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世界共有共感願望
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「南波さん!」
花鶏の部屋を出れば、南波の姿を見つけた。
その背中に声をかければ、背中を向けたまま南波はぽつりと吐き捨てる。
「胡散臭い」
「え」
「ずっとニヤニヤ笑ってやがるし大層なこと言って誤魔化してやがる。あの男、信用できねえ」
「……な、南波さん」
南波が言いたいことは嫌というほどわかる。わかるけども、数少ない、寧ろ唯一と言っていい証人相手に頭ごなしに否定するのは如何なものかと思う俺もいた。
真っ直ぐなのか、それとも疑り深いのか。
……でも確かに、あのときの花鶏の返答に違和感を覚えたのも確かだ。
「あの男がこの指輪を拾ったって言ってたよな」
「……はい。その指輪を墓に埋めて、俺が埋められていた指輪を見つけました」
「準一、その墓まで連れていけ」
こちらを振り返った南波はそう高圧的に言い放つ。
胸の奥がざわつく。
本当にいいのか?このまま南波を墓まで連れて行っても。
行ってどうするつもりなのかという聞く勇気はなかった。南波がしようとしてることがわかってしまったからだ。
……南波がそうしたいというのなら、俺はそれにとことん付き合うまでだ。
「わかりました」と答えた声は雨の音でかき消される。
南波とともにロビーへと降りる。外は小雨。宛にしていた月明かりも曇天に覆われ、とっぷりと日の暮れた外は真っ暗で、一寸先すら見えない。
それでも朝を待つ気はないらしい。
――屋敷の前。
「おい、明かりになりそうなものないのか」
「……あ、すみません俺持ってないです」
仲吉が置いていった荷物の中に入っていなかっただろうか、なんて思考を過ぎらせたとき。
いきなり南波の手元が照らされる。
「っ、え」
「……ふうん、こりゃ便利だな」
そう興味深そうに口にする南波の手にはゴツい懐中電灯が握られていた。煌々と足元を照らす人工照明は南波が作り出したらしい。
そんなこともできるのか。
考えたこともなかったし、できるはずがないと思ってた。あまりにも当たり前のようにそれを手にして歩き出す南波。
唖然としていた俺だったが、遅れを取らないようにその背中を追い掛けた。
◆ ◆ ◆
真っ暗な森の中とはいえ、懐中電灯一本あるのとないのとでは勝手が違う。
道中、俺も出せやしないかと試してみたがウンウン唸ったところで俺のもとには何も現れない。そんなことできるわけないと思っていた今までの固定概念が邪魔してるらしい。諦めておとなしく南波についていく。
墓の場所は俺もしっかりわかるわけではない。
おまけに前に来たときはいずれも日が出ていた時間帯だ。その旨を南波に伝えた上で「多分こっちだろう」という方角をただひたすら草木を掻き分けて歩いていた。
空から降り注ぐ雨が小雨とはいえ、ずっと被り続けていたら濡れネズミも同然となる。
それでも俺達は無視して歩いた。
「……墓はあの男が今までここで死んだやつ全員埋めてきたってことか」
長い沈黙の中、不意に南波が声を掛けてきた。
ずっと黙りこくっていたから俺もそのつもりでいただけに不意打ちを突かれた。……やはり、気にならないわけがないか。
「……全員というわけではないらしいですが、無縁仏や警察に引き取られなかった遺体以外は自分たちで埋めてると聞きました」
「……」
自分から聞いておいてそこは黙るのか……。
お喋りしたいわけではないが、南波の表情が見えない夜だからこそもしかしてまずい事でも言ったのだろうかと気になってしまうのだ。
なんか声かけた方がいいのだろうか。流れる沈黙に考え倦ねていたとき。
