74 / 117
世界共有共感願望
17
しおりを挟む
結論から言おう、地面から現れたのはブルーシートだった。紐で縛られたそれは結構な大きさがあった。それがいくつか小分けにされて近くに埋まっており、見つかる全てのブルーシートを地上へと引き上げた俺と南波は合計五つのブルーシートの袋を前にしていた。
どれもかなり古いものだろう。ブルーシート自体も相当劣化し、触れたところからボロボロと崩れるものもあった。
「……これで全部みたいですね」
「ああ」
バクバクと鳴り響く心臓の音。手汗が滲む。南波もきっと同じかもしれない。
泥で汚れた顔を拭い、そして、南波は一番大きな袋の紐を解いた。
そこから出てきたものを見て、俺は絶句する。
くすんだ青。そして、白。完全に白骨化したその頭蓋骨の傍、金色のネックレスが落ちてるのを見付けてしまった。
南波の首に掛かってるものと同じ、けれど明らかに錆びつき傷んだその金色を。
「……ッ、なん、ばさん……」
これ、と呼びかけようとその横顔を見たとき。ほんの一瞬、南波の横顔が骸骨に見えた。
え、と思った瞬間いつもの南波がそこにいて。けれど、鬼のような顔をした南波はどんどん袋を開けていく。
それらの中からはゴロゴロと骨が出てきた。頭だけではなく、胴体、手、足、どこの骨かもわからないような骨もあった。
後頭部から額にかけて穴が空いた頭蓋骨、そして大きく太い骨は足か腕だろう、それらは全てどこかしらで大きくぶった切られている。
……現れた骨、そのどれもがまともな形をしていなかった。
こんなものを見せられて、正常でいろという方が無理な話だ。血の気が引く。南波の顔を見るのが怖かった。
花鶏の言葉を思い出す。
確かに花鶏は、南波はバラバラ死体だったと言っていた。
だとしたら、やはりこれが。
「っ、南波さん……」
「は……」
そう、名前を呼んだとき。
南波がよろめく。膝をついた南波の横顔は青く、その目は目玉が落ちそうなほど見開かれていた。咄嗟に南波を支えようとしたとき、どさりと南波の手からシャベルが落ちた。
……いや、違う。落ちたのはシャベルではない。
シャベルを握りしめたままの南波の手を見て、恐る恐る俺は南波の腕に目を向けた。そして、息を飲む。
まるで切断されたかのように肘から下が消え、その断面からは夥しいほどの血が溢れ出していた。
「ッ、南波さん!」
抱えた南波の身体は石のように硬い。それなのに、見えないなにかに切り刻まれるように見る見るうちに南波の全身、その青いシャツが赤黒く染まる。
「南波さん、大丈夫ですか、南波さんっ」
「ッ、ぁ、あ……ハ……ッ、ぁ……あぁ゛……ッ!」
ボタボタと落ちる。まるでそういう玩具かなにかのように、南波の四肢が、落ちていく。俺はそれを必死に拾い上げ、あるべき場所に戻そうとするが血でヌルヌルと滑るばかりでうまく行かない。それどころか濃厚になっていく血の匂いに頭がどうかなりそうになる。獣じみた咆哮。震える南波の身体を抱き締め、必死に揺するがその目は俺を移していない。
「い、やだ」
「……っ!南波さ……」
「嫌だ……触るな、寄るな、近付くな、消えろ、今すぐ消えろ、消えろ……頼む、消えろ……消えてくれ……ッ!」
腕の中、怯える南波の顔に血の気はない。けれど、俺の知ってる、何かに対して酷く怯える南波がそこにはいて。
こちらを見てるはずなのに、焦点があってない。唾が飛ぶのも構わず喚き散らす南波のその首に青と赤が混ざったような痣が入るのを見て、まずい、と直感した。
「っ、南波さん、俺です、準一ですっ!」
しっかりしてくださいと何度も呼び掛けるが俺の声すら届いていない。
それどころか、
「っ、ぅ、が、あ゛」
首の痣が更に濃さを増す。
今まさに何者かに首を締められてるようなその反応に慌てて首に触れるが何もない。しかし、南波の苦しみは止むことなくそれどころか悪化してるようにすら思えた。
口から溢れる赤い血が混ざった唾液と泡、見開かれた目は赤く変色し、俺の方すら見ていない。
そこでようやく気付いた。南波の苦しみは誰かが与えてるものではない、恐らく南波自身の記憶だ。――思い出したのだろう、だから、その影響が出てる。
ここで怖気づいてる場合ではない。なんのためにここまでついてきたのだ、南波の身に何かがあった時にいつでも助けられるように来たのだろう、俺は。
震える手を握りしめる。そして、俺は思いっきり南波の頬を叩いた。
「ッ南波さん!しっかりしてください!」
乾いた音ともにビクリと南波の肩が震えた。そして、声が止む。焦点のあっていなかった南波の目が、ようやく俺を見た。
ようやく気付いてくれた南波にほっとしたとき。
「タツ、ミ」
俺の方を見上げたまま、南波は紫色の唇を動かした。
その顔は見たことのないほど恐怖に引き攣ったもので。
…………タツミ?
