尻軽男は愛されたい

田原摩耶

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噛ませ犬

06

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 校舎の影になっているそこは常にじっとりと肌にまとわりつくような湿った空気が流れている 
 ここを通る人間はよっぽどの物好きか、人気のないところを探しているやつぐらいしかいないと言われるほどだ。
 因みに俺は後者だ。人気のない場所というのはそれだけで魅力があり、実際俺は結構な頻度で校舎裏でお世話になっていた。

 歩けば歩くほど周りの影は濃くなっていく。見たところ此花の姿は見当たらない。
 どこまで行ってんだよ、と辺りを見渡しながら歩いていたときだった。
 
「……ああ、わかった。わかったって」

 不意に、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
 低めの声、けれどなんだか先程電話越しに聞いたときよりも圧がないというか、どこか優しさすらあるその声に立ち止まる。

「今日すぐには無理だから、明日でいいだろ? ちゃんと渡すから。
 ――我が儘言うなよ、公太郎」

 ――公太郎って、多治見のことか。
 思いながら声のする方を覗けば、見つけた。

 校舎の壁に凭れかかり、なにやらスマホ片手に通話中だった此花だったが覗き込んでいた俺に気付いたようだ。
 やつは慌てて通話を中断させる。なんだ、別に切らなくてもいいのに、と思いながら俺は「どうも」と此花に声をかけた。

「やっと見つけた、此花先輩。探したじゃないすか」

 そう歩み寄れば、此花は俺の腕に鞄があるのを見て一先ずほっとしたような顔をする。 

「あー……お前が木江? だっけか。……遅かったじゃねえか。ちゃんと持ってきたんだろうな」
「もちろん、此花先輩に言われたんで」
「そうかそうか。ならいいんだ、じゃあ早速それをこっちに渡せよ」

 別に労りのお言葉なんてものを期待していなかったが、こいつ俺のことを配達員かなにかと思ってんなってのは分かった。
 ……ま、いいや。俺もおあいこだし。

「はい、これっすよね」と手にしていた鞄をそのまま此花に手渡せば、「おお、これだこれ」と此花は飛びつけ勢いでそれをひったくっていく。
 そして、俺から見えないように中身を確認した此花。その顔色が喜色からどんどん不安そうなものになっていくのを見て俺は思わず笑みが零れ落ちそうになった。

「……あのさ、中身……」
「ん? 中身がどうしたんですか?」
「お前、触ってないよな」
「ええ、先輩に言われたんでなんもしてませんけど」
「……っ、そうか」

 そう言って地面に座って鞄の中を漁る此花。
 おー、焦ってる焦ってる。
 鞄の中には伏見とかいうやつの財布しか入ってない。此花の目的らしい件のポーチは俺の上着のポケットにそのまま突っ込んであるし。
 そして恐らく今、此花は頭をフル回転させてあのポーチをどこに落としたのかを考えてるはずだ。分かりやすすぎてかわいい。

「せーんぱい、なにか探してるんですか?」

 手伝いましょうか、と、此花と向き合うように座り込めば、此花と自然に目があった。その目にはありありと焦燥感が滲んでいる。
 本当に、虐めたくなる目だ。

「もしかして、先輩が探しているのって……これだったりします?」

 そう、上着のポケットに忍び込ませていたポーチを取り出した。フリルにたっぷりのそのポーチをふりふりと此花の目の前に翳した瞬間、此花の顔から血の気が引いていくのを見て吹き出しそうになった。
 思った通りだ、最高にいい反応だ。
 
 予想通りの反応をしてくれる此花にご満悦気分のまま、俺は此花がなにか仕掛けてくる前にそのポーチを上着に戻した。
 瞬間、案の定胸ぐらを掴まれる。

「……お前、勝手に見たのかよ」

 掠れた声。物凄い力で引っ張られるとともに、此花の顔が目先に迫る。
 流石不良、迫力はある。迫力はあるが、正直その反応は逆効果でもあった。
 あ、なんかこの距離ってキスできそう。なんて、意外と柔らかそうな此花の唇を見詰めたとき。

「おい、なんか言……」

 え、と形が変わるその唇にそのまま背筋を伸ばしてかぷりと噛み付けば、「い゛」と此花の顔が引きつった。
 けど、このまま離す気もなかった。そのまま此花の後頭部に両腕を回し、しがみつくように唇を更に深く押し付ける。

