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I will guide you one person
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「一人で探す」なんて格好つけて応接室を飛び出した俺だったが、正直、屋敷の中を探し回るだけでもかなり大変だった。
唯一、この樹海が外界から隔離されているのが救いだが、その救いさえ俺にとって特に意味があるようには感じない。
――屋敷外、裏庭にて。
「南波さーん!南波さーん!……南波さーん」
屋敷の中を探し回り、南波を見つけ出すことが出来なかった俺は屋敷を出てその周囲を探索していた。
さっきからずっとこうして南波を呼んでいるのだが、一向に返ってこない返事になんだか頭が冷静になって恥ずかしくなってくる。
どこまで行ったんだろうか。確か幸喜を追い掛けてるはずだが、相手があの幸喜なだけに心配は拭えない。
どうせ結界ギリギリまで使って逃げ回ってるのだろう。そう考えるとなんだか生きた心地がしない。
暮れる日同様にテンションを下げる俺がとぼとぼと歩いているときだった。
裏庭の隅。煉瓦で出来た焼却炉の前に人影を見付ける。
ようやく見付けた。
「南波さ……」
人影を南波と思い込み、焼却炉に近付いた俺は不意に足を止める。
黒髪に南波に比べたら細い後ろ姿。その人影には心当たりがあった。
「奈都?」
気になって、そいつの名前を呼べば、人影もとい奈都はこちらを振り返り「あ」と細い声を漏らす。
そして、目が合い俺と認識した奈都は近付く俺に「どうも」とはにかんで見せた。
こんな場所で会うとは思ってもおらず心なしか動揺する俺はなるべく平常心を保ちつつ「なにやってんだ、そんな隅っこで」と奈都に話し掛けてみることにする。
すると、奈都はなんだか気恥ずかしそうな顔をして小さくはにかんだ。
「……いえ、少し考え事してただけです」
「もしかしてお邪魔でしたか?」そしてそう、今度は逆に聞き返してくる奈都になんとなく狼狽えつつ「いや、違うんだ。たまたま通りかかっただけだから」としどろもどろ答えた俺はなんだか気まずくなって「俺の方こそ悪いな、邪魔して」と謝罪を口にした。
どうやっても先ほどのことを思い出してしまい、ますます気まずくなってしまう。
しかし、奈都の方はそうでもないようだ。
「気にしないでください」と小さく続ける奈都は申し訳なさそうに眉を垂れさせ、微笑む。
そんないつもと変わりない奈都の態度に内心ほっとしつつ、丁度よかったので俺は例のことについて尋ねることにした。
「あ、そうだ。なあ、奈都。お前南波さん見てないか?」
「南波さんですか?……見てないですね。どうかしたんですか?」
「リード離した隙に南波さんが逃げちゃってさ、今探してるところなんだよ」
そう苦笑を浮かべる俺に対し、「あぁ」と納得したように呟く奈都。
そして、
「それでしたら、僕も手伝いますよ」
「いいのか?」
「はい、どうせ暇ですし……あとが面倒ですからね」
やけに優しい奈都になんだかこちらが気を遣わせてしまったみたいで申し訳なくなり、「悪いな」と声を掛ければ奈都はにこりと笑う。
「困ったときはお互い様ですよ」
◆ ◆ ◆
「そう言えば、仲吉たちに会ってないのか?」
「仲吉さんですか?……まだ会ってないですね」
「……そうか」
「どうかしたんですか?」
「いや、あのあと奈都の後追っていってたからてっきり会ったかと」
「僕のですか?すみません、見てないですね」
「いや、それならいいんだ」
ったく、なにやってんだあいつは。
そう口の中で舌打ちしながら俺は再び辺りに目を向けた。
場所は屋敷外庭。
南波探しを手伝ってくれるという奈都とともに屋敷の周りをぐるぐる回っているわけだが、全くそれらしい影は見当たらない。
おまけに、いなくなった仲吉がどこにいるかわからない今やつのことも気にしていた方がいいだろう。
いや、でも花鶏が任せとけとか言っていたし大丈夫……あれ、なんか余計に心配になってきた。
