亡霊が思うには、

田原摩耶

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ふたつでひとつ

05

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「お、おい、奈都!お前……大丈夫なのかよそれ……!」
「……準一さん、僕みたいなのの心配してくれるなんて本当優しいですよね」
「いや、そうじゃなくて……血が……」

 だらだらと血を流す手首を抑え、嬉しそうにはにかむ奈都につい突っ込まずにはいられなかった。
 奈都は大丈夫ですと笑うけれど、少々やり過ぎのような気がしないでもない。

「でも、これで何人かはやる気削がれたんじゃないですかね」
「ああ。……三人除いてな」

 残った薄野たち三人と、先を行く仲吉たち三人。
 真っ暗な森の中、構わずに歩き出した馬鹿三人になんだかもう頭が痛くなってくる。

「……ったく、あの馬鹿……ッ」

 何度も忠告してきたくせに、どういうつもりなのか。
 いや、確かに昔から仲吉はこういうやつだった。
 人の話も聞かず、自分の好奇心のみでどんどん突き進んでいく無謀馬鹿。
 呆れはしたが、昔からそういう型破りというか無茶苦茶な仲吉の性格は、少しだけ憧れていた。
 だけど、今は今だ。
 黙って見過ごすわけにはいかない。

 それにしても……。
 仲吉についていくあのチャラそうな男、どこかで見たような気がするな。

 しかし、思い出せない。
 仲吉の友達なら生前どこかで会っている可能性もあるし、気にはなったが思い出せないので深く考えるのを止める。
 一人押し黙っていると、「あの」と奈都が遠慮がちに声を掛けてきた。

「準一さん、それでどうしましょうか」
「ん?」
「二手に分かれてしまった場合、やはり僕達も分かれた方がいいかもしれませんね」
「ああ、そうだな。薄野たちは動かないからあまり心配はいらないだろうけど、問題は……」
「仲吉さんたち、ですね」

 流石奈都。誰が一番厄介なのかこの短時間で把握してるなんてなかなか見込があるな。

「なら、僕は薄野さんたちの様子を見てます。準一さんは仲吉さんを止めて下さい」

 本来ならば無視しても構わないはずなのに、わざわざ俺の我儘に付き合ってくれる奈都も大概なお人好しだ。
 それでも、味方がいない今の俺にとってその気遣いはありがたい。

「悪い、奈都」
「気にしないで下さい。……僕も、人が死ぬのは見たくないんで」

 少しだけ口元を緩め、微笑む奈都。
 その表情は一時期に比べれば少し窶れたように見えるが、それでも以前よりも遥かに柔らかく……人間味があった。
「何かあればすぐに知らせます」とだけ告げ、姿を消す奈都と別れ、俺はすぐに仲吉たちの後を追った。



「さーやー、本当にこっちで合ってんの~?」
「うーん、こっちの方だと思ったんだけどなぁ。道間違えたっかな?」

 聞こえてくる会話を盗み聞きしながら、俺は一定の距離を置いて三人をつけていく。
 確かに、仲吉の言う通り違和感を感じた。
 その違和感がなんなのかわからないが、なんとなく、森全体の様子がおかしいのだ。
 薄暗い、月明かりと懐中電灯だけが頼りのこの森の中。
 そのぼんやりとした違和感は次第にハッキリと輪郭を現してくる。

「あれ、なんかこっちの方道になってませんか?」

 不意に、三人のうちの一番ぽやぽやした男が立ち止まる。
 その言葉に、前を歩いていた二人は足を止め、ぽやぽやが覗いている木蔭の方を見た。

「あれ、本当だ」
「って、さーやも知らねえのかよ」
「……」

 あんなところに道なんてあったか?
 いや、なかったはずだ。

 なんとなく嫌な予感がして、俺は三人の横を擦り抜けるようにして現れた道を進もうと足を踏み込んだ。
 そして、一歩二歩三歩と進んだ瞬間、爪先からの地面の感覚が消えた。

「っ、!」

 咄嗟に踏み止まった俺は、そのまま下を見た。
 道の先は、歪な崖になっていた。

「ほら、こっちみたいですよ~」

 なんだこれ、とつい後ずさったときだった。
 背後からガサガサと草を踏み付けるような音ともに、先程のぽやぽやの声が近付いてきた。

「おい、危な……」

 このままでは落ちてしまう。
 そう考えた瞬間、体は勝手に動いていた。

 ぽやぽやの体を崖から離すように思いっきり突き飛ばす。
 尻餅をついたぽやぽやの「あれえ?」というどこまでも緊張感のないその声が聞こえてきて、安堵した矢先だった。
 とん、と、軽く何かが背中に触れる。
 瞬間、ぎりぎり崖の淵で立っていた体が、視界が、大きく傾いた。

