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第3章 邂逅

81話 過去 ~ 地球篇 其の11

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 一進一退の攻防。且つて殺した男が蘇り、憎み、明確な意志で再び殺そうと向かってくる。が、当初は優勢を維持するかと思われていた伊佐凪竜一は攻めあぐねる。優勢の根拠はカグツチを扱う能力が高いという一点であり、こと戦闘に関すればカグツチがもたらす恩恵はそれ程に大きい。戦いが互角となる理由、それは山県大地の義肢と戦闘技術が極めて高いだけでなく、あの男の意志が伊佐凪竜一のソレを上回っているからだ。

 拳と拳が激突し衝撃を放つ度に邸宅が、空気が、地面が振動する。拮抗する両者の戦いは、殴り、殴られを延々と繰り返しながら終わる事無く続くかに見えた。

「馬鹿にしてるのかァ?本気出せよ、でねぇと後ろの女を殺すぞ!!見てみろよ?」

 その挑発的な言葉に視線を逸らした伊佐凪竜一が見たのは、4人の黒ずくめの兵士に追い詰められるアレムの姿。如何に超人染みた身体能力を有しているとは言え、数で押す相手には厳しい……と言う訳では無かった。

 顎への掌底、鳩尾への膝蹴り、挙句には股間と身体の急所への攻撃に対し相手が全く怯まないからだ。ならばと彼女は兵士から奪った銃を乱射するが、やはり効果は微塵も無い。明らかに異常。真っ当な人間ではない異常な打たれ強さを持つ謎の兵士達は、倒されても倒されても何度でも起き上がり攻撃を継続する。

 更に厄介な事に一度受けた攻撃パターンに見事なまでに対応していた。最初は優勢を保っていたアレムは徐々に押され、遂には追い詰められた。あの非常識なタフネスの正体が何であるかは察しがつくが、しかし分かったところでアレムに手が打てる訳では無く、ただ時間稼ぎをするのが関の山だった。

「無関係な奴を巻き込むな馬鹿野郎ッ!!」

「グッ!!」

 自分達を逃がす為、ただその為だけに劣勢極まる中で必死にもがき傷つく光景に伊佐凪竜一の感情が爆発した。拮抗する両者の戦いの最後、山県大地の言動に激昂した伊佐凪竜一は且つての友人を力一杯に殴り飛ばした。

 カグツチが込められた拳の直撃を受けた山県大地は咄嗟に防御を行ったが、周囲を仄かに照らす程に高密度のカグツチを籠めた伊佐凪竜一の拳を受け大きく後方に吹き飛ばされ、邸宅の庭を通り過ぎ周囲を覆うレンガ製の壁に叩きつけられた。

 衝撃でバラバラとレンガが崩れ落ちる中、人影が揺らめくと土煙の中からボロボロの山県大地が姿を見せた。両手の義肢は大きく歪み、修復は間に合っておらず無防備に破損した両手をダラリと下ろしている。が、その一方で表情は激しい怒りを含んだ恐ろしい形相へと変わっており、先程までの余裕に満ちた表情は何処にも無い。

 どうやらこの男、A-24の評価通り子供っぽい性格をしているようだ。未成熟なまま、他者との適切な距離を測れないままに成長した子供、A-24はそう評価していた。

 自らの迂闊な言動により一転して不利な状況へと陥った山県大地。しかし、彼は戦いの手を止めるつもりを微塵も感じさせない。大きく歪んだ両手にナノマシンが集まり破損部分がみるみる修復されていくと、怒りに満ちた表情に再び余裕の色が戻り始める。

 ほんの数秒で先程までの苛烈な傷跡は完全に修復され、男は戦いを続ける為に一歩を大きく踏みしめた。が、次の瞬間、何処かから放たれた銃撃により修復されたばかりの両手が再び見事なまでに破壊された。

「ッ!!……?なんだッ!!何処だッ!!」

 男は予想外の事態に大層焦り銃撃が行われた方向を必死に探すが、闇夜を凄まじい速度で動くソレを捉える事が出来ない。今度は自らの真上から激しい銃弾の雨が降り注がれると男の顔が再び怒りで歪む。

 しかし、一方でソレを行う何者かの動きは相変わらず出鱈目に早い為、従ってその何者かが邸宅の屋上に降り立つまで誰一人として正体が分からなかった。

「おー待たせッ、ナギ君半日振りィ!!……って何でココに居るの?」

 ちょっとだけ軽いその物言いと共に戦場に参じたのは彼と一緒に地球に転移したスサノヲ、E-12が寄越した資料によれば彼女の名はクシナダと言うそうだ。得意分野である高機動戦闘を突き詰めた若干19歳の才媛、スサノヲ第三部隊隊長クシナダ。