なんて思いながら周囲を探りながら歩く俺は小さく息を吐く。
人影どころか人の気配すらない。
「……」
「……」
「……いませんね」
「あぁ」
大分時間が経過したのか薄暗くなってきた空。遠くからはギィギィとなんとも不気味な鳥の鳴き声が聞こえてくる。
なんか、気まずい。
ぺちゃくちゃ喋りながら作業した方が捗るとは言わないが、やはり相手が奈都だからだろうか。やけに沈黙が重たくのし掛かり、息苦しい。なにか話題無いだろうかと思いながら俺は「この前から思ってたんだけどさ」と口を開いた。
「はい?」奈都がこちらを振り返る。
いい機会だ。前々から聞きたかったことを聞いてみるか。
思いながら、俺は目だけを奈都に向ける。
「なんでそんなにここから出たいわけ?」
「……準一さんだって、出たいって言ってたじゃないですか」
「いや、そうだけどさ、そういうんじゃなくて奈都が出たい理由が気になったんだよ」
なんとなく語気が強まる奈都にギクりと緊張した俺は慌ててそう宥めるように続ける。
その言葉に小さく反応した奈都は「理由」と小さく唇を動かし、繰り返した。
なんとなく奈都を纏う空気が重くなるのを感じ、これは聞かなかった方がよかったもしれないと後悔した俺は慌てて「あ、答えにくいなら無理して答えなくていいからな」とフォローする。
が、奈都は俺の心情を悟ったようだ。
「いえ、構いませんよ」そう、奈都は諦めたように微笑む。
「……会いたい人がいるんです、この外に」
「あ、会いたい人……?」
奈都の口から出たまたなんかロマンチックな回答に目を丸くする俺。
なんだ、なんだそのまどろっこしい言い方は。
どこか寂しそうな奈都のその一言に大体を悟った俺はまさかと目を見開き、「それって」とその先を促す。
そしてその問いに対し奈都は照れ臭そうに目を細め、微笑んだ。
「彼女です」
その一言に脳髄に衝撃が走った。
――奈都に彼女だと……!
彼女どころか女友達すらいなかった俺の同類かと(勝手に)思っていた奈都に彼女だと……!!
あまりのショックに全身が硬直した。
いや、まあ、確かに、なんか暗そうだけどわりと優しいし女の子にはモテるタイプかもしれないけどなんだこの異様な敗北感は。
ずれたところに食い付く俺に構わず、再び奈都は眉を垂れさせる。
「話せなくてもいいからせめて、一目……いえ、安否を知りたくて」
「……安否って、まさか」
そう、不安そうに俯く奈都に俺はそのまま奈都の顔を見据えた。
その先を口にすることは出来ず、奈都もまたそれ以上先を口にすることはなかった。その代わり、こちらに向き直った奈都は顔を引き締める。
「とにかく、いつまでもこんなところでのうのうとするわけにはいかないんです。……死にきれません」
「……」
奈都も奈都で色々あると言うことだろうか。まさかの告白になんとも言えない気分になる。
奈都が彼女となにがあったかはわからなかったが、確かにここを出ることに拘る気持ちもわかった。
俺が奈都の立場なら、奈都同様この樹海を出たがるだろう。
しかし、奈都は俺と同じ幽霊だ。それが出来れば本人も苦労しないだろう。
なにか力になることは出来ないだろうか。
聞いてしまった今、『それは残念ですね』と聞き流すことは出来ない。
眉間を寄せ、思案したときだ。ふと、閃く。
「なあ」
「……どうかしたんですか?」
「もしかしたら、どうにかなるかもしんないぞ」
なにを言い出すんだいきなり。
そう言いたそうな目でこちらを見る奈都に構わず「奈都はその、彼女さんの安否が気になるんだろ」と問い掛ければ、奈都は渋々ながらも「ええ」と頷き返してくれる。
予想通りのその回答に俺は笑みを浮かべた。
「だったら、調べればいい」
そしてそう当たり前のように続ければ、奈都はやっぱり意味がわからないといったような顔をしてきょとんと目を丸くさせる。
奈都がここを出たがる理由は恋人のことが心配だからだという。
しかし、今のままじゃこの樹海からは出ることは出来ないだろうし、奈都は恋人の安否が確認出来ず苛々する日々が続くことは間違いないだろう。
