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第6章 運命の時は近い
169話 黄泉 其の1
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夢を見た。またこの夢だ。
夢の中での俺は形の無い何とも不思議な何かに変わっていて、足元にある小石程度の何かをプチプチと潰している。だが、これが何かわからない。この光る小さな何かは何だろうか?
そう考えた矢先、不意に何をどうしたのか視界が小さな小さな光の1つを覗き始めた。小さな光の中に合って一際大きく輝く光を見つけた俺の視界はどんどんとズームし、やがて光の正体を突き止めた。光の中に輪郭が浮かび上がった。人だ。ソレは人の形を模る光だった。
輪郭は更に濃くはっきりと姿を変える。俺がじっと見つめている中、輪郭に色が宿り詳細な姿形が浮かび上がり、見た事も無い服装が浮かび上がり、遂には俺が散々に見慣れた人の姿が映し出された。だが、俺はその光を潰してしまった。いや、俺では無い、俺はこんなドス黒い力も無ければここまで残忍な……
やがて周辺の光を粗方潰した俺は次の光を求めて動き始めた。とても離れた場所にある幾つもの輝きはまるで星空の様に見え、周囲を見渡せば小さな球体が幾つも浮かんでおり、その内の幾つかには小さな小さな光が夥しい程にびっしりと球体に貼りついていた。瞬間、俺の中を酷い不快感が満たした。
俺の行動は止まらない。まるで球体を侵食する細菌の様に感じた俺はその光で埋め尽くされた球体をそっと優しく手で包むと、たったそれだけで光は見る見るうちに消え、やがて球体だけがそこに残った。
何だろうか、これは。コレは一体何で俺……この物体は一体何をしているのだ。いや、違う。頭の隅に浮かんだ答えをそんな陳腐な疑問で塗りつぶそうとしているだけだ。分かっているのだ。小さな光の1つ1つは人で、俺はソレを殺している。
『これは過去、遥か昔に起きた出来事。君はそれを見ているだけだ』
声が頭に響いた。遠いような近いような、遠近感が狂う、だけど甘くて優しい声は俺の疑問に回答を示した。が、1つ解決しただけでは足りない。頭には次の疑問が浮かび上がり、浅ましく回答を求める。
じゃあ、お前は誰だ?なんでこんなモノを見せる?夢を見る時に特有の現象である上手く喋る事が出来ない状態に陥った俺はそう強く念じた。
『ココは退屈だろうからね?私の名前かい?案ずることは無い、いずれ嫌でも知る事になるよ』
それでは答えになっていない、そう頭の中で叫びながら俺は目を覚ました。
重い瞼を気合で見開けば重苦しく見飽きた光景が目に飛び込んでくる。白と黒の空間に拘束されている。記憶が確かならば黄泉と呼ばれる旗艦内で重罪を犯した人物を拘束する為の空間。
時間の感覚が無い、適度な不快さに保たれたその空間は音も無く白と黒以外の何も無く、常人ならば数日もあれば発狂するそうだ。そんな知りたくもない情報をココに連行して来た守護者の一人が意気揚々と教えてくれた。どうやら今のところ正常らしいが、果たしてあとどれだけ持つか……
違うな、と頭が否定した。そうだ、今はそんな先の事を気にしている場合じゃない。俺はどれだけ気を失っていたんだ?拘束されていた時間は?周囲を見渡せば大きな部屋に扉が2つ。1つは出口でもう1つは簡易トイレ。目立った物はそれ位で他には何もなく、当然時計なんて気の利いた代物も置いていない。
が、少なくとも閉じ込められてからそこまで時間が経っている訳ではないと理解する事は出来た。幸か不幸かしこたま殴られズキズキと痛みを告げる身体が辛うじて時間の経過を教えてくれる。多分、まだ1日も経過していない。とは言え、それ以外の何も分からない。どうやらこの場所は徹底して外部からの情報を遮断するらしく、どれだけ意識を集中しても何らの音も聞こえてこない。
困った。早くも手詰まりとなった俺は只々時間が過ぎるのを黙って見つめる以外に何もできなくなった。抜け出そうと思えば実はそんなに難しい事ではないと、守護者達はそう言っていたけど恐らく罠だ。そうしてしまえば最後、旗艦でのあらゆる権利一切を強制的に剥奪される。そうなれば最早何をする処では無く、移動すらままならなくなる。IDにより個人を管理するという体制は且つて働いていた清雅とよく似ている。だから、何となく分かる。だけどそれ以上に、堂々と殺したいのだろう。
少なくとも、迂闊に動くべきではない。身体も頭も酷くだるく、パフォーマンスは全く持って完璧とは言い難い。今は(どれだけ休めるかはともかく)少しでも体力を回復させるべきだろう。幸いにも部屋の環境は今のところそこまで悪くはない。
「試練、あるいは戦い、挑戦すべき時でもいい。そういう時が常に万全の状態で訪れるとは限らない」とは、俺を鍛えてくれたスクナの言葉だ。運が悪いと嘆くつもりは無い、疲労なんて理由にもならない。だけど、まだ俺は諦めない。諦めるほど足掻いていない。
『そうそう。その気概が大事だよ。さ、少し休もうか』
不意に、夢で聞いたあの声が耳から鼓膜を震わせた。全てを抱擁する程に甘い、優しい声。直後、頭がふわりと浮かぶ感覚に襲われ、それまで冷たく硬い床と接していた後頭部が温かく柔らかい何かに包まれた。実体を伴う何かがこの部屋にいる。次に俺が見たのは薄暗い部屋の中に浮かぶ赤い点。だけどソレが目だと気付いた頃には俺の意識は混濁して、闇の中へと沈んでいった。
夢の中での俺は形の無い何とも不思議な何かに変わっていて、足元にある小石程度の何かをプチプチと潰している。だが、これが何かわからない。この光る小さな何かは何だろうか?
