亡霊が思うには、

田原摩耶

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「……っ、はぁ……ぜえ……」
「なに準一疲れてんの? ウケる」
「う、るせえ……っ」

 どれだけの距離逃げたのか最早自分でも分からなかった。
 樹海の奥の奥、化け物の姿が見えなくなるまで逃げてきた俺はそのまま木の根本に座り込む。

 精神力が摩耗している状態というのはなかなか不便だった。逃げようにも瞬間移動を使うことすらできない。
 かといってゆっくりと休む暇もなかった分、今の内に疲労回復しようと励むが、どうも幸喜のやつがいると気が削がれてしまうのだ。
 なんというか、気が散るというか。

 なんて思ってると、「よっこいしょ」と隣に腰をかけてくる幸喜。肩がぶつかりそうなくらいの距離感にぎょっとしたとき、「なあ」と幸喜はこちら見上げるのだ。

「疲れてんね、準一君」
「……そういうお前は平気なのか?」
「どうだろ? 自分じゃよくわかんねーんだけどさ」

 言いながら、地面へと放り出していた俺の手を握り締める幸喜にぎょっとする。

「な……」
「俺達は亡霊なんだからさ、こうすりゃ手っ取り早いじゃん」

 栄養補給、と幸喜は唇の端を持ち上げて笑う。
 手を振り払う暇もなかった。どくん、と機能停止していたはずの心臓が弾んだ気がした。
 幸喜に触れられてること自体が俺にとって精神的ストレスであるとともに、流れ込んでくる熱に頭がこんがらがりそうになる。それでも、流れ込んでくる力の方が勝ったようだ。
 呼吸は安定し、不安定に波打っていた心の中もあっという間に落ち着いていくのがわかった。

 そこまで一瞬で安定するということは、つまりだ。

「……っ、おい幸喜、もういい」
「えー? そんなつれないこというなよ」
「つれないとかじゃなくて、これ以上はお前が――」

 お前のが、やばいだろ。
 そう言いかけた矢先だった。こちらへと顔を寄せるように背筋を伸ばしてくる幸喜にぎょっとするのもつかの間、気付けばすぐ目の前には二つの目があった。

「俺が、なに?」

 あまりの近さに、慌てて幸喜を引き離すことも忘れていた。唇の端を持ち上げて、いたずらっ子のように笑う幸喜はそのままがぶりと人の唇に噛みついてくる。

「い゛……ッ、おい、おま、んぐ」

 離れろ、と膝の上に乗りあがってこようとする幸喜を引き剥がそうとすれば、「おわ」と幸喜はそのまま紙のような軽さで後ろ向きに倒れるのだ。
 普段の岩のように頑丈で重いやつからは想像できない軽さに、逆に俺の方が驚いた。

「……お、おい、悪い。大丈夫か?」
「あ~~あ、準一のせいで俺もうダメかも」
「な……、俺のせいかよ」
「準一が俺のこと拒否するから」

 地面の上、仰向けに倒れたままやつはじとりとこちらを見上げてくる。こういうときの冷めた目は藤也とよく似てんだよな、とか言ってる場合ではなさそうだ。

「拒否はしてな――……おわ!!」

 大丈夫か、と起き上がらせようとしたのも束の間。そのままぐっと伸びてきた幸喜の手が首筋へと伸ばされる。抱っこをせがむ子供のようにぶら下がってきた幸喜に驚く暇もなかった。そのままぶつかる勢いでキスをされ、舐められ、「おい」と止めようとした口ん中にまで舌が入ってきてぎょっとする。

「っ、は……ぉ、おい……っん、ぐ……!」
「やっぱ、準一の反応すげーいいわ。生きてるって感じで、初々しくてさ」

 そんな褒められ方しても嬉しくない。
 青ざめたり赤くなったり、こんなことしてる場合ではないだろと思うのに先程よりも明らかに幸喜のしがみついてくる力が強まってるのが分かってしまい、確かにこの方法は効果があるのだろうと納得してしまいそうになった。

「は、……っ、お前、な……だからっていきなり……」
「いきなりじゃなかったらいいんだ?」

 良いわけないだろ、と喉元まで出かけて、至近距離でにこにこと笑う幸喜に唇を舐められる。
 いつどこで襲われるかもわからない状況、だからこそ万全の状態にしておくべきだと分かっていた。だからこそ、言葉に詰まってしまう。
 キスだけだ、舐められるだけだ。それくらいならと思ってしまう自分に苦笑すら出ない。それどころか、こいつに慣れつつある自分自身にもだ。

「…………少し、だけだからな」

 顔が熱い。「まあ準一が嫌だって言ってもそのつもりだったけどね」と余計な一言を残し、再び幸喜は俺の唇にがぶりと噛み付くのだ。
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