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第3章 邂逅

49話 夕日の沈まぬ世界で 其の5

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 ――南部首都サウスウエスト=ウッド駅 東側

 一行は来た道を逆走し、駅を通り過ぎ東側へと進み続ける。駅の東側も西側と同じく進めば進んだだけ寂れていき、整然とした街並みと建造物はある距離を境に途端に見かけなくなり、その代わりに粗末な建物が軒を連ねるようになる。

 人の手が行き届いていない質素な造りの建物は、その外観を見るだけでどんな層が住んでいるかよく分かる程にはみすぼらしい。そして外観や風景の変化と同時に人の質も変わっていく。誰の表情にも余裕は無く、目はギラついている。隙あらば襲い掛かろうと言う物騒な雰囲気を感じ取った青年は少女に自分から離れない様に囁いた。

 が、最前列を歩く男の顔を見た住民達の表情は一変、同時に誰もが口々に"またか"、"相変わらずねぇ"と、どこか微笑ましげな視線と言葉を送った。後ろを歩く一行にはさぞ奇異に映っただろうが、彼等の視線の先を歩く男はこの界隈ではとりわけ有名な男だから当然だ。

「やぁアーヴィン、今日の成果はどうだった?」

 男は視線の先に止まった大柄な男を大声で呼び止めた。背後からの奇異の視線など気にも留めずに気さくに言葉を交わし始めるその態度は、青年達との邂逅時に見せたものとは明らかに違う。

「どうもこうも無いよ、ここ最近さっぱりさ。なぁ例のブツ、もう少しサービスしてくれよ?」

 大柄な男であっても……

「ソイツはお前の嫁さんと相談してからにしてくれや。俺も散々せっつかれてるんだよ、"うちの旦那にこれ以上散財させないでくれ"ってな」
 
「ちょっと、漸く見つけたよ。最近ウチに来てくれないじゃない?皆アンタの顔見たがってんのよ?ここ最近の情勢は知ってるけど、でもちょっと位は顔だしてよね?」
 
「ジーニー、ソイツは済まねぇな。またちょいと野暮用が出来ちまってな。近い内にアレと一緒に顔を見せるってマスターに伝えといてくれよ」

「えー、もうそうやってすーぐ適当に返事するんだから。それに後ろの客といい、アンタホントに余計な事に首突っ込みたがるよね。まぁ皆そんなアンタが気に入ってるんだけどさ」

 酒場のウェイトレスであっても……

「おやおや、坊ちゃん。お帰り」
 
「ただいま、イザベラ婆さん。旦那と息子によろしくな」

 道行く老婆にも……

「おかえりー、アクス兄ちゃん。お土産は?」

「すまねぇな。今日は何も成果なしで財布とポケットが腹を空かせっぱなしなのさ。また次の機会にな」

 元気に走り回る子供達であろうが男の会話は終始こんな感じで和やかそのものだった。誰かとすれ違う度に男は屈託ない挨拶と細やかな会話を交わすのだが、その度に一行の足が止まってしまうものだから連れのスーツの青年と少女は少々辟易しているようだった。

「おっと、済まねぇな。コレも仕事の一環でね。だけどもう直ぐだ。ホラ、あそこがお待ちかねの目的地だ」

 住民からの指摘で背後の様子を漸く知った男は帽子を取り柔和な表情で青年と少女に謝罪しつつ、同時に裏寂れた街並みの奥を指さした。

「ココが俺達のアジトだ」

 男の人となりが僅かに窺い知れるやり取りを行いながら、急激に質が入れ替わった郊外に広がる辺鄙な街並みの一角に来たところで男は歩みを止めた。その場所は寂れた郊外に不釣り合いなほどに手入れが行き届いた建物だった。木造の質素な造りが多い中でこの建物だけはレンガで出来ており、また看板も掲げられている。

 ゴールデンアックス。

 その名前が彫られたレンガ製の玄関に据え付けられた鉄柵を開け放つと、先頭を歩く男は帽子を脱ぎ後ろを振り返った。

「ようこそ、我がファミリーへ」

 男は何処までも飄々とした態度で青年と少女とオマケの一機をアジトに招き入れると、やや緊張の面持ちを浮かべる2人と1機は案内されるがままに建物の中へと踏み入っていった。

※※※

 ――ゴールデンアックス 一階応接室

 入口を潜った一行の目に映るのは大きな部屋だった。小奇麗で清掃も行き届いており、円形のテーブルとセットになっている二脚の木製の椅子に始まり革張りのソファ、カウンター席とそこに並べられた五脚のハイカウンターチェアに至る全てが美しい光沢を放っている。粗雑で粗暴、そして少々我儘で強引な性格からかけ離れた光景に2人と1機は固唾を呑みつつも、誘われるままにアジトの奥へと更に踏み込んだ。