聞き間違いかと思い南波を覗き込んだときだった。
背後で砂利を踏む音が聞こえた。
誰かいるのか、そう振り返ろうとしたときだ。
「……宗親さん、ようやく俺のことを思い出してくれたんですね」
聞き覚えのない軽薄な声。
南波を抱き抱えたまま咄嗟に振り返れば、そこに立っていた人物を見て、凍りつく。
総柄の派手なシャツに明るい髪。一言でいうならチンピラだ。俺とそう年齢が変わらないであろう青年がそこにいた。
誰だ、こいつ、なんで南波の名前を。というか、まさか、タツミって。
こんがらがる頭の中、ただこの男が危険だということは本能で直感した。破裂しそうなほどの鼓動、俺は南波を抱き寄せる腕に力をいれた。
タツミと呼ばれた男は、俺を見て目を細める。釣り目がちなその目が細められた顔は狐を連想した。そして、人懐っこい笑みを浮かべるのだ。
「あれ?そこにいる人はもしかして、兄貴の新しい舎弟ですか?」
「……っあに、きって……」
「あれ?違うんですか?……まあどっちでもいいっすけど。……俺は剣崎辰爾。兄貴の元舎弟頭で今は東泉会十河組の若頭補佐をやらせていただいてます」
「以後、お見知りおきを」そう片目を開き、笑う剣崎と名乗る男に全身が凍り付いた。
南波の反応、そしてタツミという名前、南波の舎弟。
こいつが、花鶏の言っていた男か。
けれど花鶏の言葉を信じるならあの男は霊にならなかったはずだ。
そこまで考えて、気付いてしまう。
この男は……剣崎辰爾は、南波の恐怖が作り上げた幻影だ。
剣崎辰爾。
こいつが、こいつが、南波を殺した男か。
「……とまぁ挨拶も済ませたところですしいきなりで申し訳ないですが、貴方にはここでさよならしてもらいますね」
そういうなり、どこからか取り出したのか男の手には銃が握られている。そして、その銃口がこちらを向くのを見て、考えるよりも先に体が動いていた。
南波を抱えてその場を離れる。
――この男は、危険だ。
南波の怯え方からして普通ではないことはわかった。だとしたらこのままでは危ない。
例えあれが南波の一部だとしてもだ、向けられた殺意は本物だ。
「……っ!」
木の枝に引っかかるのも無視して、ただひたすらあの男から逃げるために樹海を走り抜ける。
後方から聞こえてくるのは破裂音、足元の土が抉れるのを見てあの男が発砲したのだと気付いた。
後ろを振り返る余裕もない。とにかく、離れないと。屋敷に戻るか。そう思ったが、あんな奴を連れて行くわけにはいかない。どこかで、振り切らなければ。いや、振りきれるのか俺は。
元はと言えばあの男も南波が作り出してるとしたら、俺の側に南波がいる限り逃げる事は不可能ではないか。
「クソッ……!なんだよ……これ……っどうしろっていうんだ……っ!」
南波さんは気を失ってるのか微動だにしない。
南波が目を覚ませば、冷静になれば、或いは。
そう、考えた時。肩に衝撃が走る。肩の肉を根こそぎ持ってかれそうになるその衝撃に体がよろめきそうになった。それを耐え、腕から溢れる血を振り払い、走る。ただひたすら、無我夢中で身体を動かした。
「っ、ぐ、ぅ……っ」
撃たれたのだろう。確認することすら恐ろしかったが間違いない。あの男、やはり付いてきてる。
汗が滲む。片腕が動かなくなり、片方の腕で南波を抱き抱えるが四肢が削げようが成人男性の体だ。片腕で運ぶにはあまりにも重い。
とにかく、せめて、安全なところへーー。
そう、身を隠せそうなところを探したときだった。足が、吹き飛びそうになるほどの衝撃を食らう。脹脛から溢れる血に、体が蹌踉めく。拍子に腕から離れる南波の体。