もしこんな状態が続いて心配だったのは、花鶏から聞いていた自我崩壊という精神の死のことだった。
一度死にかけたからこそ、そんな目に遭っている奈都を見たくなかった。
つまり、ただのお節介だ。それもかなり個人的な。
なんて建前をぐだぐだ並べたところで奈都をなんとかしてやりたいというのは本音だ。
だから俺は結界の内外を自由に出入りできる仲吉に頼んで奈都の彼女について調べてもらうということを提案する。
俺の提案によってずっと気になっていた恋人の安否を知ることが出来るということにパッと明るくなる奈都だったが、やはり仲吉のことが気になるようだ。すぐにしょんぼりとした顔になる。
「……でも、仲吉さんに迷惑になりませんかね」
「まあ聞いてくれるかどうかはあいつ次第だからな、とにかく本人に相談してみたらいいだろ」
そう、あくまでも提案なのだ。行動するのは仲吉であり、奈都の心配ごとが解消されるかどうかは仲吉にかかっている。
しかし、俺同様、もしかしたらそれ以上にお節介な仲吉のことだ。俺はやつが奈都の頼み事を快く引き受けてくれると踏んでいた。
しかし、奈都はそうではない。
よくも知らない相手に自分の恋人のことを洗いざらい話したり、おまけに奈都の場合なにやら訳有りそうなだけに言いにくいこともあるだろう。
もしかして、余計なお世話だっただろうか。
もっと喜んでもらえると思っていただけに、俯いたまま押し黙る奈都になんとなく不安になってくる。
「あの、奈都……」
「ありがとうございます」
恐る恐る声を掛けようとしたときだった。
顔を上げ、こちらを見上げた奈都はそう言って微笑んだ。
以前見たぎこちない笑顔よりもいくらか綻んだ柔らかいその笑みに『わ、笑った……』と目を丸くする俺。
その笑顔に戸惑うと同時に今度は嬉しい気持ちが込み上げてきて、つい調子に乗った俺は「困ったときはお互い様なんだろ?」なんて言ってみればつられるように笑った奈都は「そうですね」と小さく頷いた。
そして、奈都は真っ直ぐこちらの目を見据えてくる。
「準一さんみたいな方がいてよかったです」
そこまで言われるとは思ってもおらず、最近扱いが酷かったのもあってかなんかもう照れ臭いというか褒められるということに全身が痒くなってきた。なんだこれ。
かああと熱くなる顔を隠すように慌てて視線を逸らし、そして再び俺はちらりと奈都を見る。
「取り敢えず……他のやつらも戻ってきてるかもしんねーし応接室に一旦戻ろうぜ」
そう提案すれば、顔を引き締めた奈都は「そうですね」と小さく頷いた。
屋敷内、ロビー。
応接室の前まで来ていた俺と奈都だったが一階のロビーから聴こえてくる足音に反応し、そのまま下を見下ろせばそこに見慣れた人影があるのを見付けた俺は「仲吉」とその人影に声をかける。
人影、もとい仲吉は丁度屋敷に戻ってきたばかりだったようだ。
こちらに気付いたのか、顔を上げて階段の上に立つ俺達を見上げる仲吉は目を丸くした。
「おー、準一……。と、奈都?」
「どこ行ってたんだよ、俺ずっと探してたんだぞ」そして、俺の隣に奈都を見付けるとそうわざとらしく唇を尖らせぷりぷりと怒ったような真似をする仲吉に申し訳なさそうな顔をした奈都は「すみません」とぺこり頭を下げる。
でもまあ、いいタイミングだ。
なんて思いながらY字の階段を使いロビーへと降りようとしたときだった。不意に、周囲の空気が寒くなる。
「おや、よかったですねえ無事再会出来て」
空気から染み入るように響くその甘い声に、その足を止めた。
そして、そのままつられるように声がした仲吉の付近に目を向ければそこにはいつの間にかに花鶏が立っていた。
さながら幽霊のような存在感のなさである。いや幽霊か。
「花鶏さん、いたんですか」
「そりゃあいましたとも。仲吉さんってば現在地も確認せずにあっち行ったりこっち行ったりしていたのでそりゃあもう探し出すのは大変だったんですよ」
袖を口許に当て、そう続ける花鶏。
つられて仲吉を見れば、目があって仲吉は気恥ずかしそうに笑う。
