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第7章 平穏は遥か遠く
258話 乱戦 其の6
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「魔導?アンタ何時詠唱したのよッ!?」
怒りと疑問がない交ぜになったクシナダの声にリコリスは悪辣な笑みを浮かべた。無数に飛び交う赤い火球は魔導、あるいは魔術や魔法とも呼ばれる技術の一端、旗艦アマテラスで研鑽された戦技とは一線を画す戦闘技術。
だがクシナダには聞こえず、また私も同じく。不敵な笑みを崩さなないまま、伊佐凪竜一の攻撃を捌く女から魔導を行使する際に聞こえる筈の詠唱が聞こえなかった。
魔導の行使と才能には出生が大きく関与しており、例えば地球人はどれだけ頑張っても他星系で発展した魔導を行使する事は出来ない。魔導の使用には何処で生まれたか、つまり出生が最も重要な要素となるからで、この時点であの女は魔導が文明の基礎として定着する惑星出身である事が露見された……筈なのだが、大きな問題として横たわるのが聞こえなかった詠唱。
魔導が発現する一連のプロセスは既に解析されている。カグツチを魔素と呼称されるエネルギーに変換後、言霊による特殊な振動を加える事で属性、指向性、強度を決定、エネルギーとして放出する一連が魔導。つまり、詠唱は必須となる。詠唱を補助する専用端末は存在するが、それでも時間の短縮が可能となるだけで無詠唱行使は基本出来ない。
この女が何者か分からない。が、無軌道に飛び回る火球がその正体に迫る物体を照らし出した。リコリスが投げ捨てた黒い腕輪、ソレは体内のカグツチ濃度を制御する腕輪はテンサイ、いや天災クラスの逸材の証。
濃度が一定値を超えた場合、マガツヒは原因を特定、原因となる人間とその周囲数百キロ範囲の全知的生命体を攻撃する。天災とは、正しく人の形をした災厄。アイアースも、オレステスも、そしてリコリスも天災クラスの力を持つ規格外という事になる。しかし、そう言った桁違いの才能を有していたとしても無詠唱での魔導行使は出来ない。ソレを行使できるのは……この女は一体何者なのだ。生まれた疑問は頭を過った最悪の可能性が生む恐怖を喰らいながら、噴出しそうなほどに膨れ上がる。
「そのままじゃあ焼け死にますよ?それとも、私と一緒に」
「そんな訳あるかッ」
夥しい数の火球を苦も無く操るリコリスに伊佐凪竜一は翻弄される。ソレ等はさながら猟犬の如く行使者に敵対する者の生命反応を何処までも追跡、今にも崩れ落ちそうな聖堂を朱く照らす。対する伊佐凪竜一も刀で火球を切り裂くが、その形を維持できず崩壊したかと思われた火球は時に小さな火球に姿を変え、時に飛来した他の火球に吸収されながらも止まる事なく、何処までも追い続ける。
「さぁ、もっと近づいて。私と踊りましょう?」
厳かな聖堂という場に余りにも不釣り合いない女の嬌声が響く。と、同時に一際鮮烈な輝きが廃墟同然と化した聖堂を照らす。光の方向を見れば、掌に灼熱の火球を浮かべる女の姿。恒星の如き業火に浮かぶのはリコリスという化け物、その女の扇情的な凹凸を強調するドレス、そして顔に貼りつく歪んだ笑み。
パチン
女が指を鳴らすと業火は幾つもの火球に分裂した。既に10発以上の火球が聖堂内を我が物顔で飛び回っており、その制御にも相応の力が必要な筈なのに、この女はココに来て更にその数を増やしにかかった。
明確な敵意、伊佐凪竜一への殺意の現れ。照らされた光に映し出された女の紅が妖しい吐息を漏らすとその内の数発が爆発した。聖堂は炸裂する火球で更に破壊が進み、もう何時崩落しても不思議ではない程の惨状へと変わり果て、監視カメラも私が制御している1つを除いて全て破損してしまった。
「さぁ」
高揚する女の声に火球が呼応する。火球は更に分裂、さながら弾幕の如く伊佐凪竜一に襲い掛かる。が……
「アラ、もうお目覚め?」
冷めた声、続いて炸裂音。最後に火球のいくつかが消失し、朱色に支配された聖堂を闇に沈めた。リコリスは伊佐凪竜一から顔を逸らし、虚空を向く。
「お陰様で」
女が見つめる先、掌に踊る火球は照らす赤い光の先に一人のシルエットが浮噛んでいる。あれは、ガブリエルだ。
「ンもぉ、次から次へと!!アンタッ、正気なんでしょうね!?」