「っ南波さん!」
まだ泥濘んだ地面の上、俯せに倒れる南波の体を抱き上げようと手を伸ばしたときだった。
南波の頭が地面にのめり込む。
正しくは、いきなり現れた革靴が南波の頭を踏みつけたのだ。恐る恐る顔を上げれば、そこには先ほどの男――剣崎辰爾が立っていた。
「やっと捕まえましたよ」
「っ、南波さんから足を退けろ!」
「はは、そんなことより自分の心配したらどうですか?」
手にした黒光りする獲物、そのストッパーに手をかけ、ゆっくりと銃口を俺の額に押し付けた。
硬く、殴られただけでも威力ありそうなそのどっしりとした重みに汗が滲む。
死なない。わかってるはずなのに、この男を前にすると死への恐怖を間近で感じてしまうのは南波の感情が伝わってくるからか。
「それじゃあ、ここまでありがとうございました」
そしてさようなら、と。
軽薄な笑みを貼り付けたまま剣崎は躊躇なくその引き金を引いた。
ズドンと空気が震える。破裂する視界。光が失せ、黒く塗り潰される視界。音が、消えた。
この際俺は自分がどうなってもいいと思っていた。けれど、南波は、南波はあの男にまた殺されるのだと思うと居ても立っても居られなくて。
南波……南波さん。闇に向かって手を伸ばす、南波の姿も見えない、それでも俺は南波を強く呼んだ。せめて、意識を取り戻してくれ。
全部幻だと、あの男はもう死んでるのだと。
やがて、意識すらも遠退いていく。現実から放り出されたような漂う意識の中。
――この感覚、前にも覚えがある。
いつだったか、なんだったかすらあやふやだ。
それでもひどく懐かしいような、最近のことのような、これは――なんだ?
今度こそ自分が死んだのか。そもそも成仏以外の死があるのか俺にはまだわからないが、少なくとも俺は確かな意思が残っていた。自分が何者かなのかも覚えてる。
だったらこれは、なんだ。ここはどこなんだ。
そう辺りを見渡そうとしたとき、無だった空間に音が戻ってきた。
遠くから聞こえてくるのはガヤだ。人の声、そして喧騒。
なんだ、これは。どういうことだと辺りを見渡そうとしたときだった、バチンと頭の中で何かが弾けたような音がした。
そして、飛び起きる。
「おわ!……びっくりした」
一瞬、目を疑った。
目の前には俺のよく知る人物がいた。色を抜いたような金髪に、胸元まで開いた真っ青な柄シャツ。
忘れるはずのない、先ほどまで一緒に逃げ回ってた人が今は無傷で目の前にいたのだ。
「なん、ばさん……?」
どれもかなり古いものだろう。ブルーシート自体も相当劣化し、触れたところからボロボロと崩れるものもあった。
「……これで全部みたいですね」
「ああ」
バクバクと鳴り響く心臓の音。手汗が滲む。南波もきっと同じかもしれない。
泥で汚れた顔を拭い、そして、南波は一番大きな袋の紐を解いた。
そこから出てきたものを見て、俺は絶句する。
くすんだ青。そして、白。完全に白骨化したその頭蓋骨の傍、金色のネックレスが落ちてるのを見付けてしまった。
南波の首に掛かってるものと同じ、けれど明らかに錆びつき傷んだその金色を。
「……ッ、なん、ばさん……」
これ、と呼びかけようとその横顔を見たとき。ほんの一瞬、南波の横顔が骸骨に見えた。
え、と思った瞬間いつもの南波がそこにいて。けれど、鬼のような顔をした南波はどんどん袋を開けていく。
それらの中からはゴロゴロと骨が出てきた。頭だけではなく、胴体、手、足、どこの骨かもわからないような骨もあった。