「自己紹介がまだだったな。俺はアックス=G・ファーザー、このファミリーのボスさ。ところでお前さん、酒は飲めるよな?」
 
「アンタが……」

 促されるままにソファに座った青年は酒を持って現れたアックスの自己紹介に酷く驚いた様子を見せた。が、自己紹介した男はそんな様子など気にも留めない。

「まぁ俺がボスって言わなかったのは、まぁアレだ。色々と理由があるんだよ。さ、先ずは一杯。今日この日の出会いに乾杯と行こう」

 男の心情など知った事かとばかりにアックスはマイペースに話しを続ける。持ってきたグラスを木製の机に置き、ボトルから酒を注いだ。透明なグラスは瞬く間に茶褐色の液体で満たされると、アックスはグラスの片方を青年の前に置いたグラスに軽くぶつけた。チン、と言う小気味良い音が机を中心に広がった。

「ご厚意に感謝いたします。しかしその前に泊まる場所を教えてはもらえませんか?」

 しかし、グラスとグラスがぶつかる音が消え入らない内、青年の足元を転がる機械がアックスにそう提案した。

「オイオイ。機械ってのはどうしても結論を急ぎたがるねぇ。まぁ焦んなよ、先ずはこうして出会った記念に乾杯だろ?そっちのお嬢さんは水をどうぞ。酒はもう少し大人になって人並みの苦労を知ってからだ。苦労を知ってこそ酒は旨いってなモンだ、約束な?」

 お預けを食らったアックスだが、相変わらず飄々とした態度を崩さない。いささか彼らしくない接し方なのだが、相対する2人と1機はそんな事を知る筈が無い。特にスーツの青年は口にこそ出さないが段々苛立ちが支配しつつある様子が見て取れる。だがアックスはそんな状況を前に小さく口の端を歪めると、ソレを隠すように並々と注がれた酒を一気に飲み干し、グラスを目いっぱい机に叩きつけた。

「分かった、分かったよ。じゃあ本題と行こうかね。泊められる場所なら幾つか知っている。口も利いてやれるから所持金無しでも勿論オーケーだ」

 ソレはその男の常套句だった。破格の条件を出せば大抵の人間は目の色を変えるし、それが進退窮まった状態ならば尚のこと。男が条件を言い終えると暫し静寂が訪れる。部屋の中は不気味に静まり返り、窓の外から射しこむ夕暮れの赤い日差しと相まって不気味さえ感じる。

「破格の条件ですが、当然タダではないでしょう。見返りに何を望むのでしょうか?」
 
「金目の物は無いぞ?」
 
「ソイツは嘘だな。そうだろ、お嬢さん?」

 アックスはほろ酔い加減の眼差しから急に鋭い目つきへと変えると、ゆっくりと水を飲み続ける少女に目をやった。正確には少女の胸元に輝くネックレスに、だ。少女はその視線に気付くと慌ててコップを置き、その視線からネックレスを守る様に両手を胸の当たりで交差させた。

「良い条件だと思うがね?泊める場所を用意する、しかも現金も要らねぇ。しかしよぉ、そんな条件をタダで提示する訳がネェだろ?それなりの物が必要になるのは世の常だ」
 
「そんな価値は無い」

 青年は反論するが、アックスはそれを無視する。ネックレスを指していた指は少女のドレス、イヤリング、靴、髪留めと滑る様に動き続けた。

「お前の目は節穴か、それとも誤魔化してるのか?ネックレスだけじゃねぇ、お嬢さんが身に着けているモノは値打ちがあるモンばかりだ。で、その中から一番価値の高いそれを一旦預かる代わりに宿泊場所を提供する。アンタ達が纏まった金を用意できたらソレは返す。な、いい話だろ?」

 ネックレスを担保に金を貸すという条件は、進退窮まった一行からすればこれ以上ない破格の条件だ。が、ソレは少女にとって受け入れ難かったようだ。"ごめんなさい"、怯えた様子で少女がそう伝えるとアックスは待っていたかのように提案を重ねた。

「ならここで野垂れ死にするしかねぇ、こんなきれいなお嬢さんが死ぬのは見てられんが提案を聞き入れられないなら仕方がねぇ……なぁ、ゲームをしねぇか?アンタ達のどっちかが勝てばタダで紹介、負ければ俺の提案を受け入れる。どうする?」

 得意満面な笑顔でアックスが持ちかけた提案はゲーム。しかしゲームとは言っているが、要は金を掛けた賭けだ。勝てばタダで宿泊所を紹介して貰えるが負ければ少女が持つ高額そうなネックレスは没収されるという極めて単純な話。しかしコレこそがこの男の狙い。青年達はまんまとこの男のペースに乗せられてしまった。

 アックスが歪んだ笑みを浮かべた。今度は隠そうともせず、堂々と厭味ったらしい笑みを青年達に向けた。
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