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CASE.08『デート・オア・デッド』
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途中道に迷いながらもなんとか戻ってきた広間、そこで檻の前に立つ紅音を見つけた。
紅音は俺の顔を見るなり「良平!」と駆け寄ってくる。
「お前……どこ行ってたんだよ、大丈夫か? 何かあったんじゃ……」
「ご、ごめんね。ちょっと色々あって……」
「色々?」
「大したことじゃないよ、なんとか逃げられたから……」
嘘は吐いてないはずだが、心なしか紅音の眼差しが痛い。それと、嘘を吐いている自分の心も。
「無理してないだろうな? お前、昔から変なところで強がるところあるだろ」
「そ、そんなことないよ。ほら、見て。ピンピンしてるよ」
「……」
「……トリッド?」
安心させるつもりで軽く動いてみれば、またあの顔だ。
なんとなく傷ついたような顔をしたままこちらをじっと見つめてくる紅音につい息を飲む。紅音は何かを言いかけた末、目を伏せる。
「……お前が元気ならいいけど、頼ってくれよ。いくら遊園地っつっても下手すりゃ何されるかわかんねえんだし」
「う、うん……ごめんね」
本気で心配してくれてるのが分かってる分、まさかしっかり襲われましたと言うわけにもいかない。この時間帯は俺は一応無事ではあるけども。
「ごめんね、紅音君」と恐る恐る裾を引っ張れば、紅音は被っていた帽子の鍔を掴んで更に目深に被る。
「もういいよ。……それより、残り三人だ」
檻の前までやってきた紅音は鉄の扉を軽く蹴る。檻の中には既に紅音が捉えた囚人たちがゴロゴロと転がっていた。全員意識がない状態のところを縛り上げられているようだ。
壁のタイマーではまだ残り十分ほどある。
「わ、すごい……! もうこんなに」
「残り三人、のはずなんだけどな」
「……どうしたの?」
「気配が急に消えたんだ。一人」
「え……」
まさか先程無雲が始末すると言っていた男のことを言ってるのかと思ったが、よく見たらしっかりと檻の中に転がされていた。
「そんなことって……」
「なくはない。そういう能力を持ってるやつもいりゃ、そういう効能の装備もあるくらいだ。けど、問題は突然消えたことだ。ゲーム開始時からじゃなくて……」
残り十分を切ってから姿を隠す意味。
このまま逃げ切るつもりなのか。囚人全員を捕らえなければならない俺たちにとって一人でも追跡不可能になるのは困る。
そして何より、この『ルール無用』のゲームにおいて姿が見えない敵というのは恐ろしい。……いやまあ、無雲さんもそうなるのだけど。一応彼は俺の味方だからノーカンのはずだ。どうやって警備を潜り抜けて着いてきたのかは不明ではあるけど。
「どうしたらいいんだろう」
「ルールは無用、だと言われていたからな。なにも手はないわけじゃない」
そう、紅音が自分の顔に手を翳す。瞬間、パチリと小さな電子音とともにその瞳の虹彩が変化するのを俺は見た。瞳孔が大きく開き、真っ赤な炎のように染まる。
表情豊かな紅音――ではなく、無機質なレッド・イルの顔だ。
「……っ、紅音君……!」
咄嗟に俺は紅音の腕を掴んだ。何事かとこちらを振り返った紅音の瞳には普段の光と感情の揺れが戻っていた。
「なんだよ、良平」
「無理しないで。別に、これはゲームなんだから……そこまで勝ちに拘らなくても……」
「無理してねえよ。それに、ゲームで勝ちに拘らなかったらどうすんだよ」
「く、紅音君……っ!」
彼が負けず嫌いなことは学生時代から知っているが、紅音が力を使う度になんとなく嫌な予感がするのだ。先程の様子のおかしい紅音を見ていたのもあって、余計に。
「問題ない」と紅音が声を上げたと同時に、紅音の体がビクンと跳ねた。伸びた背筋、そして壁しかない方向を見つめたまま紅音はまたあの無機質な目でじっと虚空を見ていた。
「……見つけた」
「紅音く……」
ん、と呼びかけるよりも先に物凄い速さでその場から駆け出していく紅音。そのままでは壁にぶち当たるのではないかと思ったが、紅音は人蹴りで壁ごと粉砕した!