そして「まーまー、でも奈都が見付かってよかったよ。機嫌も戻ったみたいだしな」と話題を変えるついでにちゃっかりほじ繰り返す仲吉に『このバカが』と冷や汗を滲ませる俺だったどうやら余計な心配だったようだ。
「先程は取り乱してしまい申し訳ございません、大変ご迷惑お掛けしました」
恐る恐る隣の奈都に目を向けたとき、奈都は二人にそう頭を下げた。
ロビー内に響くそのハッキリとした声に、ここまで変わるものなのだろうかと俺は驚く。
どうやらそれは俺だけではないようだ。
奈都の態度に僅かに目を丸くする花鶏だったが、すぐに微笑んでみせた。
そんな花鶏の代わりに、仲吉は「気にすんなって別に」と笑う。
奈都といったら暗くてどんよりとしたイメージが強かっただけに、元々は素直な人間だったのかもしれないなんて思いつつ、幾分奈都の横顔が明るくなっていることに気付いた。
精神力の回復。
その言葉を思い出し、俺はなんとなく安心した。
ここ最近の奈都の様子や顔色が悪かったのが精神力の消耗のせいだったのだろうと確信する反面、俺の提案で奈都がこんなに安心してくれていると目に見えてわかっただけに酷く安堵する。
あとは、仲吉に話をつけるだけだ。
そう、決意したときだった。
「おや、そう言えば南波は一緒ではないようですが……」
仲吉について二階までやってきた花鶏は辺りを見渡し、不思議そうにこちらを振り返る。
その一言にぎくりと全身が緊張し、嫌な汗が滲んだ。
──南波の男性恐怖症が治ってもいないのに首輪を外したそのときは私が貴方に首輪を付けさせて頂きますのでご了承下さいね。
いつの日かの花鶏の言葉が脳裏に蘇り、なんかもう生きた心地がしなかった。
しかし別に俺は南波の首輪を外したわけではない。そうだ俺は首輪に触ってはいない。
そう自己暗示をかけつつ、取り敢えず今は奈都のことを優先させることにした俺は「まあ、それについては色々ありまして……」と浮かべた笑みを引きつらせる。
「取り敢えず、あのちょっと仲吉に用があるんで借りていいですか?」
「俺?」
「ええまあ、それは構いませんが」
意外とあっさり承諾してくれる花鶏によしきたと内心ガッツポーズした俺は仲吉の腕を掴み、「じゃあちょっとこいつ借りますね」と花鶏に笑いかける。
そして、そのまま逃げるように通路を小走りで歩いていく俺と奈都。
まさか引っ張られるとは思っていなかったようだ。
「っ、うおわ!」と間抜けな悲鳴を上げながら前のめりになる仲吉だったがすぐに体勢を建て直す。流石無駄に運動神経があるだけある。
「わかった、わかったからそんな力いっぱい引っ張んなよ」
ついてくる仲吉は「まったく、準一はほんとせっかちだな」となぜか楽しそうに笑った。
お前に言われたくない。なんて思いながら俺は一旦花鶏から離れることにした。
人目を避けるため、やってきたのは物置部屋など普段使われていない部屋が並ぶ通路。
掃除したお陰で埃はなかったがやはり場所が場所なだけに空気がじめじめし、壊れたシャンデリアがやけに不気味だ。
薄暗くなる空、虫の鳴き声がやけに遠くに響くその通路で俺たちは向かい合っていた。
「話っていうのはな、実は」
そう提案した俺の方から本題に入ろうとしたときだった。
「準一さん」と、奈都に止められる。なんだか出鼻挫かれつつ奈都に目を向ければ、奈都はこちらをじっと見詰めた。
そして、
「自分から言わせてください」
そう、一言。奈都は俺に言った。
どうやら、今の奈都には俺のお節介なんて無用だったようだ。
余計な心配をしてしまった自分が恥ずかしくなりながら、小さく笑った俺は「ああ、わかった」と頷き、そのまま一歩下がる。
唯一、この樹海が外界から隔離されているのが救いだが、その救いさえ俺にとって特に意味があるようには感じない。
――屋敷外、裏庭にて。
「南波さーん!南波さーん!……南波さーん」
屋敷の中を探し回り、南波を見つけ出すことが出来なかった俺は屋敷を出てその周囲を探索していた。
さっきからずっとこうして南波を呼んでいるのだが、一向に返ってこない返事になんだか頭が冷静になって恥ずかしくなってくる。
