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第2章 日常の終わり 大乱の始まり
21話 終わりの始まり 其の5 連合標準時刻:木の節 57日目
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誰もが口にこそ出さないまま厄介な男の背中を見送る。一方、当の本人はそんな視線を知ってか知らずか悠然と艦長室の扉の前まで歩き、そのまま一瞥することなく部屋を後にした。と、同時に部屋の空気がガラリ変わった。安堵の空気が漂い始める。取り分け渦中のルミナは大きな溜息と共に話し合いの最中に一度として手に取らなかったグラスの水を飲み干し、もう一度大きなため息を漏らしながらソレを置いた。やや力強く置かれたグラスの衝撃が机にも広がり、対面に置かれたグラスが僅かに揺れる。
「あの男もスパイの可能性があるな。話を聞いた限りでは特に怪しい雰囲気は無かったが、監視を強めるか?」
暫く後、部屋の外までヤハタを見送ったイヅナがルミナの元に戻るとそんな言葉を投げかけた。どうやら彼はヤハタに違和感を覚えたという訳ではなく、単純にルミナに近づこうと試みる全員を不審に思っている節があるようだ。とは言え、ヤハタに限れば強引にやってきた挙句に口から出た台詞が配偶者になって欲しいでは致し方のない話だ。
「確かに少々怪しい……嘘をついていると思う節はあったけど、今の時点では勘でしかない。確証が無いと動けないが、しかしこのままで良い筈も無い事は承知しているよ」
「分かっています。だがこの調子でどんどん貴方に交際を申し込む者が増えて行けば……ヤハタの様な艦内の人間ならばまだしも、来艦者の増加は不穏分子を招き入れる可能性を上げるだけではないか?」
ルミナの返答に対するイヅナの言い分は最もである。確かに来艦者の増加はリスクの増加と比例するが、かと言って制限するのも得策ではない。
「分かっているけど、今この状況で外貨獲得手段を止める事は出来ない。それに治安維持という名目で連合各惑星との中継地点と言う役割を放棄しても、遠からず主星からの外圧が入る。聞いた話では新魔戦役が始まる大分以前から中継機能を大幅制限していたらしく、ソレが原因で主星の管理部門に負担が掛かっていたようだ。妙な譲歩を迫られたり条件を付けられる位ならば現状を維持しておいた方が良い」
ルミナは淀みなく反論した。強硬に人の流入を止めるのは旗艦の役割から判断すれば極めて難しい現状を彼女は良く理解しているし、恐らくこの場の全員も分かっている。だが、彼はそれでも進言した。アラハバキに神魔戦役の引き金を引かせたオオゲツの差し金が誰だかわからない以上、彼女に接触を図る人間の数は少ない方が良いに決まっている。
「他に妙案が無い以上、これまで通りにするしかないのか」
彼女の言葉にイヅナはそう漏らした。ソレはつまり、艦外からの来訪者の素性と同行を今以上にチェックしなければならないことを意味する。要は負担が増えるという話だ。旗艦の神たるアマテラスオオカミの封印から神魔戦役と呼ばれた戦いの終了まで旗艦を牛耳ったアラハバキの歪んだ体制により大半の部門が疲弊しているのに、更に戦後の処理が伸し掛かる。何処も彼処も不満と疲労が溜まっている。
「という訳で私は暫く客寄せが仕事になりそうだ。だから、皆に頼らせてもらう」
その言葉は今までのルミナと比較すればとても考えられなかったようで、全員が一様に驚きの表情で彼女を見つめた。これも伊佐凪竜一との接触の影響か。とにもかくにもルミナからの依頼とあればスサノヲが拒否する理由は無い。この場に居合わせるタガミ、タケル、イヅナの3人は一様に無言で彼女を見つめるが、ただ1人ワダツミだけは違った。
「そうしたいが、残念だが今日はココまでだ」
