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人の心も二週間
未定
しおりを挟む部屋を出て、職員室に向かうために校舎の方へと移動しようとしていたときだった。
――学生寮、ロビー。
「仙道?」
掛けられた、その聞き覚えのある声に全身が凍り付く。
ねっとりと絡み付くようなその特徴ある声は、確か。
「ち…ちーちゃん」
なんという間の悪さだろうか。降りてきて早々今会いたくないナンバーワンちーちゃんに出会ってしまうとは。
「仙道、貴方また千夏から逃げましたね?お陰で今朝から叩き起こされて貴方を探し……って」
早速始まった小言から逃げるようにユッキーの背後に隠れるも、遅かった。俺の額のガーゼに気付いたユッキーの表情が確かに強張る。
「仙道」
やばい、と思いユッキーの袖を引っ張れば、ユッキーも悟ってくれたようだ。
「悪いけど」
と、俺とちーちゃんの間に仲裁に入るユッキー。
「こいつは今俺が預かってるから、副委員長にも言っといてよ。副会長さん」
「…」
よく言ったユッキー、でかしたぞユッキー。ちょっとちーちゃんの顔が一瞬まじで怖かったけど助かったぞユッキー。
しかし、それも束の間。
「ご安心下さい、先輩。僕は無理やり連れて行くなんて千夏みたいな野蛮な真似はしない主義ですから」
早速調子を取り戻したらしいちーちゃんはにこりと微笑む。
親衛隊連中が見ていたら貧血起こしそうな笑顔だったが、それも一瞬で消えた。
「ですが」と、伸びてきたちーちゃんの手に手首を掴まれる。
そしてそのまま俺はユッキーの影から強引に引き摺り出されてしまう。
「友人として、何があったのかくらいは聞いても構わないでしょう」
伸びてきた細い指先がガーゼに触れた。
そっと撫でてくるちーちゃんに、「ちーちゃん」とその名前を呼べば露骨にちーちゃんは悲しそうな表情を作ってみせるのだ。
「ただでさえ顔しか取り柄がないというのにああ、嘆かわしいですね」
「いっ、た…。も、ちーちゃん、心配しなくていいから別に」
「俺のせいだよ」
そう口を挟んできたのはユッキーだ。
何を言い出すんだとやつを振り返ればまじで凹んでるユッキーがいた。
「ユッキー」
「俺が、ちゃんと…」
「なるほど、先輩が仙道のアイデンティティをぶち壊したと。虫も殺さぬような顔してなかなかやりますね」
「ちょっと、ちーちゃん止めてよ。つか、ユッキーも紛らわしいこと言わなくていいから」
俺は、ユッキーが悪いとは思ってないし責める気もならない。
全部は俺の行動の結果だ。よーへい君を助けることも出来たし、確かに無傷のままでとはいかなかったけれど、それでもその代償だと思えば、仕方ないと思う。そう思うことでしか今は、納得しようがない。
周囲に変な空気が流れ始めたそのときだった。
「副会長」
噂をすればなんとやら。昨日ぶりのその声に振り返れば、そこには。
「よーへい君」
「お前は」
俺の隣、反応するユッキー。
そんな俺達を一瞥し、よーへい君はそのままちーちゃんに歩み寄った。
「…先生が探してるみたいだけど」
「そうですか、放っておいて構いませんよ。後で可愛がるので」
「…………」
「分かりましたよ、行けばいいんでしょう」
肩を竦め、ちーちゃんは俺に向き直った。
「仙道、また後で」
ということは、また後でちーちゃんに詰られなければならないのだろうか。
言うだけ言って、ちーちゃんはその場を立ち去った。
心配してくれてるのだろうが、こういう時のちーちゃんは少し、面倒くさい。
今に始まったことではないが、昔から、ちーちゃんは喧嘩で怪我するといつも以上にネチネチになるのだ。だからだろう、ちーちゃんが誰かに暴力振るうのも見たことない。殴られてるのは日常茶飯事だが。
ともあれ。
「よーへい君、ありがとう」
ちーちゃんに絡まれているところに助け舟を出してくれたよーへい君に向き直れば、よーへい君はさっと目を逸らす。
「…俺はこれくらいしか出来ないから」
そうぽつりと呟くよーへい君。その表情はいつも以上に暗い。
「それより」と、不意によーへい君の視線が額に向けられる。
「……昨日は、ごめん。…………ありがとう」
「いーよ、別に。よーへい君だよね、ユッキー呼んできたの」
「……」
「ありがと」
「俺は何もしてない」
いつも笑顔とは無縁って感じだったが、今日は特に辛気臭いというか元気がないというか。
そんなよーへい君だからか、余計こっちは弱ってるところ見せたくないっていうか、なんというか。