「……さっき、あの男が言ってたこと覚えてるか?」
「え?……あ、はい」
「俺の死体捨てたかもしれねーってやつの話」
「そいつ、俺と親父が血眼になって探してたやつだったんだ」そう、南波は俺に背中を向けたまま続ける。
その言葉を理解したとき、思わず息が止まる。
南波の記憶があるのは親父さんと南波が敵地に襲撃しようとしていたと聞いていた。そして、その二人の目的には件の死体遺棄男も含まれていて、そんな男が南波の親父さんの指輪を持ってて、おまけに南波の死体を捨てた。
その結果が述べる事実は一つ。
「想像つくだろ」
暗闇の中、静まり返った樹海の中に南波の声が響いた。
その声は落ち着いていて、酷く冷たく聞こえた。
「してやられたんだよ、あいつに……俺が死んでるって聞いたときからそんなこと想像ついてたはずなのに、なのに、まだ肝心のそのときのことが全く思い出せねえんだ」
口数の多い南波から、南波自身が切羽詰まっているのがよくわかった。
花鶏の話を聞いてからもずっと落ち着いてると思ったが、そんなはずがない。わかっていたはずなのに、ただ表面上そう見えるだけなのに、見誤っていた。俺がこんだけ気持ちになるのなら、南波はもっとそれ以上の不安に襲われてるはずだ。
けれど、俺には掛ける言葉が見つからなかった。
……記憶喪失、否、そもそもの記憶の部分が乖離している可能性はないのか。
元は同一人物であり、それぞれの人格が確立された藤也と幸喜を思い出す。
もし、死後の南波と生前の南波とは別の死に際の南波がいてその部分が記憶の全てを持ってるとしたら。
そんな欠けた状態で目の前の南波は思い出せるのか。
全て憶測でしかない。なんでもありなこの体なんだ、どうかそうであってほしい。そう願うことしかできない自分がただ歯がゆい。
「……南波さん」
「っクソ、情けねえ……お前にこんなこと言ったって仕方ねえって分かってんだけどな……」
懐中電灯を握る南波の手がきつく握られる。
その言葉に、何も返すことができなかった。
そんなことないです、俺にできることならなんでもします、だからそんな風に考え込まないでください。
そう手放しで言うことができればまた違ったのかもしれないが、情けないことに俺にはそんなことを言う勇気も図太さも懐の深さもない。ただ南波の手の震えを見なかったことにするのが精一杯で、自分の無力さをまざまざと突きつけられるようだった。
途中自分がどこにいるか見失いそうになりながらも歩き続ければようやっと見つけた、拓けた場所――墓場だ。
不気味なほど静かで、明らかに空気が違う。
様々な思念が渦巻くような息苦しさは雨の湿気が原因ではないだろう。
「……南波さん、ここです」
「ここに、俺の体が」
足を止めた南波は吸い寄せられるようにそこへと足を踏み入れる。俺は少しだけ立ち止まり、その後を追った。
足元に懐中電灯を転がした南波は、どこからともなく大きなシャベルを取り出した。それを構え、泥濘んだ土を踏んで何かを確認する南波。
「南波さん、それ」
「おいそこにたってっと汚れるぞ」
言うなり、照らした先をシャベルを思いっきり地面に突き立てる南波。靴裏で踏み付け更にシャベルを埋め、それから体重を掛けるように土を掘り返す。
当たり前のようにそこを荒らす南波に驚き、思わず「南波さん」と呼びかければ、南波は尻目にこちらを見た。
「辞めろってんなら聞かねえから」
取り付く島もない強い語気だった。
元より、南波が墓場へ行きたいと言い出したときから想像ついていたが……まさか本当に実行するとは思わなかった。
南波の目的はわかった、自分の遺体を確認するのだろうを何十年も前に埋葬された遺体を掘り返して、自分の目で確かめるのだ、花鶏の言葉の真偽を。