「う、……わ……っ!」

 ここまでくるとそろそろ慣れてくると思っていたのだが、やはり無理のようだ。
 なんとか踏み込み、落下を防ごうとするが今度は足場が崩れ始めて。

「まじかよぉぉおお……ッ!!」

 真夜中の森の中。
 なんとも情けない俺の悲鳴が辺りに響き渡る。


「準一っ?!」
「ちょ、なに一人で転んでんだよ、ビビるじゃん」
「いや、なんか今すごい突き飛ばされたっていうか……仲吉先輩?」
「……っ」
「え?先輩っ?せんぱーーい??」
「ったく、気をつけてよねえ。ってあれ?さーやは?」
「えーっとその、なんか今……落ちていきましたねえ」
「いや追わなきゃダメっしょ、何やってんの?君」
「あ、やっぱりそうですかー?」


 ◆ ◆ ◆


 叫ぶ暇もなかった。
 大して高くなかったのか、すぐに地面に着地した俺はなんとか受け身を取るか、丁度下にあった岩に腰を強打する。

「い……ったくねえ……」

 そう口に出して必死に思い込む。
 どっかの骨が砕けたような感触がしていたが、すぐに止んだ。
 これが耐性というやつだろうか。
 段々この体に慣れてきている自分が少しだけ恐ろしく思う。

 クソ、誰だよ、あんな紛らわしい道作ったやつ。
 何度か屋敷周辺である森の中は徘徊して把握していたつもりだったが、あんなところに道なんてなかったはずだ。

 そもそも、崖自体なかったように思える。
 辺りはごつごつとした岩で埋め尽くされている。
 人為的なものか、たまたま落石しただけかわからなかったが、この岩を足場にすればなんとか上に戻れるはずだろう。
 思いながら立ち上がろうとしたとき、パラパラと頭上から土が降ってきた。

「……ん?」

 まさか、落石か?
 今の落下した衝撃でどこかで土砂崩れが起きているのかと慌てて顔を上げた俺は、そのまま硬直した。
 降ってきたのは石でも土砂でもなく、人だった。

「って、おわっ!」

 間一髪、慌てて横にズレた次の瞬間。先程まで俺が座り込んでいたそこに、そいつは落ちてきた。
 もっとも、俺のような背面着地ではなく、ちゃんと地に両足をついてだが。

「な……仲吉っ?!」

 驚きを通り越して呆れた俺は、落下してきたそいつの名前を口にした。
 瞬間、顔を上げた仲吉は俺の姿を見つけ、そしてそのまま詰め寄ってくる。

「準一っ!おい、大丈夫かっ?!」
「いや、俺は大丈夫だけど……な、何やってんだよお前!」
「準一が落ちていくのが見えたから追ってきたんだよ」
「追っ……馬鹿かっ?怪我したらどうすんだよ!」

 本気で俺が落下してなにかなると思ったのか、「でも、準一が……」と目を伏せる仲吉になんだか怒る気にもなれなくて。
 それよりも、仲吉に気付かれていたということに驚いた。
 俺は姿を消していたつもりだったが、落下にビビって素が出てしまったということか。
 そう思うとなんだか居た堪れない。とにかく、早く戻れ。そう口を開こうとしたとき、立ち上がろうとした仲吉が顔をしかめる。

「痛……ッ」
「っ……ほら、言っただろ。……足捻ったのか?」
「これくらい、どうってことない」
「無茶苦茶言ってんじゃねえよ、いいから見せろって!」

 まるで子供のような意地を張る仲吉に、つい俺の方までカッとなってしまい「仲吉」と睨む。
 だけど、俺から視線を逸らしたまま仲吉は押し黙り、そして。

「……」

 いい加減にしろ、と腕を掴もうとした手を逆に仲吉に掴まれた。
 ぎゅうっと握り締められる手首にはただ仲吉の体温だけが流れ込んでいて。
 人の肌に触れている。
 以前だったら当たり前であったそのことに内心戸惑いながら、俺は目の前の仲吉を覗き込んだ。