どこまで行ったんだろうか。確か幸喜を追い掛けてるはずだが、相手があの幸喜なだけに心配は拭えない。
どうせ結界ギリギリまで使って逃げ回ってるのだろう。そう考えるとなんだか生きた心地がしない。
暮れる日同様にテンションを下げる俺がとぼとぼと歩いているときだった。
裏庭の隅。煉瓦で出来た焼却炉の前に人影を見付ける。
ようやく見付けた。
「南波さ……」
人影を南波と思い込み、焼却炉に近付いた俺は不意に足を止める。
黒髪に南波に比べたら細い後ろ姿。その人影には心当たりがあった。
「奈都?」
気になって、そいつの名前を呼べば、人影もとい奈都はこちらを振り返り「あ」と細い声を漏らす。
そして、目が合い俺と認識した奈都は近付く俺に「どうも」とはにかんで見せた。
こんな場所で会うとは思ってもおらず心なしか動揺する俺はなるべく平常心を保ちつつ「なにやってんだ、そんな隅っこで」と奈都に話し掛けてみることにする。
すると、奈都はなんだか気恥ずかしそうな顔をして小さくはにかんだ。
「……いえ、少し考え事してただけです」
「もしかしてお邪魔でしたか?」そしてそう、今度は逆に聞き返してくる奈都になんとなく狼狽えつつ「いや、違うんだ。たまたま通りかかっただけだから」としどろもどろ答えた俺はなんだか気まずくなって「俺の方こそ悪いな、邪魔して」と謝罪を口にした。
どうやっても先ほどのことを思い出してしまい、ますます気まずくなってしまう。
しかし、奈都の方はそうでもないようだ。
「気にしないでください」と小さく続ける奈都は申し訳なさそうに眉を垂れさせ、微笑む。
そんないつもと変わりない奈都の態度に内心ほっとしつつ、丁度よかったので俺は例のことについて尋ねることにした。
「あ、そうだ。なあ、奈都。お前南波さん見てないか?」
「南波さんですか?……見てないですね。どうかしたんですか?」
「リード離した隙に南波さんが逃げちゃってさ、今探してるところなんだよ」
そう苦笑を浮かべる俺に対し、「あぁ」と納得したように呟く奈都。
そして、
「それでしたら、僕も手伝いますよ」
「いいのか?」
「はい、どうせ暇ですし……あとが面倒ですからね」
やけに優しい奈都になんだかこちらが気を遣わせてしまったみたいで申し訳なくなり、「悪いな」と声を掛ければ奈都はにこりと笑う。
「困ったときはお互い様ですよ」
◆ ◆ ◆
「そう言えば、仲吉たちに会ってないのか?」
「仲吉さんですか?……まだ会ってないですね」
「……そうか」
「どうかしたんですか?」
「いや、あのあと奈都の後追っていってたからてっきり会ったかと」
「僕のですか?すみません、見てないですね」
「いや、それならいいんだ」
ったく、なにやってんだあいつは。
そう口の中で舌打ちしながら俺は再び辺りに目を向けた。
場所は屋敷外庭。
南波探しを手伝ってくれるという奈都とともに屋敷の周りをぐるぐる回っているわけだが、全くそれらしい影は見当たらない。
おまけに、いなくなった仲吉がどこにいるかわからない今やつのことも気にしていた方がいいだろう。
いや、でも花鶏が任せとけとか言っていたし大丈夫……あれ、なんか余計に心配になってきた。
なんて思いながら周囲を探りながら歩く俺は小さく息を吐く。
人影どころか人の気配すらない。
「……」
「……」
「……いませんね」
「あぁ」
大分時間が経過したのか薄暗くなってきた空。遠くからはギィギィとなんとも不気味な鳥の鳴き声が聞こえてくる。
なんか、気まずい。
ぺちゃくちゃ喋りながら作業した方が捗るとは言わないが、やはり相手が奈都だからだろうか。やけに沈黙が重たくのし掛かり、息苦しい。なにか話題無いだろうかと思いながら俺は「この前から思ってたんだけどさ」と口を開いた。
「はい?」奈都がこちらを振り返る。
いい機会だ。前々から聞きたかったことを聞いてみるか。
思いながら、俺は目だけを奈都に向ける。
「なんでそんなにここから出たいわけ?」
「……準一さんだって、出たいって言ってたじゃないですか」
