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第8章 運命の時 呪いの儀式

304話 開戦 其の4

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「……堕ちた英雄のご到着か」

 アイアースの嫌味にも、身を震わせる程の殺気にも、ルミナは揺らがない。

「何が起こるか分からないが、必ず止める。私と、同じ思いはさせない」

 彼女は強く、静かに言い返した。気迫に、誰もが気圧される。黒雷のモニター越しに見た者すら、だ。つい先ほどまでの勢いまでは何処へやら、数という圧倒的な優位が消失したかの様に守護者達は口を固く閉ざした。目は離せず、ともすれば震える始末。が、違う者もいる。

「混乱させているのはお前だよ。分からんのかね?」

 アイアース。その男は彼女の威圧などどこ吹く風とばかりに冷笑した。更にもう1人……

「フフッ。まだ役者が揃っていないようですけど、頃合いですし始めましょうか。この日の為に生き続けてきたんでしょう?常人ならばとっくに狂う程の怒りも苦しみも悲しみも全部飲み下して、さぞ苦しかったでしょう?」

 タナトス。英雄の放つ気迫をそよ風の如く受け流す女はアイアースとは真逆に、楽しそうに、腹の底から笑った。

「でも此処まで」

 不意に女が笑みを消し、背後に合図を出した。数機の黒雷がタナトスの言葉に反応、ルミナ目掛けて猛然と詰め寄り、巨大な刀剣を振り下ろす。が、当たらない。ルミナは軽やかに交わしながらすれ違いざまに一機を蹴り飛ばした。20メートルを超える巨体が揺らぎ、轟音を上げながら派手に転げる。

 ズシン、と地面が激しく揺れる。その音が、振動が合図となる。開戦の狼煙が、遂に上がった。

「彼我戦力差は大きい。速攻で頭を落とす!!」

 真っ先に反応したスクナは背後の仲間に指示を出しながら、同時に一直線にアイアースを目指した。

「だろうな。だから、私は引かせてもらうよ」

 対するアイアースは真っ向勝負を拒否する。元よりつきあう理由もない。銃でスクナを牽制しつつ、専用黒雷を背後に呼び出した男は黒雷の手に飛び乗った。直後、機体が赤い輝きに包まれ始める。真っ赤な後光に浮かぶアイアースの笑みに、スクナの表情が一気に険しさを増した。転移先など考えるまでもない。反射的に、スクナの手が動く。裾から先端に突起の付いた細く丈夫なワイヤーを飛ばし、黒雷に打ち込んだ。

「見え見えだ!!」

 言葉通りの見え透いた手段。故に、ワイヤーは容易く切り払われた。スクナの一手を防いだアイアースは同時に黒雷を制御する為にほんの僅か、一瞬だけ視線を逸らした。

「韋駄天」

 刹那、スクナが視界から消え失せた。彼が居た場所にはカグツチを使用した痕跡が僅かな白い粒子として残留するのみ。

「何っ!?」

「お前が見通す事などワシもお見通しだッ!!」

「チ、離せッ死にぞこない!!」

「何もかもぞッ、一体どこまで関わっている!!」

「何がッ!!」

 全員が、言い争う2人の声に気付いた。何時の間にか姿を消したスクナが黒雷に肉薄していた。途轍もなく速い。黒雷の掌という不安定な足場で戦わざるを得なくなったアイアースは必死で引き剥がそうとするが、転移を許せば追う手段の無いスクナは死力を尽くして喰らいつく。

 アイアースが腰に下げた剣の柄に手を掛ければ、スクナはその手をガッチリと抑え込む。ならばと拳を振り上げると、やはりスクナの手が止める。腕力は拮抗。互いに動けず、両者は必死の形相で互いを睨み付ける。

「チ、しつこいッ!!タナトス、後は任せるぞ!!」

 埒が明かないと判断したアイアースはスクナを巻き込んでの強引な転移を決断した。単独での転移を阻んだのはクシナダが独自に編み出した専用戦技"韋駄天"。高機動を超える超高機動ならば、例え一時引き剥がしても即座に組み付かれる。この日の為に習得した不断の努力は実を結び、アイアースは計画修正を余儀なくされた。

