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I will guide you one person
07
しおりを挟む場所は変わって屋敷外、樹海にて。
「花鶏さんたちには内緒ですよ」と、珍しく率先して先頭を歩く奈都。
「りょうかーい」と言いながら楽しげにその後ろを付いていく仲吉。
「いちいち言わねえよ」と俺の更に後ろから文句を言ってくる南波。
よく考えると、異様なメンツだ。
「因みに、その内緒ってのは藤也たちにもか?」
「藤也君はいいですけど、幸喜君の方は言わない方がいいですよ。歩くスピーカーのようなものですから」
「……まあ、そうだな」
愚問だったな、と自分でも思う。
それにしてもやはり奈都は藤也のことは信頼してるようだ。まあ俺もあの二人のどちらを信頼するかと問われれば迷わず藤也を選ぶしな。
というわけで、俺たちは結界の張られているあの場所まで奈都の案内の元向かっていた。
瞬間移動しようと思えばできるが、それだと生身の仲吉がついてこれなくなるし、万が一またあの結界に挟まれるようなことになどなりたくない。
「なんか遠足みたいでわくわくすんな」
「お前は遠足時に斧持っていくのかよ」
「んー、じゃああれだ、校内の草むしり?」
「……まあ、それならあるかもしれないな」
なんてぶんぶん斧振り回しながら歩く仲吉を止めさせたりしつつ、他愛のない会話を交えながらもその遠路を歩いていると、ふと奈都が「ふふっ」と噴き出した。
――奈都が笑った。
「……な、俺なんか変なこと言ったか?」
「いえ、本当にお二人は仲がいいんだなと思って……不快にさせてしまったのならすみません」
「仲いいって……」
「僕、準一さんと仲吉さんみたいな関係の人って周りにいなかったから……少し羨ましいなと思ったんです」
……もしかしてこれは、あまり踏み込まない方がいい話題なのかもしれない。
奈都の地雷がどこにあるか分からない分、「そうだったのか」となんとも曖昧な相槌を打つことしかできなかった。
「だよな、普通なかなかいねーもん。ここまで付き合ってくれるやつって」
なんて思った矢先、空気も読まずにそんなこっ恥ずかしいこと言い出す仲吉にぎょっとする。
「俺も、準一と出会えなかったらすげー退屈だったと思うよ」
「おま……お前はもう黙って前見て歩けよ……っ」
「わかったわかった、怒んなって」
本当に分かってんのか、こいつ。
仲吉を先に行かせ、俺は奈都に目を向けた。奈都はなんとなく寂しそうだったが、一応笑ってくれてるみたいだ。すごく分かりにくくはあるが。
怒らせなくてよかった、とほっとすら反面なんとなく気まずさを覚える。
そしてそんなやり取りをしている間にどうやら目的地にたどり着くことができたようだ。
「ここですよ」と立ち止まる奈都の奥、確かにそれは存在していた。
太さのある、青空へと伸びる樹木。そこにはいつか見覚えのある木彫りに加え、不自然に巻かれた縄などのいかにもな装飾も施されていた。
相変わらず異様な空気だと思う。それとも前回の体験から恐怖心が植え付けられてしまってるのだろうか、目の前の大木を見上げながらそんなことを考えた。
その樹を見上げ、「やべ、精霊宿ってそう」なんてまた意味のよくわからないコメントを述べる仲吉。そのまま俺はその手に握られた斧に目を向けた。
片手で振り回せるサイズの小振りの手斧だ。それは鈍器や薄い扉をぶっ壊す程度には手頃な大きさだが、今回の相手は樹齢三桁あるんじゃないかと思うほどの大木だ。
少しずつ削っていくとしても、かなりの体力と時間を消耗することは目に見えていた。
だから俺は、さっそくやる気満々になって素振りしている仲吉を見過ごすわけにはいかなかった。……いやちょっと待て、なんの素振りだ。南波さんに刺さってるからやめろ。
「つーか、これ絶対無理だって。花鶏さんたちにも手伝ってもらった方がいいんじゃねえの」
「僕たちが近付けないんですから死人何人集めたところで一緒ですよ」
奈都はあくまで冷静に返すのだ。柔らかく穏やかな口調とは裏腹にどこか冷たく感じたが、もっともだと思った。
「けど」他に方法があるかもしれない、そう言いかける俺に奈都は「それに」と言葉を遮るように畳み掛けた。
そして、先程と変わらない柔らかい口調で続ける。
「花鶏さんは無理でしょうね」
「……無理だって?」
「ええ、だって、」
「この結界に触るなと言い付けてますからね、奈都君たちには」
一瞬、先程から煩わしいくらい響いていた虫の鳴き声がピタリと止んだような気がした。
あくまでも自然に入り込んできたそのおっとりとした甘い声に、全員が一点に目を向ける。
大木のその手前。まるで最初からいたかのように佇むその和装の男はにこりと柔和な笑みを浮かべた。
「おや、皆様いかがなされましたか? そんな鉛玉食らった鳩のような顔をして」
神出鬼没とはまさにこの男のことだろう。
固まる俺達を前に、花鶏はそうなんでもないように微笑んで見せる。
というか、例えが物騒すぎることについてはさておきだ。
――何故、花鶏がここにいる。
一瞬にして凍りつく空気の中、乾いた風が頬を撫でていく。そんな沈黙の中、口を開いたのは仲吉だった。
「すっげ、あとりんさん幽霊みたい。なんでここが分かったんですか?」
夏にも関わらず冷たい空気の中、場違いなほど明るい仲吉の声が響き渡る。
