスプレイが浮かんだ。逃走を邪魔する様に展開した映像に映るのは次期総帥の座を賭けて戦った男。フェルムの動揺が頂点に達する。
「マ、マリン!?」
「総力戦らしいね。ウチの艦を制圧していた守護者達が消えてくれたので漸く自由になったよ。さて、本題だ。賢人会議の合議により、フェルム、クーラ、ファルサの3名をザルヴァートル一族から追放する決議が承認された」
「なッ!?」
「と、いう訳だ。君には散々に煮え湯を飲まされたからね、すんなりと決まったよ」
画面に映る男は賢人会議が下した決定を淡々と告げた。一族からの追放。その一言が、男を絶望の底に突き落とす。現状においてセラフに優位を取れる要素はセーフティのみ。ソレを、外部から外された。栄えあるザルヴァートル一族という梯子を下ろされた己に待つ運命は1つしかない。
ドシン――
大きな振動にフェルムは背後を見やり、怯えた。ヒ、と情けない声が漏れる。力強く地を踏みしめるセラフの表情は憤怒に染まっていた。長きに渡り果たされてきた約束を己が欲望の為に売り渡した男への怒り。総帥を護るという約束を果たせなかった怒り。己が意志を蹂躙し、道具として扱った怒り。堪えがたい怒りが、声に、顔に、行動に噴出する。
「ちがう。おレ」
「黄泉の闇に落ちろ、外道がァァァァァァ!!」
怒りと共に振り抜いた拳はフェルムの顔面に直撃、そのまま数メートルを吹き飛ばされた男は青々と繁る樹木の幹に叩きつけられ、意識を喪失した。死んではいないが、しかし結果は同じ。英雄が勝利すれば連合とザルヴァートルに断罪され、神が勝ては用済みとして処分される。目的の為に大勢を犠牲にした男に真っ当な未来は無い。それはフェルムを置き去りに逃げた残りの2人も同じ。
「行くのかい?」
仇を討ち、怒りを収めたメタトロンにマリンが問う。
「はい」
「なら何も言わない。君達の行動も、体躯の方もだ。特兵研には後で僕から詫びを入れておくよ」
「ありがとうございます」
一言、メタトロンはそう語るとマリンの視界から消失した。
※※※
「助太刀に参った」
奇妙としか言いようのない、継ぎ接ぎだらけの不格好な式守が大聖堂に姿を見せたのは機竜の咆哮が轟いた丁度その頃。
「漸くか、恰好付けてないで早く手伝ってくれ!!」
「終わりましたか?」
「あぁ。1人だけだが、ケリは付けてきたよ。ガブリエル」
遅れた詫び代わりに数機の量産型を戦闘不能にした行動に、全員がそれ以上を語らなかった。誰もが見た。人の目を模した無機質な眼差しの奥に、人と同じ意志の輝きを見た。初めて己が意志で行動を起こしたセラフは、信仰する神"ザルヴァートル財団新総帥"に弓を引き、人と交わした約束の為に戦場へと舞い戻った。
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※241021 一部を修正しました。
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桔梗丸の船員のうち、意識のないまま小島(宮城県江島)に一人生き残された長岡は、「何故、私一人だけが。」と思い悩み、残された理由について、探しの旅に出る。その理由は何なのか…。前世で何があったのか。与一郎と玉の古の愛の行方は…。
GAME CHANGER 日本帝国1945からの逆襲
俊也
歴史・時代
時は1945年3月、敗色濃厚の日本軍。
今まさに沖縄に侵攻せんとする圧倒的戦力のアメリカ陸海軍を前に、日本の指導者達は若者達による航空機の自爆攻撃…特攻 で事態を打開しようとしていた。
「バカかお前ら、本当に戦争に勝つ気があるのか!?」
その男はただの学徒兵にも関わらず、平然とそう言い放ち特攻出撃を拒否した。
当初は困惑し怒り狂う日本海軍上層部であったが…!?
姉妹作「新訳 零戦戦記」共々宜しくお願い致します。
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第8回歴史時代小説参加しました!
札束艦隊
蒼 飛雲
歴史・時代
生まれついての勝負師。
あるいは、根っからのギャンブラー。
札田場敏太(さつたば・びんた)はそんな自身の本能に引きずられるようにして魑魅魍魎が跋扈する、世界のマーケットにその身を投じる。
時は流れ、世界はその混沌の度を増していく。
そのような中、敏太は将来の日米関係に危惧を抱くようになる。
亡国を回避すべく、彼は金の力で帝国海軍の強化に乗り出す。
戦艦の高速化、ついでに出来の悪い四姉妹は四一センチ砲搭載戦艦に改装。
マル三計画で「翔鶴」型空母三番艦それに四番艦の追加建造。
マル四計画では戦時急造型空母を三隻新造。
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科学技術の低さもそれに工業力の貧弱さも、金さえあればどうにか出来る!
令嬢の名門女学校で、パンツを初めて履くことになりました
フルーツパフェ
大衆娯楽
とある事件を受けて、財閥のご令嬢が数多く通う女学校で校則が改訂された。
曰く、全校生徒はパンツを履くこと。
生徒の安全を確保するための善意で制定されたこの校則だが、学校側の意図に反して事態は思わぬ方向に?
史実上の事件を元に描かれた近代歴史小説。
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