「っ、ふ……っ」

 予想通り、此花の唇は柔らかかった。伸ばした舌で上唇をくすぐった瞬間、腕の中でびく、と此花の体が緊張してくるのが伝わった。
 せっかくだ、このままお使い代ももらうか。
 この面でキスに慣れていないのか、それとも不意打ちに弱いのか。どちらにせよ悪くはない。

 胸ぐらを掴まれたまま、そのまま舌でも絡めてやろうかと顔を寄せた時。
 拳を握り締めた此花に、横っ面をおもくそ殴られた。
 こいつ、俺の自慢の顔を。
 此花に殴られ、バランスを崩した俺はそのままその場に尻餅をつく。拍子に口の中が切れてしまったのだろう。甘い鉄の味がじんわりと口の中に溜まっていく。

「いって、ぇ……」
「っ、テメェ……何、して……ッイカれてんのか!」

 立ち上がった此花は早速罵倒してくれる。
 あーあ、真っ赤になっちゃって。かわいー。

「酷いなぁ……キスくらいで殴んなくてもいいじゃないですか……っと、あぶね」

 殴りの次は蹴りが跳んできて、咄嗟に体を逸して避けたがまじで容赦がねえ。凶暴すぎんだろ。堪んねえな、興奮する。

 口の中に溜まった血と唾液の塊を吐き出し、よろよろと立ち上がる俺に向かって此花は更に詰め寄ってきた。
 
「知るか、殺されたくねえならさっさと渡せ」
「渡せって、なにをですか?」
「ふざけてんのか……っ、クソ!」

 冗談は通じないらしい。俺の手首を捕まえたまま、此花は問答無用で俺の上着のポケットの中に手を突っ込んではまさぐってくる。

「クソッ、手間かけさせやがって……」
「きゃー誰かー此花先輩に襲われるー」
「うるせえ! でけえ声出すんじゃねえ!」

 言いながら、あっさりとポーチを此花に取り上げられてしまう。
「先輩のえっち~」と乱れ、肩からずり落ちそうににっていた上着を直せば、びきりと此花の額に青筋が浮かんだ。すげー効きやすいじゃん。

「テメェ……っ」

 目的のポーチを取り戻して安堵したようだ。今度はこちらに目を向けてくる此花にぞくりと背筋が震えた。
 やっぱり、このまま手放したくない。

「よくも人を馬鹿にしやがったな」
「だったらなんですか? もしかして俺、今からめちゃくちゃにされます?」
「ああそうだよ、二度と人前に出れねえ顔にしてやる」
「それは困るな~。俺、この顔ケッコー気に入ってるんで」

 それは本当。でも、此花にボコられんの想像して若干カウパー出たのは内緒。

 けれど、どうせならばこのまま殴られてボロ雑巾のように捨てられることよりももっと楽しいことをして遊びたい。
 そう思うのは道理のはずだ。どこの道理かはしらねーけど。

 っつーわけで。

「えーい」

 こうなったときの先手必勝法。野郎の弱点は俺がよく知ってる。大股開いた此花の股間を蹴り上げた瞬間、声にならない此花の断末魔が校舎裏へと響き渡った。

「が、ぉ゛ご……っ!!」

 此花の全身が跳ね、そのまま此花の巨体は地面の上に落ちる。地面の上這いずり藻掻く此花を見る限り力加減を誤ってしまったようだ。
 怒りであれほど真っ赤になってた顔が今度は紫陽花のように真っ青になってる。額に脂汗を滲ませ、金魚のように口をパクパクと開閉させる此花を見下ろしたまま俺はそのまま此花の顔面を蹴りあげた。

「て、め゛……っ、ぶっ殺す……ッ」
「ごめんなさい、先輩。俺、本当に先輩のことは嫌いじゃないんですよ。寧ろ好き寄りだし」
「っ、ぅ゛」

 乱れた前髪を掴み、此花の顔を上げさせる。
 蹴った拍子に血管が切れたのか、鼻からたらりと赤い血が垂れてくるのを見て胸の奥が熱くなった。

「でも先輩も俺のこと殴ったし……っつーわけで、これでおあいこってことで」

 ちゅ、と赤くなった鼻先に唇を押し付ける。そのまま伸ばした舌で鼻血を舐め取れば、男前の顔が更に男前になってるではないか。口ん中、鉄臭。

「ふ、ざけ……っ、ん、な」
「ふざけてないですよ、ほら、泣かないでください」

 金的が余程辛かったのだろう、目尻に溜まった涙もついでに舐める。そして、落ちていたポーチを拾い上げた俺はそのまま柔らかく此花の下半身に爪先を潜り込ませた。
 恐怖で縮こまったそこをふみふみと踏みつければ、此花の全身が面白いくらいに震える。