目をキラキラと輝かせ、花鶏の元へと駆け寄る仲吉に思わず「あっ」と思ったのも束の間。犬のように駆け寄る仲吉に花鶏はふふっと微笑むのだ。
「そうでしょう。……この樹海で私に分からないことなどないに等しいですからね」
どこまでが本気でどこまでが冗談なのか、俺にはその真意が分からなかった。そんな花鶏の言葉を額面通りに受け取っては「すげー!」と目を輝かせるのは仲吉だけだ。
俺も奈都も、一ミリ足りとも笑うことなどできなかった。
「それにしても、こんな物騒なものを持ち出して……もし仲吉さんの身に何かがあったらどうするおつもりですか?」
そして、いつの間にかに仲吉から斧を奪った花鶏はそれを片手に悲しげに眉尻を下げる。そのままゆっくりと俺の隣にいた奈都に目を向けるのだ。
「花鶏さん……」
「奈都、また貴方でしたか」
「……ッ、」
「何やらまたこそこそしているとは思っていましたが、まだ諦めていなかったのですね」
「そ、それは……」
「おまけに仲吉さんまで巻き込むとは……。貴方はもう少し賢い方だと思っていたので悲しいです。ええ、……貴方のためにも結界に近付くなと何度も注意したはずですがお忘れですか?」
花鶏の言葉はまるで子供を叱りつけるような優しいものだったが、それでもなんだろうか。有無を言わせぬ圧のようなものを花鶏から感じずにはいられなかった。
ですが、と奈都は何かを言いかけるが、その先を口にすることはなかった。
「――奈都君、あなたも聞き分けのない方ですね」
「……っ」
奈都が言葉を飲む。
この空気はまずいのではないか、けれど俺に何が言えるのか。そんなときだった、奈都の影が動いた。
そのまま奈都はその場から駆け出したのだ。
「あっ、おい! 奈都……ッ!」
大丈夫だろうかと思った矢先、仲吉はそのまま立ち去った奈都を追い掛ける。
――追い掛ける?
「ちょっ、待っ……勝手に行くなって!」
草むらを掻き分け、奈都を追い掛けようとする仲吉を慌てて止めようするが一歩遅かった。
仲吉の後ろ姿が樹木に埋もれ、やがてその声すら聞こえなくなる。
慌てて追い掛けようと一歩踏み出せば、リードがピンと張り、背後からは「ぐえっ!」と気管が潰れたような声が聞こえた。どうやら南波の首を絞めてしまったようだ。
「あ、す、すみません……っ!」
慌てて立ち止まり、振り返ればそこには花鶏が立っていた。静かに俺――ではなく、咽せ返る南波を見下ろしていた。
「南波、貴方もなぜ注意しなかったんですか」
「げほッ! ……うっせーな、お前だって見てたんなら最初の時点で自分で注意すればいいだろ」
「おや他力本願ですか。感心しませんね」
「お前にだけは言われたくねえ」
「まったく……相変わらずの減らず口ですね」
「お前もな」
花鶏と南波の間に見えないはずの火花がバチバチと飛び散っているように見えたのは気のせいではないだろう。
花鶏も怒っているというよりは、なんだか奈都のことを心配しているように見えた。
気付けば奈都も仲吉も見失ったあとで、どうしたものかと右往左往していた俺に気づいたようだ。花鶏はゆっくりとこちらを振り返る。
「準一さん、申し訳ございません。貴方も仲吉さんも巻き込んでしまって」
「いえ、俺はいいんですけど……その、さっきの話、どうしてここに近付いてはいけないんですか?」
結界のことは知っていたが、だからとはいえ基本放任主義な花鶏がこうしてここまで追いかけてくる理由が気になったのだ。
そして花鶏もそんなことを聞かれると思っていなかったのだろう。少しだけきょとんと、それからいつもの柔和な笑顔を浮かべる。
「おや、貴方にはまだきちんと伝えていませんでしたか……なに、簡単なことですよ。ここの結界は私たちの体にとって決していいものではありません。そして、それは近付くだけでも同じです」
「こんな下らないもので身を滅ぼすのも馬鹿らしいでしょう?」と花鶏は手を重ねる。
“下らないもの”という言い方には引っかかった。あの花鶏がそんな棘のある言い方をする理由がわからなかったから尚更。
「昔、なにかあって結界が張られたって聞いたんですが」
「ああ、幸喜に聞いたのですか」
「……はい」
「そうですよ。百年前この山には伝説の化け物が住んでおり町に住む人々を食い荒らしてましてね、村人たちが一致団結して化け物をこの一体に封印したとかでその封印の結界がこれなんです」
「ば、化け物?」
突然ファンタジーな話をされ狼狽える俺を一瞥し、花鶏はふっと表情を緩めた。
そして、「と、まあ冗談はここまでにしておいて」と手を叩くのだ。
「そろそろ私達も場所を変えましょうか。なにせここは空気が悪いですからね、なにが起こるかわかりません」
「なにか起こるって……」
「私が起こします」
もう俺にはこの男の真意がなにも分からない。そこまでしてなにかを煙に巻こうとしてるようにしか思えなくて、それでも悪意があるようには感じないのだ。
ただの茶目っ気だと信じたい気持ちがそう思わせるのか。
「奈都君と仲吉さんには私の方から話しておきます。なので、準一さんは“それ”を連れて先に戻っておいてください」
「てめえ、それってなんのこと言ってんだよ! ああ?!」
「……それに」
吠える南波を無視し、花鶏は軽く顎を持ち上げて空を見上げる。ただでさえ木々に覆われ、影を濃くした空は更に濁ったような色になっていた。
「それに、雨が降りそうですしね」
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