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第7章 平穏は遥か遠く

289話 そして、夜が明ける 其の10

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『……識別記号は、やはり無しか。今日は最悪だな、想定外の増援が立て続けに現れるとは』

「ならば素直に引く事だ」

 人工の星明かりを背に空中に浮かぶ何者かは静かに、冷静な口調で撤退を勧めた。その冷めた口調に、私の記憶が僅かに揺さぶられる。何処かで聞き覚えがある様な気がするのだが、あと少しと言うところで思い出せない。

「味方、という事で良いかしら?」

「早計、と言いたいところだが今はそう判断して貰った方が助かる」

「随分と持って回った言い方だが、俺達としても助かる」

「待て待て、ワシは信用しとらんぞ。敵でないというならば行動で示せ、でなくば斬り捨てる」

 リリスの問いに断言を避ける式守シキガミの態度に、タケルとスクナの反応は対照的だった。素直に受け入れるタケルに対し、スクナは冷淡に否定する。鋭い棘のある物言いだが、至極真っ当だ。

「承知した。それから私の事は……そうだな、メタトロン。そう呼んでくれ」

『メタ……?見た目と名前はセラフっぽいが、こんな妙なヤツいたか?』

『それよりも!!おい、どうするよ?こんなの聞いてねぇぜ?』

『任務は継続だ。時間を稼ぐ、俺達にそれ以外の選択肢は存在しない』

『クソが、ならッ!!』

『とっとと終わらせる!!』

 黒雷は冷静な男の声の指示に従う。残存する機体は丁度10、そのうち極めて短気な性格の操縦者が駆る巨体が凄まじい速度で謎の助っ人目掛けて飛びかかった。

 換装した腕部には巨大な剣が握られている。カグツチを流し込む事で性質が飛躍的に向上、マガツヒ本体を消滅し得る力を発揮する武器。その機能が発動していないところを見るに真価は発揮していないようだが、それでも力任せに振るう肉厚で大質量な剣が直撃すれば2メートル程度の助っ人など容易く粉々にする攻撃力を持つ。しかし、メタトロンと名乗った式守は微塵も動じない。

『ガァっ!!』

『な、何だとッ。一体何が!?』

 最初に何かが激突したような大きな衝撃音と驚く2人の声が響き、次にバラバラに刻まれた2機の黒雷が成す術なく中庭跡地へと墜落した。正体不明の式守は、実体化させた細身の剣で黒雷をバラバラに切り刻んだ。使い慣れていない点を差し引いても、防壁諸共に黒雷を斬り伏せるなど尋常ではない。

『チィ、上等だァ!!』

『おい、大丈夫か!?テメェ、やりやがったなッ!!』

 その光景に、無残に散った仲間を前に黒雷が怒りを吐き出した。が、気勢を削がれまいとする虚勢だ。浮足立つ心中が、声色に表出している。

『何者だ。これで、セラフじゃないだと!?』

「名乗った通りだ」

 変わらず冷静なメタトロンに対し、低くしゃがれた声からは完全に余裕が消し飛んでいる。メタトロンという完全に想定外の戦力に数の利が消し飛んだのだから、動揺するのは致し方ない。相対する誰もが黒雷を圧倒する実力に加え、即席の連携さえも可能とする強者。対する黒雷側で互角に戦えるのは僅か1名。決して他が無能な訳ではなく、ただただ相手が悪すぎた。

「おっと、逃げない方が良い。此処に至る全ての戦闘行動は記録している」

『端から、逃げるつもりはない』

 メタトロンの恫喝を、男は冷静にいなした。だけどその口調に冷静さを感じない、何方かと言えば自暴自棄に感じる。

「その言い分、気になるな。どうして逃げない?」

「俺達も逃がすつもりは無イが、だがまるで不退転の覚悟の様な言い回しが気になる。もしや……」

『事情があるのだよ。お前達にも分かる。後数時間もすれば、な』

「誰も彼も……持って回った言イ方はもう沢山だ!!何を知ってイる、今日ここで何が起こるッ!!」

『持って回った、か。ハハ、済まない。だが言葉では伝わらない、余りにも素直に話したとて誰も信じられないのだよ。さぁ、始めよう』

 激高するタケルとは反対に、名も知らぬ男の反応は酷く冷めていた。逃げない理由を荒唐無稽と一言で評したその口調に悲壮……いや違う、諦観を感じた。何かが理由で逃げられず、更に負けて生きる選択肢も許されていない。加えて、男が知る情報は余りにも現実的ではないらしい。事情を話したとて狂人だと一笑に付されるならば、助けなど期待できる訳もなく。

「助太刀に来て正解だった。やはり何かが起こるのだな」

「相応以上の腕前を持っているお主でも逃げられん何かが今日ここで……か」

「ならば俺達のすべき事は決まってイる」

「アナタ達の屍を乗り越え、その先にある何かをブッ潰しましょうか」

「お?元気になったのか?結構結構」

「お陰様で、じゃあ始めましょうか」

『羨ましいよ、お前達が。無知は幸福、昔の人間は正鵠せいこくを射た言葉を残すものだ。では行くぞ。俺達に退路は無い。勝か死ぬか、生きたくば死力を尽くせ!!』

『クソッ、こんな筈じゃなかったのに!!』

『簡単な仕事だって……チクショウがァ!!』

 平静を取り戻した男の指示を合図に、黒雷は再び動く。が、結果は見るまでも無く。スクナが向かってきた2機を胴体諸共に両断して無力化すると、タケルも夜空を駆け射撃体勢を取る2機に接近、展開する防壁を相殺しながら胴体に集中攻撃を加え、即座に撃墜した。

