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記録者:不明
編集者:不明
登録日:不明
以下はG県K町に伝わる昔話の書き起こしと推測される資料である。但し、誰が、何時、どのような目的で記録したのか、出典元があるのか、あるいは口伝なのかも含めた全てが明らかとなっていない。また、当資料への追加目的も一切不明である。
※※※
子供がお土産を持って我が家に帰ってきた。忌々しい子。私のいう事を聞かない癖に、こんな時ばかり"お母さん助けて"だなんて都合よいと思わないのかしら。
でも、やはりどこかで繋がっているからか、どうしても冷酷に突き放す事が出来なかった。だから……仕方なく私はあの神社に行く事にした。誰もが禁忌と呼ぶあの場所に。
※※※
古びた神社に人影はなく、手入れもされていないから荒れ放題に荒れている。ただ1つ、神社の四方に設置された鳥居と注連縄を除いて、だけど。この村はとても奇妙で不可思議な因習の様な物が幾つもある。例えばその内の1つにこんなモノがある。鳥居と注連縄の中心に建つ神社だけは絶対に守り通せ。
だけど、その古びた神社について誰も何も知らない。何時からあるのか、何を祀っているのか。そう。両親も、その両親も、そのまた両親も、何代遡っても同じ質問をすると決まって同じ回答が返ってくるそうだ。"知らない"、と。ただ1つ、歪んだ恩寵を齎すという、それ以外の何も知らない。
変な因習は他にもある。名前だ。不幸があれば名前を付け、誰も使わないような独自の漢字を作って当て字にして、封印する。
私にもそんな過去がある。何かを忘れた過去。すっぽりと抜けた記憶がある。確かに何かを願ったが、それが何であったのか覚えていない。ただ、約束だけは覚えているのだ。それは有体に契約とも呼べるし、ある意味では呪いにも近い。
私は土産を持って娘と神社に向かった。カミサマに願う際の約束事は幾つもある。
1つ、人に見られてはいけない。だからどうしても夜になってしまう。暗がりの中を娘と土産を積んだ荷車と押すのは一苦労だった。
2つ、カミサマに誓いを立てなければならない。古びた神社に到着したら最初にカミサマの好物を捧げ、次に願いを書き記した紙を神社に向けて読み上げ、その次に願いをカミサマに食べてくれるよう願い、最後に紙を燃やす。
3つ、誓う。カミサマとの約束を生涯守り続けますと、そう誓いを立てるのだ。
簡単だが、しかし何度も言うがコレは呪い。頼れば最後、カミサマと共に歩まざるを得ない。何時、己の命に牙を突き立てるか分からない異形が常に傍にいる感覚と共に生きねばならない。私もそうだった。そして……娘もそうなる、同じ道を歩むのだ。何と皮肉な。いや、あるいはこれも血の成す業か。
夜中の神社ほど不気味な場所はない。ソレが由来不明のカミサマを祀る神社となれば尚の事。私は震える娘を急かして儀式の準備を進める。手早く火を焚き、娘に覚えさせた誓いを読み上げさせ、最後に紙に書いた名前を燃やし、そして土産を捧げた。
これで良い筈。記憶の片隅に残るあの時の儀式は完璧に再現した。後は……私は急ぎ焚火の痕跡を消し、土産を残し、未だ震える娘の手を引いて神社を後にした。これで良い。いや、良いのだろうか?私の中に一抹の不安と疑問が湧きあがる。
こんな人生を娘に歩ませたかったのだろうか、私は。約束と引き換えにこの土地に縛られる人生を娘に与えたかったのだろうか。いや、違う。私は名も由来も知らぬカミサマに己の人生と命を握られながら滅私奉公するこんな人生が嫌で、だから娘に冷たく当たっていた筈だ。早く私の元から去る様に、こんな土地を捨てて何処か別の場所で幸せを掴んで欲しいと。
私は……何時から歪んでしまったのか。忘れてしまったのか。
――お母さん
いや……私は、なんでこんな大事な事を今思い出したのだ?
――お母さん!!