……それがどれだけ恐ろしいことなのか、罰当たりなことなのか、わかった。わかったからこそ、俺はここで南波にだけ任せるような真似をしたくなかった。
「あの、俺にもシャベル貸してください」
「……その、うまく出せないんで」そう、南波に頼み込めば、南波はキョトンと目を丸くする。そして、呆れたように笑った。
それから俺たちは墓荒らしをしていた。
とはいえ、ひたすら穴を掘る作業だ。生きていたらこんな真似をすることはなかったんだろうな、そんなことを考えながら、南波から狩りたシャベルで穴を掘っていた。
仕事柄、土木作業には慣れていた。まあこんな形でその経験を活かすことになるとは思わなかったが。
……それにしても、本当に死体が埋まってるのだろうか。
既に子供ならすっぽり収まるくらいの穴を掘り返してるのだが、死体どころか遺品らしいものも見当たらない。
もしかして違う場所にあるとかか?なんて思いながら、流れる汗を拭い、もう一掘りとシャベルの先端を突き立てたとき。
地面の中、先端に何か硬いものが当たるのを感じた。
大抵埋まった岩だったりするのだが、恐る恐る被った土を避けたとき黒いものが頭を出す。
「っう、ひ……」
それが髪の毛だとわかった瞬間、全身の総毛がよだった。
よく見ると周囲には小さく白いものが大量に蠢いている。……間違いない、人だ。完全に骨になっていない腐乱死体がそこに覗いていた。
思わず後退る俺の肩を掴んだ南波は、「退いてろ」と一言、俺を押し退けて腐乱死体を掘り返した。
全身が虫の巣窟になってるその男の遺体は酷いものだった。夏の日に放置した生ゴミなんて比にならないほどの酷い悪臭が辺りに広がる。泥や土で汚れているが、身なりからして南波とは程遠い。破れかけた衣類や背格好からして中年の男の死体のようだ。
「ちげえな……」
言いながら南波は引っこ抜いた死体を離れた場所へと投げ捨てる。どさりと落ちる肉の塊、飛び散る虫、そして一層ひどくなる悪臭に鼻がひん曲がりそうになった。
こみ上げてくる胃液を堪えるのだけでも精一杯で、それ以上になぜ南波はこんな状況でも動じないのかそれが気になって仕方なかった。
「……っ、う……」
「おい、吐くならあっちで吐け」
「す、みません……」
南波の反応の方が異常だとはいえ、この場に留まり続けたら本当に吐き散らかしそうだ。口と鼻を押さえ、一旦俺は南波から離れた場所へ移動した。
胃液を空っぽにして、そして再び南波の元へと戻れば既に南波が掘り返しの作業を再開させていたところだった。
……本当、すげえな。
動じないことがいいことだと思わないが、やはり職業柄なのか。今だけは少し羨ましく思えた。
それから再び作業に戻る。やはり時期が時期だ、何十年分の死体を掘り返すのは時間も労力も要った。
「……最近のばっかだな、これ」
「もっと深いところに……あるってことですかね」
「かもな」
更に掘り進めるぞ。そう南波が言いたいことが言葉がなくともわかるようにまでなってしまった。
次第に暗い森には朝日が差し込むようになる。腐乱死体が出る度一体一体確認してはそこら辺に捨てる南波。そんなことを続けてどれくらい経っただろうか、体力には自信があったが掘り返してるものもものだ、俺は時折休憩を挟みつつ南波を手伝う。南波はというと一度も休憩することなくただ黙々と作業に取り掛かっていた。
掘り返した土の山が出来上がり、それが雪崩を起こさないように切り崩していく内に穴は更に深くなっていく。
一度落ちたら自力では登れないのではないかというくらい俺が落ちてもすっぽり収まるくらいの深さはあるだろう、それくらい深い穴に南波自ら飛び込み、それを更に横へと拡げるように掘り進めていたときだ。
「おい、準一」