「わあっ!」
「そっちは頼んだぞ、良平!」
「わ、わかった……!」
……って、聞こえてないし。
崩壊した壁の土煙の奥へと消えてしまった紅音。大丈夫だろうかと心配したが、きっと紅音ももしかしたら俺を待っていた時こんな気持ちだったのかもしれない。
信じたいけど、信じるけども。
「……変なところで強がりなのは、お互い様なんじゃないかな」
紅音が立ち去って暫くして、遠くから悲鳴が聞こえてきた。そして無言でぶち込まれる一人。
「紅音君、この人が姿が見えなかったっていう……?」
「いや、こいつじゃねえ。こいつはプンプン臭かったやつだ」
「んで、これも違う」そのまま流れで檻までやってきていた一人も捕らえる。
残り一人――そこで俺は改めて檻の中を見て、気付いた。
「さっきの男の子、いないね」
「男の子?」
「ほら、多分そっちの……転がってる方がお兄さんの」
子供もいたのかと驚いたのでよく印象に残っていた。
指摘すれば、紅音は「そうだったか?」と不思議そうな顔をした。
「え、覚えてないの?」
「いちいち人の顔は覚えねえよ。俺」
「そうだったの?」
紅音君、高校の時は人の顔とか名前とか覚えててすごいなと思ったのに……。
なんとなく小さな違和感を覚えたが、レッド・イルの後遺症なのかもしれないと思うと複雑ではあった。
「男の子がいたんだよ。このくらいの……」
「ふーん。でも、お前が言うんならそうなんだろうな」
「う、うん……」
寂しいような、複雑なような。なんだか自信がなくなってきたときだった。
奥の通路、先程紅音がぶち破った壁の奥に人影が動くのが見えた。
「く、くお……トリッド! う、後ろ!」
「え?」
「い、今そっちに……!」
「本当か?!」
そう指差した方向へと紅音が向かう。それに大幅に遅れつつ、俺も紅音の後を追いかけた。
が。
「……い、いない……?」
「いないな」
「あ、あれ……確かに今なにかが……」
「良平、お前のことは信じたいけど……俺のセンサーはなんも反応してないんだよな」
「う、そ、そんな……」
だったらやっぱり俺の見間違いなのか。
そう目を擦ったときだった。
紅音の奥、子供を見つける。あの男の子だ。壁の奥からこちらを見ては笑ってる。手招いて、こっちにこいよと挑発するみたいに。
「くおっ、トリッドン!」
「なんか色々混ざってるぞ良平!」
「ご、ごめん! あの、今後ろに!」
「何?!」
「絶対いたよ、笑顔でピースしてたって!」
「クソ、許せねえ……!」
うんうんと頷き、今度こそ見間違いではないはずだ、と向かった先。そこには行き止まりの通路があった。
そして、肝心の人影はどこにもない。
「…………」
「あ、あれ……?」
「良平……」
「ほ、本当に……いた、はずなんだ、けど」
一度ならず二度までも。
紅音を振り回してしまってなんの成果も得られなかった。その事実は重く俺にのしかかる。
「ごめん、トリッド……」
項垂れる俺に、紅音は真顔のまま近づいてくる。そして、伸びてきた手にばちんと背中を叩かれた。
「なあに気にしてんだよ。もしかしたらどっか抜け道使ってるのかもしれねーだろ、寧ろお前は目がよかったんだ。でかしたな、良平」
「……トリッド」
間違いなく、励まされてる。
しかも、励まさなければならない相手に。
情けなくてどんな顔をすればいいのか分からない。ありがとう、というのも変な気がした。
それ以上に悔しさが上回り、まるで挑発されてるような感覚に胸が熱くなる。
「……なんだ、良平。たかがゲームじゃなかったのか?」
「たかがゲームでも、君の足を引っ張りたくないんだ」
今までは最初から頼りっぱなしだった。勝つという選択肢をもぎ取るための努力も諦めていた。
けど、なんでだろう。自分がここまで熱くなれるということに驚いた。
「良平」と小さく呟き、紅音は笑う。
「よっしゃ、じゃあ頑張ろうぜ。……と言いたいところだけど、一旦檻の様子見た方が良さそうだな」
「……あ、そっか。もしかしたら戻ってきてる可能性もあるもんね」
急いで戻ろう、と顔を見合わせ俺たちはそのまま檻のある広間まで戻ろうとしたときだった。
通路の奥、突き当たり。先程通らなかったその通路に何かが転がってるのが見えた。