そう考えた矢先、不意に何をどうしたのか視界が小さな小さな光の1つを覗き始めた。小さな光の中に合って一際大きく輝く光を見つけた俺の視界はどんどんとズームし、やがて光の正体を突き止めた。光の中に輪郭が浮かび上がった。人だ。ソレは人の形を模る光だった。
輪郭は更に濃くはっきりと姿を変える。俺がじっと見つめている中、輪郭に色が宿り詳細な姿形が浮かび上がり、見た事も無い服装が浮かび上がり、遂には俺が散々に見慣れた人の姿が映し出された。だが、俺はその光を潰してしまった。いや、俺では無い、俺はこんなドス黒い力も無ければここまで残忍な……
やがて周辺の光を粗方潰した俺は次の光を求めて動き始めた。とても離れた場所にある幾つもの輝きはまるで星空の様に見え、周囲を見渡せば小さな球体が幾つも浮かんでおり、その内の幾つかには小さな小さな光が夥しい程にびっしりと球体に貼りついていた。瞬間、俺の中を酷い不快感が満たした。
俺の行動は止まらない。まるで球体を侵食する細菌の様に感じた俺はその光で埋め尽くされた球体をそっと優しく手で包むと、たったそれだけで光は見る見るうちに消え、やがて球体だけがそこに残った。
何だろうか、これは。コレは一体何で俺……この物体は一体何をしているのだ。いや、違う。頭の隅に浮かんだ答えをそんな陳腐な疑問で塗りつぶそうとしているだけだ。分かっているのだ。小さな光の1つ1つは人で、俺はソレを殺している。
『これは過去、遥か昔に起きた出来事。君はそれを見ているだけだ』
声が頭に響いた。遠いような近いような、遠近感が狂う、だけど甘くて優しい声は俺の疑問に回答を示した。が、1つ解決しただけでは足りない。頭には次の疑問が浮かび上がり、浅ましく回答を求める。
じゃあ、お前は誰だ?なんでこんなモノを見せる?夢を見る時に特有の現象である上手く喋る事が出来ない状態に陥った俺はそう強く念じた。
『ココは退屈だろうからね?私の名前かい?案ずることは無い、いずれ嫌でも知る事になるよ』
それでは答えになっていない、そう頭の中で叫びながら俺は目を覚ました。
重い瞼を気合で見開けば重苦しく見飽きた光景が目に飛び込んでくる。白と黒の空間に拘束されている。記憶が確かならば黄泉と呼ばれる旗艦内で重罪を犯した人物を拘束する為の空間。
時間の感覚が無い、適度な不快さに保たれたその空間は音も無く白と黒以外の何も無く、常人ならば数日もあれば発狂するそうだ。そんな知りたくもない情報をココに連行して来た守護者の一人が意気揚々と教えてくれた。どうやら今のところ正常らしいが、果たしてあとどれだけ持つか……
違うな、と頭が否定した。そうだ、今はそんな先の事を気にしている場合じゃない。俺はどれだけ気を失っていたんだ?拘束されていた時間は?周囲を見渡せば大きな部屋に扉が2つ。1つは出口でもう1つは簡易トイレ。目立った物はそれ位で他には何もなく、当然時計なんて気の利いた代物も置いていない。
が、少なくとも閉じ込められてからそこまで時間が経っている訳ではないと理解する事は出来た。幸か不幸かしこたま殴られズキズキと痛みを告げる身体が辛うじて時間の経過を教えてくれる。多分、まだ1日も経過していない。とは言え、それ以外の何も分からない。どうやらこの場所は徹底して外部からの情報を遮断するらしく、どれだけ意識を集中しても何らの音も聞こえてこない。
困った。早くも手詰まりとなった俺は只々時間が過ぎるのを黙って見つめる以外に何もできなくなった。抜け出そうと思えば実はそんなに難しい事ではないと、守護者達はそう言っていたけど恐らく罠だ。そうしてしまえば最後、旗艦でのあらゆる権利一切を強制的に剥奪される。そうなれば最早何をする処では無く、移動すらままならなくなる。IDにより個人を管理するという体制は且つて働いていた清雅とよく似ている。だから、何となく分かる。だけどそれ以上に、堂々と殺したいのだろう。
少なくとも、迂闊に動くべきではない。身体も頭も酷くだるく、パフォーマンスは全く持って完璧とは言い難い。今は(どれだけ休めるかはともかく)少しでも体力を回復させるべきだろう。幸いにも部屋の環境は今のところそこまで悪くはない。
「試練、あるいは戦い、挑戦すべき時でもいい。そういう時が常に万全の状態で訪れるとは限らない」とは、俺を鍛えてくれたスクナの言葉だ。運が悪いと嘆くつもりは無い、疲労なんて理由にもならない。だけど、まだ俺は諦めない。諦めるほど足掻いていない。
『そうそう。その気概が大事だよ。さ、少し休もうか』
不意に、夢で聞いたあの声が耳から鼓膜を震わせた。全てを抱擁する程に甘い、優しい声。直後、頭がふわりと浮かぶ感覚に襲われ、それまで冷たく硬い床と接していた後頭部が温かく柔らかい何かに包まれた。実体を伴う何かがこの部屋にいる。次に俺が見たのは薄暗い部屋の中に浮かぶ赤い点。だけどソレが目だと気付いた頃には俺の意識は混濁して、闇の中へと沈んでいった。
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