戦線に復帰したガブリエルにクシナダが間髪入れず反応した。相変わらず無表情で何を考えているか読み辛く、故に先程までの敵対行動を誘発した神託の影響下から脱したのか判断できない。何せ状況から判断すれば疑う事さえ許さない完璧な制御なのだから。クシナダが辛辣な反応は無理からぬ話。しかし、そんな懸念を払拭するかのように銃口はリコリスを向く。
「お恥ずかしい限りですが、神託の影響に全く気付きませんでした。これが私の決断に依るものか、それとも未だ神託の影響下なのかは私でも判断できません」
「曖昧なら寝てるかどっか行ってほしいんだけどさぁ!!」
棘に塗れた提案は至極当然な反応である。
「本来ならばそうすべきと理解しています。ですが、どうしても聞きたい事が有ります。リコリス、アナタがどうして神託を下せるのですか?それは財団の頂点である総帥と賢人会議だけが持つ権限です」
「アラ、答えないと分からないの?」
「つまり新総帥も協力者と言う訳ですか。しかしあのお方が無償でセラフと言う戦力を手放すとは思えません。恐らく、総帥の座を後押しする見返りでしょうね」
「ご名答。で、どうするの?」
ココに来て更に新事実を投下するリコリスだが、この女の揺さぶりに感覚を完全にマヒさせられた伊佐凪竜一とクシナダは驚きもしない。
「無論、アナタと敵対します」
「神託の存在を忘れていない?」
「外部との通信機能はクシナダの手により破壊されました。時限式の命令を下せる可能性は否定しませんが、もし可能ならば私は既に伊佐凪竜一と戦闘している筈です、違いますか?」
「それもご名答」
「その答えを素直に信じるつもりは毛頭在りませんが、好機を逃すつもりもありません。覚悟して頂きます」
「あらあら、形勢逆転ねぇ。さあて、どうしようかしら?」
「その慇懃な態度、何時まで続けるつもりでしょうか?それともまだ切り札があると?」
「頭ついてるでしょう、自分で考えなさいな?」
状況は完全に覆された。偽ルミナは伊佐凪竜一の刃を自ら受け機能停止、神託により自在に動かせる駒は影響下を脱し、投入された黒雷は既に2機が戦闘不能。しかしそれでも尚、女は己が優勢を疑わない。
「承知しました」
慇懃な女の言葉に無表情で啖呵を切ったガブリエルは……次の瞬間、勢いよく駆け出した。女に背を向け、まるで逃げるように。
怒りと疑問がない交ぜになったクシナダの声にリコリスは悪辣な笑みを浮かべた。無数に飛び交う赤い火球は魔導、あるいは魔術や魔法とも呼ばれる技術の一端、旗艦アマテラスで研鑽された戦技とは一線を画す戦闘技術。
だがクシナダには聞こえず、また私も同じく。不敵な笑みを崩さなないまま、伊佐凪竜一の攻撃を捌く女から魔導を行使する際に聞こえる筈の詠唱が聞こえなかった。
魔導の行使と才能には出生が大きく関与しており、例えば地球人はどれだけ頑張っても他星系で発展した魔導を行使する事は出来ない。魔導の使用には何処で生まれたか、つまり出生が最も重要な要素となるからで、この時点であの女は魔導が文明の基礎として定着する惑星出身である事が露見された……筈なのだが、大きな問題として横たわるのが聞こえなかった詠唱。
魔導が発現する一連のプロセスは既に解析されている。カグツチを魔素と呼称されるエネルギーに変換後、言霊による特殊な振動を加える事で属性、指向性、強度を決定、エネルギーとして放出する一連が魔導。つまり、詠唱は必須となる。詠唱を補助する専用端末は存在するが、それでも時間の短縮が可能となるだけで無詠唱行使は基本出来ない。
この女が何者か分からない。が、無軌道に飛び回る火球がその正体に迫る物体を照らし出した。リコリスが投げ捨てた黒い腕輪、ソレは体内のカグツチ濃度を制御する腕輪はテンサイ、いや天災クラスの逸材の証。
濃度が一定値を超えた場合、マガツヒは原因を特定、原因となる人間とその周囲数百キロ範囲の全知的生命体を攻撃する。天災とは、正しく人の形をした災厄。アイアースも、オレステスも、そしてリコリスも天災クラスの力を持つ規格外という事になる。しかし、そう言った桁違いの才能を有していたとしても無詠唱での魔導行使は出来ない。ソレを行使できるのは……この女は一体何者なのだ。生まれた疑問は頭を過った最悪の可能性が生む恐怖を喰らいながら、噴出しそうなほどに膨れ上がる。
「そのままじゃあ焼け死にますよ?それとも、私と一緒に」
「そんな訳あるかッ」