「……トレッド、あれ」
「……そこで待ってろ、良平」
うん、と答える暇もなく、紅音はその影に近づく。紅音の腕の中、そこには俺が先程見た男の子と似た背格好のなにかが抱かれていた。
「……っ、トリッド、その子……」
「……人形だ」
「え? ……人形?」
どういうことだと駆け寄り、息を呑む。姿形はあの子供にそっくりだというのに、腕や膝、関節部分が球体になってる。
そして、意志を持たぬ人形のようにくたりとしたたま動かない。
「トリッド、これって……」
「俺のセンサーが反応しねえわけだ……」
「し、死んでる……わけじゃないよね?」
震える声で尋ねれば、紅音は無言で「さあな」と呟いた。その表情は険しい。
「けど、問題は誰がどのタイミングでこんな真似しやがったのか……」
少なくとも、つい先程俺はこの少年が動いてるのを見た。ということは、と考えて背筋が凍りついた。
「……トリッド、檻に戻ろう」
「その方が良さそうだな」
そう少年を小脇に抱えた紅音と目を合わせ、俺たちは頷き合った。
それからすぐに檻のある広間まで戻ってきた時、俺が見たものは壁に表示される残り三分を報せるタイマーの数字と、それから。
「な、なんだこれ……」
空になった檻。扉はしっかりと閉じたまま。まるで手品かなにかを見てるかのように忽然と人が消えた。
俺たちはすぐに扉を開く。中には誰もいない。誰がこんな真似を。誰かが目を覚ましたのか。
「トリッド……」
「…………」
「トリッド?」
「……あ、ああ……」
流石に紅音も戸惑ってるらしい。
……いや、違う。この狼狽え方は。
「トリッド、他の人たちの気配は……?」
「わ……かんねえ」
「……わからない?」
「俺とお前以外、なんの気配も感じない」
見る見るうちに紅音君の横顔が曇っていく。怯えているような目。その額からは尋常ではないほどの冷や汗が滲んでるのを見て、多分おそらくとんでもないことが起きているのだと俺も分かった。
残り時間は二分、一分と経っていく。紅音は一歩も動けないまま、そして壁の数字はゼロになった。
俺たちはゲームに負けたのだ。
そして、勝者である囚人たちは姿を消した。それも、一体の人形だけを残して。
紅音は俺の顔を見るなり「良平!」と駆け寄ってくる。
「お前……どこ行ってたんだよ、大丈夫か? 何かあったんじゃ……」
「ご、ごめんね。ちょっと色々あって……」
「色々?」
「大したことじゃないよ、なんとか逃げられたから……」
嘘は吐いてないはずだが、心なしか紅音の眼差しが痛い。それと、嘘を吐いている自分の心も。
「無理してないだろうな? お前、昔から変なところで強がるところあるだろ」
「そ、そんなことないよ。ほら、見て。ピンピンしてるよ」
「……」
「……トリッド?」
安心させるつもりで軽く動いてみれば、またあの顔だ。
なんとなく傷ついたような顔をしたままこちらをじっと見つめてくる紅音につい息を飲む。紅音は何かを言いかけた末、目を伏せる。
「……お前が元気ならいいけど、頼ってくれよ。いくら遊園地っつっても下手すりゃ何されるかわかんねえんだし」
「う、うん……ごめんね」
本気で心配してくれてるのが分かってる分、まさかしっかり襲われましたと言うわけにもいかない。この時間帯は俺は一応無事ではあるけども。
「ごめんね、紅音君」と恐る恐る裾を引っ張れば、紅音は被っていた帽子の鍔を掴んで更に目深に被る。
「もういいよ。……それより、残り三人だ」
檻の前までやってきた紅音は鉄の扉を軽く蹴る。檻の中には既に紅音が捉えた囚人たちがゴロゴロと転がっていた。全員意識がない状態のところを縛り上げられているようだ。
壁のタイマーではまだ残り十分ほどある。
「わ、すごい……! もうこんなに」
「残り三人、のはずなんだけどな」
「……どうしたの?」
「気配が急に消えたんだ。一人」
「え……」
まさか先程無雲が始末すると言っていた男のことを言ってるのかと思ったが、よく見たらしっかりと檻の中に転がされていた。
「そんなことって……」
「なくはない。そういう能力を持ってるやつもいりゃ、そういう効能の装備もあるくらいだ。けど、問題は突然消えたことだ。ゲーム開始時からじゃなくて……」
