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第8章 運命の時 呪いの儀式

297話 儀 其の1

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 大聖堂までの行進は、事故がたった一つ起きただけだった。

 神が健在ならば起きなかった高天原の一部剥離という事故は、フォルトゥナ=デウス・マキナが完璧に止めてみせた。車中の神が祈りを捧げた直後、人々は俄かには信じ難い奇跡を目撃した。

 落下する鉄塊が、何の予兆も無く粉々に砕けるという奇跡を。砂粒レベルに分解された鉄塊が祈りを捧げる数多の人間の上に静かに降り注ぐ光景は、その力に懐疑的であった者、未だ英雄を信じていた人間を神への信仰に転ばせる十二分な威光に満ちる。

 誰も彼もが信じられないとその光景を呆然と眺めていたが、やがて神の奇跡を目の当たりにしたと感嘆し、最後には誰もが一様に祈りを捧げ始めた。神たるフォルトゥナ=デウス・マキナへが初めて、直に見せた奇跡への感謝。

 事故を未然に防いだ事実は大勢の人々を安堵させ、今だ連合が健在であり、そして輝かしく安定した未来の証左として人々の目と記憶に焼き付いた。神が居るのだから、ならば今日も明日もそれ以後も安泰だと、誰もがそう確信する。

 ※※※

 神にとって些細な事故はこうして終わり、行進は再び再開した。そうして、問題らしい問題は何も起きないまま遂に大聖堂へと到着した。守護者を含む大勢が警戒した堕ちた英雄の強襲は、結局その兆候さえ確認出来なかった。

 無理もない。これ程に厳重な警戒の中を強襲するのは幾ら人外じみた力をもってしても困難だろうが、当然それだけではない。報道機関は守護者達の一方的な主張をそのまま連合中に伝え広め、同時に英雄達を徹底的に貶めるという恣意的な情報操作により旗艦内の民意を完全に塗り替えてしまった。挙句に、大聖堂前には守護者以外の戦力も控えている。婚姻の儀に参加した各惑星は、万一の事態に備え最高戦力を引き連れてきたのだ。

 四原色の魔導王、クロス・スプレッド、Dフォース。何れも守護者、スサノヲに匹敵する最高戦力と評されるだけの実力を備えており、最先端の文明ですら敗北の危険が過る程の能力を個々、又は集団が持ち得る。

 その中でも特に旗艦アマテラスと良好な関係を築く惑星アヴァロンの参加は非常に大きい。かの惑星の代表であると同時に最高戦力でもある魔導士達は、マガツヒに察知されない事を目的にカグツチの力を変質させた魔導を振るう彼等の戦闘能力は、時に最先端技術すら凌駕する。過去にアヴァロン全土を巻き込んだ戦争に介入し、平和への道筋を示した恩は長い時を経た今現在も忘れておらず、故に彼らは危険と知りながら、旗艦の実情を知りながらも率先して参加を表明した。

『過去の恩義の為、第二の故郷を護る為、過去から受け継いだ使命の為。遠く離れた兄弟の苦境に真っ先に手を差し伸べる為ならばどんな苦難も厭いません』

 そうはばかる事なく言い切ったのは代表を務める青年、カルナ=ダグザ・ロア。若干頼りなさげな印象を見る者に与える青年の実直な言葉は生まれや育ちという壁をいとも容易く越え、圧倒的大多数の市民からの支持を得た。

『まぁ、こんな状況だ。欠席する訳にはいくまい?』

『そうですね。特に現在の情勢は穏やかではないと耳に挟んでおりますので、その援助も兼ねて参った次第です』

 と、対照的に当たり障りのない回答に終始するのは歩調を合わせて来艦したブラッド評議長と聖女メギン。とは言え、ブラッドを代表とするエクゼスレシアも、メギンを代表として送り出したアールスターも旗艦とは友好的な姿勢を堅持している。

 半年前からの一件があっても尚、その姿勢を崩さなかった事実に加え、参加困難と思われた儀への参加を表明した数少ない同盟惑星という理由から、両名も市民から高い支持でもって迎え入れられた。

