G.o.D 完結篇 ～ノロイの星に カミは集う～

第2章 日常の終わり 大乱の始まり

26話 終わりの始まり 其の10

「助っ人とは君の事か」

　ルミナが声を掛ける先、灰色の残光を纏いながら颯爽と姿を現したのはタケル。完全機械製かつ人型の式守シキガミ、地球で言う人造人間。地球製の黒いスーツを見事に着こなす上にバイクをまるで手足の様に操るその様は実に頼もしく、また傍目には人間と何ら変わらないように見えるその身体は全身が機械製。

　彼は対マガツヒを想定した最新鋭の式守を製造する"タケミカヅチ計画"において製造された2番目の機体。神魔戦役において復活、侵入した地球人とは思惑を異にしながらも、共に旗艦内の市民に対し無差別殺戮を行った壱号機を破壊した功績によりスサノヲとなった。
　
「待たせた、急ごう」

　ルミナの前にバイクを止めたタケルは端正な顔立ちに爽やかな笑みを浮かべながら、彼女にバイクへと乗るよう促す。

「君なら山県令子のナノマシンに精神を操られる心配は無い、と言う訳か」
　
「あの少女が刀から生成するナノマシンは彼女の声紋に反応して異常活性化、大脳新皮質を麻痺させると同時に脳内で特定の脳内物質へと変異する事で攻撃的な性格に変貌させる。だから俺には効果が無イ」
　
「助かる。頼りにさせて貰う。ところでソレ、自転車……？」

　助っ人としてタケルが派遣された理由に納得したルミナは、彼が跨るバイクを興味深げに見つめる。近場への移動が自動運転車となった旗艦において、人が直接運転する乗り物と言えば博物館か映像、さもなくば特定区域で行われるレース位でしかお目にかかれない。何れにせよ、余程熱心でなければ先ず知る機会など無いが、彼女に限れば知識が戦闘方面に偏っているのだから知らずとも無理はない。

　バイクの形状に、ルミナは自転車と口走った。地球時間の20XX年12月16日、超大企業ツクヨミ清雅から差し向けられた追手から逃げる為、また人外の機動力を持つルミナの足手纏いにならないようにする為に伊佐凪竜一が利用した道具だ。過去を思い出した彼女の顔に、ほんの僅かな笑みが滲む。

「いや、これはバイクだな。今後を想定した施策の一環、その試作品の1つだ」

　自我や意志に目覚めたばかりで感情の機微に疎いタケルは、ルミナの笑みよりも質問に対する回答を優先した。説明した通り、彼が跨るのはエンジン動力で走行するバイク。地球からの輸入品を改造した為、その姿は地球製の市販品とほぼ同じ形状をしている。後輪側の左右に姿勢制御兼加速用の小型ブースターが取りつけられている点を除けば、だが。

　見た目と同じくスペックも違う。エンジン回りや構成素材等は旗艦の最新技術が投入されており、更に本機に限れば熟練のスサノヲをドライバーとして想定している為に機体周囲に防壁を展開する事も可能となっている。

　防壁は、楕円状に展開することによる空気抵抗の極限低下と安全確保を理由に搭載が決定された。これにより、堅牢性とスペック以上の加速を手に入れた。最高速度は未測定だが、恐らく地球製のバイクなど比較にならない速度を叩き出すだろう。

　とは言え、如何に優れた性能を持っていようが旗艦という連合最先端を行く文明においては無用の長物。だというのに何故そんな代物が作られたかと言えば……

「転移が出来なくなった時を想定したというアレか？」

　神魔戦役の教訓によるもの。あの時は転移機能の故障だったが、意図して封じられる可能性を考慮、自動運転よりも速く目的地に到着する事を目的に地球の乗り物を旗艦の技術で改良する試みの成果。

「あぁ。先程白川水希から譲り受けた。俺の専用として使って良イそうだ」
　
「故障や破損があってもその場で応急修理が出来るよう先端技術を使っていない、だったな。確か」
　
「あぁ。先端技術を使えば性能は飛躍的に向上するが、故障すれば専用部品と専用知識が不可欠。性能と柔軟性を秤にかけた結果だな」

