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終章 呪いの星に神は集う

356話 切り札

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「旗艦の行き先が分かるか?地球だ。貴様のせいだぞ、これは神に逆らった報いだ。それを貴様の代わりに無関係の民が受けるのだ!!」

 伊佐凪竜一の前に現れたアルヘナは絶望を告げた。その言葉に、伊佐凪竜一は苦虫を噛み潰す。その変化をアルヘナは見逃さない。女王の恐怖に染まった顔に余裕の色が混じり、やがて恍惚一色に染まった。

「ハハ……ハハハハハハッ!!所詮、人に出来る事などたがか知れている。さぁどうする!!俺を殺すか?だが殺したとて貴様に止めた方は分かるまい?そしてまだ俺は全力では無い。さぁ続けようか。だが急げよ、余り遅れると銀河の向こう側で花火が上がってしまうぞ?」

 何処までも相手を見下す男の物言い。しかし伊佐凪竜一は全く動じない。

「そうか」

「ハ、余りの事態に頭がついていかないらしいな」

「心配していない。お前は、俺が止める」

 挑発を無視する彼の言葉に、アルヘナの顔が一瞬で怒りに染まった。

「良い度胸だ!!だが俺は神だぞッ、たかだか二十年程度しか生きていないクソガキに負けると思うかッ!!」

 憤怒に叫ぶアルヘナは猛進し、対する伊佐凪竜一は反撃を試みる。が、その身体が僅か急に硬直した。何かあったのか考える間もなく、アルヘナの攻撃を真面に受けた伊佐凪竜一は派手に吹っ飛ばされた。

「ハハハッ、星の存在をもう忘れたか!!まだ完璧とは言い難いが、漸く制御が出来る様になった。やはり勝利は俺の頭上にこそ輝く!!」

 星の力に勝利を確信したアルヘナは右腕を掲げた。伊佐凪竜一に斬り落とされた右腕の断面に白い光が集まり、仄かに輝きながら光の筋を引くと腕の形を作り始め、輝きが消失すると生身の腕が現れ、最後に衣服が覆った。この間、僅か2,3秒ほど。斬り捨てられた腕が元通りになったアルヘナは、完治したばかりの腕で躊躇いなく殴り返した。

 復元能力。大量のカグツチを修復能力に当てる事で極めて高い治癒能力を発揮する技能は、一般的な傷が癒える現象とは桁違すぎる為、"復元"と区別される。

 双方共に復元能力を持ち、片や女王の力、片や幸運の星と異常な力も宿している。となれば、両者の戦いは戦闘経験が少ない伊佐凪竜一の不利。吹き飛ばされた伊佐凪竜一は即座に体勢を立て直し、一呼吸置くとルヘナに向け再突撃した。

 アルヘナもまた、不敵な笑みを浮かべながら同様に突撃する。一瞬で互いの距離は詰まり、攻撃の応酬が始まった。片方が殴り飛ばせばもう片方がお返しとばかりに殴り返し、斬りつければ蹴り飛ばされる。拮抗する勝負に互いが一度距離を取ったかと思えば、次の瞬間には両者共に一瞬で距離を詰め再び殴り合う。

 一見すれば互角。しかし、僅かずつではあるが伊佐凪竜一が追い込まれ始める。星の力。因果律を無視する星が輝き始め、少しずつアルヘナの有利に事象を改変し始めた。伊佐凪竜一の攻撃は不自然に外れるか、さもなくば身体が不自然に硬直して好機を逃す。決定打を与えられず、反対にアルヘナからの攻撃は必中する。

 優勢にアルヘナは手を止めない。空中へと飛び上がり、今度は遠距離からの魔導に切り替えた。絶望を与える為、より安全に伊佐凪竜一の意志を削ぐ為に空から超大威力の魔導を連射し始めた。

 豪炎が、吹雪が、轟雷が、暴風が、ありとあらゆる属性の攻撃が降り注ぐ。伊佐凪竜一は隙を縫うように地を蹴り、飛び上がる。しかし空中での戦いには慣れていない様で、回避の隙を狙い撃たれた。墜落。が、それでも諦めない。折り重なる無数の魔導をムラクモで薙ぎ払うと再び跳躍した。

 幸運の星を持つアルヘナと伊佐凪竜一の攻防は、極短い時間の間に優劣を入れ替えながら膠着状態へと陥る。

「貴様!!故郷がどうなってもいいのか?」

「くどい、任せていると言った!!」

「ガキがッ、口答えをするな!!」

 未だ不完全な星が生む劣勢に怒るアルヘナは出鱈目に空中を蹴り飛ばしながら接近した伊佐凪竜一を蹴り飛ばし、再び地面に叩き落とした。しかし、諦めない。経験少なく空中戦に不利を付けられる形となった伊佐凪竜一は、地上からアルヘナに咆えた。"止める"と、ただ一言だけ、彼は空に咆えた。

