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第8章 運命の時 呪いの儀式
325話 覚悟
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「違うかもしれんな」
守護者の1人が、静かに語り始めた。その言に、スサノヲへの否定は無かった。
「無言で去る者は見送ったが、計画を公にしようとする者は排除した。仲間に手を掛けてでも、我らが神の望みの為を叶えたかったのだ。ソレを忠義などと、生温い言葉で評するなスサノヲォ!!」
しかし、やはり相容れない。皺の寄った、年の頃50歳程に見える守護者の目は、顔は、怒声は、端から理解など求めていない。主の為に、主を殺す決断の根源は忠義ではない別の何か。少なくとも民衆とは違う確固たる意志。その意志に弾かれる様に全員が武器を構え、徹底抗戦の意を示した。最初から全てを知っていた熟練者も、後から知らされた未熟者も区別なく、だ。
「そうですか。しかし、何にせよその程度で僕達の意志を砕けるとは思わない方が良い。久しぶりですよ、ここまで情けない人間を見たのは」
「主を思うが故に、その死を願う。私には理解出来ませんが、それも人の意志なのでしょう。ですが酷く歪で、それ以上に不快です」
「道理であんな冷めた目ェしてる訳だ。情けねぇ……だがお前等はもっと情けねぇな!!あんな小さな子供が死ぬの止めるどころかそれを手助けするってどんだけイカれてンだッ!!」
カルナは静かに怒り、ガブリエルは冷静とは無縁の露骨な不快感を見せ、アックスは逃避行の最中に垣間見た闇の元凶、守護者を激しく侮蔑した。
「ざけんなよッ!!子供だぞッ、善悪も、物事の良し悪しも自分の感情の処理の仕方さえ分からねぇ子供の言う事を真に受けてんじゃねえぞクソ野郎共ッ!!」
殊更に咆える声が大聖堂を震わせた。声の主はタガミ。憧れていた守護者の体たらくに幻滅した男の言葉は、最も強く、鋭利に守護者に突き刺さる。
「こんな、理解しようともしない連中が傍にいるばかりに……」
「救います、それが例え彼女の望みでなくても」
アックスと同じく、地球と言う辺境で少女の心に落ちた暗い影を見たセオとアレムも続く。その意志にカグツチが呼応、腕に突き刺さった管に白い光が灯る。直後、2人の表情が歪んだ。想像以上の激痛が腕を伝い、全身を貫く。しかし、止まらない。
この場の全員が一様に守護者の結論を拒絶し、真っ向から対立する。全員の意志が、感情が、目的が重なるに伴い、大聖堂周辺に渦巻く力が輝きを増す。
「部外者の貴様らに何がわかるッ!!」
老齢の守護者が堪らず叫んだ。鋭く突き刺すような叫びは危機感の証左。流れを変えなければ、押し切られると直感した。
「ならば、姫に死ぬまで神の座に座り続けろと言うのか!!無責任に縋る者達を助け続けろと命令するつもりか!!」
「我らは姫の御身を考えればこそ、常にお傍にいたからこそ、あのお方の苦悩を理解しているのだッ」
「誰もが神への畏敬を忘れ、恩寵を当然と受け入れる。だからこうするのだ。例え姫が神の座から降りても、傲慢な人間共は同じ過ちを繰り返す。だから、だからこうするのだ」
怒号に他の守護者達が続く。誰もが怒りを吐き出すが、独善の色は一切ない。忠誠と忠義に殉ずる守護者は、主たるフォルトゥナ=デウス・マキナの苦悩を知らないスサノヲ達の言葉は綺麗事、あるいは無責任だと断ずる。
連合の安寧秩序を維持する神。聞こえの良い言葉の真実は、無辜で無垢な少女を生贄に捧ぐに等しい行為。たった一人の犠牲を捧げれば連合は安定する。が、その主張を是とするのは犠牲とは無関係の者達だけ。
安全地帯に居る者は犠牲者など顧みない。安定は当然と考え、不安定になれば当然の権利と叩く。半年前の神魔戦役終戦の折、旗艦アマテラスの暴走を許した件は姫の精神に暗い影を落とした。連合の一部はここぞとばかりに姫とその体勢を叩いた。まだ年端の行かぬ姫は気丈に振る舞ったが、気を許す守護者達の前では連合の頂点と言う仮面を脱ぎ捨て、落胆と失意に身を震わせた。