「チッ、スサノヲかよッ、ったくあのオッサン何してやがんだ使ぇねぇ!!」

「他人の評価してる場合?お前を逃がすつもりは無いよッ、私の所属知ってる理由と合わせて色々吐いてもらうからねッ!!」

「ハッ馬鹿が!!と、言いたいが流石に想定外だな。今日はとりあえずここまでにしとくぜ。だが一つだけ覚えておけッ、もうお前に安息は無い!!」

 山県大地はそう吐き捨てると何か指示を出した。彼の前に現れたディスプレイが暗闇を僅かに照らすと、それまで整然と動いていた兵士達は突如として力任せとばかりの大雑把さで暴れ始めた。その様はまるで狂戦士そのものに見え、とても理性や知性を持つ生命体とは思えない。

「適当に時間稼ぎしろ。じゃあな」

 捨て台詞に近い山県大地の言葉に兵士達は無言で頷き、クシナダは山県大地を逃がすまいと逃走ルートへと一瞬で先回りするが、しかしそれに追い付くほどの速度で兵士達が割って入った。

「ウソッ?何コイツ等!!」

 想定外の速度に虚を突かれたクシナダは暴走する兵士達と止む無く応戦するが、アレムの時と同じくどれだけ力を込めて蹴り飛ばそうが銃弾を浴びせようが怯む事無く戦闘を継続する。

 さながら不死身の兵士達にクシナダが釘付けにされた事で、アレムは漸く解放され力無く膝をついた。息が大きく上がっており、また更に彼方此方に青あざなどの生傷を負っている様子が窺える。

「申し訳ありません」

「俺こそすまない、立てるか?」

 伊佐凪竜一はアレムに駆け寄ると肩を貸し彼女を支え、どうにか無事に逃げ出そうと裏口の扉を目指す。が、その矢先カーティスと戦っていたセオが息を切らしながら姿を見せた。苦悶に満ちた表情が、逃げざるを得ない劣勢に追い込まれた現状を如実に物語る。


「申し訳ありません、全く武器が全く効かなくて……アレム、大丈夫か!!」

「なんだぁ?女の心配か、腑抜けがッ!!」

 その大声に全員が声の方向を振り向けば、カーティスと呼ばれた男が邸宅の中から悠然と姿を現した。同時、セオがカーティスに向けて躊躇いなく引き金を引くが、しかし撃ちだされた弾丸はカーティスに接近するとその勢いを急激に弱め、やがてポトリと地面に落ちた。

「防壁!?」

「えぇ、終始この有様でして。ツクヨミ様、何か打開策があれば教示頂きたいのですが」

 劣勢に陥った理由は防壁の存在。何もかもが異常だ。アレは旗艦アマテラスの独自装備であるが、地球に貸与されたという話は聞かないし、それが反清雅組織に渡るなどもっと有り得ない。セオが裏口まで逃げてきた理由は解決策を求める為、圧倒的な文明の差をひっくり返すに足る知恵をツクヨミから聞き出す為だった。

「彼らはどう言う理由か私達をつけ狙っています。従って標的となる私達が手の届かない旗艦まで戻ればこれ以上の無益な争いを避けるでしょう。今はクシナダもいます、彼女の実力は折り紙付きでしょうから私達が逃げる事が出来れば十分に期待できます。問題は今現在も通信が繋がらず帰還する方法が無いという点ですが、しかし超長距離転移機能が搭載されたフォルの機体を使えば不可能ではありません」

 縋る様にツクヨミを見つめるセオにツクヨミは解決案を提示した。要は逃げるまでの時間稼ぎであり、防壁を所持したカーティスの攻略法ではない。

「分かりました、ではそれまでの時間は何としても稼ぎます」

「では私達が操縦席に入るまで援護をお願いします」

 が、既に覚悟を決めていたセオとアレムはツクヨミの提案に即断で頷く。

「承知しました。それからツクヨミ、貴方には是非聞きたい事があります。ですからあなたも生き残ってください」

「分かっています、時が来れば話すつもりでした」

「今はそれよりも!!では私達はこれで」

 ツクヨミからの提案を受け入れたセオとアレムの2人は即座に行動へと移す。脱兎のごとく駆け出し、カーティスの前に躍り出た。

「そうか、そうかァ……オイ、聞こえているかッ!!逃げれば逃げる程犠牲は増えていくぞ?ハハハッ、貴様の抵抗でどれだけ無駄死にしたと思ってるんだ!!とっとと諦めろォ!!」