「止まらんよ!!貴様が足掻いた程度ではこの事態は何一つ動かん、変わらん、変えられんッ!!」

「それでも、止まるつもりはない!!」

「狂人がァ!!死ぬんだぞ、数十億以上が貴様の判断一つで。耐えられるのか、怨嗟の声に?いい加減、諦めろよクソがッ。貴様程度に救えるものなど無いんだよ!!」

 空中から見下ろすアルヘナは位置故の優越感からか、伊佐凪竜一に現状を突きつけた。しかし、それでも彼の態度はまるで変わらない。

「怖いさ。恨まれるのも、嫌われるのも、憎まれるのも全部。俺達だって思うほどに強くは無い」

「ならば潔く諦めろ!!」

「断る。それでも諦めないのは……」

「では死ね。人の中に生まれた突然変異!!過去の歴史を遡ればそう言った突然変異を受け入れたが故に、自由を愛したが故に人は病に侵されあまつさえ世界に、宇宙に広げた。人造の神はそれを良しとしたが、俺は許さん。貴様と言う癌細胞を、今この場で消し去ってやる!!」

「わかる。ずっと先、声も姿も分からない遥か向こうにいるアイツも同じ気持ちで戦っていて諦めていない。だからまだ諦めない」

「それが正しいとどうして言える?見えないだけ、もう屍を晒しているかもしれないだろうが!!」

「諦めないと言っているッ!!」

 動揺を誘うアルヘナの言葉に伊佐凪竜一は動じない。遠く離れた場所で戦うルミナも同じ気持ちであると理解しているから。たったそれだけを理由に伊佐凪竜一は動く。

 諦めない。英雄の心を震わせる意志は、遠く離れたもう一人の英雄に伝播する。共鳴と呼ばれる現象はカグツチにもあり、2人の意志に触発されたカグツチは同じ固有振動を取り、その力を増大させる。それは2人が折れない限り際限なく、無限に増幅し続け、カグツチはその固有振動に惹かれる様に集まり巨大なエネルギーを生み出す。その力が、彼の右手に収まる刀に流れ込む。

 ムラクモが段階的に力を開放し始めた。力を封じる護符が勝手に剥がれ落ち、刀身の半分ほどが剥き出しとなった。露わになった漆黒の刀身に波の様な模様が浮かび上がる。刀身を波の如く波打つ刃文。女王の翼と同じ真っ黒い刀身に浮かぶ不規則で白い波は、まるで刀自体が鼓動しているかの様な錯覚を見た人間全てに与える。

「な、なんだそれは!?ッ、不味い」

 アルヘナが刃の危険性に気付いた頃には既に遅く。歯を食いしばり、痛みに耐える伊佐凪竜一が刀を一度地面に突き刺し、力任せに一気に引き抜くと、漆黒の剣閃が生まれた。鋭い閃光は地を割り、空を突き進み、アルヘナを逆袈裟に斬り裂いた。防壁など、まるで意味が無かった。

 しかし全く、という訳ではなかった。防壁により剣閃の威力と速度は僅かに減衰、辛うじて直撃こそ避けた。とは言えアルヘナは右足首、左足の大半、腰部の一部と左手の半分を失った。切断された部位諸共に地面へと落下するアルヘナ。その顔が、驚愕に歪む。自らを切り裂いた斬撃はそのまま遥か上空に黒い、巨大な剣閃を残した。

 ドサッ――

 神を詐称した男の身体が、勢いよく地面に叩きつけられた。戦いは終わった。そう判断した伊佐凪竜一は踵を返し、フォルトゥナ姫の元へと向かう。姫の傍には力なく姫を抱きかかえるオルフェウスが、その傍には破損したネックレスが落ちていた。

 割れたネックレスは、さながら姫の命と重なっているかのように見えた。持ち主は死に、その運命から解放され、歴代の姫と共に継承されたネックレスも運命からの解放と共に役目を終えた。

「無事なのか?」

 伊佐凪竜一がオルフェウスに声を掛けた。よく見れば姫の身体から滴り落ちる血は止まっており、更に傷口も塞がっていた。助かる可能性があるかもしれない。その事実に、伊佐凪竜一の顔が僅かに綻ぶ。

「分からん」

「薬、あったのか?」

「あぁ、強いヤツを……」

 伊佐凪竜一の問いにオルフェウスは視線ネックレスに落とす。恐らく、そこに薬があったのだろう。一方、伊佐凪竜一は本当の夫婦の様に姫を抱き抱えるオルフェウスを見た。まるで憑き物が落ちた様に慈愛を含んだ眼差しで少女を見つめる顔に、自らを縛り付ける歪んだ思考からの解放を感じた伊佐凪竜一は、心境の変化に安堵した。刹那……

 ゴゴゴ――

 地の底から響く、凄まじい衝撃。

「何だ!?」

 驚く伊佐凪竜一を他所に、地面は何度も何度も揺れ動きながら、次第に勢いを増し続ける。地中を何かが動いている。

 姫を抱き抱えるオルフェウスは尚も激しさを増す足元を睨み付け、伊佐凪竜一はアルヘナが落下した場所へと視線を移す。が、そこには夥しい血痕が残るばかりでアルヘナの亡骸は無い。まだ、生きていた。

「地面の下のカグツチの流れが不自然だ」

「クソッ。アイツ、切り札を使うつもりだ!!」

 地の底の異変を察知した伊佐凪竜一は、オルフェウスが語る切り札という言葉にムラクモを握り締める。

「安全な場所まで下がれ!!」

 姫を抱えるオルフェウスは伊佐凪竜一の言葉を素直に受け入れ、引き下がった。去り際、"すまない"と、そう一言呟いた言葉にほんの少しだけ笑みを浮かべた伊佐凪竜一は、次の瞬間にはカグツチが集まっているであろう方向を睨み付けた。まだ、戦いは終わっていない。アルヘナが、いや星がある限り戦いは終わらない。
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