だからこそ、団結した。矛盾していると、歪んでいると罵られようが主の為に主を殺す目的の元に団結した。
連合と言う檻に閉じ込められ、神と言う鎖に縛られた少女を解放する為。神を敬う事を忘れた連合衆愚に裁きを下す為。ソレが守護者達が掲げる真の動機。今、その心情が連合全体に暴露された。
誰も、受け止めきれない。且つてツクヨミの管理下に置かれた地球、アマテラスオオカミの管理下にあった旗艦アマテラス、その神と姫が支えるカガセオ連合。そのどれもが同じだった。同じ問題を抱えていた。全てを神に押し付け、自らはその世界を謳歌し、何かあれば神に縋り、願い叶わなければ呪詛を吐く。守護者達は、そんな世界こそが歪だと否定する。
「分かります」
互いの主張故に真っ向から対立するスサノヲと守護者。互いが睨み合う最中、女の声が戦場を両断した。
「神が孤独なのは知っています。その苦悩も、神が持つ能力と与えられた責務の重さを私は知っています」
それまで無言を貫いていた白川水希が静かに語り出した。
「自らの願いと現実の狭間で苦悩した人を、知っています。その人は道を誤り、孤独な最期を迎えた。神に必要なのは死ではなく、苦悩を理解し合える誰か。アナタ達は神の言葉を鵜呑みにして、ただ無心で従っただけ。そこに救いは無い、無かったんです。だから、間違っています」
凛とした声が、守護者の言を淀みなく否定した。彼女の語る苦悩した人間とは清雅源蔵。半年前、神魔戦役を利用した地球最大の企業"清雅"の頂点。
姫と同じく、地球において神の如き権能と共に君臨した清雅源蔵の傍にいた白川水希の存在は、偶然にも守護者の立場と重なる。彼女も清雅源蔵を理解出来ておらず、その言葉を信じて繰り返すことこそが理解と勘違いしていた。だからこそ、無心で少女の思考をなぞる守護者の凝り固まった思考が誤りであると断じた。
守護者達の気勢が僅かに削がれた。神魔戦役に関する一通りを知っているという事実が仇となり、枷となってしまった。誰も、白川水希の言葉を否定できない。
「たかが辺境の一惑星と連合を比べるな、規模がちが……」
「違わない!!そのっ、自分が正しいって疑わない思い上がりが神を縛り付けるんです!!どうして……う、す、くお……」
が、言葉が不自然に途切れた。
「ハイ、そこまで」
否、終わらされた。彼女の足元から一本の青い刃が突き出し、喉元へと向かい、驚く暇すら無く、声を上げる暇さえ無いままに喉元を貫いた。鮮血と共に、白川水希が力なく地面に吸い寄せられる。僅か後、漸く目の前の事態を理解したアックスが彼女を抱きかかえる。誰か治せねぇのか、そう叫ぶ声が周囲に木霊す中……
「端役が調子に乗っては駄目よ」
ゾッとする程に冷たい声がスサノヲ達の耳を掠めた。タナトスだ。
「分かり合えないのよ。だって立場が違うんですから。神に仕え、その傍に寄り添い神の苦悩を見て来た私達と、遠い場所から知った風な口を利くアナタ達とではね。守護者達もそうでしょう?誰も彼も、今日この日の為に全てを投げうった。無辜の血を、仲間の血を流しながら、方々から恨みを買い、ともすれば殺される事すら覚悟して今日この日を迎えたのよ。彼等の武器は覚悟と言う刃。もう、止まれないのよ」
「その通りだ。我らはもう前に進むしか無い。道を阻む者が誰であろうと、何を語ろうと止まる事など出来んのだ」
「それに、忘れたのか?運命傅く幸運の星は我らに味方する。神が死を望み続ける限りなッ」
「我らは神のご意志のままに、ただその為だけにッ!!」
「そう……言葉など最早不要、どうかお覚悟を」
タナトスに続き、守護者が削げた気勢を補おうと咆える。
「覚悟するのはお前達だ!!」