 男は逃げ出す様子を見て不敵に笑いながら担いだ大砲の引き金を引いた、淡い光に包まれた弾丸は逃げ行く伊佐凪竜一達を通り過ぎ、その後ろに建つ家屋に直撃するとドォーンという巨大な音と地響きと衝撃を生み出し、周辺の全てを粉々に破壊した。無事逃げ出しているならば問題無いが、もし逃げていないならば生存は絶望的だろう。

 その凄惨な光景にフォルトゥナ姫の目に恐怖が浮かぶ。ツクヨミをギュッと抱きかかえるその身体が震えているのが、小刻みに揺れる映像で伝わる。

「アンタと言う人はッ!!」

「覚悟してもらいます」

「じゃあ貴様らから殺してやるよッ!!」

 殺戮を楽しむという評価に相応しい渾名を付けられた男が無関係の家屋目掛けて躊躇いなく引き金を引き続ける下劣な行動にセオとアレムは激昂、戦力差を無視してカーティスに銃口を向ける。

 命懸けの戦いが始まる。伊佐凪竜一は果敢に立ち向かう2人の背中を一瞥すると、"ゴメン"と一言断りを入れつつフォルトゥナ姫を抱きかかえ、邸宅から少し離れた位置にある山の裾野に隠された機体を目指し一気に駆けだし……僅か1分にも満たない時間でその場所まで到着した。

 操縦席の扉を開けるとツクヨミが真っ先に搭乗、起動準備を手早く済ませる。程なく機体から低い音が聞こえ、次いで振動が発生する。次いでフォルトゥナ姫が乗り、最後に伊佐凪竜一が飛び乗り……

「前部座席には座っていいのかな?」

 昼のやり取りから後部座席に座れないと知っている伊佐凪竜一は背後からフォルトゥナ姫に質問を投げた。

「あ、あの、えーと。た、多分良いのではないでしょうか。前例が無いので多分ですけど」

 どうやら大丈夫らしい。取りあえず来た時と同じ中途半端な姿勢にならなくて済む事に少しだけ安堵した伊佐凪竜一は、姫の言う"前例"の意味に困惑しながらも前部座席にゆっくりと腰を下ろすと、見計らったツクヨミが操縦席の扉を閉め切った。暗闇に幾つものディスプレイが灯り、やがて狭い空間を淡く照らす。

 直後、何発かの銃弾が機体に撃ちこまれた。前方に映し出された映像を見れば、黒ずくめの兵士とそれを後ろから派手に蹴り飛ばすクシナダの姿。年齢と見た目の割に恐ろしく頼りになるスサノヲは、背後から迫る兵士を視認する事無く蹴り飛ばし、更に銃撃で怯ませると機体に向けて大きく手を振った。

「あの、あの方は何を言っておられるのでしょう?」

「これ貸しだからね、だそうです」

「こんな時でもマイペースだな、あの子」

「いえ、彼女なりに安心させたいのだ……と思います、多分ですけど」

 不測の事態が重なりながらも、何はともあれ2人と1機は機体に搭乗した。後は旗艦へと戻るだけ。その筈だった……

「ハイドリ展開、目的地設定、旗艦第二十四番ゲートへ設定……設定不可!?どう言う事だ、何故……何故アケドリが開くの?強制転移開始!?」

 不測の事態は未だ終わらず。フォルトゥナ姫の膝から聞こえた声に伊佐凪竜一が慌てて振り向く。

「どうした?」

「機体の転移先設定が行えません。何処に向かうか私にも予測不能です。恐らく先程の銃撃により制御系が損傷したと思われます。申し訳ありません」

 その言葉に伊佐凪竜一は顔面蒼白となった。戦闘に関しては非常に頼りになる反面、彼はそれ以外には非常に疎い。機械もそうだし、異なる文化文明についても同じく。何処に向かうか分からない。その一言にもはや自分に出来る事は無いと悟った彼は呆然と前方を眺め、ツクヨミはフォルトゥナ姫の膝の上で必死に制御を試み、この機体の持ち主である少女はまるで何かに祈る様に目を閉じた。

 やがて関宗太郎邸の上空に赤い円が出現した。アケドリと呼ばれる超長距離転移用の門。彼らを乗せた機体は全く制御出来ないままにその円の中心へと向かう。ツクヨミが最後に捉えた地上の光景は、赤い光に照らされたクシナダ達の驚く顔と不敵な笑顔を見せながら撤退するカーティスの姿だった。
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