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I will guide you one person
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「あーまた雨かよ、つまんなーい! つーまーんーなーいー!」
「……」
「なあなあ藤也なんか面白いことしろよー、あ、藤也の顔おもしれー!」
「…………」
「なんか見飽きてきたなあ、全部同じに見えてくんだよ。な、つーか藤也これどっち派?」
「黒髪」
「お前、また黒髪かよ! お前本当黒髪好きだよな~。つかお前髪しか見てないだろ乳見ろよ乳……あでっ!」
「……下品、やめろ」
場所は変わって館内、応接室。
花鶏に言われた通りそのまま大人しく洋館へと戻ってきた俺たちを迎えたのはいつも以上に騒がしい笑い声だった。
応接室のテーブルの上、なにやら雑誌を広げて盛り上がっているようだが……ちょっと待て。なんでまだ人のエロ本みてんだよ、嫌がらせか。
「おい、お前ら……っ! 何勝手に人の部屋から持ち出して……ッ!」
「あれ、準一じゃ~ん! 帰ってくんの遅いって、なあなあ聞いてくれよ~」
慌てて二人の間に割り入って読むのを止めようとした矢先だった。
「だから黙れって言ってんだろ」と、立ち上がろうとしていた幸喜のフードを思いっきり引っ張る藤也。ぎゅっと首元が締まり、潰れたカエルみたいな声が幸喜の口から漏れる。
「んぎゅ! って、おい藤也お前なに慌ててんだよ、黒髪の可愛い子がきて緊張してんのか~?」
「……お前のそういうとこ、本当にムカつく」
「お、おい……喧嘩すんなよ……っ!」
せめてその本を閉じてからやってくれ。
どこかで見た流れに嫌な予感がし、慌てて仲裁に入ったがどうやらそれがまずかったらしい。
「……こいつが勝手に」
「やだなー俺たち仲良しなんだから喧嘩するわけねーじゃん! なー藤也!」
「一緒にしないで」
「あはははっ! お~よちよち、反抗期藤也君はかわいいでちねえ!」
「……殺す」
いつもに増して機嫌が悪い藤也と、いつもに増して笑い声がうるさい幸喜。
常日頃から両極端な双子だと思っていたが、まさかここまでとは。
仲良くしろよ、ということも出来ずどう止めればいいのか頭を抱えていたときだった。
一頻り笑って満足したようだ、「そーいや準一」と幸喜がこちらを振り返る。
「仲吉とかいうやつは? 一緒じゃねえの?」
「……はぐれた」
「はぐれた! また迷子になったのかよ準一! 本当おっちょこちょいだよな~」
「言っておくけど、俺が迷子になったわけじゃないからな」
「花鶏さんが連れ戻してくるってよ」と続ければ、そんな俺の言葉から何かを察したようだ。
「なんかあったの」とこちらに近付いてくる藤也。俺はどう答えるべきか迷った。
奈都と花鶏のことを説明するにはまず俺達がやろうとしていたことの説明をしなくてらならない。
「……なんかっていうか、まあ色々な」
幸喜はさておき、心配してくれているであろう藤也には説明した方がいいだろう。
幸喜にまで話す必要があるのかわからないが、変に藤也と二人きりになろうとして絡まれても厄介だ。
俺は藤也と幸喜、二人にまとめて一連の流れを説明することにした。
「へえ、奈都がなぁ。てかまたあいつなんだ、奈都も毎回毎回懲りねーなあ」
「毎回?」
「俺たちの中でも一番外に未練があんのはあいつだからな~、いい加減諦めたら楽になれるってのに」
他人事のように笑う幸喜に、なんだか俺は聞いてはいけないような話を聞いた気になっていた。
確かに、奈都と比べるとこの双子や南波などは外に出ようとする素振りすらも見せない。寧ろここで暮らしを満喫してるようではあった。
「んで仲吉は奈都のところいっちゃったわけか。そりゃ寂しいなあ、せっかく遊ぼうと思ったのに奈都に横取りされちゃうなんてなあ!」
「んじゃ、一人ぼっちの準一君は俺が相手してやるか」と抱きついてくる幸喜にぎょっとする。
「いらねぇよ」と慌てて離れようとしたが、相変わらずその力は強い。
ってか、しつこい。いつもも鬱陶しさはあるが、今日はその倍はある。
「遠慮すんなって~」と言いながら顔を寄せ、あろうことか接吻してこようとする幸喜にぎょっとするも束の間、甘ったるいアルコールの匂いにはっとする。
……アルコール?
