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第8章 運命の時 呪いの儀式

335話 追跡

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「待てッ!!」

「ウフフ、楽しいでしょ?」

「何処がだッ!!」

「昔はよくこうやって遊んだでしょ?かくれんぼ、好きだったじゃない?」

 出鱈目な速度で飛行する改式を猛追するルミナの存在に気付いたタナトスは、無差別に攻撃に並行し、勝手知ったる仲の如く気さくな言葉を背後に送る。その露骨に挑発染みた言動に初動の遅れが重なったルミナは焦る。

 無意味な行動の狙いは、分かってしまえば単純。脅し。誰もいない場所に攻撃しても当然ながら人死になど出ないが、もし追ってこないならばこのまま避難施設の建つ区域まで突っ込むと暗に示した。酷く狡猾で、豪胆な策。

 神代三剣を奪われた事により、数の優勢は無に帰した。大聖堂を戦場にし続ければ守護者など一網打尽。その程度は想像に難くない。だから、ルミナを隔離する必要がある。他では余りにも力不足で、自らを囮にする以外の選択肢は無い。彼女は冷静で、実利を優先する。ただ逃げたところで絶対に追跡などせず、現状で最優先すべきは守護者達との決着だと、悠々と斬り伏せただろう。

 故に、人質を取った。不幸にも、旗艦アマテラスには彼女が守らなければならない市民が無数に存在する。利用しない手はない。しない筈がない。タナトスは瞬時に判断、行動へと映した。その結果が今。まんまとルミナを誘き出しす事に成功、己が有利な戦場で一対一の状況を作り出した。

 後は守護者達が数でスサノヲを押し潰すか、ヤソマガツヒの到着を待てば良い。改式の中、タナトスは僅か先の未来を頭に描き、ほくそ笑む。余裕が生まれれば、視線はルミナから外れる。女は、オリンピア大聖堂で戦う2人の男を見た。僅か、ほんの僅かとはいえ釘付けとなる。己が見込んだ男が死力を尽くす。その光景に胸が、心が、魂が昂る。

 互いが武器を捨て、殴り合うその姿に女は高揚した。が、長くは続かず。機体を急停止させる。漸く、目的の端を踏んだ。ヤソマガツヒの強襲に備え、避難施設に移動する人の波。女は眼下に蠢く人の群れを一瞥、背後を振り向いた。映像に、一際高いの建造物の屋上に立つルミナの姿が映る。想像通りと、女は再び笑みを浮かべた。

「覚悟しろ」

 タナトスは風に揺らめく銀色の髪を靡かせたルミナが静かにそう呟いたのを聞いた。同時、彼女は手を真っ直ぐ前に伸ばすと掌を広げる。

「やはり、認められたのね」

「そうらしいな」

 改式からの無味乾燥とした声に、ルミナも淡々と返す。双方の視線の先には一振りの刀が中空に浮かぶ。刀身の半分ほどに護符が巻きつけられた青い刀。タナトスが持っていた筈のフツノミタマの本体。何時の間にか改式の操縦席から姿を消した本体は、自らが選定した者の前に姿を現し、その手に、在るべき場所に収まった。

「じゃあ、始めましょうか?」

 今この状況が最善。これ以上は有り得ない。女は笑みを無表情で塗り潰しすと、冷徹な視線を地上でごった返す人の群れに向けた。アレは無数の人質、あるいは盾。有効に活用すれば、無尽蔵に刃を生み出す能力を制限できると、そう考える。いや、そうして貰わなければ困る。

 フツノミタマを完璧に制御できると仮定すれば、真っ先に狙われるのは操縦席。何処にでも刃を作り出す能力で操縦者を直接攻撃するのが最も早く、且つ確実に決着を付けられる。馬鹿正直に改式と戦う必要はどこにもなく、何より戦闘が長引けば状況が悪化する。

 だから、人ごみに逃げる。フツノミタマの刃はルミナの能力と相まって、防壁など容易く貫通する。操縦者を潰せば改式などただの鉄屑。地上に辿り着けば勝ち、それまでに止められれば負けという単純明快なルール。

「止めるッ!!」

「アハハ、この場所で出来るかしら?」

 嘲笑を置き去りに、タナトスは地上目掛け突撃した。反射的にルミナも動く。が、見せかけ。改式は即座に反転、巨大な銃の引き金を引いた。単純なフェイント。弾丸はルミナの横を掠め、背後の建造物に直撃した。ガラガラと崩れ落ちる音。続けて、遥か下から無数の叫び声が木霊す。

 施設周辺は一気に混乱、直下の人込みは蜘蛛の子の如く散り散りに逃げ出した。その光景にルミナは激昂し、先行するタナトス目指し空を蹴る。

「私も、負けられないのよ!!」

 負けられないと、女は叫んだ。が、負けられないのはルミナも同じ。互いに同じ意志を持ちながら、手段を選ばないタナトスへの怒りが、沸々と、ルミナの中に堆積する。

 改式は背後を警戒しつつも更に速度を上げ、最も密度の高い場所へと向かう。が、成らず。操縦席が、光を捉えた。カグツチが一点に凝縮した輝き。

 ドン――

 背部への凄まじい衝撃に、堪らず叫ぶタナトス。愉悦に歪んだ意志が、目に飛び込んだ光景に霧散する。頭が、理解を拒む。真正面に展開されたディスプレイに、特徴的な銀色の髪がなびく。風に揺らめき、人工太陽の光を反射し美しく輝く髪が、タナトスの心を不快感で満たした。瞬く間、そんな評価さえ陳腐に思える。何時の間にか、ルミナが改式を追い越していた。