「おい……?」
「ずっと見てたのか?」
「あ?……別に……」
「呼んだのに出てこなかったよな」

 もしかして、俺が隠れていたことに怒っているのだろうか。
 俺の忠告も聞かなかった自分のことを棚に上げて臍を曲げる仲吉にムッとなり、つい「当たり前だ!」と語気が荒くなってしまう。

「つーかお前、どういうつもりなんだよ。あんなにぞろぞろ連れてきて」
「お前だって一人じゃ寂しいだろ。あいつらはいい奴らばっかだし、大丈夫だよ」
「そういう問題じゃねえよ!言ったよなぁ、俺、連れてくるなって。お前だって、来てほしくないんだよ……もし、何かあったら……」
「だから言ってんだろ、大丈夫だって。……何があっても良いんだよ」

 そのために連れてきてやったんだから、と仲吉は呟いた。
 その声は辛うじて俺の耳に届くくらいの大きさで。
 笑っているのに、嫌な感じがしたのはその目が笑っていないからだ。

「お前、どういう……」

 なにかが可笑しい。直感でそう感じた。
 少なくとも、今まで一緒に居た仲吉はこんな嫌な笑い方をするやつではなかったし、確かに頭がおかしいと思ったことはあったけど、それでも友達想いなやつだった。
 それなのに。

「さーや!」
「先輩ー!」
「ッ!!」

 ガサガサと、離れた草むらから上に居たはずの二人の声が聞こえてきた。
 咄嗟に俺は仲吉の手を振り払った。 

「おいっ、準一!」

 他人の前に姿を見せたくない。
 その本能が働き、咄嗟に木蔭へと紛れ込んだ俺。
 ちゃんと隠れられているのか不安だったが、遅れてやってきた二人は俺に気付いていないようで。

「準一?……えっ、じゅんじゅん?どこ?」
「……」
「先輩、大丈夫ですかぁ?二人とも運動神経いいんですねえ~速すぎますよ~」
「……準一……」

 どこかショックを受けたような顔をして俺を探す仲吉。
 なんつー顔してんだよ。
 呆れると同時に、このまま見捨てるわけにはいかないと気を取り直した俺は辺りを探る。
 そして、足元にキラキラと光るものを見つけ、拾い上げた。
 掌サイズのガラスの破片だ。このくらいの大きさがあれば、充分だろう。
 月明かりを反射し、キラキラと光るそれを握り締めた俺は仲吉の視線に入り、手に持っていたそれを適当に動かす。

「準一……?」

 どうやら仲吉は気付いたようだ。
 捕まえられたら溜まったものじゃないので、俺はガラスの破片握り締めたままさっさと歩き出した。目的地は、屋敷だ。

「おい、こっちだってよ!」
「え?……って、なにあれ。浮い……え?」
「いいから付いてこいって!」

 半ば強引に引っ張られるような形で、二人の友人達もついてくる。
 本当はあんなところへ誘導なんてしたくないが、このままでは埒があかない。
 とにかくパッとみせてパッと帰らせればいい。でなければ、仲吉がなにをやらかすのかわからない。
 それなら、俺が安全な道を探して連れて行った方がましだ。



 そして、数十分後。
 ガラスの破片を使って、無事屋敷前まで誘導してきた俺だったが。

「それにしても……」

 随分と静かだな。
 いつもなら庭で花鶏が花弄っているはずだが、誰もいない。

 それどころか。

「………どういうことだ……?」

 屋敷があったはずの場所には、ぽっかりと開いたかのように荒れ地が広がっていた。
 一先ず、深呼吸して整理しよう。
 そして再度ゆっくりと辺りを見渡してみれば、やはりそこはさっきまでとなんら変わらない景色が広がっていて。
 いままで当たり前にそこにあったはずの屋敷がなくなっていた。
 そりゃあ、もう、跡形もなく。

「えーと、ここがさーやの言ってた屋敷?」
「あ、あぁ……」
「随分と荒れてますねぇ~」

 仲吉達の会話なんて頭に入ってこなくて、ただ呆然と立ち尽くすことしか出来なかった。
 ……どういうことだ。
 花鶏が毎日手入れをしては幸喜に荒らされていた花壇があった場所も、ただの荒れ地になっていて。
 まるで全て夢だったかの光景に一瞬自分の目を疑ったが、その可能性はすぐに払拭された。