「いや、そうだけどさ、そういうんじゃなくて奈都が出たい理由が気になったんだよ」
なんとなく語気が強まる奈都にギクりと緊張した俺は慌ててそう宥めるように続ける。
その言葉に小さく反応した奈都は「理由」と小さく唇を動かし、繰り返した。
なんとなく奈都を纏う空気が重くなるのを感じ、これは聞かなかった方がよかったもしれないと後悔した俺は慌てて「あ、答えにくいなら無理して答えなくていいからな」とフォローする。
が、奈都は俺の心情を悟ったようだ。
「いえ、構いませんよ」そう、奈都は諦めたように微笑む。
「……会いたい人がいるんです、この外に」
「あ、会いたい人……?」
奈都の口から出たまたなんかロマンチックな回答に目を丸くする俺。
なんだ、なんだそのまどろっこしい言い方は。
どこか寂しそうな奈都のその一言に大体を悟った俺はまさかと目を見開き、「それって」とその先を促す。
そしてその問いに対し奈都は照れ臭そうに目を細め、微笑んだ。
「彼女です」
その一言に脳髄に衝撃が走った。
――奈都に彼女だと……!
彼女どころか女友達すらいなかった俺の同類かと(勝手に)思っていた奈都に彼女だと……!!
あまりのショックに全身が硬直した。
いや、まあ、確かに、なんか暗そうだけどわりと優しいし女の子にはモテるタイプかもしれないけどなんだこの異様な敗北感は。
ずれたところに食い付く俺に構わず、再び奈都は眉を垂れさせる。
「話せなくてもいいからせめて、一目……いえ、安否を知りたくて」
「……安否って、まさか」
そう、不安そうに俯く奈都に俺はそのまま奈都の顔を見据えた。
その先を口にすることは出来ず、奈都もまたそれ以上先を口にすることはなかった。その代わり、こちらに向き直った奈都は顔を引き締める。
「とにかく、いつまでもこんなところでのうのうとするわけにはいかないんです。……死にきれません」
「……」
奈都も奈都で色々あると言うことだろうか。まさかの告白になんとも言えない気分になる。
奈都が彼女となにがあったかはわからなかったが、確かにここを出ることに拘る気持ちもわかった。
俺が奈都の立場なら、奈都同様この樹海を出たがるだろう。
しかし、奈都は俺と同じ幽霊だ。それが出来れば本人も苦労しないだろう。
なにか力になることは出来ないだろうか。
聞いてしまった今、『それは残念ですね』と聞き流すことは出来ない。
眉間を寄せ、思案したときだ。ふと、閃く。
「なあ」
「……どうかしたんですか?」
「もしかしたら、どうにかなるかもしんないぞ」
なにを言い出すんだいきなり。
そう言いたそうな目でこちらを見る奈都に構わず「奈都はその、彼女さんの安否が気になるんだろ」と問い掛ければ、奈都は渋々ながらも「ええ」と頷き返してくれる。
予想通りのその回答に俺は笑みを浮かべた。
「だったら、調べればいい」
そしてそう当たり前のように続ければ、奈都はやっぱり意味がわからないといったような顔をしてきょとんと目を丸くさせる。
奈都がここを出たがる理由は恋人のことが心配だからだという。
しかし、今のままじゃこの樹海からは出ることは出来ないだろうし、奈都は恋人の安否が確認出来ず苛々する日々が続くことは間違いないだろう。
もしこんな状態が続いて心配だったのは、花鶏から聞いていた自我崩壊という精神の死のことだった。
一度死にかけたからこそ、そんな目に遭っている奈都を見たくなかった。
つまり、ただのお節介だ。それもかなり個人的な。
なんて建前をぐだぐだ並べたところで奈都をなんとかしてやりたいというのは本音だ。
だから俺は結界の内外を自由に出入りできる仲吉に頼んで奈都の彼女について調べてもらうということを提案する。
俺の提案によってずっと気になっていた恋人の安否を知ることが出来るということにパッと明るくなる奈都だったが、やはり仲吉のことが気になるようだ。すぐにしょんぼりとした顔になる。
「……でも、仲吉さんに迷惑になりませんかね」
「まあ聞いてくれるかどうかはあいつ次第だからな、とにかく本人に相談してみたらいいだろ」