夥しい数の火球を苦も無く操るリコリスに伊佐凪竜一は翻弄される。ソレ等はさながら猟犬の如く行使者に敵対する者の生命反応を何処までも追跡、今にも崩れ落ちそうな聖堂を朱く照らす。対する伊佐凪竜一も刀で火球を切り裂くが、その形を維持できず崩壊したかと思われた火球は時に小さな火球に姿を変え、時に飛来した他の火球に吸収されながらも止まる事なく、何処までも追い続ける。
「さぁ、もっと近づいて。私と踊りましょう?」
厳かな聖堂という場に余りにも不釣り合いない女の嬌声が響く。と、同時に一際鮮烈な輝きが廃墟同然と化した聖堂を照らす。光の方向を見れば、掌に灼熱の火球を浮かべる女の姿。恒星の如き業火に浮かぶのはリコリスという化け物、その女の扇情的な凹凸を強調するドレス、そして顔に貼りつく歪んだ笑み。
パチン
女が指を鳴らすと業火は幾つもの火球に分裂した。既に10発以上の火球が聖堂内を我が物顔で飛び回っており、その制御にも相応の力が必要な筈なのに、この女はココに来て更にその数を増やしにかかった。
明確な敵意、伊佐凪竜一への殺意の現れ。照らされた光に映し出された女の紅が妖しい吐息を漏らすとその内の数発が爆発した。聖堂は炸裂する火球で更に破壊が進み、もう何時崩落しても不思議ではない程の惨状へと変わり果て、監視カメラも私が制御している1つを除いて全て破損してしまった。
「さぁ」
高揚する女の声に火球が呼応する。火球は更に分裂、さながら弾幕の如く伊佐凪竜一に襲い掛かる。が……
「アラ、もうお目覚め?」
冷めた声、続いて炸裂音。最後に火球のいくつかが消失し、朱色に支配された聖堂を闇に沈めた。リコリスは伊佐凪竜一から顔を逸らし、虚空を向く。
「お陰様で」
女が見つめる先、掌に踊る火球は照らす赤い光の先に一人のシルエットが浮噛んでいる。あれは、ガブリエルだ。
「ンもぉ、次から次へと!!アンタッ、正気なんでしょうね!?」
戦線に復帰したガブリエルにクシナダが間髪入れず反応した。相変わらず無表情で何を考えているか読み辛く、故に先程までの敵対行動を誘発した神託の影響下から脱したのか判断できない。何せ状況から判断すれば疑う事さえ許さない完璧な制御なのだから。クシナダが辛辣な反応は無理からぬ話。しかし、そんな懸念を払拭するかのように銃口はリコリスを向く。
「お恥ずかしい限りですが、神託の影響に全く気付きませんでした。これが私の決断に依るものか、それとも未だ神託の影響下なのかは私でも判断できません」
「曖昧なら寝てるかどっか行ってほしいんだけどさぁ!!」
棘に塗れた提案は至極当然な反応である。
「本来ならばそうすべきと理解しています。ですが、どうしても聞きたい事が有ります。リコリス、アナタがどうして神託を下せるのですか?それは財団の頂点である総帥と賢人会議だけが持つ権限です」
「アラ、答えないと分からないの?」
「つまり新総帥も協力者と言う訳ですか。しかしあのお方が無償でセラフと言う戦力を手放すとは思えません。恐らく、総帥の座を後押しする見返りでしょうね」
「ご名答。で、どうするの?」
ココに来て更に新事実を投下するリコリスだが、この女の揺さぶりに感覚を完全にマヒさせられた伊佐凪竜一とクシナダは驚きもしない。
「無論、アナタと敵対します」
「神託の存在を忘れていない?」
「外部との通信機能はクシナダの手により破壊されました。時限式の命令を下せる可能性は否定しませんが、もし可能ならば私は既に伊佐凪竜一と戦闘している筈です、違いますか?」
「それもご名答」
「その答えを素直に信じるつもりは毛頭在りませんが、好機を逃すつもりもありません。覚悟して頂きます」
「あらあら、形勢逆転ねぇ。さあて、どうしようかしら?」
「その慇懃な態度、何時まで続けるつもりでしょうか?それともまだ切り札があると?」
「頭ついてるでしょう、自分で考えなさいな?」
状況は完全に覆された。偽ルミナは伊佐凪竜一の刃を自ら受け機能停止、神託により自在に動かせる駒は影響下を脱し、投入された黒雷は既に2機が戦闘不能。しかしそれでも尚、女は己が優勢を疑わない。
「承知しました」
慇懃な女の言葉に無表情で啖呵を切ったガブリエルは……次の瞬間、勢いよく駆け出した。女に背を向け、まるで逃げるように。
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