ルミナのつんざくような声。が、その程度では誰も止まらない。タナトスも同じく、彼女の声を背に深紅の改式へと搭乗する。
「無駄よ。多少の誤差は合ったけど、でも全ては星とあの子が望むままに動く。あの子を救う人間が現れた。星に選ばれた者が。だけどソレは2つの意味を持つ。もう分かるでしょう?その意味が」
「嘘をつけっ!!」
「愚直ねぇ。それとも貴女も自分の信じたい事しか信じない性格なのかしら?」
淡々と説明する声に、主役から端役に至る全員が一連の出来事の全体像を見た。理解した。姫は星の加護により自死が出来ない。また、絶対無欠の力により殺害も不可能。しかし、たった1つだけ抜け道がある。伴侶だ。姫の伴侶となる者だけが、姫を殺す事が出来る。
勘違いをするのは無理もない。使命と共に授かるという、運命の相手との出会いを齎すネックレスに矛盾する2つの意味が込められているなど考えもしない。しかも、婚姻と言う形で呼び寄せると言うならば尚の事。
姫と出会う運命の相手とは、姫の傍に寄り添いその苦痛を共に背負う伴侶だけではなかった。姫を殺せる者。条件の全てが開示されていない。だが、不幸にもその資格を持つ者が現れた。
しかし、幸運にも願いはまだ叶っていない。今、星の前に2人の男が立つ。1人は且つて地球と旗艦アマテラスを救い、今は"堕ちた英雄"と仇名され、連合からの軽薄な憎しみを一身に背負う伊佐凪竜一。
もう一人はオレステス=アイル―ティス・アレウス。異例の若さで守護者総代補佐へと抜擢された眉目秀麗。姫と比較すれば身分の低い生まれながらも、持ち前の才能を不断の努力で開花させ、幸運にも姫に見初められたその男は正しく御伽噺の王子そのもの。
民衆は両名を対比し、囃し立てた。片や姫を殺す悪漢、片や姫を救う英雄。人々はオレステスの生い立ちや生まれ、そして今現在の立ち位置に夢物語を見た。現世に蘇った古い古い、古臭くてカビが生えて、とうの昔に忘れ去られた"王子様がお姫様を救い、そして結ばれ幸福に暮らす物語"に救いを求めた。正義は、正しい意志は報われるという真実を目の当たりにすれば自分達の苦境が僅かでも和らぐ、あるいは救いの光が射し込むと夢想した。
が、真実は残酷。人々が縋り追い求めた夢物語は所詮は儚い夢でしかなく、姫は自らの死を願い、王子はそんな姫を殺す為に突き進む。結果、連合が崩壊しようとも止まらない。
絶望。選択を誤った絶望が、遍く連合中に波及する。
「コレが何か分かるか?」
場所は移り、主星のオリンピア大聖堂。無人の大聖堂前広場にオレステスの声が響く。伊佐凪竜一に語る男の目は何処までも濁っており、既に正気を手放している。
「名前だけは知ってる」
「間抜け面に反して物覚えは良いようだな。そう、コレが神代三剣の一つ。お前、スクナにしか扱えないと思っているだろう?」
そう問いかける男の口の端が歪み、淀んだ目に別の感情が滲み出す。直後、男の姿が映像から消失、瞬きよりも短い時間で伊佐凪竜一の傍に現れると逆袈裟に切り上げた。
鋭く細い一筋の線が、伊佐凪竜一の鼻先を掠めた。紙一重。オレステスの初撃は虚しく空を切った。が、回避した筈の伊佐凪竜一は動けず。寧ろ、その顔色が驚愕に歪んだ。彼は聞いた。美しい剣閃が過ぎ去った後に起こった変化を。空気は裂け、地面には細く鋭利な溝が刻まれ、岩石や樹木、果ては建造物までが音を立て崩れ落ちる。そんな音が背後から幾重にも重なり響く。
「訂正しよう。それなりの腕前はあるようだな。だが、それもココまでだ!!」
「クッ!!」
背後の悉くが両断される音に、それでも伊佐凪竜一は逃げない。恐怖を振り払うと、力強く地を踏みしめ突撃、果敢に接近戦を仕掛ける。振るう刃の遥か先まで両断する、距離を無視した斬撃を可能とする神代三剣を相手に遠距離など無謀。直感か、一瞬の判断か。いずれにせよ伊佐凪竜一はオレステスに刀を向ける。が、刃が空を切った次の瞬間、枯れ枝の如くアッサリと折れた。