そう、あくまでも提案なのだ。行動するのは仲吉であり、奈都の心配ごとが解消されるかどうかは仲吉にかかっている。
しかし、俺同様、もしかしたらそれ以上にお節介な仲吉のことだ。俺はやつが奈都の頼み事を快く引き受けてくれると踏んでいた。
しかし、奈都はそうではない。
よくも知らない相手に自分の恋人のことを洗いざらい話したり、おまけに奈都の場合なにやら訳有りそうなだけに言いにくいこともあるだろう。
もしかして、余計なお世話だっただろうか。
もっと喜んでもらえると思っていただけに、俯いたまま押し黙る奈都になんとなく不安になってくる。
「あの、奈都……」
「ありがとうございます」
恐る恐る声を掛けようとしたときだった。
顔を上げ、こちらを見上げた奈都はそう言って微笑んだ。
以前見たぎこちない笑顔よりもいくらか綻んだ柔らかいその笑みに『わ、笑った……』と目を丸くする俺。
その笑顔に戸惑うと同時に今度は嬉しい気持ちが込み上げてきて、つい調子に乗った俺は「困ったときはお互い様なんだろ?」なんて言ってみればつられるように笑った奈都は「そうですね」と小さく頷いた。
そして、奈都は真っ直ぐこちらの目を見据えてくる。
「準一さんみたいな方がいてよかったです」
そこまで言われるとは思ってもおらず、最近扱いが酷かったのもあってかなんかもう照れ臭いというか褒められるということに全身が痒くなってきた。なんだこれ。
かああと熱くなる顔を隠すように慌てて視線を逸らし、そして再び俺はちらりと奈都を見る。
「取り敢えず……他のやつらも戻ってきてるかもしんねーし応接室に一旦戻ろうぜ」
そう提案すれば、顔を引き締めた奈都は「そうですね」と小さく頷いた。
屋敷内、ロビー。
応接室の前まで来ていた俺と奈都だったが一階のロビーから聴こえてくる足音に反応し、そのまま下を見下ろせばそこに見慣れた人影があるのを見付けた俺は「仲吉」とその人影に声をかける。
人影、もとい仲吉は丁度屋敷に戻ってきたばかりだったようだ。
こちらに気付いたのか、顔を上げて階段の上に立つ俺達を見上げる仲吉は目を丸くした。
「おー、準一……。と、奈都?」
「どこ行ってたんだよ、俺ずっと探してたんだぞ」そして、俺の隣に奈都を見付けるとそうわざとらしく唇を尖らせぷりぷりと怒ったような真似をする仲吉に申し訳なさそうな顔をした奈都は「すみません」とぺこり頭を下げる。
でもまあ、いいタイミングだ。
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「おや、よかったですねえ無事再会出来て」
空気から染み入るように響くその甘い声に、その足を止めた。
そして、そのままつられるように声がした仲吉の付近に目を向ければそこにはいつの間にかに花鶏が立っていた。
さながら幽霊のような存在感のなさである。いや幽霊か。
「花鶏さん、いたんですか」
「そりゃあいましたとも。仲吉さんってば現在地も確認せずにあっち行ったりこっち行ったりしていたのでそりゃあもう探し出すのは大変だったんですよ」
袖を口許に当て、そう続ける花鶏。
つられて仲吉を見れば、目があって仲吉は気恥ずかしそうに笑う。
そして「まーまー、でも奈都が見付かってよかったよ。機嫌も戻ったみたいだしな」と話題を変えるついでにちゃっかりほじ繰り返す仲吉に『このバカが』と冷や汗を滲ませる俺だったどうやら余計な心配だったようだ。
「先程は取り乱してしまい申し訳ございません、大変ご迷惑お掛けしました」
恐る恐る隣の奈都に目を向けたとき、奈都は二人にそう頭を下げた。
ロビー内に響くそのハッキリとした声に、ここまで変わるものなのだろうかと俺は驚く。
どうやらそれは俺だけではないようだ。
奈都の態度に僅かに目を丸くする花鶏だったが、すぐに微笑んでみせた。
そんな花鶏の代わりに、仲吉は「気にすんなって別に」と笑う。
奈都といったら暗くてどんよりとしたイメージが強かっただけに、元々は素直な人間だったのかもしれないなんて思いつつ、幾分奈都の横顔が明るくなっていることに気付いた。