 可哀想ではあるが、ここでしっかりと主導権を取る必要があった。

 顔を逸らそうとする此花の前髪を掻き上げるように指を絡め、そしてそのまま強引にこちらを向かせる。

「先輩、伏見保行って知ってますか?」

 俺は、此花が所有していた例の財布の持ち主の名前を口にする。
 瞬間、此花が驚いた顔をしたのを見逃さなかった。それも一瞬。

「……誰が……言うかよ」

 低く唸るように吐き捨てる此花。どうやら完全に嫌われてしまったようだ。
 ぷい、と顔を逸らす此花に、俺は髪を引っ張って再び無理矢理自分の方へと向けた。意地でも俺に従いたくないらしい、此花はそのまま目を瞑る。

 反抗的な態度。悪くはないけど、この場合の正解としては間違っている。
 ならばこちらも期待に答えてやるのが礼儀というものだ。そのまま此花の下腹部に乗せていた右足に体重を掛けた瞬間、電気が走ったかのように此花の体がびくんと跳ねた。

「っ、ゃ、めろ、……っ、テメェ……」
「ビクビク震えちゃって、かわいーですね、先輩。……それって誘ってます?」
「っ、んなわけ、ね――」

 ねえだろ、と言おうとしたのだろうか。まだ立場を理解していない此花に、俺は更に体重をかける。靴裏の、制服越しにやけに柔らかいものが潰れていく感触に俺までゾクゾクした。
 青褪めてまま、目を見開いた此花は「待てっ」と声を震わせた。あー、すげえ情けねえ声。たまんねえ。

「待てじゃないでしょ、先輩」
「……っ、ま、ってくれ……」
「あーあ、泣いちゃった。泣かせるつもりはなかったんすけど」
「泣いて、ね……っ」

 まあどっちでもいいや、とそのまま此花の胸に手を伸ばす。制服のシャツ越しに膨らんだ胸筋を鷲掴みにすれば、此花の顔が引きつった。

「っ、な、に」
「ところで先輩、先輩って胸でかいっすね」
「は」
「知ってます? 乳首って何千もの神経繋がってるんですよ、だから気持ちよくなれるらしいんですけど……」
「なに、言って」

 んだよ、と此花が言い終わる前に、そのままシャツの上からやつの乳首を思いっきり抓った瞬間、指の中、そして靴裏で此花の体が硬くなるのを感じた。

「その分、痛くもなるんですって。知ってましたか?」
「っ、て、めぇ……ッ」

 おお、思ったよりも胸が柔らかい。なんて感動してる場合ではない。油断したら本気でぶっ殺され兼ねない。
 けど、揉まれてるときは意識しなかったがこれ、結構楽しいかもしんねえ。
 指の腹でそこを潰したまま、「言う気になりましたか?」と此花に再度尋ねる。それでも言おうとしないので、今度は乳首と股間に両方に負荷をかけてやれば「んぅ」と此花は呻くのだ。

「……はー……っ、先輩もなかなか強情ですね。別に、教えてくれるだけで良いってのに」
「っ、じゃあ、それを返せ」
「それ? ……ああ、もしかしてこのポーチですか? もしかして、よっぽど大切なものなんですか?」
「……っ、なんで、お前なんかに」
「言ってくださいよ。……言って、ね、先輩」

 そうそのまま此花の上に伸しかかろうとすれば、観念したように此花が声をあげた。

「……っ、だ……」
「だ?」
「ッ、母親が、作ってくれたんだよ……っ! 悪いかよ!」

「………………………………」

 あ、やべ。
 ……なんか、別の部分がきゅんってきた。
 虐めすぎたせいか、「もういいだろっ」と半ばやけくそに吠える此花の声が震えてるのを聞いて、なんかこっちが恥ずかしくなってきた。

「……わかりましたよ。教えてくれたらちゃんと返しますから」
「……ぶん殴らせろ」
「それは嫌です」

 せっかく盛り上がってたのに、すっかり萎えてしまった。
 ……親出すのはずるくないか?
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