彼は眼前に浮かんだディスプレイに映った仲間と連絡を取るや、渋い表情と共にそう呟いた。
「もうそんな時間か?」
「仕方あるまい。俺達は休める内に休んでおく必要があるからな」
時間。そう聞いたイヅナもまたワダツミと同じ表情を浮かべた。この2人を含むスサノヲの第1部隊から第6部隊までは、主任務であるマガツヒの活動変化に伴い暇を持て余しているという状態になった。ならば他の応援にでも行けば良いのだが、その肝心のマガツヒは恐らくパワーアップをしている最中と思われ、更にソレが何時終わるか、終わったとしてどれだけ強くなっているか予測困難な状況。
だが、それとは別の理由がもう1つ存在する。先の戦いにおいて無駄に消耗させられた為に地球側の侵入と破壊工作を許したという理由だ。元を正せばそれもアラハバキの指示が原因であるのだが、だからと言って何の対策も取らないわけにはいなない。故に彼等はこれまで任務に使っていた時間の半分を手伝いに、残った時間を休息と訓練に割り振っている。同じ轍を踏まない為だ。
「では艦長、俺達は失礼します。タガミ、タケル後は任せるぞ?」
「わかった」
「いってらっしゃーい」
「タガミ、そんな子供っぽい仕草は止めるようスクナから注意されてイただろう?」
「わかってるよ。まぁ後は任せなって先輩」
ワダツミは素直に、イヅナは時折ルミナを視界に収めながら部屋を後にした。艦長室に静寂が訪れた。タガミとタケルは入り口前に立ち次の来客に備え、一方のルミナはソファに座り押し黙ると今日何度目かのため息を漏らした。
「確かに疑えばきりがないが打開策も無い……やはり後手に回らざるを得ないのか。問題が山積しているのに」
彼女は悲痛な顔でそう呟いた。
※※※
――艦長室へと続く広大な廊下。ソコを見れば退室したヤハタが部下も護衛も連れず1人で歩く姿があった。この男、悠然とした態度で部屋を後にしたのだが、しかし心中は穏やかではない筈だ。何せ配偶者となって欲しいとの告白を袖にされたのだから。あそこまでにべもなく振られた男がどんな態度を見せるのか、私はほんの少しだけ興味と関心でた男の様子を窺った。
醜く騒ぎ否定し憎み呪うのか、それとも諦める気持ちを切り替えるのか。人間とはどれだけ美しかろうが醜かろうが中身は誰1人変わらない。そう、人の意志は外に何を纏おうが、どれだけ時間が経とうとも何世代を経ようとも何1つ変わらないし変われない。
それは優れた才能と整った容姿を持ち、富豪の生まれという幸運の元に生まれた男であっても同じ。だからその男も人と同じの感情に支配されているだろうと予想したからだ、その情けない表情を覗いてみたかったからだ。
だが廊下を堂々と歩くその男の表情には否定憎悪呪詛諦観といったあらゆるネガティブな感情は見て取れず、寧ろ太々しささえ浮かんでいた。やがて男は懐から通信端末を取り出した。誰かから連絡が入ったようだが、端末に表示された相手はココから知る事は出来ない。
「駄目だったね、想像以上に手強い。これでもそれなり以上とは女性とは付き合いがあるのだが、正直自信を無くしそうだったよ」
『そうでしょうね……慰めて欲しい?』
「遠慮しておく。それにまだ時間はある、この程度は気にしないさ」
会話内容から判断するに、どうも見知った仲である事は理解出来たが、会話が始まって程なく男の表情に変化が訪れた。艦長室で見せた精悍な顔つきは、明らかに悪意と害意と敵意を秘めた何とも悪党らしい顔つきへと変わった。
『強がりでしょ?まぁそれはいいわ、ではこの後は予定通りという事で宜しいかしら?』
「あぁ、その代わり……」
『保障できないわよ?』
「君に協力するのが一番確率高いのならばそうするさ。欲しいモノはどんな手段を使ってでも手に入れる、必ずね」
『フフッ、コチラもありがたいですよ』