「ちょ、待て、幸喜お前……っ」
んーと唇を尖らせキスを迫ってくる幸喜の首根っこを掴み引き剥がした俺は、ふと応接室にあるテーブルの下に目を向ける。そしてその足元に転がる複数の空瓶を見つけ、はっとした。
あれは、確か南波が仲吉に頼んで持たせてきた甘酒の瓶だ。なんでこんなところにあるのかという些細な疑問の答えはすぐに出る。
「お前、まさかあれ飲んだのか……?」
そう、恐る恐るテーブル下の空き瓶を指差せば幸喜は満面の笑みを浮かべてくれる。
「ああ? ああ、それだろ? なんかすっげえどろどろしたジュース! うまかったよ!」
「お前、あれはジュースじゃなくて……いや、ジュースなのか……?」
「って、テメェそれ俺のじゃねえか!!」
先程まで大人しいと思いきや、南波が勢いよく飛んできた。自分の楽しみにとっておいた仲吉からの土産を飲み荒らされたことにようやく気付いたようだ。
「えー、南波さんの? でも名前書いてなかったしな~、あ、でもちゃんとまだたくさん残ってるから!」
「っざけんな、テメェ……ッ!」
「ってことでこれ南波さん用~」
そう、言うな否や甘酒の瓶ごと南波の顔面に投げつける幸喜に思わず目を瞑った。
クリーンヒット。
ゴッ、と。鈍い音がした。
なにを思ったのか南波の顔面にその瓶を投げ付けた幸喜は見事南波の鼻柱に命中させ、そし南波はそのままひっくり返った。
次の瞬間。
「ってんめぇええ!」
「な、南波さん……」
耳を劈くほどの怒声とともに南波は起き上がった。
鼻から血を噴き出し、顔の下半分を真っ赤に染めた南波は見るからに大丈夫そうではない。大事だ。
このままではまずい。主に南波が。
今にも噛みつく勢いの南波を慌てて止めようとしたときだった、いきなり幸喜に「そうだ、準一」と呼び止められる。
なんなんだ、今度は。と振り返ろうとしたすぐ目の前にある二つの目にぎょっとした次の瞬間、幸喜の細い指に顎を捉えられた。
「え」
「な゛」
俺と南波の声がハモったのとほぼ同時だった。
思いっきり幸喜に唇を塞がれたと思った次の瞬間、思わず開きかけていたその口に流し込まれる甘ったるい甘酒にぎょっとする。
「ん゛ん゛うッ!!」
どろりとした舌触りにぎょっとし、咄嗟に幸喜を押し退けようとするがこいつ、相変わらず力だけは強い。顎の骨が砕けるのではないかという力で顔を固定されたまま、幸喜は「ん~~」と舌で更に俺の口の中へと甘酒を流し込んでくるのだ。
なすすべなどなかった。
流し込まれるがまま喉の奥へと甘酒を流し込まれ、喉がごくりと甘酒を更に胃の奥へと落とす。
そして俺の口が空になったのを確認してようやく幸喜は俺から口を離した。
「ほら、お裾分け」
「美味かった?」と幸喜は笑った。
俺は唖然としていた。というか、言葉も出なかった。
「っ、お、まえ……」
「テメェこのクソガキ……ッ!! なにしてんだ!!」
「なにって、言っただろ? お裾分けって。ほら、俺って優しいから!」
「なにがお裾分けだ、準一さんから離れろこのホモ野郎……ッ」
「何言ってんの、南波さんだってこの前準一さんとキスしてたじゃん。しかもベロ挿れるやつ」
「ぐ……ッ!!」
どうやら幸喜の一言で余計なことまで思い出させてしまったようだ。見る見るうちに青褪めていく南波にこの流れはまずいと察知する。
というか、そもそも南波も南波だ。男嫌いなのに何故こうも負けん気が強いのだ。このままではまた間違いなく返り討ちに遭い幸喜の玩具にされるだろう、……それだけは避けなければ。
「な、南波さん、俺のことはいいんで……」
もっと自分を大切にしてください、と南波のリードを止めようと引っ張ろうとするが、手のひらに力が入らない。
まさか甘酒の酔いが回ったのか。そんな馬鹿な。
酒が弱すぎる南波の影響で変な先入観があったからか。