「そう言うのをなんていうか知ってるか?付け焼き刃ってンだよォ!!」
刀を破壊したオレステスは、そのまま思い切り足を振り上げた。伊佐凪竜一は腹部を蹴り上げられ、呻き、身体をくの字に曲げる。隙。ほんの僅かだが、勝つには十分な隙をオレステスは見逃さず。ムラクモを持つ手を握り締め、振り下ろした。このままでは伊佐凪竜一は身体を両断され、死ぬ。
が、そうは成らず。痛みに悶えていた伊佐凪竜一は瞬時に上体を起こしながら、同時に拳を振り上げた。予想外の攻撃に、僅かな油断が重なった男は足を掬われる。空気を切り裂く唸り声を上げる拳はオレステスの顔面に直撃した。
「貴様……貴様ぁッ!!」
盛大に吹き飛ばされながらも、オレステスは軽やかに身を翻しながら着地した。ほぼ無傷。しかし、雰囲気が一変する。辛うじて残していた最後の理性を投げ捨て、激情に身を任せた。コレがあの男の本来の姿。今まで隠してきた本性。
「殺す……殺すッ!!」
男の表情が変わった。隠し切れない殺意に相応しい、鬼や悪魔と表するに相応しい形相。もう、そこに誰もが憧憬を抱いた王子然とした面影は無い。全ての人間の目を覚まさせるには十分な、敵の姿がソコにあった。コレが、この男の本性。その姿は、この戦いを見たいように見ていた民衆を残酷に、無慈悲に、冷酷に追い詰める。
『何だアレは……』
『どうして、そんな……』
『嘘よ……』
真実を目の当たりにした民衆の口から一斉に混乱、恐怖、猜疑その他あらゆる負の感情を含んだ言葉が零れ落ち始める。
人は何度でも同じ過ちを繰り返すというありふれた言葉は、文化文明の区別なく語り継がれる普遍的な考え。歴史を紐解けば大抵何処かにそう記される、ある種で予言めいた警鐘は、その正しさを証明するかの如くに今回も見事に当て嵌まった。
渦中の人々は何をするでもなく、只々呆然と送りつけられる映像を眺めるばかりであり、それ以外の何もしなかった。いや、出来なかった。民衆の心中には、もはや何かを自主的に選び取ると言う選択肢はない。心中を埋め尽くすありとあらゆる負の感情が邪魔をする。
守護者の1人が、静かに語り始めた。その言に、スサノヲへの否定は無かった。
「無言で去る者は見送ったが、計画を公にしようとする者は排除した。仲間に手を掛けてでも、我らが神の望みの為を叶えたかったのだ。ソレを忠義などと、生温い言葉で評するなスサノヲォ!!」
しかし、やはり相容れない。皺の寄った、年の頃50歳程に見える守護者の目は、顔は、怒声は、端から理解など求めていない。主の為に、主を殺す決断の根源は忠義ではない別の何か。少なくとも民衆とは違う確固たる意志。その意志に弾かれる様に全員が武器を構え、徹底抗戦の意を示した。最初から全てを知っていた熟練者も、後から知らされた未熟者も区別なく、だ。
「そうですか。しかし、何にせよその程度で僕達の意志を砕けるとは思わない方が良い。久しぶりですよ、ここまで情けない人間を見たのは」
「主を思うが故に、その死を願う。私には理解出来ませんが、それも人の意志なのでしょう。ですが酷く歪で、それ以上に不快です」
「道理であんな冷めた目ェしてる訳だ。情けねぇ……だがお前等はもっと情けねぇな!!あんな小さな子供が死ぬの止めるどころかそれを手助けするってどんだけイカれてンだッ!!」
カルナは静かに怒り、ガブリエルは冷静とは無縁の露骨な不快感を見せ、アックスは逃避行の最中に垣間見た闇の元凶、守護者を激しく侮蔑した。
「ざけんなよッ!!子供だぞッ、善悪も、物事の良し悪しも自分の感情の処理の仕方さえ分からねぇ子供の言う事を真に受けてんじゃねえぞクソ野郎共ッ!!」
殊更に咆える声が大聖堂を震わせた。声の主はタガミ。憧れていた守護者の体たらくに幻滅した男の言葉は、最も強く、鋭利に守護者に突き刺さる。
「こんな、理解しようともしない連中が傍にいるばかりに……」
「救います、それが例え彼女の望みでなくても」