下の方から聞こえてくる南波の声に何事かと覗き込む。「どうしましたか」と声をかければ、よく見ると南波の足元には青い何かの切れ端が覗いていた。
花鶏の部屋を出れば、南波の姿を見つけた。
その背中に声をかければ、背中を向けたまま南波はぽつりと吐き捨てる。
「胡散臭い」
「え」
「ずっとニヤニヤ笑ってやがるし大層なこと言って誤魔化してやがる。あの男、信用できねえ」
「……な、南波さん」
南波が言いたいことは嫌というほどわかる。わかるけども、数少ない、寧ろ唯一と言っていい証人相手に頭ごなしに否定するのは如何なものかと思う俺もいた。
真っ直ぐなのか、それとも疑り深いのか。
……でも確かに、あのときの花鶏の返答に違和感を覚えたのも確かだ。
「あの男がこの指輪を拾ったって言ってたよな」
「……はい。その指輪を墓に埋めて、俺が埋められていた指輪を見つけました」
「準一、その墓まで連れていけ」
こちらを振り返った南波はそう高圧的に言い放つ。
胸の奥がざわつく。
本当にいいのか?このまま南波を墓まで連れて行っても。
行ってどうするつもりなのかという聞く勇気はなかった。南波がしようとしてることがわかってしまったからだ。
……南波がそうしたいというのなら、俺はそれにとことん付き合うまでだ。
「わかりました」と答えた声は雨の音でかき消される。
南波とともにロビーへと降りる。外は小雨。宛にしていた月明かりも曇天に覆われ、とっぷりと日の暮れた外は真っ暗で、一寸先すら見えない。
それでも朝を待つ気はないらしい。
――屋敷の前。
「おい、明かりになりそうなものないのか」
「……あ、すみません俺持ってないです」
仲吉が置いていった荷物の中に入っていなかっただろうか、なんて思考を過ぎらせたとき。
いきなり南波の手元が照らされる。
「っ、え」
「……ふうん、こりゃ便利だな」
そう興味深そうに口にする南波の手にはゴツい懐中電灯が握られていた。煌々と足元を照らす人工照明は南波が作り出したらしい。
そんなこともできるのか。
考えたこともなかったし、できるはずがないと思ってた。あまりにも当たり前のようにそれを手にして歩き出す南波。
唖然としていた俺だったが、遅れを取らないようにその背中を追い掛けた。
◆ ◆ ◆
真っ暗な森の中とはいえ、懐中電灯一本あるのとないのとでは勝手が違う。
道中、俺も出せやしないかと試してみたがウンウン唸ったところで俺のもとには何も現れない。そんなことできるわけないと思っていた今までの固定概念が邪魔してるらしい。諦めておとなしく南波についていく。
墓の場所は俺もしっかりわかるわけではない。
おまけに前に来たときはいずれも日が出ていた時間帯だ。その旨を南波に伝えた上で「多分こっちだろう」という方角をただひたすら草木を掻き分けて歩いていた。
空から降り注ぐ雨が小雨とはいえ、ずっと被り続けていたら濡れネズミも同然となる。
それでも俺達は無視して歩いた。
「……墓はあの男が今までここで死んだやつ全員埋めてきたってことか」
長い沈黙の中、不意に南波が声を掛けてきた。
ずっと黙りこくっていたから俺もそのつもりでいただけに不意打ちを突かれた。……やはり、気にならないわけがないか。
「……全員というわけではないらしいですが、無縁仏や警察に引き取られなかった遺体以外は自分たちで埋めてると聞きました」
「……」
自分から聞いておいてそこは黙るのか……。
お喋りしたいわけではないが、南波の表情が見えない夜だからこそもしかしてまずい事でも言ったのだろうかと気になってしまうのだ。
なんか声かけた方がいいのだろうか。流れる沈黙に考え倦ねていたとき。
「……さっき、あの男が言ってたこと覚えてるか?」
「え?……あ、はい」
「俺の死体捨てたかもしれねーってやつの話」
「そいつ、俺と親父が血眼になって探してたやつだったんだ」そう、南波は俺に背中を向けたまま続ける。