この際理由はどうでもいい、南波を止めなければ。
「ぜってぇ殺す! 死ね! 百万回死に晒せ! てめぇだけは許さねえ、待てや糞餓鬼!!」
「なになに鬼ごっこ? いいよいいよ、捕まえれるもんなら捕まえろよこのノロマー! あはははっ!」
そう、笑いながら幸喜はドタバタと応接室から出ていく。それを「待てやコラァッ!」とかチンピラみたいな怒声を上げながら南波は追い掛けていくのだ。
慌てて「南波さんっ!」と呼び止めようとするが――遅かった。
南波が駆け出した瞬間、ろくな握力が入らないその手からするりとリードが抜け落ちる。
あ、やべ。と思ったときにはもう遅い。
凄まじい速さで応接室から飛び出す南波を引き止めることもできないまま、気付けば一人応接室に取り残されていた。
「南波さん、南波さんっ! 待っ、……ッうぅ」
――このままではまずい。
花鶏との約束を思い出し、慌てて追いかけようとした瞬間、視界がぐにゃりと歪む。
頭の奥に白いモヤのようなものが広がっていく、そんな感覚には覚えがあった。
立ちくらみ、なんて言葉が頭を過る。
このままではまた花鶏にどやされる。それだけは避けなければ。そう、壁伝いに扉から出ようとしたときだった。力が抜けそうになり、ぐらりと傾むく体を伸びてきた腕に支えられた。
霞む視界の中、顔をあげればそこには見慣れた顔があった。
「準一さん」
「とうや……」
「……酒臭いよ、準一さん」
「わ、悪い」
そう、藤也は俺の体を引っ張ってソファーへと座らせる。追いかけなければと思うが、思いの外メンタルに影響を受けているようだ。
俺を座らせた藤也はそのまま俺を見下ろし「どうしたの」と静かに口を開いた。
「……なんか、頭がおかしい」
「元からじゃないの」
「…………」
「冗談」
……冗談には聞こえなかったが。
ショック受ける余裕もなく項垂れる俺に、藤也は「まさか酔ってるの?」と目を細めた。
「……たぶん」
「酒、得意じゃねえんだよ」と続ければ、「確かに、弱そう」と藤也は頷いた。
生きてるときは嗜むくらいなら多少は平気だった。悪酔いするまで呑まなければ、だが。
それでも甘酒一杯で度数の強い酒呑んだときみたいな感覚になるなんて。
けれど、今はここでのんびりしてる場合ではない。
悪い、と藤也にもう一度断ってソファーから立ち上がろうとしたとき、「なにしてんの」と藤也に止められた。
「……南波さん、探さねえと」
「放っとけば」
「駄目だ、花鶏さんに怒られる」
藤也の腕から離れ、再び応接室から出ようと歩いていく。が、足元が覚束ない。再びずるりと傾く体を藤也に掴まれた。
「足、ふらついてる」
「……地面がぐらぐらする」
「少し休んだら、酔っぱらい」
「ぐ……」
今度は藤也に半ば強制的にソファーに転がされた。
何故寝かされたのかよくわからなかったが、体勢的にはこちらの方が楽だ。
頭の中で、今すぐ南波を探しに行きたい俺と、このまま酒でもたもたしてたら見付かるものも見付からないのではないかと考える俺が葛藤する。
けれど、藤也にぽんぽんと赤子かなにかのように腹部を叩かれると不覚ながらも心地よくなってくるのだ。
「と、藤也……」
「なに?」
「それ、やめてくれないか」
「それって、これ?」
心臓の音に合わせるように体を軽く叩かれ、こくりと頷き返す。顔が熱くなってくる。そんな俺に、藤也は「嫌だった?」と小首を傾げる。
「い、嫌とかじゃなくて……なんか、子供扱いされてるみたいで……」
「似たようなものでしょ」
ばっさりと切られた。いくら藤也が見た目よりも年上だとしてもだ、明らかに自分よりも年下の少年にあやされる図というものは心にくるものがある。
「それに、目を瞑れば関係ない。……余計なこと考えてないで」
「……お前な」
「早く」
「わ、わかった……わかったから」
何故藤也に押されてるのか、俺は。