アックスと同じく、地球と言う辺境で少女の心に落ちた暗い影を見たセオとアレムも続く。その意志にカグツチが呼応、腕に突き刺さった管に白い光が灯る。直後、2人の表情が歪んだ。想像以上の激痛が腕を伝い、全身を貫く。しかし、止まらない。
この場の全員が一様に守護者の結論を拒絶し、真っ向から対立する。全員の意志が、感情が、目的が重なるに伴い、大聖堂周辺に渦巻く力が輝きを増す。
「部外者の貴様らに何がわかるッ!!」
老齢の守護者が堪らず叫んだ。鋭く突き刺すような叫びは危機感の証左。流れを変えなければ、押し切られると直感した。
「ならば、姫に死ぬまで神の座に座り続けろと言うのか!!無責任に縋る者達を助け続けろと命令するつもりか!!」
「我らは姫の御身を考えればこそ、常にお傍にいたからこそ、あのお方の苦悩を理解しているのだッ」
「誰もが神への畏敬を忘れ、恩寵を当然と受け入れる。だからこうするのだ。例え姫が神の座から降りても、傲慢な人間共は同じ過ちを繰り返す。だから、だからこうするのだ」
怒号に他の守護者達が続く。誰もが怒りを吐き出すが、独善の色は一切ない。忠誠と忠義に殉ずる守護者は、主たるフォルトゥナ=デウス・マキナの苦悩を知らないスサノヲ達の言葉は綺麗事、あるいは無責任だと断ずる。
連合の安寧秩序を維持する神。聞こえの良い言葉の真実は、無辜で無垢な少女を生贄に捧ぐに等しい行為。たった一人の犠牲を捧げれば連合は安定する。が、その主張を是とするのは犠牲とは無関係の者達だけ。
安全地帯に居る者は犠牲者など顧みない。安定は当然と考え、不安定になれば当然の権利と叩く。半年前の神魔戦役終戦の折、旗艦アマテラスの暴走を許した件は姫の精神に暗い影を落とした。連合の一部はここぞとばかりに姫とその体勢を叩いた。まだ年端の行かぬ姫は気丈に振る舞ったが、気を許す守護者達の前では連合の頂点と言う仮面を脱ぎ捨て、落胆と失意に身を震わせた。
だからこそ、団結した。矛盾していると、歪んでいると罵られようが主の為に主を殺す目的の元に団結した。
連合と言う檻に閉じ込められ、神と言う鎖に縛られた少女を解放する為。神を敬う事を忘れた連合衆愚に裁きを下す為。ソレが守護者達が掲げる真の動機。今、その心情が連合全体に暴露された。
誰も、受け止めきれない。且つてツクヨミの管理下に置かれた地球、アマテラスオオカミの管理下にあった旗艦アマテラス、その神と姫が支えるカガセオ連合。そのどれもが同じだった。同じ問題を抱えていた。全てを神に押し付け、自らはその世界を謳歌し、何かあれば神に縋り、願い叶わなければ呪詛を吐く。守護者達は、そんな世界こそが歪だと否定する。
「分かります」
互いの主張故に真っ向から対立するスサノヲと守護者。互いが睨み合う最中、女の声が戦場を両断した。
「神が孤独なのは知っています。その苦悩も、神が持つ能力と与えられた責務の重さを私は知っています」
それまで無言を貫いていた白川水希が静かに語り出した。
「自らの願いと現実の狭間で苦悩した人を、知っています。その人は道を誤り、孤独な最期を迎えた。神に必要なのは死ではなく、苦悩を理解し合える誰か。アナタ達は神の言葉を鵜呑みにして、ただ無心で従っただけ。そこに救いは無い、無かったんです。だから、間違っています」
凛とした声が、守護者の言を淀みなく否定した。彼女の語る苦悩した人間とは清雅源蔵。半年前、神魔戦役を利用した地球最大の企業"清雅"の頂点。
姫と同じく、地球において神の如き権能と共に君臨した清雅源蔵の傍にいた白川水希の存在は、偶然にも守護者の立場と重なる。彼女も清雅源蔵を理解出来ておらず、その言葉を信じて繰り返すことこそが理解と勘違いしていた。だからこそ、無心で少女の思考をなぞる守護者の凝り固まった思考が誤りであると断じた。
守護者達の気勢が僅かに削がれた。神魔戦役に関する一通りを知っているという事実が仇となり、枷となってしまった。誰も、白川水希の言葉を否定できない。