耳元で娘が何かを叫んでいる。あぁ、そうか。思い出した。それは子供の頃の他愛ない罪。ただ驚かせたかっただけだった。大きな白い布を被って、幼馴染の子を驚かしたら、その子は驚いて逃げ出し、道に飛び出し、転び、真っ赤に染まってしまった。その過去を忘れたかったから私は両親と共にカミサマに願い、そうして全てを忘れた。
でも思い出してしまった。破ってしまった。気づかれてしまったのだ。
――私、お母さんがいないと……
娘は私に縋りつく。が、もう全てが遅い。月の光が僅かに射す森の奥、暗闇に白い何かが揺らめく。ソレは闇夜の中にあって悍ましい程に白く、美しい。その大きな口は娘の持ってきた土産を食んでいる。ボリボリと、骨を砕く音が徐々に近づく。
あぁ、と私は零した。もうダメだ。私は約束を破った。カミサマは約束を破った者を許さない。だけど今の今まで殺さなかったのは、新たな娘が来るのを待っていたから。カミサマの約束を守り、定期的に土産を運ぶ人間は多ければ多いほどいいが、二心を持つ者は不要。だから待っていた。私が娘を連れて来た以上、もう私に価値は無い。私の後を娘が受け継ぐから。だからもう私に用はない。
私は最後に娘をギュッと抱き締めた。何時ぶりだろうか、母親らしい事をしてあげるのは。そんな親失格の烙印を押されて然るべき私の胸で娘は泣きじゃくる。ごめんよ、こんな人生を歩ませて。だけど君ももう呪われてしまった。カミサマが作る輪に捕らわれてしまった。他の村人同様に。
カミサマは悪い出来事、不都合を食べてくれるという。但し、相応の代償を払わねばならない。代償は約束事にあった土産だけ……だけでは足りない。もう1つある、己が人生だ。土産とは人間、人生とはカミサマの道具となる事。この小さな村が周囲の大きな村に吸収されず、未だに生き残っているのはカミサマのお陰だという。だが、ソレは呪われた道だ。
ある村人は恋敵を消してもらったという。別の村人は周囲の村との合併を余儀なくされた時、村ごと喰らってもらったという。昔語りによれば、近くで大きな戦争が起きる前、戦いを主導していた領主様を一族諸共に喰らってもらったという。そう、この村は名も由来も知らぬカミサマと共に歩んできたのだ。だが、何時か罰が当たる。人風情がカミサマを支配出来る筈などないのだから。
だから、村のみんな。一足先に待っているよ。私は月明かりが示す森の出口を指さし、娘に走るよう伝えた。娘はお母さんお母さんと呼びながら、やがて私の言う通り森から逃げ去った。これでいい。私が覚悟を決めて振り向くと、ソコには大きな大きな口があった。
ユキの様にシロい、悍ましい程に大きな口が……
編集者:不明
登録日:不明
以下はG県K町に伝わる昔話の書き起こしと推測される資料である。但し、誰が、何時、どのような目的で記録したのか、出典元があるのか、あるいは口伝なのかも含めた全てが明らかとなっていない。また、当資料への追加目的も一切不明である。
※※※
子供がお土産を持って我が家に帰ってきた。忌々しい子。私のいう事を聞かない癖に、こんな時ばかり"お母さん助けて"だなんて都合よいと思わないのかしら。
でも、やはりどこかで繋がっているからか、どうしても冷酷に突き放す事が出来なかった。だから……仕方なく私はあの神社に行く事にした。誰もが禁忌と呼ぶあの場所に。
※※※
古びた神社に人影はなく、手入れもされていないから荒れ放題に荒れている。ただ1つ、神社の四方に設置された鳥居と注連縄を除いて、だけど。この村はとても奇妙で不可思議な因習の様な物が幾つもある。例えばその内の1つにこんなモノがある。鳥居と注連縄の中心に建つ神社だけは絶対に守り通せ。
だけど、その古びた神社について誰も何も知らない。何時からあるのか、何を祀っているのか。そう。両親も、その両親も、そのまた両親も、何代遡っても同じ質問をすると決まって同じ回答が返ってくるそうだ。"知らない"、と。ただ1つ、歪んだ恩寵を齎すという、それ以外の何も知らない。
変な因習は他にもある。名前だ。不幸があれば名前を付け、誰も使わないような独自の漢字を作って当て字にして、封印する。
私にもそんな過去がある。何かを忘れた過去。すっぽりと抜けた記憶がある。確かに何かを願ったが、それが何であったのか覚えていない。ただ、約束だけは覚えているのだ。それは有体に契約とも呼べるし、ある意味では呪いにも近い。
私は土産を持って娘と神社に向かった。カミサマに願う際の約束事は幾つもある。
1つ、人に見られてはいけない。だからどうしても夜になってしまう。暗がりの中を娘と土産を積んだ荷車と押すのは一苦労だった。