 ブラッド、メギン、カルナを含む4人の魔導士にその従者達。何れも今回の儀への参加に際し、旗艦の正装に身を包んでいる。正装がスサノヲと同じスーツへと変わったのは僅か数か月前で、更に儀も中止も止む無しという空気の中で、それでもどうにかこうにか間に合わせてくれた。

 催事に出向く際は、相手の惑星の正装を纏う。当初は暗黙の了解だった礼儀作法は、残る同盟惑星が参加を見送った理由にも使われた。理由だけならば尤もらしく聞こえる。

 過去の正装|(日本で言う羽織袴とよく似た民族衣装)は、様々な理由により正装として相応しくないと判断された。急な決断であり、致し方ない部分もあったのだが、他の同盟惑星からすれば堪ったものではなく。正装が変わると言う事は各惑星の代表者、及び帯同する護衛含めた要職全員が新たな正装を用意しなければならないという意味でもある。

『全員分の正装が用意できなかった。申し訳ないが、儀への参加は見送らせて頂きたい』

 今回の件、不参加を表明した代表全員が判を揃えた様にこう言い訳したが、誰も彼もがそんな表向きの理由、建前を信じている訳ではない。"婚姻の儀"は、言ってみればただの結婚式なのだが、それが連合の頂点となれば意味合いが全く違う。

 連合の姫とその伴侶となる男性は主役ではない。儀の真の主役はこの2人が生む次代の"姫"だ。連合は姫とアマテラスオオカミ無くして成立しない事実は各惑星のトップならば常識として理解している筈なのに、しかしそれでも大半が参加を見送った。

 言葉通り"正装が間に合わなかった"のならば何も心配する事はなく、寧ろそんな間抜けが一惑星の頂点に立ってしまった不幸を一緒に嘆いてあげたい位だが……悲しいかな、そんな無能揃いではない。誰もが何かが起こると踏んでいるか、あるいは……

 対して、儀に参加を表明したカルナ達は何かが起こると知りながらも堂々と旗艦大聖堂へと進み、歓談しながら主役の登場を待ち侘びる。

 そんな時分に最後の来賓たるザルヴァートルが姿を見せた。本来、畏まった場に出席するのは惑星の頂点であり、同時に財団の頂点でもある当代の総帥なのだが、空座となったその席に滑り込んだのは選りにもよってその総帥を殺した張本人。前総帥を謀殺する形で新たな総帥へと昇ったフェルムを筆頭に、腰巾着のクーラとファルサは開始直前という頃合いに悪びれることなく姿を見せるや来賓達とにこやかに談笑を始めた。

 一見すれば、不幸な事故に巻き込まれた総帥の遺志を受け継いだ新総帥としか映らない。だから、労りの声を掛けるのはごく自然な成り行き。が、そんな殊勝な態度は表向きだけで、裏では誰もが猜疑心でもって接している。何せ総帥不在となった後に行われる筈の継承戦終了に至る経緯が余りにも不自然、まるで最初からこう言う筋書きで新総帥を決めましたと言わんばかりだったのだ。

 故に、神算鬼謀、海千山千、抜け目のない各惑星の代表達は、疑っているという態度を欠片も見瀬ない一方、確たる証拠が無い為に適当に話を合わせ続ける。が、フェルムが顔を背けるや朗らかな笑顔を一転、険しい笑顔で大きな背中を睨み付ける。知らぬは新総帥とその周囲にべったりと貼りつく2人だけ。どうやら殊の外、無能らしい。

 当事者も、周囲も、それぞれがそれぞれの思惑を胸に秘め、そしてバラバラの思惑が絡まった糸の様に拗れたまま遂にこの時を迎えた。

 その様子を外部から窺う事しか出来ない報道機関は荘厳な大聖堂の外観をずっと映し続け、同時に中で行われているであろう儀の様子をあれやこれやと推測する。映像を大聖堂の外に切り替えれば、大多数の市民が待ちわびたこの日にただ静かに祈りを捧げる姿が映し出す。

 カラーン

 甲高い鐘の音が1つ、高らかに響いた。儀の始まりを告げる合図は、同時に連合恒久の平和への祈りという意味も籠められていると言う。その音に誰もが口を固く閉ざし、程なく登場する主役を待つ。

 始まった。数多の意志が、思惑が一点に集束する婚姻の儀が、遂に。
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