「何ッ!?」

 一瞬の出来事。銀色が、フッと視界から消えた。直後、再び大きな衝撃。改式は揺さぶられる。何度も、何度も。

「チィ、出鱈目ッ!!」

 揺れる映像から、タナトスは状況を理解する。理外の速度と威力で、改式は徐々に人の少ない方向に蹴り飛ばされる。視界に捉えようが、次の瞬間には見失い、死角から大きな衝撃を受ける。しかし、ソレでも食い下がる。機体の向きと状態から次の一撃を予測、部位交換可能な腕部、あるいは脚部で受け止める。

 辛うじて防いだ四肢は即座に使用不能となる。切り離し、転送された部位と交換する。が、その隙さえ与えない連撃。再びの衝撃で、交換予定だった予備腕部が破壊された。

 が、それでも尚、改式は健在。ルミナの連撃も、致命傷には至らなかった。タナトスは一方的に叩きのめされながらも、胴体部は守り抜いた。とは言え、部位交換が間に合わない現実は変えられず。ならばと、タナトスは奇策に出る。空に、無数の灰色の穴を開けた。

 無意味な部位転送。予備パーツを無駄に損耗する突飛な行動にルミナの思考が一瞬、停止した。いや、停止の理由は遥か下からの悲鳴。僅かに遅れ、一見無意味に見えた行動の意味に気付いた。無作為爆撃。

 人が少ない場所に移動させたとは言え、全くの無人という訳ではない。蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う市民はこんな場所まで逃げ延びていた。そのごく僅かをタナトスは狙い撃つ。交換部位を上空からばら撒けば確実に悲鳴を上げる。ソレが、ルミナの動きを止めた。

 衝撃。今度はルミナが吹っ飛ばされた。その僅かな隙を逃さず、改式は部位交換を終わらる。ルミナへと傾いた勢いが、五分に引き戻される。一進一退。が、果たしてどうか。誰も状況を正しく把握できない。一見すればルミナの優勢。タナトスが五分に戻したとて、一時の間だろうと考える。

 しかし、この場所は大聖堂とは違う。ルミナの意識を散らす市民がいる。タナトスから奪ったフツノミタマと、体内に眠るハバキリにより彼女は生身で巨大な人型兵器を圧倒する力を発揮する。

 青い刃が空を切る度、無数の刃が瞬時に生成される。が、対するタナトスは攻撃動作と視線からタイミングと位置を読み取り、瞬時に機体を動かし、致命傷を避ける。つまり、四肢を盾とする。

 仕留め損なう度に被害は拡大し、ルミナの意識が散る。戦いが長引けば長引くほどに部位交換回数は増加し、地上を逃げ惑う避難民に直撃する危険性が増す。果たして優勢は何方か。流れは2人の何方に向かっているのか。

「しつこいッ!!」

 逃げ回りながらの戦闘を余儀なくされるタナトスが、背後に苛立ちをぶつける。両者の移動した後には時折刃を交える音と爆発音が連なり響き、地上には無数の刃の破片と破損した脚部、腕部の残骸が散らばる。

「それは私の台詞だ!!」

 ルミナも必至で追い縋る。深紅の機体の赤となびく美しい銀が、まるで舞うように、時に交差しながら蒼天に無数の筋を残す。しかし、美しい光景の下からは、人々の叫び声が幾重にも重なる。

 悲鳴が、一際大きくなった。タナトスが目的とした場所、避難施設に到着した合図。人々が、帰り安息を得る場所とは違う、堅牢な外壁に覆われた施設群には夥しい数の避難民が押し寄せていた。

 富裕層が住む高級住宅、あるいは大規模な企業には相応の避難施設が設置されているが、逆にそれ以外にはない。定期的なメンテナンス、避難施設自体の維持費は補填を差し引いても尚、高額。標準的な家庭や企業には多大な負担となる。そんな世知辛い事情故に、緊急事態が起きれば一般市民の大移動が始まる。

 本来ならば余裕はあった。が、今は違う。終戦から未だ立ち直れていない。必然、混乱は広がる。あの場所は安全だ。この場所は危険だ。修繕されていない、破棄された等々。真偽入り混じった情報が錯綜した結果、避難の初動は大幅に遅れ、現在へと至った。

 未だ避難が終わらない施設へと辿り着いた改式は機体を反転、背後を見つめる。映像に、銀色の髪と空に残る白い粒子が映る。光は徐々に近づき、通り越し、避難用施設の屋上で停止した。

 互いの視線が重なる。深紅の改式が、ルミナが、互いを睨み合う。
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