 瞬く間に4機が撃墜されると同時、上空が僅かに白んだ。夜明けと見紛う程に魔法陣が輝くと、直後に生み出された落雷がリリスに照準を向ける黒雷を貫いた。伝導する雷は、さながら蛇行する蛇か竜の如く立て続けに4機を破壊、その動きを完全に停止させた。

 攻撃の暇さえ与えない、本当に一瞬の出来事だった。
 
 最後、残った2機を相手取るのはメタトロン。仲間の大半を失った彼等は最後に出現したメタトロンに狙いを定めると、的確な連携を取りながら追い込む。冷静な男の指示を愚直に守る黒雷は、遠距離からの援護攻撃を徹底する。男は僅かな時間でメタトロンの攻撃射程を見抜いたようだ。

『やはり、遠距離用の武装は持っていないようだな』

「的確、そして極めて冷静だ。その腕前ならば相応の地位を約束されるだろうに、どうしてこんな真似をするのだ?」

『話せば俺の境遇が変わる訳ではない。何をどうしようが、俺達の置かれた状況は変えられんよ』

「変えられない……それが君の提供できる精一杯の情報か。承知した」

 少ない会話から事情を察したメタトロンは躊躇いなく武器を向けた。しゃがれ声が操る黒雷もまた刃で応え、その援護を行う黒雷も銃口を向ける。

 闇夜に号砲が響いた。遠距離攻撃で男を支援する黒雷は全ての武装を使い切らんばかりにばら撒くと、その度に幾つもの明かりと爆風が生まれ、静謐な夜明け前の闇夜を掻き乱した。しかしメタトロンは攻撃を全て回避するか防御で防ぎ切り、同時に僅かな隙を縫いながら黒雷に斬り込む。

 闇夜を、火花と爆風が彩る。二対一の戦いは互角。一見すればそう見えた。だが少しずつ、着実にメタトロンの優位へと傾く。黒雷側も交換可能な脚部と腕部を盾にする。破損すれば投げ捨て、部位交換を行いながら継戦、メタトロンに追いすがる。あり得ないと、感嘆の声が私の口から漏れた。

 部位交換はそもそもそんな目的で使う訳では無いし、そもそも僅かながら隙があるので本来ならばもっと分厚い援護の必要がある。なのにこの男は切り離した部位を盾にしながら戦闘中に部位交換を平然と行い、更に指示を出しながら目の前の敵に気を配りつつ、眼下から戦況を見上げる3人の化け物相手にも気を配り続ける。

 桁外れた技量に、スクナもタケルもリリスも魅入る。もしこの男と同程度の腕前を持つ兵士が複数いたならば現状を覆すのは困難だっただろう。この場で突き抜けたを持つのはこの男だけだったのは幸運と言ってよい。最も、こんな技量を持つ人間が大量に敵に回られては堪ったものではないが。

 加えて、桁外れた技量を操縦技術を持つ男を容易く劣勢に追いやるメタトロンなる式守という更なる幸運も舞い込んだ。カモフラージュか、他の理由か。歪な外見の理由は不明だが、見た目とは裏腹に途轍もない性能を秘めている。

『化け物がァァァッ!!』

 戦況に大きく変化したのは若い男の絶叫が聞こえた直後、遠距離攻撃に徹していた黒雷が手に持っていた巨大な銃をメタトロンに投げ捨てると同時、今の今まで徹底して来た一定距離からの援護射撃から近距離戦へと切り替えた。どう考えても無謀以外にあり得ず、事実"止めろ"と、しゃがれた声が指示を飛ばす。が、仲間は聞き入れない。当然、結果は見るまでもなく、メタトロンは投げ捨てられた巨大な銃の影から突撃してくる巨体を防壁諸共に切り刻んだ。が……

「馬鹿な、どうして!?」

『せめて、アンタだけでもッ!!』

『まだ若いお前が老骨を助ける理由が何処にある!!』

 突撃する黒雷はバラバラになる直前に最後の行動を起こした。刻まれながらも胴体部をよじって左腕を庇うと、無事な左腕と防壁でメタトロンを握り込んだ。

『ざまぁミロ。なぁ、後は……』

『感謝する。この機会、無駄にはせん!!』

 巨大な左腕が歪な式守を全力で握り潰さんばかりに拘束する光景は、仲間が見せた漢気は、努めて冷静に振る舞おうとする男の心を激しく揺さぶる。期待に応えねば人にあらず。荒ぶる語気に乗る激しい感情の波が、遠くから眺める私の心を打つ。

「済まない」

『なッ!?』

 鼓舞された心、滾る心は男からほんの僅かな時間、冷静さを奪った。故に、対処が遅れた。短いやり取りが両者で交わされたその瞬間、最後に残った黒雷の上半身が斜めに斬り裂かれた。

『馬鹿なッ!!』

 しゃがれた声を上げながら、黒雷が力なく地面に吸い寄せられる。

『そうか……そう言う事か』

 己が身に起きた現実に動揺した男だったが、地面へと落下する最中に見た光景に全てを理解した。夜空を見上げれば、一振りの剣が浮遊する光景。メタトロンが男の搭乗する黒雷目掛けて投げ放ち、そのまま背中に突き刺さっていた大剣。星の灯りに赤い輝きを反射する剣は暫しその場に浮遊し続けたが、やがて主を拘束する黒雷の腕部を切断しながらその腕へと収まった。
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