後頭部から額にかけて穴が空いた頭蓋骨、そして大きく太い骨は足か腕だろう、それらは全てどこかしらで大きくぶった切られている。
……現れた骨、そのどれもがまともな形をしていなかった。
こんなものを見せられて、正常でいろという方が無理な話だ。血の気が引く。南波の顔を見るのが怖かった。
花鶏の言葉を思い出す。
確かに花鶏は、南波はバラバラ死体だったと言っていた。
だとしたら、やはりこれが。
「っ、南波さん……」
「は……」
そう、名前を呼んだとき。
南波がよろめく。膝をついた南波の横顔は青く、その目は目玉が落ちそうなほど見開かれていた。咄嗟に南波を支えようとしたとき、どさりと南波の手からシャベルが落ちた。
……いや、違う。落ちたのはシャベルではない。
シャベルを握りしめたままの南波の手を見て、恐る恐る俺は南波の腕に目を向けた。そして、息を飲む。
まるで切断されたかのように肘から下が消え、その断面からは夥しいほどの血が溢れ出していた。
「ッ、南波さん!」
抱えた南波の身体は石のように硬い。それなのに、見えないなにかに切り刻まれるように見る見るうちに南波の全身、その青いシャツが赤黒く染まる。
「南波さん、大丈夫ですか、南波さんっ」
「ッ、ぁ、あ……ハ……ッ、ぁ……あぁ゛……ッ!」
ボタボタと落ちる。まるでそういう玩具かなにかのように、南波の四肢が、落ちていく。俺はそれを必死に拾い上げ、あるべき場所に戻そうとするが血でヌルヌルと滑るばかりでうまく行かない。それどころか濃厚になっていく血の匂いに頭がどうかなりそうになる。獣じみた咆哮。震える南波の身体を抱き締め、必死に揺するがその目は俺を移していない。
「い、やだ」
「……っ!南波さ……」
「嫌だ……触るな、寄るな、近付くな、消えろ、今すぐ消えろ、消えろ……頼む、消えろ……消えてくれ……ッ!」
腕の中、怯える南波の顔に血の気はない。けれど、俺の知ってる、何かに対して酷く怯える南波がそこにはいて。
こちらを見てるはずなのに、焦点があってない。唾が飛ぶのも構わず喚き散らす南波のその首に青と赤が混ざったような痣が入るのを見て、まずい、と直感した。
「っ、南波さん、俺です、準一ですっ!」
しっかりしてくださいと何度も呼び掛けるが俺の声すら届いていない。
それどころか、
「っ、ぅ、が、あ゛」
首の痣が更に濃さを増す。
今まさに何者かに首を締められてるようなその反応に慌てて首に触れるが何もない。しかし、南波の苦しみは止むことなくそれどころか悪化してるようにすら思えた。
口から溢れる赤い血が混ざった唾液と泡、見開かれた目は赤く変色し、俺の方すら見ていない。
そこでようやく気付いた。南波の苦しみは誰かが与えてるものではない、恐らく南波自身の記憶だ。――思い出したのだろう、だから、その影響が出てる。
ここで怖気づいてる場合ではない。なんのためにここまでついてきたのだ、南波の身に何かがあった時にいつでも助けられるように来たのだろう、俺は。
震える手を握りしめる。そして、俺は思いっきり南波の頬を叩いた。
「ッ南波さん!しっかりしてください!」
乾いた音ともにビクリと南波の肩が震えた。そして、声が止む。焦点のあっていなかった南波の目が、ようやく俺を見た。
ようやく気付いてくれた南波にほっとしたとき。
「タツ、ミ」
俺の方を見上げたまま、南波は紫色の唇を動かした。
その顔は見たことのないほど恐怖に引き攣ったもので。
…………タツミ?