「たかが辺境の一惑星と連合を比べるな、規模がちが……」
「違わない!!そのっ、自分が正しいって疑わない思い上がりが神を縛り付けるんです!!どうして……う、す、くお……」
が、言葉が不自然に途切れた。
「ハイ、そこまで」
否、終わらされた。彼女の足元から一本の青い刃が突き出し、喉元へと向かい、驚く暇すら無く、声を上げる暇さえ無いままに喉元を貫いた。鮮血と共に、白川水希が力なく地面に吸い寄せられる。僅か後、漸く目の前の事態を理解したアックスが彼女を抱きかかえる。誰か治せねぇのか、そう叫ぶ声が周囲に木霊す中……
「端役が調子に乗っては駄目よ」
ゾッとする程に冷たい声がスサノヲ達の耳を掠めた。タナトスだ。
「分かり合えないのよ。だって立場が違うんですから。神に仕え、その傍に寄り添い神の苦悩を見て来た私達と、遠い場所から知った風な口を利くアナタ達とではね。守護者達もそうでしょう?誰も彼も、今日この日の為に全てを投げうった。無辜の血を、仲間の血を流しながら、方々から恨みを買い、ともすれば殺される事すら覚悟して今日この日を迎えたのよ。彼等の武器は覚悟と言う刃。もう、止まれないのよ」
「その通りだ。我らはもう前に進むしか無い。道を阻む者が誰であろうと、何を語ろうと止まる事など出来んのだ」
「それに、忘れたのか?運命傅く幸運の星は我らに味方する。神が死を望み続ける限りなッ」
「我らは神のご意志のままに、ただその為だけにッ!!」
「そう……言葉など最早不要、どうかお覚悟を」
タナトスに続き、守護者が削げた気勢を補おうと咆える。
「覚悟するのはお前達だ!!」
ルミナのつんざくような声。が、その程度では誰も止まらない。タナトスも同じく、彼女の声を背に深紅の改式へと搭乗する。
「無駄よ。多少の誤差は合ったけど、でも全ては星とあの子が望むままに動く。あの子を救う人間が現れた。星に選ばれた者が。だけどソレは2つの意味を持つ。もう分かるでしょう?その意味が」
「嘘をつけっ!!」
「愚直ねぇ。それとも貴女も自分の信じたい事しか信じない性格なのかしら?」
淡々と説明する声に、主役から端役に至る全員が一連の出来事の全体像を見た。理解した。姫は星の加護により自死が出来ない。また、絶対無欠の力により殺害も不可能。しかし、たった1つだけ抜け道がある。伴侶だ。姫の伴侶となる者だけが、姫を殺す事が出来る。
勘違いをするのは無理もない。使命と共に授かるという、運命の相手との出会いを齎すネックレスに矛盾する2つの意味が込められているなど考えもしない。しかも、婚姻と言う形で呼び寄せると言うならば尚の事。
姫と出会う運命の相手とは、姫の傍に寄り添いその苦痛を共に背負う伴侶だけではなかった。姫を殺せる者。条件の全てが開示されていない。だが、不幸にもその資格を持つ者が現れた。
しかし、幸運にも願いはまだ叶っていない。今、星の前に2人の男が立つ。1人は且つて地球と旗艦アマテラスを救い、今は"堕ちた英雄"と仇名され、連合からの軽薄な憎しみを一身に背負う伊佐凪竜一。
もう一人はオレステス=アイル―ティス・アレウス。異例の若さで守護者総代補佐へと抜擢された眉目秀麗。姫と比較すれば身分の低い生まれながらも、持ち前の才能を不断の努力で開花させ、幸運にも姫に見初められたその男は正しく御伽噺の王子そのもの。
民衆は両名を対比し、囃し立てた。片や姫を殺す悪漢、片や姫を救う英雄。人々はオレステスの生い立ちや生まれ、そして今現在の立ち位置に夢物語を見た。現世に蘇った古い古い、古臭くてカビが生えて、とうの昔に忘れ去られた"王子様がお姫様を救い、そして結ばれ幸福に暮らす物語"に救いを求めた。正義は、正しい意志は報われるという真実を目の当たりにすれば自分達の苦境が僅かでも和らぐ、あるいは救いの光が射し込むと夢想した。
