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第3章 邂逅

74話 過去 ~ 地球篇 其の4

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「どうだった?」

「はい、問題ありません。町民の皆様には先生の指示通り旗艦アマテラスうえの指示で新たに決められた避難訓練の一環と説明しておきました」

「合わせてこの件を広めない様にとも説明済みです。今は微妙な時期で、双方の関係がこれ以上こじれると先生の胃に穴が空いてしまうと釈明したところ、概ね納得して頂けました」

 関宗太郎に2人は澱み無く結果を伝えた。内容は良好。となれば自然と関宗太郎の顔が綻ぶ。

「そうか、ありがとう。遠くまで済まねぇな、それに面倒な仕事を押し付けた上に先に飯までとっちまってよ」

「いえ、構いません。それが私達の仕事ですから。それから……」

 秘書の2人はそう言うと一呼吸整え、改めて伊佐凪竜一へと向き直った。

「貴方がナギ様、ですね。私はセオ=デイヴィーズ、私達は貴方に多大な恩と借りが有ります」

「初めまして、アレム=アディスです。私達に出来る事ならば何でもお申し付けください。先生からもその許可は頂いております」

「出来ればその辺りの経緯を説明する時間が欲しいのですが、ココで話すには相応しくないので出来れば時間を……」

 ピンポーン。鳴り響く電子音が会話を横断した。

「おや?」

 セオと名乗った秘書が何かを語ろうとしたその矢先、ドアチャイムが部屋に響いた。話を遮られる形となった秘書達だったが、しかし嫌そうな顔色一つせず会釈と共に姿を消す。

 やはりどう考えても秘書とは思えない雰囲気や身体つきをしているが、その仕事振りは嫌がるどころか関宗太郎の意をよく汲み、また非常に手慣れてもいて不自然さは微塵も感じない。

「彼らは、まぁちょっと特殊な経緯で父の秘書となったので、確かにこの場には相応しくないでしょうね」

 なるほど。今しがた関与一が語った言葉にセオと言う青年の"恩"と"借り"と言う単語を踏まえれば、2人と伊佐凪竜一を繋ぐのは半年前の神魔戦役だろう。寧ろ、それ以外の可能性が無い。

「あ、あの。その事情と言うのは地球で起きたと言う戦いに関係しているのでしょうか?」

 小さな質問が、耳を掠めた。全員が声の先に視線を向ければおずおずとしたフォルトゥナ姫の姿。この場でただ1人、姫だけが蚊帳の外で地球の事情を全く知らない。

「失礼しました。では落ち着いた事ですし……?」

機体を目立たない場所に隠したり周囲への根回し等で後回しになった説明をツクヨミが始めようとしたのだが、直後ドタドタと廊下を走る音が聞こえ、次いでアレムが静かに襖を開けた。

 彼女は伊佐凪竜一達に微笑み軽く一礼すると関宗太郎の元へ掛けより、耳元で何かを囁いた。直後、関宗太郎の顔が歪んだ。秘書とは真逆の渋い表情を浮かべながら、彼は嫌々とばかりに立ち上がった。

「しょうがねぇ、ちっと席を外すよ。どうも面倒な客が来たらしい。与一と椿さん、後は宜しく頼むよ」

「「はい」」

 関宗太郎はアレムを連れ立ち、慌ただしく居間を離れていった。

「もしや私が来た事で……」

 その態度に心を痛めたフォルトゥナ姫が俯き、ボソリと呟いた。

「違うようです、フォル。この家屋周辺の音声を拾っていますが、招かざる客に違いはありませんが貴方とは無関係のようです」

 少女が僅かに覗かせた自虐的内罰的な性格を見抜いたツクヨミが即座に否定した。確かに可能性としては有り得なくも無いが、幾ら何でも性急すぎると言わざるを得ない。

「では、誰が来たのでしょうか?」

「よくある話です。関宗太郎の政治活動を快く思わない者が彼に直談判に来たようです。全ての音声を拾えるわけではありませんが、現に今も怒号が飛び交っています」

「同じなのですね。何処も、そう……大変ですね……」

 自らが原因ではないと知った少女は安堵するが、その原因をツクヨミから聞くや、何故か彼女は大きく肩を落とした。その雰囲気はとても重苦しく、ともすれば悲壮感さえ漂わせている。その心境の変化は余りにも露骨であり、全員が何事かと驚き視線を向ける程度であった。

 暫しの後、自身に集まる視線に気づいた少女は愛想笑いと共に食事を再開すると、全員がまるで少女に合わせるように談笑を再開した。

 が、少女を含めた全員の表情はぎこちない。誰もが少女の心境を慮るが、"何故"、"どうして"という肝心の問題が理解出来ねば配慮の仕様がない。しかし肝心の少女は黙して語らず、貼りついた笑顔のまま振る舞われた寿司を笑顔で頬張る。

「まぁ、外の問題は何時もの事。政治家たる者の宿命みたいなモノですし、父もそう気にしていませんよ」

「あ。もしよろしければ気分転換にテレビでも見ましょうか?義父様おとうさまならば食事中にテレビを見るなと苦言を呈されるでしょうが、そちらは後で説明しておきますから」