「花鶏さん、南波さん!奈都ー!」

 突然、声を張り上げる仲吉に、思考停止しかけていた俺はハッとする。

「うおっ、吃驚したー……いきなり大声出すなよ~」
「だって……なんでだよ、この前までちゃんとあったのに……有り得ねえっしょ」

 そう呟く仲吉に、やつの視界でも同じようなことになっていることに気付く。
 だとすれば、俺だけではないということだ。屋敷が消えているのは。

「まあ、確かに屋敷があった跡はあるんだし正解なんじゃない?」
「……」

 まだ納得いっていないのだろう。
 押し黙る仲吉だったが、重い口を開いた。

「準一、なあ、そこにいるんだろ?」

 背中を向けたまま名前を呼ばれ、自分が姿を消したままになっていたのを思い出した俺はそのまま「いる」とだけ返すことにした。

「どうなってんだ、これ」
「俺にもわかんねえよ。……花鶏さんたちもいねえし」
「……」

 恐らく、俺と同じなのだろう。とは思う。誰にも来てもらいたくないという意思で姿を消したのだと考える。だけど、誰が?まさか屋敷の意思で?……まさかな、とは思うが、今までそんなまさかな生活をしてきたため強く否定することが出来ない。

 どちらにせよ、俺にとってこの状況はチャンスなわけだ。

「とにかく、もう帰れ。あいつらが出てくる前に、早くな。これ以上遅くなったら帰りが危ないぞ」
「……」

 また、無言。
 無視されてるみたいで面白くなくて、「おい」とやつの背中に再度呼び掛けてみる。
 その時だ。

「……こうでなくちゃな……」

 小さく、仲吉の唇が動いた。
 まるで笑みを浮かべるように釣り上がるその口角に、僅かに嫌なものを感じた俺は「おい、仲吉?」とその肩を掴もうと手を伸ばしたとき。

「とにかくまあ、ついでに記念写真撮っておきましょうかぁ?」

 投げ掛けられる緊張感のないその提案に、思わずずっこけそうになった。
 何を考えてるんだこいつは。
 こんな奇妙な現象が起きてる中、脳天気な男になんだかもう怒り通り越して呆れたが。そうだ。初めて来たこいつらからしてみればただの変哲のない荒れ地なわけだ。そりゃ観光気分になるのも百歩置いて仕方ない。……仕方ないが。

「お、いいなーそれ!」

 大体のことは把握しているはずのこいつがなんでこうも乗り気になってるんだ。

「おい、人の話聞いてたのかよ!」
「分かってるって!ほら、写真撮ったら帰るから!」

 本当かよ、と仲吉を睨むがあいつはそんな俺に構わず早速カメラを用意しているではないか。
 今更だとは思うが、本当、どうにかならないのかこいつの性格は。

 そんなとき、ふと、背後から突き刺さるように向けられた視線に気付く。
 気になって振り返れば、そこにはあの軽そうな男がいて。
 まさか俺が視えるとか思ったが、どうやらそうではなくその冷ややかな視線は俺をすり抜けて仲吉に向けられているもののようだ。

 そんな男に気付いたのか、ぽややんは「蔵元センパイ?」とその男を呼んだ。
 軽そうな男、蔵元は「いや、つーかさ」と顔を引き攣らせた。

 ……って、蔵元?

「さーやさぁ、さっきから一人で何喋ってんの?」
「あ?」

 どこかで聞き覚えのある名前だな、なんて今までの記憶を掘り返していた矢先、呆れたようなその指摘に俺は今の自分の姿を思い出し、ハッとする。
 ……忘れてた。

「は?誰とって準……」
「おいっ!待て!」

 当たり前のように答えようとする仲吉の口を慌てて塞ぐ。
 ただでさえおかしいやつなのに、本気で死人と話してるなんて答えたら近寄らない方がいいやつ認定されるに違いない。最早されている可能性もあるが、それでもやっぱり友人が頭おかしいと思われるのはくるものがある。

「とにかく、適当に誤魔化して帰れ。多分、花鶏さんの仕業だ。あの人気分で山の形変えるから今日はもう戻らないだろ。明るくなってからまた出直せ」

 とにかく仲吉を納得させるため、俺はただひたすら適当に言葉を並べた。
 花鶏にそんな力があるとか聞いたことないが、あの人まじでやらかしそうだし仲吉も納得したようだ。残念そうにしながらも、こくこくと頷く仲吉。