けれど、藤也なりに俺のことを考えてくれてるのだと思うと無碍にすることはできなかった。
言われるがまま、ソファーの上で横這いになった俺は目を瞑る。暗闇の中、頭の上から藤也の声が聞こえてきた。
「準一さん、眉間に皺寄ってる」
「これはもう癖みたいなものだ」
「ふーん」とさして興味なさげに呟きながら、藤也は俺の眉間に触れてきた。そのままむに、と眉間の間を揉まれ、つい目を開けば思いの外覗き込んでくる藤也の顔が近いところにあって息が止まりそうになる。
「……っ、藤也、お前もしかして酔ってるのか?」
「準一さんと一緒にしないで」
「い、いや……でも、変だぞ」
「それは準一さんの方」
そうなのか?……そんな風に言われたら自信がなくなってきた。
俺からぱっと手を離した藤也は、そのままソファーの足元に座り込むのだ。
「それに、大体飲んだのは幸喜だし」
「ああ……だからあんなにべろべろになってたのか」
「あいつのあれはいつものやつ。そもそも、甘酒で酔っ払うなんて馬鹿そんなにいるわけないでしょ」
ぐさ、と藤也の鋭い一言が胸に突き刺さった。
ぐうの音も出ない。
「それに、あいつは酒は好きじゃないから」
「俺も」と小さく付け足す藤也。
だったら何故勝手に呑んだのだと思ったが、双子からしてみればジュース感覚だったということだろうか。なんとなく深く聞かない方がいい気がして「そうか」とだけ答えた。
「じゃあ、なんか好きなものとかあるのか?」
なんとなく気になり、体を起こそうとすれば藤也はこちらを見ていた。
「別にない」
「ないのか?」
「……別に、おかしなことじゃないだろ」
「まあ、人それぞれだしな」
「というか、そんなこと聞いてどうすんの」
まさか逆にそんなことを聞かれるとは思っていなかっただけに言葉に詰まる。
「……今度、仲吉に土産持ってきてもらうとき頼むとか?」
「なんでそうなるの」
「な、なんか羨ましそうに見えたから……?」
「なんで疑問系なわけ」
やはり、藤也は気難しい。けれど、こうして藤也と会話が続くだけでももしかして進歩なのかもしれない。そんなこと考えてると、「その顔、ムカつく」と鼻柱をぎゅっとされる。痛くはないが、つい反射で「あで!」と悲鳴が漏れた。
「準一さんのくせに生意気」
「ま、まだなんにも言ってないだろ……っ!」
「……まだ」
「あ……」
なんてやり取りしてる内にすっかり件の目眩は収まっていた。
藤也も藤也で別に本気で気を害したわけではないらしくあっさりと俺の鼻から手を離した。心なしか鼻が高くなった気がする。
立ち上がろうとすれば、藤也はこちらを見上げてくる。
「もう大丈夫?」
「ああ、お陰様でな。……ありがとな」
「もう少し休んだら」
「いや、もう大丈夫だ。……それに、花鶏さんたちが戻ってきたら面倒だしな」
正直、こちらが本音だった。
また南波まで巻き込んで公開初回みたいな真似をされては堪ったものではない。
「だったら、俺も」
「……いいよ、一人で。気、遣ってくれてありがとな」
ついていく、と言いかけたのだろう。俺は藤也の申し出を先手で断った。
そりゃ、誰かが手伝ってくれた方が見付かりやすいとはわかっていたが、南波と藤也の相性やこれまで藤也に掛けてきた面倒のことを考えればこれ以上甘えることは出来なかった。
そんな俺の言葉に対しなにも言わず、それでもなにか言いたそうなじっと目でこちらを見上げてくる藤也。怒ってるわけではなさそうだが、この目に見られるとなんだか胸の奥まで見透かされてるようで落ち着かなくなる。
いたたまれなくなった末、「じゃあ、ありがとな」とだけ藤也に告げ、俺はそのまま逃げるように応接室を後にした。
「……」
「なあなあ藤也なんか面白いことしろよー、あ、藤也の顔おもしれー!」
「…………」
「なんか見飽きてきたなあ、全部同じに見えてくんだよ。な、つーか藤也これどっち派?」