が、真実は残酷。人々が縋り追い求めた夢物語は所詮は儚い夢でしかなく、姫は自らの死を願い、王子はそんな姫を殺す為に突き進む。結果、連合が崩壊しようとも止まらない。
絶望。選択を誤った絶望が、遍く連合中に波及する。
「コレが何か分かるか?」
場所は移り、主星のオリンピア大聖堂。無人の大聖堂前広場にオレステスの声が響く。伊佐凪竜一に語る男の目は何処までも濁っており、既に正気を手放している。
「名前だけは知ってる」
「間抜け面に反して物覚えは良いようだな。そう、コレが神代三剣の一つ。お前、スクナにしか扱えないと思っているだろう?」
そう問いかける男の口の端が歪み、淀んだ目に別の感情が滲み出す。直後、男の姿が映像から消失、瞬きよりも短い時間で伊佐凪竜一の傍に現れると逆袈裟に切り上げた。
鋭く細い一筋の線が、伊佐凪竜一の鼻先を掠めた。紙一重。オレステスの初撃は虚しく空を切った。が、回避した筈の伊佐凪竜一は動けず。寧ろ、その顔色が驚愕に歪んだ。彼は聞いた。美しい剣閃が過ぎ去った後に起こった変化を。空気は裂け、地面には細く鋭利な溝が刻まれ、岩石や樹木、果ては建造物までが音を立て崩れ落ちる。そんな音が背後から幾重にも重なり響く。
「訂正しよう。それなりの腕前はあるようだな。だが、それもココまでだ!!」
「クッ!!」
背後の悉くが両断される音に、それでも伊佐凪竜一は逃げない。恐怖を振り払うと、力強く地を踏みしめ突撃、果敢に接近戦を仕掛ける。振るう刃の遥か先まで両断する、距離を無視した斬撃を可能とする神代三剣を相手に遠距離など無謀。直感か、一瞬の判断か。いずれにせよ伊佐凪竜一はオレステスに刀を向ける。が、刃が空を切った次の瞬間、枯れ枝の如くアッサリと折れた。
「そう言うのをなんていうか知ってるか?付け焼き刃ってンだよォ!!」
刀を破壊したオレステスは、そのまま思い切り足を振り上げた。伊佐凪竜一は腹部を蹴り上げられ、呻き、身体をくの字に曲げる。隙。ほんの僅かだが、勝つには十分な隙をオレステスは見逃さず。ムラクモを持つ手を握り締め、振り下ろした。このままでは伊佐凪竜一は身体を両断され、死ぬ。
が、そうは成らず。痛みに悶えていた伊佐凪竜一は瞬時に上体を起こしながら、同時に拳を振り上げた。予想外の攻撃に、僅かな油断が重なった男は足を掬われる。空気を切り裂く唸り声を上げる拳はオレステスの顔面に直撃した。
「貴様……貴様ぁッ!!」
盛大に吹き飛ばされながらも、オレステスは軽やかに身を翻しながら着地した。ほぼ無傷。しかし、雰囲気が一変する。辛うじて残していた最後の理性を投げ捨て、激情に身を任せた。コレがあの男の本来の姿。今まで隠してきた本性。
「殺す……殺すッ!!」
男の表情が変わった。隠し切れない殺意に相応しい、鬼や悪魔と表するに相応しい形相。もう、そこに誰もが憧憬を抱いた王子然とした面影は無い。全ての人間の目を覚まさせるには十分な、敵の姿がソコにあった。コレが、この男の本性。その姿は、この戦いを見たいように見ていた民衆を残酷に、無慈悲に、冷酷に追い詰める。
『何だアレは……』
『どうして、そんな……』
『嘘よ……』
真実を目の当たりにした民衆の口から一斉に混乱、恐怖、猜疑その他あらゆる負の感情を含んだ言葉が零れ落ち始める。
人は何度でも同じ過ちを繰り返すというありふれた言葉は、文化文明の区別なく語り継がれる普遍的な考え。歴史を紐解けば大抵何処かにそう記される、ある種で予言めいた警鐘は、その正しさを証明するかの如くに今回も見事に当て嵌まった。
渦中の人々は何をするでもなく、只々呆然と送りつけられる映像を眺めるばかりであり、それ以外の何もしなかった。いや、出来なかった。民衆の心中には、もはや何かを自主的に選び取ると言う選択肢はない。心中を埋め尽くすありとあらゆる負の感情が邪魔をする。
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