残り十分を切ってから姿を隠す意味。
このまま逃げ切るつもりなのか。囚人全員を捕らえなければならない俺たちにとって一人でも追跡不可能になるのは困る。
そして何より、この『ルール無用』のゲームにおいて姿が見えない敵というのは恐ろしい。……いやまあ、無雲さんもそうなるのだけど。一応彼は俺の味方だからノーカンのはずだ。どうやって警備を潜り抜けて着いてきたのかは不明ではあるけど。
「どうしたらいいんだろう」
「ルールは無用、だと言われていたからな。なにも手はないわけじゃない」
そう、紅音が自分の顔に手を翳す。瞬間、パチリと小さな電子音とともにその瞳の虹彩が変化するのを俺は見た。瞳孔が大きく開き、真っ赤な炎のように染まる。
表情豊かな紅音――ではなく、無機質なレッド・イルの顔だ。
「……っ、紅音君……!」
咄嗟に俺は紅音の腕を掴んだ。何事かとこちらを振り返った紅音の瞳には普段の光と感情の揺れが戻っていた。
「なんだよ、良平」
「無理しないで。別に、これはゲームなんだから……そこまで勝ちに拘らなくても……」
「無理してねえよ。それに、ゲームで勝ちに拘らなかったらどうすんだよ」
「く、紅音君……っ!」
彼が負けず嫌いなことは学生時代から知っているが、紅音が力を使う度になんとなく嫌な予感がするのだ。先程の様子のおかしい紅音を見ていたのもあって、余計に。
「問題ない」と紅音が声を上げたと同時に、紅音の体がビクンと跳ねた。伸びた背筋、そして壁しかない方向を見つめたまま紅音はまたあの無機質な目でじっと虚空を見ていた。
「……見つけた」
「紅音く……」
ん、と呼びかけるよりも先に物凄い速さでその場から駆け出していく紅音。そのままでは壁にぶち当たるのではないかと思ったが、紅音は人蹴りで壁ごと粉砕した!
「わあっ!」
「そっちは頼んだぞ、良平!」
「わ、わかった……!」
……って、聞こえてないし。
崩壊した壁の土煙の奥へと消えてしまった紅音。大丈夫だろうかと心配したが、きっと紅音ももしかしたら俺を待っていた時こんな気持ちだったのかもしれない。
信じたいけど、信じるけども。
「……変なところで強がりなのは、お互い様なんじゃないかな」
紅音が立ち去って暫くして、遠くから悲鳴が聞こえてきた。そして無言でぶち込まれる一人。
「紅音君、この人が姿が見えなかったっていう……?」
「いや、こいつじゃねえ。こいつはプンプン臭かったやつだ」
「んで、これも違う」そのまま流れで檻までやってきていた一人も捕らえる。
残り一人――そこで俺は改めて檻の中を見て、気付いた。
「さっきの男の子、いないね」
「男の子?」
「ほら、多分そっちの……転がってる方がお兄さんの」
子供もいたのかと驚いたのでよく印象に残っていた。
指摘すれば、紅音は「そうだったか?」と不思議そうな顔をした。
「え、覚えてないの?」
「いちいち人の顔は覚えねえよ。俺」
「そうだったの?」
紅音君、高校の時は人の顔とか名前とか覚えててすごいなと思ったのに……。
なんとなく小さな違和感を覚えたが、レッド・イルの後遺症なのかもしれないと思うと複雑ではあった。
「男の子がいたんだよ。このくらいの……」
「ふーん。でも、お前が言うんならそうなんだろうな」
「う、うん……」
寂しいような、複雑なような。なんだか自信がなくなってきたときだった。
奥の通路、先程紅音がぶち破った壁の奥に人影が動くのが見えた。
「く、くお……トリッド! う、後ろ!」
「え?」
「い、今そっちに……!」
「本当か?!」
そう指差した方向へと紅音が向かう。それに大幅に遅れつつ、俺も紅音の後を追いかけた。
が。
「……い、いない……?」
「いないな」
「あ、あれ……確かに今なにかが……」
「良平、お前のことは信じたいけど……俺のセンサーはなんも反応してないんだよな」
「う、そ、そんな……」
だったらやっぱり俺の見間違いなのか。
そう目を擦ったときだった。
紅音の奥、子供を見つける。あの男の子だ。壁の奥からこちらを見ては笑ってる。手招いて、こっちにこいよと挑発するみたいに。
「くおっ、トリッドン!」
「なんか色々混ざってるぞ良平!」