「黒髪」
「お前、また黒髪かよ! お前本当黒髪好きだよな~。つかお前髪しか見てないだろ乳見ろよ乳……あでっ!」
「……下品、やめろ」
場所は変わって館内、応接室。
花鶏に言われた通りそのまま大人しく洋館へと戻ってきた俺たちを迎えたのはいつも以上に騒がしい笑い声だった。
応接室のテーブルの上、なにやら雑誌を広げて盛り上がっているようだが……ちょっと待て。なんでまだ人のエロ本みてんだよ、嫌がらせか。
「おい、お前ら……っ! 何勝手に人の部屋から持ち出して……ッ!」
「あれ、準一じゃ~ん! 帰ってくんの遅いって、なあなあ聞いてくれよ~」
慌てて二人の間に割り入って読むのを止めようとした矢先だった。
「だから黙れって言ってんだろ」と、立ち上がろうとしていた幸喜のフードを思いっきり引っ張る藤也。ぎゅっと首元が締まり、潰れたカエルみたいな声が幸喜の口から漏れる。
「んぎゅ! って、おい藤也お前なに慌ててんだよ、黒髪の可愛い子がきて緊張してんのか~?」
「……お前のそういうとこ、本当にムカつく」
「お、おい……喧嘩すんなよ……っ!」
せめてその本を閉じてからやってくれ。
どこかで見た流れに嫌な予感がし、慌てて仲裁に入ったがどうやらそれがまずかったらしい。
「……こいつが勝手に」
「やだなー俺たち仲良しなんだから喧嘩するわけねーじゃん! なー藤也!」
「一緒にしないで」
「あはははっ! お~よちよち、反抗期藤也君はかわいいでちねえ!」
「……殺す」
いつもに増して機嫌が悪い藤也と、いつもに増して笑い声がうるさい幸喜。
常日頃から両極端な双子だと思っていたが、まさかここまでとは。
仲良くしろよ、ということも出来ずどう止めればいいのか頭を抱えていたときだった。
一頻り笑って満足したようだ、「そーいや準一」と幸喜がこちらを振り返る。
「仲吉とかいうやつは? 一緒じゃねえの?」
「……はぐれた」
「はぐれた! また迷子になったのかよ準一! 本当おっちょこちょいだよな~」
「言っておくけど、俺が迷子になったわけじゃないからな」
「花鶏さんが連れ戻してくるってよ」と続ければ、そんな俺の言葉から何かを察したようだ。
「なんかあったの」とこちらに近付いてくる藤也。俺はどう答えるべきか迷った。
奈都と花鶏のことを説明するにはまず俺達がやろうとしていたことの説明をしなくてらならない。
「……なんかっていうか、まあ色々な」
幸喜はさておき、心配してくれているであろう藤也には説明した方がいいだろう。
幸喜にまで話す必要があるのかわからないが、変に藤也と二人きりになろうとして絡まれても厄介だ。
俺は藤也と幸喜、二人にまとめて一連の流れを説明することにした。
「へえ、奈都がなぁ。てかまたあいつなんだ、奈都も毎回毎回懲りねーなあ」
「毎回?」
「俺たちの中でも一番外に未練があんのはあいつだからな~、いい加減諦めたら楽になれるってのに」
他人事のように笑う幸喜に、なんだか俺は聞いてはいけないような話を聞いた気になっていた。
確かに、奈都と比べるとこの双子や南波などは外に出ようとする素振りすらも見せない。寧ろここで暮らしを満喫してるようではあった。
「んで仲吉は奈都のところいっちゃったわけか。そりゃ寂しいなあ、せっかく遊ぼうと思ったのに奈都に横取りされちゃうなんてなあ!」
「んじゃ、一人ぼっちの準一君は俺が相手してやるか」と抱きついてくる幸喜にぎょっとする。
「いらねぇよ」と慌てて離れようとしたが、相変わらずその力は強い。
ってか、しつこい。いつもも鬱陶しさはあるが、今日はその倍はある。
「遠慮すんなって~」と言いながら顔を寄せ、あろうことか接吻してこようとする幸喜にぎょっとするも束の間、甘ったるいアルコールの匂いにはっとする。
……アルコール?