その言葉を理解したとき、思わず息が止まる。
南波の記憶があるのは親父さんと南波が敵地に襲撃しようとしていたと聞いていた。そして、その二人の目的には件の死体遺棄男も含まれていて、そんな男が南波の親父さんの指輪を持ってて、おまけに南波の死体を捨てた。
その結果が述べる事実は一つ。
「想像つくだろ」
暗闇の中、静まり返った樹海の中に南波の声が響いた。
その声は落ち着いていて、酷く冷たく聞こえた。
「してやられたんだよ、あいつに……俺が死んでるって聞いたときからそんなこと想像ついてたはずなのに、なのに、まだ肝心のそのときのことが全く思い出せねえんだ」
口数の多い南波から、南波自身が切羽詰まっているのがよくわかった。
花鶏の話を聞いてからもずっと落ち着いてると思ったが、そんなはずがない。わかっていたはずなのに、ただ表面上そう見えるだけなのに、見誤っていた。俺がこんだけ気持ちになるのなら、南波はもっとそれ以上の不安に襲われてるはずだ。
けれど、俺には掛ける言葉が見つからなかった。
……記憶喪失、否、そもそもの記憶の部分が乖離している可能性はないのか。
元は同一人物であり、それぞれの人格が確立された藤也と幸喜を思い出す。
もし、死後の南波と生前の南波とは別の死に際の南波がいてその部分が記憶の全てを持ってるとしたら。
そんな欠けた状態で目の前の南波は思い出せるのか。
全て憶測でしかない。なんでもありなこの体なんだ、どうかそうであってほしい。そう願うことしかできない自分がただ歯がゆい。
「……南波さん」
「っクソ、情けねえ……お前にこんなこと言ったって仕方ねえって分かってんだけどな……」
懐中電灯を握る南波の手がきつく握られる。
その言葉に、何も返すことができなかった。
そんなことないです、俺にできることならなんでもします、だからそんな風に考え込まないでください。
そう手放しで言うことができればまた違ったのかもしれないが、情けないことに俺にはそんなことを言う勇気も図太さも懐の深さもない。ただ南波の手の震えを見なかったことにするのが精一杯で、自分の無力さをまざまざと突きつけられるようだった。
途中自分がどこにいるか見失いそうになりながらも歩き続ければようやっと見つけた、拓けた場所――墓場だ。
不気味なほど静かで、明らかに空気が違う。
様々な思念が渦巻くような息苦しさは雨の湿気が原因ではないだろう。
「……南波さん、ここです」
「ここに、俺の体が」
足を止めた南波は吸い寄せられるようにそこへと足を踏み入れる。俺は少しだけ立ち止まり、その後を追った。
足元に懐中電灯を転がした南波は、どこからともなく大きなシャベルを取り出した。それを構え、泥濘んだ土を踏んで何かを確認する南波。
「南波さん、それ」
「おいそこにたってっと汚れるぞ」
言うなり、照らした先をシャベルを思いっきり地面に突き立てる南波。靴裏で踏み付け更にシャベルを埋め、それから体重を掛けるように土を掘り返す。
当たり前のようにそこを荒らす南波に驚き、思わず「南波さん」と呼びかければ、南波は尻目にこちらを見た。
「辞めろってんなら聞かねえから」
取り付く島もない強い語気だった。
元より、南波が墓場へ行きたいと言い出したときから想像ついていたが……まさか本当に実行するとは思わなかった。
南波の目的はわかった、自分の遺体を確認するのだろうを何十年も前に埋葬された遺体を掘り返して、自分の目で確かめるのだ、花鶏の言葉の真偽を。
……それがどれだけ恐ろしいことなのか、罰当たりなことなのか、わかった。わかったからこそ、俺はここで南波にだけ任せるような真似をしたくなかった。
「あの、俺にもシャベル貸してください」
