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第7章 平穏は遥か遠く

252話 乱戦 其の1

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「今、正しいと信じた道を進む。それだけだ」

 一触即発の空気を切り裂く静かな声。彼が、己が覚悟を語り始めた。

「あの子が狙われている。だから俺は助ける、それ以上の理由は不要だ。間違っているかも知れない、正しい事なんて無いかも知れないし、あったとしても今すぐに理解することなんて出来ない」

「間違っていたら?」

 興味本位の質問が水を差す。が、彼は止まらず……

「それでも止まるつもりは無い。が俺にそうしてくれたように。侮蔑されるかもしれない、否定され、永劫に汚名を残すかもしれない。だけど、俺は俺の傍に誰も居なくてもッ、正しいと信じた道を進む。だから邪魔をするなッ!!」

 邪魔をするなと、そう結ぶと同時に臨戦態勢を取る。周囲を漂うカグツチは伊佐凪竜一の意志に共鳴、さながら台風の如く渦を巻きながら中心に立つ彼の元へと一気引き寄せられた。急激な濃度上昇に伴い教会中が明滅する。強烈な奔流にルミナ、クシナダ、ガブリエルは反射的に後ずさるが……

「なんで、何処で?あの人と同じ……」

 只1人、リコリスだけは呆然とその場で立ちすくむ。何をするでもなく、まるで何かに意識を奪われているかの様に、あるいは壊れた様に意味不明な単語を呟くに終始する。彼の言動の何処にそんな行動を引き起こす要素があったのか分からないが、しかし絶好の好機に変わりなく。

「指示が途絶えた為、以後独自に行動します」

 先手を取ったガブリエルが意味不明な言葉と共に後方に合図を出すと、無言で祈る信者達が突然椅子から跳ね上がり、一斉に伊佐凪竜一を睨んだ。その光景に今まで心中に燻っていた疑念が晴れる。やはりガブリエルが神託の支配下に置かれていた。支配者はリコリス、状況から判断すれば行き先に大聖堂を指定した辺りから。

 しかし、氷解した疑問の影から別の疑問が浮かぶ。何故、こんな手段を使うのか。伊佐凪竜一を追い詰めるだけならば、セラフ4機掛かりで戦闘を仕掛ければソレで事足りた筈だ。話がしたかったのか?だとすると何故?

 ズドン――

 大きな衝撃が聖堂を震わせた。ルミナだ。信者の動向に気を取られた伊佐凪竜一の僅かな隙を彼女は見逃さず、華奢な身体から繰り出された蹴りを真面に喰らった彼は途轍もない音と衝撃と共に吹き飛ばされ、祭壇を破壊しながらその奥へと消えていった。

 多勢に無勢とは言え大半は有象無象で問題ないが、やはり実力が拮抗するルミナが最大の障壁となる。しかも、本気ならば彼を止め得るほどの能力を持つクシナダ、実力未知数のガブリエルに正体不明のリコリスまで控えている。如何に彼でも4人を相手取るのは無謀に近い。

「お覚悟を」

「さようなら」

 無慈悲な言葉が重なり響く。ルミナの初撃で終わる筈もなく、立て続けにガブリエルとクシナダが銃撃による追撃を行うと、2発の銃声を合図に信者達が祭壇方向へと向けにじり寄り始めた。信者とは言っても所詮は一般人だから物の数では無いのだが、問題は彼が攻撃できないという点。己が命を盾にするという、うんざりする程に見た常套手段がまたしても彼の行く手を阻む。恐らく今度はルミナ達を護る盾代わりに使う算段だ。

 全てが計算ずく。全てがリコリスの思うがまま。このまま事が運べば彼は……と言いたいが、奇妙な事に現実は真逆。肝心のリコリスの視線は先程から戦意喪失とばかりに呆然と虚空を彷徨い続ける。結果、指示が無ければ動けない信者達は狼狽るどころか散り散りに逃げ出す始末。これでは盾どころでは無い。

「くぅ……」

 ガラガラと瓦礫を掻き分けながら伊佐凪竜一が祭壇の奥から姿を見せた。不意打ちからの手痛い一撃を喰らった彼だが、埃と舞い散る瓦礫で汚れている程度で外傷は一切ない。大量のカグツチにより強化された彼の肉体は、もはや真っ当な手段では傷一つ付けられない程に強化されている。