「ちょ、待て、幸喜お前……っ」
んーと唇を尖らせキスを迫ってくる幸喜の首根っこを掴み引き剥がした俺は、ふと応接室にあるテーブルの下に目を向ける。そしてその足元に転がる複数の空瓶を見つけ、はっとした。
あれは、確か南波が仲吉に頼んで持たせてきた甘酒の瓶だ。なんでこんなところにあるのかという些細な疑問の答えはすぐに出る。
「お前、まさかあれ飲んだのか……?」
そう、恐る恐るテーブル下の空き瓶を指差せば幸喜は満面の笑みを浮かべてくれる。
「ああ? ああ、それだろ? なんかすっげえどろどろしたジュース! うまかったよ!」
「お前、あれはジュースじゃなくて……いや、ジュースなのか……?」
「って、テメェそれ俺のじゃねえか!!」
先程まで大人しいと思いきや、南波が勢いよく飛んできた。自分の楽しみにとっておいた仲吉からの土産を飲み荒らされたことにようやく気付いたようだ。
「えー、南波さんの? でも名前書いてなかったしな~、あ、でもちゃんとまだたくさん残ってるから!」
「っざけんな、テメェ……ッ!」
「ってことでこれ南波さん用~」
そう、言うな否や甘酒の瓶ごと南波の顔面に投げつける幸喜に思わず目を瞑った。
クリーンヒット。
ゴッ、と。鈍い音がした。
なにを思ったのか南波の顔面にその瓶を投げ付けた幸喜は見事南波の鼻柱に命中させ、そし南波はそのままひっくり返った。
次の瞬間。
「ってんめぇええ!」
「な、南波さん……」
耳を劈くほどの怒声とともに南波は起き上がった。
鼻から血を噴き出し、顔の下半分を真っ赤に染めた南波は見るからに大丈夫そうではない。大事だ。
このままではまずい。主に南波が。
今にも噛みつく勢いの南波を慌てて止めようとしたときだった、いきなり幸喜に「そうだ、準一」と呼び止められる。
なんなんだ、今度は。と振り返ろうとしたすぐ目の前にある二つの目にぎょっとした次の瞬間、幸喜の細い指に顎を捉えられた。
「え」
「な゛」
俺と南波の声がハモったのとほぼ同時だった。
思いっきり幸喜に唇を塞がれたと思った次の瞬間、思わず開きかけていたその口に流し込まれる甘ったるい甘酒にぎょっとする。
「ん゛ん゛うッ!!」
どろりとした舌触りにぎょっとし、咄嗟に幸喜を押し退けようとするがこいつ、相変わらず力だけは強い。顎の骨が砕けるのではないかという力で顔を固定されたまま、幸喜は「ん~~」と舌で更に俺の口の中へと甘酒を流し込んでくるのだ。
なすすべなどなかった。
流し込まれるがまま喉の奥へと甘酒を流し込まれ、喉がごくりと甘酒を更に胃の奥へと落とす。
そして俺の口が空になったのを確認してようやく幸喜は俺から口を離した。
「ほら、お裾分け」
「美味かった?」と幸喜は笑った。
俺は唖然としていた。というか、言葉も出なかった。
「っ、お、まえ……」
「テメェこのクソガキ……ッ!! なにしてんだ!!」
「なにって、言っただろ? お裾分けって。ほら、俺って優しいから!」
「なにがお裾分けだ、準一さんから離れろこのホモ野郎……ッ」
「何言ってんの、南波さんだってこの前準一さんとキスしてたじゃん。しかもベロ挿れるやつ」
「ぐ……ッ!!」
どうやら幸喜の一言で余計なことまで思い出させてしまったようだ。見る見るうちに青褪めていく南波にこの流れはまずいと察知する。
というか、そもそも南波も南波だ。男嫌いなのに何故こうも負けん気が強いのだ。このままではまた間違いなく返り討ちに遭い幸喜の玩具にされるだろう、……それだけは避けなければ。
「な、南波さん、俺のことはいいんで……」
もっと自分を大切にしてください、と南波のリードを止めようと引っ張ろうとするが、手のひらに力が入らない。
まさか甘酒の酔いが回ったのか。そんな馬鹿な。
酒が弱すぎる南波の影響で変な先入観があったからか。