「そっか」とだけ返せば、ふとよーへい君は何かを思い出したようだ。
「……あと、これ」
そういって制服から取り出し、こちらへ渡してきたのは俺の携帯だ。
「これ…どうしたの?」
「先生から預かった。…昨日渡しそびれたからって」
「ん、ありがとー」
何気なく端末を確認すればたくさんの電話やらメッセージやらで埋め尽くされている。
その中にマコちゃんの名前を見付け少しだけ動揺してしまったが、なんであれ、職員室にいく手間が省けた。
「仙道、ならもういいのか」
「そういうことになるけど…」
「なら、部屋に戻るぞ」
「え、もう?」
「用は済んだんだろ。今はあまり出歩かない方がいい」
まあ、こう言うだろうなっていうのは想像ついた。
「…んー、わかった」
ここは一応素直に従っておこう。
「じゃ、よーへい君またね」
こくりと頷き返してくるよーへい君に手を振り、別れを告げた俺はそのまま学生寮へと引き返す。
というわけで、またユッキーの部屋に引きずり戻された俺。
携帯は手元に戻ってきたものの、やっぱりすぐにマコちゃんに掛け直すことは出来なかった。
もうちょっとだけ、もうちょっとだけ待ってからにしよう。でも今直ぐ掛け直したいし、けど、本調子ではないと悟られるのがなにより怖かった。
「仙道、腹減っただろ?すぐ用意するから待ってろ」
一人携帯と睨み合っていると、突然ユッキーがそんなことを言い出した。
「は?ユッキー作るの?」
「なんだよ、文句あるのか?」
「いや、ないけどー…出来んの?」
ユッキーとは短くない付き合いではあるが、料理している姿なんて見たことない。
「こういうのは見様見真似で結構何とかなんだよ」
不安だ。限りなく不安だ。
けれど、やる気満々になっているユッキーを止めるのも悪い。
「座って待ってろ」
しかし、どんなものが出来るのかも見てみたい。
「わかった」とだけ応え、俺はソファーの背もたれに凭れた。
手に取った携帯の履歴を開ければなっちゃんからの恐ろしいほどの着信に頭が痛くなった。
怒ってるだろうな、絶対怒られるだろうな。思いながら、俺はマコちゃんの名前に触れる。
一息おいて、発信。数回のコールの末、マコちゃんは電話に出た。
「…もしもし、マコちゃん?」
『……京か?』
聞こえてきた、マコちゃんの声に全身が緊張した。酷く懐かしく感じるのはいつも聞いていた声だからか。
「うん、俺。ごめんねえ?電話出れなくて。携帯落としちゃってさ、今拾ったとこ」
『…そうか、特に何があったというわけではないんだな?』
「うん、何もないよ」
『本当に?』
とにかく、平常を装うとしたのが裏目に出てしまったのかもしれない。鋭いマコちゃんの指摘に一瞬何も考えれなくなってしまう。
「…そうだって言ってんじゃん」
ようやく出てきた言葉は、少しだけ語気が強くなってしまった。
『…そうか、分かった』
だけど、マコちゃんはそれ以上しつこく聞いてくるような真似はしなかった。
いつもだったら落とさないよう気をつけろだとかねちねち言ってくるくせに、なんでだ、なんで今日に限って。
優しいその声に、つい勘繰ってしまう。
そんな自分が余計嫌になってどうしようもなくなっていると、
『京』
名前を呼ばれた。
「何?」
『お前に電話した理由なんだけどな、来週の日曜のことなんだが…』
来週の日曜。その単語に、胸の奥が一斉にざわつき始める。
そして、
『悪い、急用が入って無理になった』
「……は?」
『念のためもう一度検査しないといけないみたいでな』
申し訳なさそうなマコちゃんの声。その言葉を理解した瞬間、全身の緊張が緩む。
たった今、マコちゃんに断りを入れようとしていた俺にとっては『助かった、マコちゃんの方から断ってくれてよかった』というのが本音なのだが。
「…そっかぁ、なら、仕方ないよね」
『悪いな、京。今度またその埋め合わせをするから』
「うん、楽しみにしてるねえ。たくさん検査して早く元気になってよ」
『……あぁ』
通話を終え、暫く携帯を眺めていた。
マコちゃん、怪我の具合よくないのかな。本当は見舞いに行った方がいいのだろう、けれど、余計心配させるわけにもいかない。けど、会いたい。
怪我の治りは元々早い方だし、もう少し、せめてガーゼが外せるようになったら行こう。そう、決意した矢先だった。
「仙道ー、出来たぞー」
どこからともなく漂ってくる焦げた臭いに早速食欲減退を覚えながら、俺はユッキーの待つテーブルへと向かう。
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