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噛ませ犬
04
しおりを挟む此花が俺の教室まで来るってことは、やっぱりあれだよな。と、床の上に放り投げていたポーチに目を向ける。
それか、もしかしたらただ俺の財布を届けに来ただけなのかもしれない。だとしたら好きになっちゃうな。
あーあ、学校行っときゃよかったかな。
なんて思いながら俺はそのまま相馬に電話を折り返すことにした。相馬のやつはすぐに出た。
通話が繋がったと思いきや、『おわ!』という相馬の声が聞こえてくる。
『木江すげー。今俺もちょうど電話しようと思ったところなんだよな』
「まじ? 奇遇じゃん。てか電話出れなくて悪いな。なに?」
『あ、そうそう忘れてた。木江、今日休んだだろ? もしかして昨日のことでショック受けたのかなって思って慰めてやろうと思ったんだけど』
『その必要なさそうだな』こいつは煽ってんのか?それとも喧嘩売ってんのか?
せっかく忘れてやって気分スッキリした状態で話してやってんのに、自ら人の触れられたくねえ部分に突っ込んでくるこいつに思わず携帯を投げそうになるのを堪えた。
俺はクールだからな。そうそう、落ち着け。
「慰めるなら愛斗慰めてやれよ、あいつの方が俺よか弱いからな。ああ見えて」
『古賀? あいつはいいだろ。昨日なんてなあ、すごかったんだぜ。途中でテンション上がって……あっ、まあいいや。この話はまた今度な!』
この野郎、あいつがテンション上がるときなんてあるわけねーだろ。とぴくつくコメカミを抑えながら、俺は「で、慰めるためだけに電話したってわけ?」と相馬に聞き返した。
『あ、違う違う。他にも用があったんだよ』
ならそっちを先に言えよ。
そう苛つきそうになったときだ、不意に相馬の音声にガサガサと雑音が走った。
――そして。
『あーもしもし、木江大地?』
ふと、端末越しに聞き慣れない男の声が聞こえてきた。
低めで少しがさついた男の声だ。
――此花清音。
ふと、脳裏に可憐な名前には似つかないあの男の名前が浮かぶ。
念の為、「誰?」と聞き返せば『ああ、悪い。名乗ってなかったな』と男は続ける。
『三年の此花ってんだけど……あー、昨日さ、多分街中で会ったんだけど、俺たち』
『覚えてるか?』とこちらを探るように続ける此花。
まさかこのタイミングでどうこうしてやろうか考えてていた張本人から連絡かかってくるなんて。どうしようか、と考え俺は取り敢えず適当に「あ、もしかして此花先輩ですか?知ってます、それに先輩有名なので」と声のトーンを上げて返事をした。
『は……はは、そりゃどーも。……てか、それよか話変わんだけど。なあ、あのとき俺のバッグ持っていかなかったか?』
「へ? 先輩の鞄ですか?」
間違いなく此花の言っているのはこれのことだろう。床に転がっていた鞄を拾い上げ、俺はそう戸惑った感じで答えておく。
「え、俺、自分のしか持ってないですよ」
『お前、鞄にさ……ゴム、箱ごと入れてるだろ』
此花は、ゴムというところだけ声を小さくした。ああ、確かに入れてたな。じゃあ純真でピュアな可愛い後輩ムーヴは使えねえか。
「あれ、なんで先輩が知ってるです?」
『だからな、ほら、入れ替わってんだよ。昨日、ぶつかったとき』
「うわ、まじか。じゃあここにあるのがもしかして先輩の……」
『ちょっと待て!!』
うお、びっくりした。ぜってー今ので鼓膜二、三枚逝った。
「どうしたんすか、先輩」
『いや、そうだな。……あー一旦バッグはそのままにしといてくれ、中身もそのままだ。いいな』
焦りすぎて声裏返ってんじゃねえか。必死すぎ、と思わず笑ってしまいそうになるのを堪え、俺は「わかりました」と応えた。
すると電話越しにあからさまに此花がホッとしてるのが伝わってくる。
『……なあ木江、お前いまどこにいるんだ?』
「俺っすか?まあ、家ですけど」
『なら、今すぐ学校まで来いよ。何分ぐらいかかる?』
うわ、まじかよ。最悪。めんどくせー。
と言う気持ちは声に出さないように、「今からでしたら、三十分くらいはかかるかと……」と壁の時計を眺めながら応えた。
『……わかった。お前が来るまで待ってるからな、すぐこいよ』
お前が来いよと言ってやりたかったが、ここは我慢しておいた方がいいだろう。
それに、まあ此花とは早かれ遅かれ一度は改めて会っときたかったし、丁度いいっちゃいいのか?
「了解っす」と応えてそのまま通話を切ろうとしたときだ。
『ああ、そうだ!』
鼓膜五枚目、逝った。
「……どうしたんですか?」
『絶対、俺の鞄勝手に開けんなよ』
言いたいことだけ言って此花は通話を終了させた。
薄々分かっていたことだが、此花はアホなのかもしれない。それでは見てくださいと言ってるようなものだ。
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