この際理由はどうでもいい、南波を止めなければ。
「ぜってぇ殺す! 死ね! 百万回死に晒せ! てめぇだけは許さねえ、待てや糞餓鬼!!」
「なになに鬼ごっこ? いいよいいよ、捕まえれるもんなら捕まえろよこのノロマー! あはははっ!」
そう、笑いながら幸喜はドタバタと応接室から出ていく。それを「待てやコラァッ!」とかチンピラみたいな怒声を上げながら南波は追い掛けていくのだ。
慌てて「南波さんっ!」と呼び止めようとするが――遅かった。
南波が駆け出した瞬間、ろくな握力が入らないその手からするりとリードが抜け落ちる。
あ、やべ。と思ったときにはもう遅い。
凄まじい速さで応接室から飛び出す南波を引き止めることもできないまま、気付けば一人応接室に取り残されていた。
「南波さん、南波さんっ! 待っ、……ッうぅ」
――このままではまずい。
花鶏との約束を思い出し、慌てて追いかけようとした瞬間、視界がぐにゃりと歪む。
頭の奥に白いモヤのようなものが広がっていく、そんな感覚には覚えがあった。
立ちくらみ、なんて言葉が頭を過る。
このままではまた花鶏にどやされる。それだけは避けなければ。そう、壁伝いに扉から出ようとしたときだった。力が抜けそうになり、ぐらりと傾むく体を伸びてきた腕に支えられた。
霞む視界の中、顔をあげればそこには見慣れた顔があった。
「準一さん」
「とうや……」
「……酒臭いよ、準一さん」
「わ、悪い」
そう、藤也は俺の体を引っ張ってソファーへと座らせる。追いかけなければと思うが、思いの外メンタルに影響を受けているようだ。
俺を座らせた藤也はそのまま俺を見下ろし「どうしたの」と静かに口を開いた。
「……なんか、頭がおかしい」
「元からじゃないの」
「…………」
「冗談」
……冗談には聞こえなかったが。
ショック受ける余裕もなく項垂れる俺に、藤也は「まさか酔ってるの?」と目を細めた。
「……たぶん」
「酒、得意じゃねえんだよ」と続ければ、「確かに、弱そう」と藤也は頷いた。
生きてるときは嗜むくらいなら多少は平気だった。悪酔いするまで呑まなければ、だが。
それでも甘酒一杯で度数の強い酒呑んだときみたいな感覚になるなんて。
けれど、今はここでのんびりしてる場合ではない。
悪い、と藤也にもう一度断ってソファーから立ち上がろうとしたとき、「なにしてんの」と藤也に止められた。
「……南波さん、探さねえと」
「放っとけば」
「駄目だ、花鶏さんに怒られる」
藤也の腕から離れ、再び応接室から出ようと歩いていく。が、足元が覚束ない。再びずるりと傾く体を藤也に掴まれた。
「足、ふらついてる」
「……地面がぐらぐらする」
「少し休んだら、酔っぱらい」
「ぐ……」
今度は藤也に半ば強制的にソファーに転がされた。
何故寝かされたのかよくわからなかったが、体勢的にはこちらの方が楽だ。
頭の中で、今すぐ南波を探しに行きたい俺と、このまま酒でもたもたしてたら見付かるものも見付からないのではないかと考える俺が葛藤する。
けれど、藤也にぽんぽんと赤子かなにかのように腹部を叩かれると不覚ながらも心地よくなってくるのだ。
「と、藤也……」
「なに?」
「それ、やめてくれないか」
「それって、これ?」
心臓の音に合わせるように体を軽く叩かれ、こくりと頷き返す。顔が熱くなってくる。そんな俺に、藤也は「嫌だった?」と小首を傾げる。
「い、嫌とかじゃなくて……なんか、子供扱いされてるみたいで……」
「似たようなものでしょ」
ばっさりと切られた。いくら藤也が見た目よりも年上だとしてもだ、明らかに自分よりも年下の少年にあやされる図というものは心にくるものがある。
「それに、目を瞑れば関係ない。……余計なこと考えてないで」
「……お前な」
「早く」
「わ、わかった……わかったから」