聞き間違いかと思い南波を覗き込んだときだった。
背後で砂利を踏む音が聞こえた。
誰かいるのか、そう振り返ろうとしたときだ。
「……宗親さん、ようやく俺のことを思い出してくれたんですね」
聞き覚えのない軽薄な声。
南波を抱き抱えたまま咄嗟に振り返れば、そこに立っていた人物を見て、凍りつく。
総柄の派手なシャツに明るい髪。一言でいうならチンピラだ。俺とそう年齢が変わらないであろう青年がそこにいた。
誰だ、こいつ、なんで南波の名前を。というか、まさか、タツミって。
こんがらがる頭の中、ただこの男が危険だということは本能で直感した。破裂しそうなほどの鼓動、俺は南波を抱き寄せる腕に力をいれた。
タツミと呼ばれた男は、俺を見て目を細める。釣り目がちなその目が細められた顔は狐を連想した。そして、人懐っこい笑みを浮かべるのだ。
「あれ?そこにいる人はもしかして、兄貴の新しい舎弟ですか?」
「……っあに、きって……」
「あれ?違うんですか?……まあどっちでもいいっすけど。……俺は剣崎辰爾。兄貴の元舎弟頭で今は東泉会十河組の若頭補佐をやらせていただいてます」
「以後、お見知りおきを」そう片目を開き、笑う剣崎と名乗る男に全身が凍り付いた。
南波の反応、そしてタツミという名前、南波の舎弟。
こいつが、花鶏の言っていた男か。
けれど花鶏の言葉を信じるならあの男は霊にならなかったはずだ。
そこまで考えて、気付いてしまう。
この男は……剣崎辰爾は、南波の恐怖が作り上げた幻影だ。
剣崎辰爾。
こいつが、こいつが、南波を殺した男か。
「……とまぁ挨拶も済ませたところですしいきなりで申し訳ないですが、貴方にはここでさよならしてもらいますね」
そういうなり、どこからか取り出したのか男の手には銃が握られている。そして、その銃口がこちらを向くのを見て、考えるよりも先に体が動いていた。
南波を抱えてその場を離れる。
――この男は、危険だ。
南波の怯え方からして普通ではないことはわかった。だとしたらこのままでは危ない。
例えあれが南波の一部だとしてもだ、向けられた殺意は本物だ。
「……っ!」
木の枝に引っかかるのも無視して、ただひたすらあの男から逃げるために樹海を走り抜ける。
後方から聞こえてくるのは破裂音、足元の土が抉れるのを見てあの男が発砲したのだと気付いた。
後ろを振り返る余裕もない。とにかく、離れないと。屋敷に戻るか。そう思ったが、あんな奴を連れて行くわけにはいかない。どこかで、振り切らなければ。いや、振りきれるのか俺は。
元はと言えばあの男も南波が作り出してるとしたら、俺の側に南波がいる限り逃げる事は不可能ではないか。
「クソッ……!なんだよ……これ……っどうしろっていうんだ……っ!」
南波さんは気を失ってるのか微動だにしない。
南波が目を覚ませば、冷静になれば、或いは。
そう、考えた時。肩に衝撃が走る。肩の肉を根こそぎ持ってかれそうになるその衝撃に体がよろめきそうになった。それを耐え、腕から溢れる血を振り払い、走る。ただひたすら、無我夢中で身体を動かした。
「っ、ぐ、ぅ……っ」
撃たれたのだろう。確認することすら恐ろしかったが間違いない。あの男、やはり付いてきてる。
汗が滲む。片腕が動かなくなり、片方の腕で南波を抱き抱えるが四肢が削げようが成人男性の体だ。片腕で運ぶにはあまりにも重い。
とにかく、せめて、安全なところへーー。
そう、身を隠せそうなところを探したときだった。足が、吹き飛びそうになるほどの衝撃を食らう。脹脛から溢れる血に、体が蹌踉めく。拍子に腕から離れる南波の体。
「っ南波さん!」
まだ泥濘んだ地面の上、俯せに倒れる南波の体を抱き上げようと手を伸ばしたときだった。
南波の頭が地面にのめり込む。
正しくは、いきなり現れた革靴が南波の頭を踏みつけたのだ。恐る恐る顔を上げれば、そこには先ほどの男――剣崎辰爾が立っていた。