精神力の回復。
その言葉を思い出し、俺はなんとなく安心した。
ここ最近の奈都の様子や顔色が悪かったのが精神力の消耗のせいだったのだろうと確信する反面、俺の提案で奈都がこんなに安心してくれていると目に見えてわかっただけに酷く安堵する。
あとは、仲吉に話をつけるだけだ。
そう、決意したときだった。
「おや、そう言えば南波は一緒ではないようですが……」
仲吉について二階までやってきた花鶏は辺りを見渡し、不思議そうにこちらを振り返る。
その一言にぎくりと全身が緊張し、嫌な汗が滲んだ。
──南波の男性恐怖症が治ってもいないのに首輪を外したそのときは私が貴方に首輪を付けさせて頂きますのでご了承下さいね。
いつの日かの花鶏の言葉が脳裏に蘇り、なんかもう生きた心地がしなかった。
しかし別に俺は南波の首輪を外したわけではない。そうだ俺は首輪に触ってはいない。
そう自己暗示をかけつつ、取り敢えず今は奈都のことを優先させることにした俺は「まあ、それについては色々ありまして……」と浮かべた笑みを引きつらせる。
「取り敢えず、あのちょっと仲吉に用があるんで借りていいですか?」
「俺?」
「ええまあ、それは構いませんが」
意外とあっさり承諾してくれる花鶏によしきたと内心ガッツポーズした俺は仲吉の腕を掴み、「じゃあちょっとこいつ借りますね」と花鶏に笑いかける。
そして、そのまま逃げるように通路を小走りで歩いていく俺と奈都。
まさか引っ張られるとは思っていなかったようだ。
「っ、うおわ!」と間抜けな悲鳴を上げながら前のめりになる仲吉だったがすぐに体勢を建て直す。流石無駄に運動神経があるだけある。
「わかった、わかったからそんな力いっぱい引っ張んなよ」
ついてくる仲吉は「まったく、準一はほんとせっかちだな」となぜか楽しそうに笑った。
お前に言われたくない。なんて思いながら俺は一旦花鶏から離れることにした。
人目を避けるため、やってきたのは物置部屋など普段使われていない部屋が並ぶ通路。
掃除したお陰で埃はなかったがやはり場所が場所なだけに空気がじめじめし、壊れたシャンデリアがやけに不気味だ。
薄暗くなる空、虫の鳴き声がやけに遠くに響くその通路で俺たちは向かい合っていた。
「話っていうのはな、実は」
そう提案した俺の方から本題に入ろうとしたときだった。
「準一さん」と、奈都に止められる。なんだか出鼻挫かれつつ奈都に目を向ければ、奈都はこちらをじっと見詰めた。
そして、
「自分から言わせてください」
そう、一言。奈都は俺に言った。
どうやら、今の奈都には俺のお節介なんて無用だったようだ。
余計な心配をしてしまった自分が恥ずかしくなりながら、小さく笑った俺は「ああ、わかった」と頷き、そのまま一歩下がる。
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ネタバレ、if、地雷、ジャンルごちゃ混ぜになってるので本編読んだ方向けです。
本編よりも平和でわちゃわちゃしてちゃんとラブしてたりしてなかったりします。
執着攻めと平凡受けの短編集
松本いさ
BL
執着攻めが平凡受けに執着し溺愛する、似たり寄ったりな話ばかり。
疲れたときに、さくっと読める安心安全のハッピーエンド設計です。
基本的に一話完結で、しばらくは毎週金曜の夜または土曜の朝に更新を予定しています(全20作)
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
塾の先生を舐めてはいけません(性的な意味で)
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
個別指導塾で講師のアルバイトを始めたが、妙にスキンシップ多めで懐いてくる生徒がいた。
そしてやがてその生徒の行為はエスカレートし、ついに一線を超えてくる――。
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