 スクナを連れた上で、更に生身状態での転移。その兆候を見ても尚、スクナは抑え込む力を緩めない。幾ら防壁を装備しているとは言え、物理法則が通じない門の向こうに広がる超空間への侵入は自殺行為。正気ではない。だからこそアイアースは理解した。超空間で纏めて死んでも構わない、言葉通り死ぬまで離すつもりはないと。

「だそうよ。フフッ、じゃあ精々頑張りましょうか」

 必死の形相で戦う男達を視界の端に捉えるタナトスは、命を懸けた両者のやり取りを鼻で笑った。相変わらず冷淡で、それ以上に冷酷な視線は赤い光の中に消え去った男達を見送ると気だるげに戦場へと戻した。

「ウフフッ、戦いたくて仕方が無いって顔ね。野蛮だとは言わないわ、それじゃあ必死で耐えてきた貴女達に失礼ですものね」

 反逆者と罵られる事など覚悟の上で集まった一行をもタナトスは嘲笑った。本来ならば戦う必要などなく、速やかにアイアースと共に引き上げれば良いだけ。転移を管轄する主星へと逃げきれたならば、旗艦側の誰にも追う手立てがない。失礼だと女はうそぶいたが、無意味に戦おうとする理由がそんな単純な訳がない。

「では歓迎してあげましょう。皆殺して、その血と魂を我らが神に……なぁんてね」

 腹の底に本心を隠したタナトスは、心底から現状を楽しんでいる。性悪で、腹黒で、下衆で醜悪で邪悪で悪辣で、それ以上に底知れない。あるいはその名が示す通り本当に死の神タナトスではないかとさえ感じる。しかし何を考えようが、遂に手が届く位置に居る。

「貴様の相手は俺だ!!」

「サルタヒコ!!テメェかよ!!」

「貴様を殺す日をどれだけ待ったか。覚悟しろタガミィ!!」

 が、そう容易くはいかない。死の神の前に黒雷型の機体が立ちはだかった。何処にも記録の無い、恐らくこの戦いの為にしつらえらえた機体に搭乗するのはタナトスの腹心。

 一機目には且つてスサノヲに居たサルタヒコ、今はアルゲースと名乗る男がタガミの前に立ち塞がる。2人の間にさしたる因縁は無い。にも関わらず戦うのは何処までも単純で純粋、ただただ相手が気に入らないというたったそれだけ。その為だけに己が命を賭し、戦う。程なく巨大な号砲が二つ響いた。

「さて、タケル殿の姿が見えないようですが、しかし役目は果たしましょうかね」

「その声は……どうしてアナタがそこに居るのです?」

「古巣相手では仕方ありませんか。お久しぶりです、ガブリエル」

「ドミニオ=ザルヴァートル。異端の烙印と共に追放された末に辿り着いたのがソコですか」

「その名はもう捨てました。ですからセーフティも発動しない。では、参りましょうか」

「承知しました。一族の汚名、せめて私が雪ぎます」

「あの時とは……自らの才に気付かず彷徨っていた昔とは違います。お覚悟を」

 次の一機は一時ルミナを追い回した素性不明の男。その正体はガブリエルによればザルヴァートル一族らしい。ルミナの推測は正しかった。しかも異端。一族に相応しい才覚を持たぬ者の烙印と共に追放された男は、その末にタナトスの元へと流れ着いた。

 ドミニオ=ザルヴァートルの名が報道されるような事件は起きた記憶がない。惑星アゼルの情報を子細に調査すれば見つかるかもしれないが、逆に言えば彼の星で収まる程度の事件で一族から追放された事になる。そんな男に敵対するのはザルヴァートル財団によって製造されたセラフ。ザルヴァートルという巨大な組織から生まれた二者の因果は、戦いという最悪の形で実を結んだ。強固な意志のまま、両者は互いに向け躊躇いなく引き金を引いた。