「いい加減に諦めて、私と一緒に来るんだよッ!!」

 剥き出しの本音、続いて鈍い音が1つ、2つと響くと、直後に彼が立つ祭壇方向に大きな衝撃が走る。ルミナが手近にあった椅子を蹴り飛ばした。金属製の粗雑な造りの椅子は彼女が流し込んだカグツチにより硬化、更に渾身の蹴りと合わさる事で教会の内壁をあっさりと抉り取った。

 バンバン――

 砲弾の如き攻撃が発する衝撃に無数の破裂音が重なる。手近にある椅子を蹴り飛ばすルミナにガブリエルとクシナダが本格的な援護を始めた。3対1という劣勢により回避に手一杯な状況。しかし彼の目に宿る決意は揺るがず、隙あらば一足飛びで誰かの首を跳ね飛ばす気迫に満ちる。が、刹那で思考を読んだクシナダが桁違いの速度で接近、肉弾戦を仕掛けた。

「疾風迅雷!!」

 銃を投げ捨て、刀を実体化させると同時に言霊を発動、微塵の躊躇いもなく刀を振り抜いた。刀同士が鍔迫り合う金属音と激しい衝撃が周囲を震わせ、火花が周囲を仄明るく照らす。明滅する輝きに浮かぶのは、且つて同じ目的の為に行動していた男と女。

「戦って勝てると思ってるの?私に一度でも勝ったことあったっけ?」

 鈍色の刃を挟み、クシナダと伊佐凪竜一は互いを激しく睨み付ける。

「勝てない事は、諦める理由にはならないッ!!」

「ンもう強情ってキャッ!!」

 彼女らしくない迂闊な言動は相対する伊佐凪竜一の意志を更に滾らせる。戦いの最中に相手の戦意を高揚させる言動は慎むべきで、それはカグツチという粒子を己が力に変換する戦闘技術を持つ全ての人間に共通する認識。上手くいけば弱体化させられるが、下手をすれば強化され、それが敗北に繋がる可能性があるからだ。

 クシナダはそれ以上の軽口を叩く間もなく殴り飛ばされ、聖堂の内壁に叩きつけられると壁を這うようにへたり込んだ。握り締めた刀が床に落ち、カチンと言う軽い音を響かせる。

「あ……が」

 耳を掠めた音に己が手に武器が無い事実を悟ったクシナダは言葉にならない呻きと共に震える手を伸ばすが、殴り飛ばされ、壁に叩きつけられた2重の衝撃が身体に与えた計り知れないダメージにより真面に動けず。

「ゴメン」

 そんな状況を知りながら、しかし伊佐凪竜一は手を止めない。隙だらけのクシナダを戦闘不能にすべく詰め寄る。

「私を見ろと、言っている!!」

 刹那、絶好の好機に意識が向いた彼が見せた僅かな隙に捻じ込むように、側面から一足飛びで懐に飛び込んだルミナが伊佐凪竜一を蹴り飛ばした。

 真上に蹴り上げられ、宙を大きく舞う彼の顔は苦痛よりも驚きと後悔の色が強い。今の彼は大抵の攻撃を多少の痛み程度で抑えられるとは言え、下手に傷つき致命傷を負えば逃走に支障を来す。何故か戦闘に参加しないリコリスという幸運を除いたとしても、ルミナとクシナダとガブリエルと真面に戦って無事に済む公算は低く、仮に凌げたとしても明日の儀に大きな影響を及ぼすのは必至。

「コレで最後だ」

 私と彼の表情が大きく歪んだ。無防備を晒す彼目掛け3人が一斉に銃口を向けたからだ。不味い。私は映像に向けてそう叫んだ。カグツチを取り込んだ彼の身体能力は劇的に向上してはいるが、それでも例外はある。ルミナの銃撃を真面に受けたら下手をすれば一撃で戦闘不能に追い込まれる。

「私の可愛い顔、本気で殴ったお礼よ」

「コレでアナタもお終いです、伊佐凪竜一。さようなら」

 無情。ルミナに呼応するようにクシナダとガブリエルも銃撃の態勢を取る。3人は引き金に手を掛け……

 しかし次の瞬間、3発鳴るはずの発砲音とは別の音が大聖堂内に響き渡った。最初にガラスが割れる様な音。その出処をよく見れば祭壇背後にある美しい色合いのステンドグラスが粉々に破損していた。直後、明確な怒りに満ちた叫び声が戦場に広がった。
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