　全ては今後を見越しての為。タケルは説明を終えるとバイクのエンジンを一度空ぶかしした。その音に、ルミナが顔をしかめる。

「済まなイ。音は未解決だった。何分、急造品だそうで」

　抑えてはいるが、それでも至近距離で聞くには少々派手だったらしい。やはりそういった点にまだ無頓着なタケルは彼女の変化に申し訳なさそうな表情を浮かべた。

　知らずとも無理はない。旗艦内においてあれ程に大きな音を出す車を運転をしようと思うならば特区、あるいは一部観光区域内に設けられたサーキットに赴く必要がある。諸々の講習や試験に合格すれば完全自動ではないマニュアルの運転をすることも可能だが、そう言った施設は趣味や娯楽の要素が色濃い。

　スサノヲの活動は趣味や娯楽とは対極にある為、身体の大半を機械に置き換えた幼少時の事故から特例としてスサノヲとなったルミナからしてみれば縁遠い話。まぁ、仮にスサノヲでは無かったとしても彼女の性格からして絶対に興味を持たないだろうが。

「だが性能は御墨付き、それ以外も問題なイ。地球で言う道路交通法も自動運転全盛の旗艦には存在しなイから、法的な障害も今のところは大丈夫だ」

「法整備は今後だったな。それはそれとして、私が乗るスペースが見当たらないのだけど？」
　
「俺の後ろに乗って、それから身体にしがみ付いてくれ」
　
「良いのか？」

　またもルミナは顔をしかめた。防壁の存在があるとはいえ、旗艦の技術で改造されたバイクを生身で運転すればタダでは済まない。ルミナが如何に世情に疎いとはいえ、タケルが明らかに1人乗りのバイクに2人乗りを勧める事も、ヘルメットを被っていない事も常識から外れた行為であると理解するのは容易い話。

　しかし、特区を管轄する企業ないし区では運転者の安全確保を法で義務付けられているのに対し、旗艦法自体にマニュアルタイプの車を想定した法律は存在しない。地球や連合各惑星の法律に照らし合わせれば違反していようが、常識や一般常識やかけ離れていようが、法に制定されていないならばこれを咎められることは無い。ただし現状であり、何れ地球の道路交通法を参考にした交通法が施行されるだろう。

「違法なのは地球での話だ」

　と、タケルは弁明した。が、恐らくそう言う問題ではない。と思いきや、タケルが傍と何かに気付いた。

「そうか、伊佐凪竜一に誤解されたくなイのだな？あるイは恋敵が現れ心穏やかではイられなイとか？」

　が、やはりズレていた。しかも今度の発言は不味かった。彼はルミナの地雷を踏みぬいてしまったようで、彼女の機嫌は露骨なまでに悪くなった。
　
「あのねぇ、その話は何処まで広がっているんだ。会う人会う人が全員同じ事を言ってくるといい加減面倒になってくるよ」

「タガミから聞イたのだが、違うのか？」
　
「今はどうでもいいッ、早く行って!!」

　幾ら感情の機微に疎いと言っても限度がある。ルミナはもう散々に聞かされた伊佐凪竜一との仲を曖昧な一言でバッサリ斬り捨てながらタケルに指示を出した。となると……クシナダとの仲を相当以上に気にしていたのは、やはり記憶を戻そうと頑張る努力を無下にされたと感じているからだろう。普段から余り感情を表に出さない彼女が珍しく感情を露にしたが、それでもその心中を察するのはとても難しい。

「しょ……承知した。では後ろに乗ってくれ」

　ルミナは不本意と言った態度でタケルの背中に身体を預ける。彼女がしがみついたのを確認したタケルは、これ以上に機嫌を損ねないよう猛スピードで市街地の奥へと向かった。



　――その先には悪夢のような光景が広がる。ルミナとヒルメが予測した通り、山県令子の能力の被害は広範囲に拡大しており、時速何キロ出ているんだという位の速度で山県令子を猛追する2人の進む先々に見える暴動が生む赤い色が途切れることは無かった。周囲は血に塗れ犠牲者の数など到底予測出来ない有様であり、控えめに表現しても最悪以外の言葉が見つからない有様が視界の果てまで続く。