「こんな形になるって、薄々思ってた」

「あなた……まさか?」

「タナトスと共に姿をくらましたと思えば、その行動の意味を理解しているのか君はッ!!」

「レイコ……どうして?」

「ミズキさん……私ね、今凄く幸せなの。死んだと思ったあの人が生きてた、生きて同じ目的の為に生きているの。だから……だからッ、死んでちょうだい!!」

 最後の一機は山県令子。まだ年若い少女は戦場に立つ懐かしい顔を前に本心を語り出した。神魔戦役終了後から一月後に起こした反乱時、彼女は死後婚と言う名目でほぼ勝手に山県大地と婚姻関係を結んだ。結果として彼は生きており、そうなれば死後婚は意味を成さない筈だが、それでもその名を名乗ると言う事は山県大地も納得して受け入れたのだろう。

「アナタはそれでいいの?その先には破滅しか無いと知っていてどうしてッ!!」

「どうでもいい……どうでも良いんだよそんな事ッ!!生きている、生きていた。それ以上に重要な事なんて何もない!!」

 少女の声に、迷いない声に白川水希は苦悶の表情を浮かべた。私にもその理由が何となく理解出来る。声色には迷いどころか、寧ろ純粋な楽しささえ感じた。少女は自らが決めた生き様に、決断に躊躇ためらいなく身を委ね、命を賭ける。

 その歪みに、不幸にも良き理解者に恵まれなかった少女は気付かない。彼女の傍に居るのはその能力を利用しようと企む大人と、伴侶と決めた男だけ。だから見知った顔が相手でも容赦はしない。白川水希を捉えた黒雷の巨大な銃口は、重く鈍い衝撃を伴い実弾を放った。

 三カ所からの号砲に、本格的な戦いが始まった。数十分前までの穏やかで平和な空気は破壊され、起きてはならない戦いが再び起きた。敵は大聖堂を警護する夥しい数の守護者達。相対するのは今日この日に何かが起こるという確証の元に行動を起こしたルミナを始めとした極少数の仲間。

 今日ここに集った者達は、ルミナと伊佐凪竜一の確信を頼りに守護者達に戦いを挑んだ。が、不幸な事に大多数の人間は何も知らない。故に、あらん限りの罵詈雑言をぶつける。婚姻の儀を中継する為に連合中と繋がれたネットワークは連合中から吹き上が怨嗟と憎悪の声を戦場に届け、逆に彼女達の有利に働く筈の情報を何一つ報道しない。

 顕著なのがタナトスの存在。旗艦アマテラスにとって唾棄すべき存在が守護者側に存在していると知ればたちどころに民意は反転する。しかし、どこもかしこもタナトスの存在などまるで気に掛けていない。理由は一つ。リアルタイムでこの女の姿が書き換えられている。

 戦場の遠方から婚姻の儀を中継する報道機関がオモイカネを経由し、市民の目に届くまでの何処かで誰かが映像を改竄している。肆号機シゴウキ。未だこの戦場に姿を見せないタケミカヅチ計画の最新鋭機、入念に行われた準備から判断すればアレ以外に改竄が出来るとは思えない。そう考えれば、戦場に姿を見せない理由も納得出来る。

 タナトスの姿が世間に暴露される事は避けねばならないが、肆号機が破壊されればご破算となる。堕ちた英雄には死ぬ瞬間まで汚名を被ったままでいて貰わねばならない。だから姿を見せず、従って民意が反転する事などあり得ない。全てはタナトスの奸計、この状況へと持っていくために今まで表立って行動を起こさなかった。

 今日この場に至るまでに旗艦から遠ざければそれで良し、駄目なら黄泉に拘束、それでも駄目ならば殺す、それさえも駄目ならばという結果が今この状況なのだ。

 例え自らが正しいと確信していても、圧倒的大多数から反論を浴びせられれば委縮するのは通常の反応。戦意を挫くのにこれほど有効な手立てはない。誰もが当然の如く無遠慮に悪意をぶつけ続けるこの状況が続けば、強い意志を維持し続ける事などまず不可能。圧倒的な劣勢に加え状況も最悪と来れば最早敗北は決まったも同然と考えるだろう。が、それでも英雄と共に戦う者は信じている。英雄と相対する者達も、そしてこの戦いを目撃する者も信じている。

 かつて起きた奇跡が再び起きる事を、圧倒的な劣勢を覆し得る奇跡が再び起きる可能性を。誰もが、奇跡を否定できない。
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