「そうですね、他星系の文化を直に見てみるのも良い気分転換になるでしょう」

 関与一がフォルトゥナ姫を気遣うと堰を切った様に全員が後に続いたのだが、どうやらソレは逆効果であった様で少女の気分は一気に落ち込んでしまった。難儀な性格だと、現状だけを切り取ればそう判断できるだろう。しかしそれだけでは無い何かがある、それは思春期真っ只中の多感な年頃であるという理由ではなく、また気のせいもない、表に出す事が憚られるだけで何かがあると確信している男がいる。伊佐凪竜一だ。

「も、申し訳ありません。その様なつもりでは無かったのですが……駄目ですね」

「そんな事はないさ。誰だって勘違いさせる、してしまうこと位あるだろ?」

 そんな自嘲的で自罰的な少女の言を、今度は伊佐凪竜一が即座に否定した。少女を気遣う言葉にフォルトゥナ姫は最初こそ驚いたものの、やがて"そうですか"と、力無げに呟いた。その雰囲気の変化に誰もが違和感を覚えたが、しかしその源泉が何処にあるのはやはり誰にも分からない。

 肝心の当人が口をつぐんでしまったからだ。"申し訳ありません"、そう一言告げたフォルトゥナ姫は、居間の出口に一番近い場所に座る椿に何事かを耳打ちをすると彼女と共に部屋を後にした。後に残った面々はどうしたものかと無言で互いの顔を見合わせるしか出来なかった。

 ※※※

 ――連合標準時刻 火の節 85日目 昼

「うっそでしょ?じゃあ突然突っ込んで来た妙な機体にナギ君とツクヨミが乗ってどっかとんでっちゃったって事?」

 E-12から別途送られてきた資料に目を通すと、ソコには伊佐凪竜一達を見失ったスサノヲ達のその後が映っていた。映像の中央に映るのはスサノヲの若き才媛クシナダ。
 
「はい。申し訳ありません、何分急だった事もあるのですが……」

「ですが?」

「はい、あの。俺達が行動に移そうとした直前、ツクヨミが私に任せて欲しいと言うやその機体に飛び乗ってしまった経緯もありまして」

「そう。ともかく悔いても迷っても事態は変わらない。こっちも予想通り成果なし、電話も繋がらなかったし通信もあい……アレ?」

 現状は最悪。護衛対象の伊佐凪竜一を失い何処とも連絡が取れない現状を打開しようと必死で思考するクシナダだったが、何かに気づくとボケっと一点を見つめたまま固まってしまった。視線の先には彼女のか細い手に収まる通信端末が仄かに光る光景。恐らく誰かから通信が届いた合図だろう。

「ど、どうされたのです?」

「通信が復活してる……なんで?どうして?故障じゃなくてやっぱり妨害?でも、そんな兆候全く無かったよね?」

「そんな馬鹿な……って嘘だろ!?なんで、さっきまでウンともスンとも反応しなかったのに」

 それは誰がどう見ても奇異で奇怪で奇妙な現象。それまで使用できなかった筈の通信が突如として復活した事実に誰もが混乱する中……

『艦橋よりクシナダさんへ。聞こえますかー?聞こえているならば地上で何が起こったか正確に報告して下さーい。』

 端末が何者かとの通信を繋いだ。クシナダの眼前にディスプレイが表示されると1組の男女を映した。アレは……

「イクシィ……相変わらず間延びした口調ね。っとこちらクシナダ、そーれはちょっと難しいかも。なんせこっちも何が起こったかさっぱりわからないのよ」

『そりゃあどういう事だよ?こっちはお前達との連絡が突然取れなくなって大慌てだったんだぜ?』

 1人は艦橋のオペレーター、もう1人はつい最近スサノヲになったというタガミだ。

「なぁんだタガミも居るのかぁ」

『何だよいきなり。で、どうなのさ?』

「あぁゴメン。状況だけを単刀直入に説明すると、謎の機体がこの付近に不時着した途端に全員の通信機能だけが一切反応しなくなったの。で、それが回復したのが今しがた。その謎の機体が飛び去ったら突然よ、こんな事って有り得る?」

『通信妨害でもしてりゃあ有り得る話だが、そんな真似すりゃあコッチでも分かるからなァ』

 クシナダからの報告を聞いたタガミは顔をしかめた。彼女の説明通りならば、"通信端末に発生していた異常はフォルトゥナ姫が搭乗していた機体に搭載されていた"という事になる。そう考えなければ辻褄が合わないが、一方で連合の頂点が搭乗する専用機体に必要な機能かと問われれば否だ。

「で、あの機体の情報見たんだけど私の記憶が確かならアレ、大雷よ?黒雷の元になったお姫様の専用機」

『コッチでも話題になってるぜ、まだもう少し先だろってな?ン?ナギはどうした?……オイオイオイ、まさか!?』

「予想通り、あの機体の中。だけどこの調子なら闇雲に探しても無駄よね。どうしようか?」

『そうだなァ。まぁ、なら一旦戻ってきたらどうだ?』

『承知しました。では現在地点にハイドリ生成開始しまぁす。開門まであと80カウント……』

 何もかもが理解不能な中、伊佐凪竜一がフォルトゥナ姫と共に姿をくらましたという事実だけが残った全員に重く伸し掛かる。やがて地上の一角に灰色の光が灯った。地球と旗艦アマテラスを繋ぐ灰色の門、スサノヲ達は釈然としない表情のまま1人また1人とその中へと消えていく中、最後まで残ったクシナダが何処か呆然としながら空を眺める光景を最後に映像は途絶えた。
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