「ご、ごめん! あの、今後ろに!」
「何?!」
「絶対いたよ、笑顔でピースしてたって!」
「クソ、許せねえ……!」
うんうんと頷き、今度こそ見間違いではないはずだ、と向かった先。そこには行き止まりの通路があった。
そして、肝心の人影はどこにもない。
「…………」
「あ、あれ……?」
「良平……」
「ほ、本当に……いた、はずなんだ、けど」
一度ならず二度までも。
紅音を振り回してしまってなんの成果も得られなかった。その事実は重く俺にのしかかる。
「ごめん、トリッド……」
項垂れる俺に、紅音は真顔のまま近づいてくる。そして、伸びてきた手にばちんと背中を叩かれた。
「なあに気にしてんだよ。もしかしたらどっか抜け道使ってるのかもしれねーだろ、寧ろお前は目がよかったんだ。でかしたな、良平」
「……トリッド」
間違いなく、励まされてる。
しかも、励まさなければならない相手に。
情けなくてどんな顔をすればいいのか分からない。ありがとう、というのも変な気がした。
それ以上に悔しさが上回り、まるで挑発されてるような感覚に胸が熱くなる。
「……なんだ、良平。たかがゲームじゃなかったのか?」
「たかがゲームでも、君の足を引っ張りたくないんだ」
今までは最初から頼りっぱなしだった。勝つという選択肢をもぎ取るための努力も諦めていた。
けど、なんでだろう。自分がここまで熱くなれるということに驚いた。
「良平」と小さく呟き、紅音は笑う。
「よっしゃ、じゃあ頑張ろうぜ。……と言いたいところだけど、一旦檻の様子見た方が良さそうだな」
「……あ、そっか。もしかしたら戻ってきてる可能性もあるもんね」
急いで戻ろう、と顔を見合わせ俺たちはそのまま檻のある広間まで戻ろうとしたときだった。
通路の奥、突き当たり。先程通らなかったその通路に何かが転がってるのが見えた。
「……トレッド、あれ」
「……そこで待ってろ、良平」
うん、と答える暇もなく、紅音はその影に近づく。紅音の腕の中、そこには俺が先程見た男の子と似た背格好のなにかが抱かれていた。
「……っ、トリッド、その子……」
「……人形だ」
「え? ……人形?」
どういうことだと駆け寄り、息を呑む。姿形はあの子供にそっくりだというのに、腕や膝、関節部分が球体になってる。
そして、意志を持たぬ人形のようにくたりとしたたま動かない。
「トリッド、これって……」
「俺のセンサーが反応しねえわけだ……」
「し、死んでる……わけじゃないよね?」
震える声で尋ねれば、紅音は無言で「さあな」と呟いた。その表情は険しい。
「けど、問題は誰がどのタイミングでこんな真似しやがったのか……」
少なくとも、つい先程俺はこの少年が動いてるのを見た。ということは、と考えて背筋が凍りついた。
「……トリッド、檻に戻ろう」
「その方が良さそうだな」
そう少年を小脇に抱えた紅音と目を合わせ、俺たちは頷き合った。
それからすぐに檻のある広間まで戻ってきた時、俺が見たものは壁に表示される残り三分を報せるタイマーの数字と、それから。
「な、なんだこれ……」
空になった檻。扉はしっかりと閉じたまま。まるで手品かなにかを見てるかのように忽然と人が消えた。
俺たちはすぐに扉を開く。中には誰もいない。誰がこんな真似を。誰かが目を覚ましたのか。
「トリッド……」
「…………」
「トリッド?」
「……あ、ああ……」
流石に紅音も戸惑ってるらしい。
……いや、違う。この狼狽え方は。
「トリッド、他の人たちの気配は……?」
「わ……かんねえ」
「……わからない?」
「俺とお前以外、なんの気配も感じない」
見る見るうちに紅音君の横顔が曇っていく。怯えているような目。その額からは尋常ではないほどの冷や汗が滲んでるのを見て、多分おそらくとんでもないことが起きているのだと俺も分かった。
残り時間は二分、一分と経っていく。紅音は一歩も動けないまま、そして壁の数字はゼロになった。
俺たちはゲームに負けたのだ。
そして、勝者である囚人たちは姿を消した。それも、一体の人形だけを残して。
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