「いいか、絶対だからな。帰れよ!」

 念を押しつつ、俺が仲吉から手を離した時。

「さーや?」

 すぐ傍、近付いてきた足音に驚いて振り返る。瞬間。

「ん?」

 薄暗い木の下。そこに立っていた男と一瞬だけ、確かに視線がぶつかった。
 見られてる。
 頭を過る一抹の可能性に血の気が引いたが、すぐに向けられた視線は俺の隣にいた仲吉に向けられる。

「じゅんじゅん居たの?」
「あ……いや、いねえみたいだな。多分今日はもう無理そうだって」
「ふーん?」

 仲吉もアドリブが下手くそというか嘘が吐けないやつというか、なんというか。
 俺の言うとおり誤魔化そうとはしてはいるみたいだが、如何せん支離滅裂すぎる。

 ……というか、じゅんじゅんって。
 特徴的なその呼び名に、脳味噌の奥深く、埋もれた記憶がふと蘇る。
 懐かしいな。確か、高校の時か。
 俺も誰かにそういう風に呼ばれてはあまりの語呂の悪さにムカついて何度か揉めたことがあった。
 仲吉か?いや、違う。あれは確か……。

『じゅんじゅん、今日も目付き悪いねえー』

 絡み付くような粘っこい話し方に、如何にも女子からモテますといったいけすかないにやけ面。
 やけに絡んで来ては喧嘩を売るような言動が目に余るクラスメート。
 確か、名前は……。

「カズ、祐太、今日のところは一旦戻るか」

 そうだ、カズ。蔵元和尚だ。
 仲吉とよく一緒にいたクラスメートのことを思い出す。
 だけど、ちょっと待て。なんで蔵元までここにいるんだ。

「えー?もう帰るんですかぁ?」
「俺はさんせーい。そろそろ眠くなってきたしーなんか虫多いしー、帰りたい」
「山に来て虫が多いなんて野暮ですよぉ、先輩~」
「明日また来ればいいだろ。な?」

 懐かしい顔との予期せぬ再会に困惑する俺を他所に、仲吉の提案に不満そうにしながらもぽやぽや、もとい祐太は渋々承諾する。

「うーん、先輩がそう言うなら~……」
「なっ!ほら、じゃ、戻るか!」
「って、え?!ここ登っていくんですか~?」

 こいつらのことは、仲吉に任せておいても大丈夫だろう。
 あとは、幸喜達が何も仕掛けてないかを確認するだけだ。

 ……それにしても。

 どういうことなのだろうか。跡形もなく消え失せたその屋敷の跡を眺める。
 仲吉たちが足を踏み入れることを俺が拒否したせいか?……いや、まさかな。

 とにかく、仲吉たちを帰らせるしかない。
 跡地に背を向け、俺は再び林の中へと潜り込んだ。

「お疲れ様でした、準一さん」
「ああ、悪かったな、手伝わせて」
「いえ、僕はいいんです。僕が自分からしたことですから」

 既に日付が変わっているであろう深夜。
 ようやく帰った仲吉たちに、俺と奈都はハイタッチをした。

 それにしても、疲れた。普通に疲れた。

「でも、幸喜たち驚くほど大人しかったですね。……藤也君も、花鶏さんの姿も有りませんし……」

 不気味がる奈都の言葉に、俺は消えた屋敷のことを思い出す。
 そして、いても立ってもいられなくなった俺は「なあ」と思い切って奈都に尋ねることにした。

「さっき、仲吉たちと一緒に屋敷まで行ったんだけど」
「行ったんですか?」
「ああ……でも、なかったんだよ、屋敷が。丸ごと」
「丸ごとっ?」

 僅かに奈都の表情が険しくなる。
 疑うようなその目を真っ直ぐ受け止め、俺は頷き返した。

「花壇とかはあったんだけどよ、建物があった場所が更地になっててさ……お前、なんか知らないか?」
「……それは、僕も分からないです。でも、おかしいですね」
「だよな」
「本当なら少し気になりますし、一度戻ってみましょう」

 奈都の提案に、俺は大きく頷いた。
 意味が分からないというのが一番気持ち悪い。顔を見合わせた俺と奈都はそのまま足早に屋敷のあるはずの場所に向かった。
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