尻軽男は愛されたい

田原摩耶

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平凡男

06

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 最寄りのスーパーに踏み入れれば、丁度会社帰りの会社員たちで賑わっていてた。
 俺と同じ制服姿である日生は買い物かごを腕にぶら下げたままそこによく溶け込んでいる。こうしてみると主夫だ。
 タイムセール商品を限定数分かごに放り込んでいる日生をやや離れたところから見ていると、俺の視線に気付いたらしい。日生は「飲み物、買わないんですか」と聞いてきた。どっか行けということらしい。

「あ、そーだった」
「……」
「じゃ、またあとで」

 また来るつもりか、と言いたげな目線を向けてくる日生。本当に素直なやつだ。
 俺は一度日生と別れ、店内を徘徊していた。買い出しという買い出しはコンビニで済ませてきた俺にとってなかなか新鮮な空気だがそれもすぐに終わる。お気に入りのジュースも置いてねえしなんだかすぐ飽きてきて俺は再び日生を探した。
 今度は調味料コーナーで日生を見つけた。

「……先輩、買わなかったんですか?」
「んー、なんか飲みたいのなかったし。ついでだし日生君の主夫してるところ見ようかって」
「先輩って、もしかして暇なんですか?」

 ぐさりと日生の言葉が突き刺さる。素直なのはいい事だ、けど今の俺には優しさが足りない。

「……そーだよ、暇なんだよ」

 暇じゃなかったらこんなところいねえよ、と喉元まで出かかったが堪えた。そんなこと言ったら日生にスーパーから追い出され兼ねないからだ。
 暫くこちらを見ていた日生だったが、「そうすか」と興味なさそうに視線を逸した。

「……別にいいですけど、別に面白いことなんてないですよ」
「そ? 十分日生君面白いから全然楽しいよ」
「……」

 日生はなにも言わずに歩き出す。
 童貞のくせに扱い方が難しいやつだ。俺はその後ろをついていく。
 確かに日生の言うとおり、抱腹絶倒の珍事件なども起こることはなかった。それでも、こっそり俺の好きな菓子をかごに放り込む度に目敏くそれを見つけた日生に戻されたりそんな攻防戦を繰り広げてるとあっという間だった。

 それから日生の買い物が終わる。
 クソ混んでるレジを見てうんざりした俺は「じゃ、俺外で待ってるね」と日生を置いて店外へと出た。
 外は先程よりも人通りが多くなっている。肌寒い気温の中、入口横のベンチに腰を降ろした俺は携帯端末を取り出した。
 岸本から着信が一件。折り返すのも面倒だったので見なかったフリしてポケットに端末をしまった。
 それから暫くもしないうちに買い物袋を手にした日生が現れた。

「本当に待ってたんですか?」
「そりゃ約束したしね」
「別に、このあと俺普通に帰るだけですけど」
「それでもいいんだよ」
「それに、いくら秋だからって外はもう冬並みですよ。中で待ってたらいいじゃないですか。冷えますよ」

 呆れたような視線を向けてくる日生。
 正直、驚いた。俺の身体が冷えようが暖まろうが日生にはなんも関係ないことだ。

「日生君っていいパパになりそうだね」
「……それはどうも」
「でも、ほら俺体温高い方だし」

 そう空いてる方の日生の手を握る。薄く、骨っぽい指先。皮膚と皮膚が触れ合うと日生はぎょっとする。逃げようとするその指を捉えるように更に絡めた。

「だから、大丈夫だよ」

 すり、と指の谷間を撫で、そう固まる日生に笑いかけたときだった。日生に手を振り払われた。
 このリアクションは想定内。
 思わず笑ってしまいそうになったとき。

「なんか温かいもの買ってきます。なにが良いですか?」
「……は?」

 飲み物って、お前。
 ……ドン引きしねえのかよ。

「あー……や、なんでもいいけど……?」
「そこで待っててください。すぐ戻ってくるんで」

 俺の隣に買い物をどさりと置き、日生はそのままベンチ前から移動する。
 ……なんだろうか、あの男は。もう少し照れるなり嫌がるなり反応してくれるかと思っていただけに拍子抜けする。
 暫くもしないうちに日生は戻ってきた。

「どうぞ」

 そう手渡されたのはホカホカのお汁粉缶だ。

「早くない?」
「寒いときは大体これだと思ったんですけど、苦手ですか?」
「いや、好きだけど……」

 もしかして結構なかなかの天然ではないだろうか、こいつ。七緒と付き合えるくらいなのだからどこかしら振り切れてるとは思ったが、予想外のところから来られて反応に困った。
 ……まあ温かいしタダだしいいか。

「日生君ってさあ、結構変わってるよね」
「……それ、やっぱ返してもらっていいですか?」
「え、うそうそジョーダン」

 なんてやり取りしながら俺はお汁粉缶を開けた。想像していたものとは違ったが、まあいいや。
 白い息を吐きつつお汁粉をちびちびと流し込んでいると、日生はベンチに置いたままにしていた買い物袋を持ち上げる。

「じゃあ、俺はこれで失礼します」

 そうぺこりと頭を下げる日生はすたすたと立ち去っていく。まさか俺にお汁粉缶を与えたのは逃げる隙を作るためではないのだろうか。そう思えるほどの手際の良さだった。
 慌てて中の小豆を流し込み、日生を追いかけようとしたとき携帯端末がぶるぶると震えだす。そこには『古賀愛斗』と見慣れた名前が表示された。
 思わず手に持っていた缶を落としそうになった。
 なんだよ今更あいつは。どうせ女の子たちと仲良くやってんだろ。クソ、こうして連絡寄越せば俺がすぐに喜んで飛びつくと思ってやがる。思いながらも、俺は渋々電話に出る。

「もしもし?」

 なるべく不機嫌そうに出てみるが、聞こえてくるのがガサガサというノイズと遠くに聞こえる男女の笑い声。そして。

『あ、もしもしー大地ー? おい聞けよ、今さあ古賀がミユちゃんにキスしようとしてんだよ!これ浮気じゃね? まじ信じらんねえ、お前さっさと別れた方がいいぞ』
「………………………………………………」

 聞こえてきたのは相馬の笑い声だ。
 誰だよミユって。色々言いたいことはあるが、咄嗟に言葉が出なかった。

『おいてめえなに勝手に人の携帯触ってんだ!』

 呆れて絶句していると、端末から愛斗の怒鳴り声とともに更にノイズが走る。

『うわ、気付いたし』
『おい誰に電話してんだよ、これ。通話中になってっけど』
『んなの古賀の愛しの木江に決まってんじゃん』
『はあ?』

 はあ?じゃねえよ、と怒鳴り返してやろうかとした矢先だった。そのままぶつりと通話を切られた。

「……………………」

 思わず携帯を床に叩きつけそうになるのを寸でのところで堪え、深く息を吐いた。そうだ、俺は心は広いからな。けどぜってえ次あったらぶん殴る。泣かせる。ごめんなさいって泣かせてやる。

 再び俺はベンチに深く腰を落とした。手元に残ったお汁粉をぐいっと飲み干す。今はこの小豆くらいだ、俺に優しいのは。
 日生もいなくなったスーパー前、俺は空になった缶をダストボックスに放り込んだ。そしてそのままその場を後にした。
 愛斗への怒りは収まるどころか沸々と込み上げてくるばかりだった。
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