何故藤也に押されてるのか、俺は。
けれど、藤也なりに俺のことを考えてくれてるのだと思うと無碍にすることはできなかった。
言われるがまま、ソファーの上で横這いになった俺は目を瞑る。暗闇の中、頭の上から藤也の声が聞こえてきた。
「準一さん、眉間に皺寄ってる」
「これはもう癖みたいなものだ」
「ふーん」とさして興味なさげに呟きながら、藤也は俺の眉間に触れてきた。そのままむに、と眉間の間を揉まれ、つい目を開けば思いの外覗き込んでくる藤也の顔が近いところにあって息が止まりそうになる。
「……っ、藤也、お前もしかして酔ってるのか?」
「準一さんと一緒にしないで」
「い、いや……でも、変だぞ」
「それは準一さんの方」
そうなのか?……そんな風に言われたら自信がなくなってきた。
俺からぱっと手を離した藤也は、そのままソファーの足元に座り込むのだ。
「それに、大体飲んだのは幸喜だし」
「ああ……だからあんなにべろべろになってたのか」
「あいつのあれはいつものやつ。そもそも、甘酒で酔っ払うなんて馬鹿そんなにいるわけないでしょ」
ぐさ、と藤也の鋭い一言が胸に突き刺さった。
ぐうの音も出ない。
「それに、あいつは酒は好きじゃないから」
「俺も」と小さく付け足す藤也。
だったら何故勝手に呑んだのだと思ったが、双子からしてみればジュース感覚だったということだろうか。なんとなく深く聞かない方がいい気がして「そうか」とだけ答えた。
「じゃあ、なんか好きなものとかあるのか?」
なんとなく気になり、体を起こそうとすれば藤也はこちらを見ていた。
「別にない」
「ないのか?」
「……別に、おかしなことじゃないだろ」
「まあ、人それぞれだしな」
「というか、そんなこと聞いてどうすんの」
まさか逆にそんなことを聞かれるとは思っていなかっただけに言葉に詰まる。
「……今度、仲吉に土産持ってきてもらうとき頼むとか?」
「なんでそうなるの」
「な、なんか羨ましそうに見えたから……?」
「なんで疑問系なわけ」
やはり、藤也は気難しい。けれど、こうして藤也と会話が続くだけでももしかして進歩なのかもしれない。そんなこと考えてると、「その顔、ムカつく」と鼻柱をぎゅっとされる。痛くはないが、つい反射で「あで!」と悲鳴が漏れた。
「準一さんのくせに生意気」
「ま、まだなんにも言ってないだろ……っ!」
「……まだ」
「あ……」
なんてやり取りしてる内にすっかり件の目眩は収まっていた。
藤也も藤也で別に本気で気を害したわけではないらしくあっさりと俺の鼻から手を離した。心なしか鼻が高くなった気がする。
立ち上がろうとすれば、藤也はこちらを見上げてくる。
「もう大丈夫?」
「ああ、お陰様でな。……ありがとな」
「もう少し休んだら」
「いや、もう大丈夫だ。……それに、花鶏さんたちが戻ってきたら面倒だしな」
正直、こちらが本音だった。
また南波まで巻き込んで公開初回みたいな真似をされては堪ったものではない。
「だったら、俺も」
「……いいよ、一人で。気、遣ってくれてありがとな」
ついていく、と言いかけたのだろう。俺は藤也の申し出を先手で断った。
そりゃ、誰かが手伝ってくれた方が見付かりやすいとはわかっていたが、南波と藤也の相性やこれまで藤也に掛けてきた面倒のことを考えればこれ以上甘えることは出来なかった。
そんな俺の言葉に対しなにも言わず、それでもなにか言いたそうなじっと目でこちらを見上げてくる藤也。怒ってるわけではなさそうだが、この目に見られるとなんだか胸の奥まで見透かされてるようで落ち着かなくなる。
いたたまれなくなった末、「じゃあ、ありがとな」とだけ藤也に告げ、俺はそのまま逃げるように応接室を後にした。
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