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CASE.08『デート・オア・デッド』

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「え、ええと……その、紅音君の様子がおかしくなったのは……その、俺が襲われてるのを見て、助けてくれようとしてこら……」
「襲われたというのは?」
「しぇ、シェイムレスさん……という方に」

 まるで二者面談を受けているような息苦しさ。いや、実際にそうなのだろう。普段の兄さんではなく、代表取締役の男が目の前にいる。

「それで?」

 思わず兄の反応を窺っていると、先を促される。慌てて俯き、俺は言葉を探る。

「紅音君が暴走しそうになった時、ノクシャスさんが駆けつけてくれて……それから無雲さんも……」
「そこに青マスクが現れた、と言っていたな」
「は、はい」

 つい敬語になってしまう。立場上間違えてはいないのだが、まるで知らない人と話してるみたいで酷く緊張した。
 兄がノクシャスたちからどこまで聞いてるのか、少しでも隠そうとすれば兄はきっと怒るだろう。そんな気だけは確かにした。

 幼い頃から兄に怒られたことはなかった。間違ったことをしてしまってやんわりと嗜められることは何度もあったが、ここまで突き放されるようなこともなかったので酷く不安になってくる。
 ちらりと兄の様子を窺っていると、ふと目が合った。それだけで少し体が硬くなる。

「その間、シェイムレスは姿を消している。恐らく連中に連れて行かれたんだろうという話だ」
「え……」
「あちら側へ回収されたのはレッド・イルだけではない。それに、無雲の能力が効かなかった青マスク。この男については目星が付いている」
「それって……」
「ヒーロー協会所属のヒーローだ」

「あの時ナハトを向かわせて正解だったな」と兄はあくまで淡々とした口調で続ける。
 紅音だけではなく、シェイムレスさんも。いやでももしシェイムレスさんがここに残ってたら多分兄どころかノクシャスさんにやり返されてたかもしれないので、捕まってないと聞いて少しほっとした自分もいた。
 けど、それがヒーロー協会側に連れて行かれたとなると話は別だ。
 というか、この段取りの良さ。もしかして。

「……っ、兄さん、もしかして……知って……」
「無雲から連絡は受けていた。……が、遅すぎた。俺の耳に連絡が届いた時は既に事が起こった後だ」
「ご、ごめんなさい、俺が紅音君を止めていれば……」
「良平」

 強い口調で名前を呼ばれ、肩が強張る。
 顔を上げようとしたとき、兄に肩を掴まれた。大きな手のひらから兄の熱が流れ込んでくるようだった。

「俺が言っているのはそういう意味ではない。……分かっているか?」
「……勝手に出かけてすみませんでした」
「良平」
「は、はい……」
「襲われたときの怪我は平気か」

 先ほどより幾分か兄の声が柔らかくなった、気がする。
 優しく肩を撫でられ、ほんの少し全身の緊張が緩んだ。

「ん……モルグさんに治してもらった、ので」
「俺がこうして問い詰めなければ黙っていたつもりか?」
「ごめんなさい、兄さんに余計な心配かけたくなくて……」
「お前の悪いところだ、そこは。……無雲から連絡を受け取った時、心臓が停まるかと思った」
「兄さん……」
「ナハトだって、俺もあいつと同じ気持ちだ。もしあの場にナハトが遅れたらどうなっていたと思う? それを考えたか」
「ご、ごめんなさい……兄さん……」

 今目の前にいるのは先ほどまでの上司の男ではなく、兄だった。
 そのまま兄の腕の中に閉じ込められ、肩や背中を優しく撫でられる。俺の肩口に顔を埋めた兄はそのまま深く呼吸をする。

「……本当に、無茶な真似はしないでくれ。俺は、お前に何かがあったら……」
「ごめんなさい、兄さん」
「……」

 ドク、ドク、と兄の鼓動を皮膚で、全身で感じる。まるで小さい頃に戻ったようだ。小さい頃は兄の腕に抱き抱えられるのが好きで、兄が帰ってくる度に何度も抱っこをせがんだことを思い出す。
 けれど、今の抱擁は当時のそれとは違う。

「に、にいさん……」
「どこを怪我した?」
「え?」
「まだ隠していないか、俺に」
「か、隠して……なんか……」

 心当たりは、あった。
 隠したつもりではない。……言う必要はないと思って詳細には伝えなかった事が、いくつか。
 顔を上げればた兄にじっと見つめられ、そのまま頬を撫でられる。

「良平、こっちを見なさい」
「に、兄さん……」
「お前は何か悪いことをした自覚があるとき、やましい事がある時決まって目を合わせない。普段はあんなにニコニコと見つめてくるにもかかわらずだ。……俺が言いたい事、分かるか?」
「ぅ……」

 もしかして、ノクシャスさん言ったのか。兄に。
 ……いや、報告すべき内容だと思うしノクシャスさんの判断は正しいが、これは。
 まるで悪戯が見つかってしまった子供のような気分になりながら、それでも俺は兄の目を直視する事ができなかった。

「良平」
「……っ、ぁ……」
「別に怒ってるわけじゃない。……隠すな、と言ってるんだ。……怖い目に遭ったなら尚更だ、良平」
「う……」
「……怖かっただろ」

 来ていたスーツの上着に兄の指がかかる。そのまま肩を撫でるようにスーツを脱がされ、思わず兄を見た。

「兄さん、あの……っ」
「どこを打った?」
「え、ええと……肩?」

 かな?とうろ覚えで答える。あの時はひっちゃかめっちゃかで多少乱暴に扱われてもそれどころではなかった。
 それに、モルグの手当ても完璧で痛みも残ってない。だからこそ思い当たらず適当に答えるしかなかったのに。

「そうか」と静かに口にした兄にそのままシャツのボタンまで外され、脱がされる。

「あ、あの、兄さん……っ?!」

 怪我がないか確認されてるのか、と思った矢先、露出した肩に兄に唇を押し付けられ、心臓が恐ろしく跳ね上がる。柔らかく、熱い唇を押し当てられた箇所は疼き出す。

「に、兄さん……なに……」
「他には?」
「え、あ、お、お腹……って、ちょ、ちょっと、兄さ……っ」

 ん、という声はくぐもって消えてしまう。大きくはだけられさせられたシャツの奥、俺の前に跪いた兄にそのまま腹部に顔を埋め、あろう事か臍の上にキスをするのだ。
 まるで幼い頃、転んで治癒されたあとも泣いていた俺を泣き止ますために患部にキスをしていた兄のように。平然と。
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