短い通信は終わる。映像に映る女が視界から消えると男は通信中に見せていたニヤケ面を消すと足を止め、何処までも続く通路の先をジッと見つめた。先程まで見せていた悪党と呼ぶに相応しい表情に取って代わり現れたのは、強い目の輝きと何かの覚悟を持って臨む男の顔だった。
どうして其処まで極端に変わるのか、極端な二面性の根底にあるのは何か私には理解出来なかったが、だがその余りにも強い目の輝きはを見た私は彼が相当以上の覚悟を持ってその道を選んでいると確信した。
「あの男もスパイの可能性があるな。話を聞いた限りでは特に怪しい雰囲気は無かったが、監視を強めるか?」
暫く後、部屋の外までヤハタを見送ったイヅナがルミナの元に戻るとそんな言葉を投げかけた。どうやら彼はヤハタに違和感を覚えたという訳ではなく、単純にルミナに近づこうと試みる全員を不審に思っている節があるようだ。とは言え、ヤハタに限れば強引にやってきた挙句に口から出た台詞が配偶者になって欲しいでは致し方のない話だ。
「確かに少々怪しい……嘘をついていると思う節はあったけど、今の時点では勘でしかない。確証が無いと動けないが、しかしこのままで良い筈も無い事は承知しているよ」
「分かっています。だがこの調子でどんどん貴方に交際を申し込む者が増えて行けば……ヤハタの様な艦内の人間ならばまだしも、来艦者の増加は不穏分子を招き入れる可能性を上げるだけではないか?」
ルミナの返答に対するイヅナの言い分は最もである。確かに来艦者の増加はリスクの増加と比例するが、かと言って制限するのも得策ではない。
「分かっているけど、今この状況で外貨獲得手段を止める事は出来ない。それに治安維持という名目で連合各惑星との中継地点と言う役割を放棄しても、遠からず主星からの外圧が入る。聞いた話では新魔戦役が始まる大分以前から中継機能を大幅制限していたらしく、ソレが原因で主星の管理部門に負担が掛かっていたようだ。妙な譲歩を迫られたり条件を付けられる位ならば現状を維持しておいた方が良い」
ルミナは淀みなく反論した。強硬に人の流入を止めるのは旗艦の役割から判断すれば極めて難しい現状を彼女は良く理解しているし、恐らくこの場の全員も分かっている。だが、彼はそれでも進言した。アラハバキに神魔戦役の引き金を引かせたオオゲツの差し金が誰だかわからない以上、彼女に接触を図る人間の数は少ない方が良いに決まっている。
「他に妙案が無い以上、これまで通りにするしかないのか」
彼女の言葉にイヅナはそう漏らした。ソレはつまり、艦外からの来訪者の素性と同行を今以上にチェックしなければならないことを意味する。要は負担が増えるという話だ。旗艦の神たるアマテラスオオカミの封印から神魔戦役と呼ばれた戦いの終了まで旗艦を牛耳ったアラハバキの歪んだ体制により大半の部門が疲弊しているのに、更に戦後の処理が伸し掛かる。何処も彼処も不満と疲労が溜まっている。
「という訳で私は暫く客寄せが仕事になりそうだ。だから、皆に頼らせてもらう」
その言葉は今までのルミナと比較すればとても考えられなかったようで、全員が一様に驚きの表情で彼女を見つめた。これも伊佐凪竜一との接触の影響か。とにもかくにもルミナからの依頼とあればスサノヲが拒否する理由は無い。この場に居合わせるタガミ、タケル、イヅナの3人は一様に無言で彼女を見つめるが、ただ1人ワダツミだけは違った。
「そうしたいが、残念だが今日はココまでだ」
彼は眼前に浮かんだディスプレイに映った仲間と連絡を取るや、渋い表情と共にそう呟いた。
「もうそんな時間か?」
「仕方あるまい。俺達は休める内に休んでおく必要があるからな」
時間。そう聞いたイヅナもまたワダツミと同じ表情を浮かべた。この2人を含むスサノヲの第1部隊から第6部隊までは、主任務であるマガツヒの活動変化に伴い暇を持て余しているという状態になった。ならば他の応援にでも行けば良いのだが、その肝心のマガツヒは恐らくパワーアップをしている最中と思われ、更にソレが何時終わるか、終わったとしてどれだけ強くなっているか予測困難な状況。