「……その、うまく出せないんで」そう、南波に頼み込めば、南波はキョトンと目を丸くする。そして、呆れたように笑った。
それから俺たちは墓荒らしをしていた。
とはいえ、ひたすら穴を掘る作業だ。生きていたらこんな真似をすることはなかったんだろうな、そんなことを考えながら、南波から狩りたシャベルで穴を掘っていた。
仕事柄、土木作業には慣れていた。まあこんな形でその経験を活かすことになるとは思わなかったが。
……それにしても、本当に死体が埋まってるのだろうか。
既に子供ならすっぽり収まるくらいの穴を掘り返してるのだが、死体どころか遺品らしいものも見当たらない。
もしかして違う場所にあるとかか?なんて思いながら、流れる汗を拭い、もう一掘りとシャベルの先端を突き立てたとき。
地面の中、先端に何か硬いものが当たるのを感じた。
大抵埋まった岩だったりするのだが、恐る恐る被った土を避けたとき黒いものが頭を出す。
「っう、ひ……」
それが髪の毛だとわかった瞬間、全身の総毛がよだった。
よく見ると周囲には小さく白いものが大量に蠢いている。……間違いない、人だ。完全に骨になっていない腐乱死体がそこに覗いていた。
思わず後退る俺の肩を掴んだ南波は、「退いてろ」と一言、俺を押し退けて腐乱死体を掘り返した。
全身が虫の巣窟になってるその男の遺体は酷いものだった。夏の日に放置した生ゴミなんて比にならないほどの酷い悪臭が辺りに広がる。泥や土で汚れているが、身なりからして南波とは程遠い。破れかけた衣類や背格好からして中年の男の死体のようだ。
「ちげえな……」
言いながら南波は引っこ抜いた死体を離れた場所へと投げ捨てる。どさりと落ちる肉の塊、飛び散る虫、そして一層ひどくなる悪臭に鼻がひん曲がりそうになった。
こみ上げてくる胃液を堪えるのだけでも精一杯で、それ以上になぜ南波はこんな状況でも動じないのかそれが気になって仕方なかった。
「……っ、う……」
「おい、吐くならあっちで吐け」
「す、みません……」
南波の反応の方が異常だとはいえ、この場に留まり続けたら本当に吐き散らかしそうだ。口と鼻を押さえ、一旦俺は南波から離れた場所へ移動した。
胃液を空っぽにして、そして再び南波の元へと戻れば既に南波が掘り返しの作業を再開させていたところだった。
……本当、すげえな。
動じないことがいいことだと思わないが、やはり職業柄なのか。今だけは少し羨ましく思えた。
それから再び作業に戻る。やはり時期が時期だ、何十年分の死体を掘り返すのは時間も労力も要った。
「……最近のばっかだな、これ」
「もっと深いところに……あるってことですかね」
「かもな」
更に掘り進めるぞ。そう南波が言いたいことが言葉がなくともわかるようにまでなってしまった。
次第に暗い森には朝日が差し込むようになる。腐乱死体が出る度一体一体確認してはそこら辺に捨てる南波。そんなことを続けてどれくらい経っただろうか、体力には自信があったが掘り返してるものもものだ、俺は時折休憩を挟みつつ南波を手伝う。南波はというと一度も休憩することなくただ黙々と作業に取り掛かっていた。
掘り返した土の山が出来上がり、それが雪崩を起こさないように切り崩していく内に穴は更に深くなっていく。
一度落ちたら自力では登れないのではないかというくらい俺が落ちてもすっぽり収まるくらいの深さはあるだろう、それくらい深い穴に南波自ら飛び込み、それを更に横へと拡げるように掘り進めていたときだ。
「おい、準一」
下の方から聞こえてくる南波の声に何事かと覗き込む。「どうしましたか」と声をかければ、よく見ると南波の足元には青い何かの切れ端が覗いていた。
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