2つ、カミサマに誓いを立てなければならない。古びた神社に到着したら最初にカミサマの好物を捧げ、次に願いを書き記した紙を神社に向けて読み上げ、その次に願いをカミサマに食べてくれるよう願い、最後に紙を燃やす。
3つ、誓う。カミサマとの約束を生涯守り続けますと、そう誓いを立てるのだ。
簡単だが、しかし何度も言うがコレは呪い。頼れば最後、カミサマと共に歩まざるを得ない。何時、己の命に牙を突き立てるか分からない異形が常に傍にいる感覚と共に生きねばならない。私もそうだった。そして……娘もそうなる、同じ道を歩むのだ。何と皮肉な。いや、あるいはこれも血の成す業か。
夜中の神社ほど不気味な場所はない。ソレが由来不明のカミサマを祀る神社となれば尚の事。私は震える娘を急かして儀式の準備を進める。手早く火を焚き、娘に覚えさせた誓いを読み上げさせ、最後に紙に書いた名前を燃やし、そして土産を捧げた。
これで良い筈。記憶の片隅に残るあの時の儀式は完璧に再現した。後は……私は急ぎ焚火の痕跡を消し、土産を残し、未だ震える娘の手を引いて神社を後にした。これで良い。いや、良いのだろうか?私の中に一抹の不安と疑問が湧きあがる。
こんな人生を娘に歩ませたかったのだろうか、私は。約束と引き換えにこの土地に縛られる人生を娘に与えたかったのだろうか。いや、違う。私は名も由来も知らぬカミサマに己の人生と命を握られながら滅私奉公するこんな人生が嫌で、だから娘に冷たく当たっていた筈だ。早く私の元から去る様に、こんな土地を捨てて何処か別の場所で幸せを掴んで欲しいと。
私は……何時から歪んでしまったのか。忘れてしまったのか。
――お母さん
いや……私は、なんでこんな大事な事を今思い出したのだ?
――お母さん!!
耳元で娘が何かを叫んでいる。あぁ、そうか。思い出した。それは子供の頃の他愛ない罪。ただ驚かせたかっただけだった。大きな白い布を被って、幼馴染の子を驚かしたら、その子は驚いて逃げ出し、道に飛び出し、転び、真っ赤に染まってしまった。その過去を忘れたかったから私は両親と共にカミサマに願い、そうして全てを忘れた。
でも思い出してしまった。破ってしまった。気づかれてしまったのだ。
――私、お母さんがいないと……
娘は私に縋りつく。が、もう全てが遅い。月の光が僅かに射す森の奥、暗闇に白い何かが揺らめく。ソレは闇夜の中にあって悍ましい程に白く、美しい。その大きな口は娘の持ってきた土産を食んでいる。ボリボリと、骨を砕く音が徐々に近づく。
あぁ、と私は零した。もうダメだ。私は約束を破った。カミサマは約束を破った者を許さない。だけど今の今まで殺さなかったのは、新たな娘が来るのを待っていたから。カミサマの約束を守り、定期的に土産を運ぶ人間は多ければ多いほどいいが、二心を持つ者は不要。だから待っていた。私が娘を連れて来た以上、もう私に価値は無い。私の後を娘が受け継ぐから。だからもう私に用はない。
私は最後に娘をギュッと抱き締めた。何時ぶりだろうか、母親らしい事をしてあげるのは。そんな親失格の烙印を押されて然るべき私の胸で娘は泣きじゃくる。ごめんよ、こんな人生を歩ませて。だけど君ももう呪われてしまった。カミサマが作る輪に捕らわれてしまった。他の村人同様に。
カミサマは悪い出来事、不都合を食べてくれるという。但し、相応の代償を払わねばならない。代償は約束事にあった土産だけ……だけでは足りない。もう1つある、己が人生だ。土産とは人間、人生とはカミサマの道具となる事。この小さな村が周囲の大きな村に吸収されず、未だに生き残っているのはカミサマのお陰だという。だが、ソレは呪われた道だ。
ある村人は恋敵を消してもらったという。別の村人は周囲の村との合併を余儀なくされた時、村ごと喰らってもらったという。昔語りによれば、近くで大きな戦争が起きる前、戦いを主導していた領主様を一族諸共に喰らってもらったという。そう、この村は名も由来も知らぬカミサマと共に歩んできたのだ。だが、何時か罰が当たる。人風情がカミサマを支配出来る筈などないのだから。
だから、村のみんな。一足先に待っているよ。私は月明かりが示す森の出口を指さし、娘に走るよう伝えた。娘はお母さんお母さんと呼びながら、やがて私の言う通り森から逃げ去った。これでいい。私が覚悟を決めて振り向くと、ソコには大きな大きな口があった。
ユキの様にシロい、悍ましい程に大きな口が……
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