だが、それとは別の理由がもう1つ存在する。先の戦いにおいて無駄に消耗させられた為に地球側の侵入と破壊工作を許したという理由だ。元を正せばそれもアラハバキの指示が原因であるのだが、だからと言って何の対策も取らないわけにはいなない。故に彼等はこれまで任務に使っていた時間の半分を手伝いに、残った時間を休息と訓練に割り振っている。同じ轍を踏まない為だ。
「では艦長、俺達は失礼します。タガミ、タケル後は任せるぞ?」
「わかった」
「いってらっしゃーい」
「タガミ、そんな子供っぽい仕草は止めるようスクナから注意されてイただろう?」
「わかってるよ。まぁ後は任せなって先輩」
ワダツミは素直に、イヅナは時折ルミナを視界に収めながら部屋を後にした。艦長室に静寂が訪れた。タガミとタケルは入り口前に立ち次の来客に備え、一方のルミナはソファに座り押し黙ると今日何度目かのため息を漏らした。
「確かに疑えばきりがないが打開策も無い……やはり後手に回らざるを得ないのか。問題が山積しているのに」
彼女は悲痛な顔でそう呟いた。
※※※
――艦長室へと続く広大な廊下。ソコを見れば退室したヤハタが部下も護衛も連れず1人で歩く姿があった。この男、悠然とした態度で部屋を後にしたのだが、しかし心中は穏やかではない筈だ。何せ配偶者となって欲しいとの告白を袖にされたのだから。あそこまでにべもなく振られた男がどんな態度を見せるのか、私はほんの少しだけ興味と関心でた男の様子を窺った。
醜く騒ぎ否定し憎み呪うのか、それとも諦める気持ちを切り替えるのか。人間とはどれだけ美しかろうが醜かろうが中身は誰1人変わらない。そう、人の意志は外に何を纏おうが、どれだけ時間が経とうとも何世代を経ようとも何1つ変わらないし変われない。
それは優れた才能と整った容姿を持ち、富豪の生まれという幸運の元に生まれた男であっても同じ。だからその男も人と同じの感情に支配されているだろうと予想したからだ、その情けない表情を覗いてみたかったからだ。
だが廊下を堂々と歩くその男の表情には否定憎悪呪詛諦観といったあらゆるネガティブな感情は見て取れず、寧ろ太々しささえ浮かんでいた。やがて男は懐から通信端末を取り出した。誰かから連絡が入ったようだが、端末に表示された相手はココから知る事は出来ない。
「駄目だったね、想像以上に手強い。これでもそれなり以上とは女性とは付き合いがあるのだが、正直自信を無くしそうだったよ」
『そうでしょうね……慰めて欲しい?』
「遠慮しておく。それにまだ時間はある、この程度は気にしないさ」
会話内容から判断するに、どうも見知った仲である事は理解出来たが、会話が始まって程なく男の表情に変化が訪れた。艦長室で見せた精悍な顔つきは、明らかに悪意と害意と敵意を秘めた何とも悪党らしい顔つきへと変わった。
『強がりでしょ?まぁそれはいいわ、ではこの後は予定通りという事で宜しいかしら?』
「あぁ、その代わり……」
『保障できないわよ?』
「君に協力するのが一番確率高いのならばそうするさ。欲しいモノはどんな手段を使ってでも手に入れる、必ずね」
『フフッ、コチラもありがたいですよ』
短い通信は終わる。映像に映る女が視界から消えると男は通信中に見せていたニヤケ面を消すと足を止め、何処までも続く通路の先をジッと見つめた。先程まで見せていた悪党と呼ぶに相応しい表情に取って代わり現れたのは、強い目の輝きと何かの覚悟を持って臨む男の顔だった。
どうして其処まで極端に変わるのか、極端な二面性の根底にあるのは何か私には理解出来なかったが、だがその余りにも強い目の輝きはを見た私は彼が相当以上の覚悟を持ってその道を選んでいると確信した。
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