「やっと捕まえましたよ」
「っ、南波さんから足を退けろ!」
「はは、そんなことより自分の心配したらどうですか?」
手にした黒光りする獲物、そのストッパーに手をかけ、ゆっくりと銃口を俺の額に押し付けた。
硬く、殴られただけでも威力ありそうなそのどっしりとした重みに汗が滲む。
死なない。わかってるはずなのに、この男を前にすると死への恐怖を間近で感じてしまうのは南波の感情が伝わってくるからか。
「それじゃあ、ここまでありがとうございました」
そしてさようなら、と。
軽薄な笑みを貼り付けたまま剣崎は躊躇なくその引き金を引いた。
ズドンと空気が震える。破裂する視界。光が失せ、黒く塗り潰される視界。音が、消えた。
この際俺は自分がどうなってもいいと思っていた。けれど、南波は、南波はあの男にまた殺されるのだと思うと居ても立っても居られなくて。
南波……南波さん。闇に向かって手を伸ばす、南波の姿も見えない、それでも俺は南波を強く呼んだ。せめて、意識を取り戻してくれ。
全部幻だと、あの男はもう死んでるのだと。
やがて、意識すらも遠退いていく。現実から放り出されたような漂う意識の中。
――この感覚、前にも覚えがある。
いつだったか、なんだったかすらあやふやだ。
それでもひどく懐かしいような、最近のことのような、これは――なんだ?
今度こそ自分が死んだのか。そもそも成仏以外の死があるのか俺にはまだわからないが、少なくとも俺は確かな意思が残っていた。自分が何者かなのかも覚えてる。
だったらこれは、なんだ。ここはどこなんだ。
そう辺りを見渡そうとしたとき、無だった空間に音が戻ってきた。
遠くから聞こえてくるのはガヤだ。人の声、そして喧騒。
なんだ、これは。どういうことだと辺りを見渡そうとしたときだった、バチンと頭の中で何かが弾けたような音がした。
そして、飛び起きる。
「おわ!……びっくりした」
一瞬、目を疑った。
目の前には俺のよく知る人物がいた。色を抜いたような金髪に、胸元まで開いた真っ青な柄シャツ。
忘れるはずのない、先ほどまで一緒に逃げ回ってた人が今は無傷で目の前にいたのだ。
「なん、ばさん……?」
12
お気に入りに追加
222
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
待てって言われたから…
ふみ
BL
Dom/Subユニバースの設定をお借りしてます。
//今日は久しぶりに津川とprayする日だ。久しぶりのcomandに気持ち良くなっていたのに。急に電話がかかってきた。終わるまでstayしててと言われて、30分ほど待っている間に雪人はトイレに行きたくなっていた。行かせてと言おうと思ったのだが、会社に戻るからそれまでstayと言われて…
がっつり小スカです。
投稿不定期です🙇表紙は自筆です。
華奢な上司(sub)×がっしりめな後輩(dom)
双葉病院小児病棟
moa
キャラ文芸
ここは双葉病院小児病棟。
病気と闘う子供たち、その病気を治すお医者さんたちの物語。
この双葉病院小児病棟には重い病気から身近な病気、たくさんの幅広い病気の子供たちが入院してきます。
すぐに治って退院していく子もいればそうでない子もいる。
メンタル面のケアも大事になってくる。
当病院は親の付き添いありでの入院は禁止とされています。
親がいると子供たちは甘えてしまうため、あえて離して治療するという方針。
【集中して治療をして早く治す】
それがこの病院のモットーです。
※この物語はフィクションです。
実際の病院、治療とは異なることもあると思いますが暖かい目で見ていただけると幸いです。
塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。
そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる