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CASE.08『デート・オア・デッド』

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 施設内はなんとも不思議な造りになっていた。無数の箱の中にそれぞれアトラクションやゲームが用意してあり、それらを遊ぶことで次の箱へと移動できるような仕組みだ。
 射的ゲームにお化け屋敷ならぬゾンビハウス。囚人役のキャストとのリアルファイトがそのアトラクションに組み込まれていたときは流石に青褪めたが、全て難なく紅音がこなしてくれたお陰で詰むことはなかった。

「このアトラクション、失敗したりクリアできなかったらどうなるんだろう」
「さぁ? クリアできるまで閉じ込められるとか?」
「さ、流石にそれはないと思うけど……」

 アトラクションをクリアした俺達は再び四角い部屋の中に戻ってきていた。
 天井にはカメラが一つ、辺りにはキャストの看守アンドロイドが一人。そしてその横にはいくつかの扉が数枚。
 俺達の顔を見て、無機質なそのアンドロイドは扉を解錠する。

「多分だけど、成績によって開かれる扉が変わってくるんだろうな」
「あ……なるほど」
「それに、さっきから俺達誰一人とも会ってないのもさ。多分俺が成績良すぎて誰とも一緒にならねーんじゃねえかって」

 あまりにもさらっと紅音が言うものだから納得した。「確かに、紅音君さっきから絶好調だもんね」と笑いかければ、少しだけ紅音は気まずそうな顔をした。

「……今の、一応ジョークだったんだけどな」
「え? そ、そうなの?」
「……けど、ま、善家がそういうんだったらそうなのかな」

 実際紅音の腕前を知ってる分不思議ではなかった。
 そんなやり取りをしながら次の箱へと移動する。

 扉を開いた瞬間だった。その隙間から眩い真っ白な光が差し込み、思わず目を細める。

「わ、眩し……っ!」

 咄嗟に目元を覆い、目が慣れるのを待つ。そして視界に色が戻っていくのを確認し、紅音の方を振り返ったときだった。

「……っ、……」

 目を見開いたまま、紅音が硬直していた。一瞬なにかあったのだろうかと扉の先を覗くが、そこにはただ真っ白な空間が広がっていた。

「……紅音君? 大丈夫? すごい汗だけど……紅音君っ?」

 反応がないのが気になって、強めに紅音の肩を掴んで揺さぶる。そして再び「紅音君!」と大きめの声で呼び掛けた瞬間、息を吹き返したように紅音はびくりと反応した。

「……善家?」
「だ、大丈夫? なにかあったの?」
「え? ……ああ、そうか、ここ……」
「パニッシュメント・パークだよ、紅音君。……少し休む?」

 尋常ではない様子の紅音に嫌なものを感じ、俺はキャストさんがいないか部屋の奥を探す。が、姿が見当たらない。アンドロイドに声をかけようとして、紅音に腕を掴まれる。

「紅音君……?」
「……大丈夫だ」
「だ、大丈夫って……全然そう見えないよ、顔色も悪いし……」
「大丈夫だから、誰も呼ばなくて良い」

「大丈夫だから」と繰り返す紅音。腕を掴む紅音の手は力強く、端末を取り出すことも許されそうにない。
 胸の奥がざわつく。ノクシャスさんはどこからか見てくれているのだろうか、どうか気付いてくれと思いながら俺は「分かったよ」と紅音の肩をそっと撫でた。
 この反応は、少しだけ心当たりがあった。ヒーロー協会からの洗脳を解いた代わりに、現在紅音の体と心は不安定な状態だと予め聞いていた。
 今までは上手く均衡が取れていたものの、今何かがトリガーとなってそのバランスが崩れたのだとしたら。

「……」

 なにがあったのか、と紅音の肩を撫でながら俺は辺りを見渡す。真っ白でだだっ広い部屋には別になにもない。――いや、もしかして『これ』が原因か。

 どういう条件でそのトリガーとなったのかは不明だし考えたくもなかったが、『真っ白な空間』や『なにもない広い空間』は避けた方がいいかもしれない。
 そう判断した俺は紅音を抱き締めたまま、キャストを呼ぶ。

「どうかしたか?」
「……すみません、ここじゃなくて別のアトラクションに挑戦したいんですけど」
「構わないが、ここまで会得したポイントによるレートが下がるぞ。ランクダウンすれば環境が悪くなるが――」
「問題ありません」

 善家、と紅音が口を挟もうとしたが、俺はそっと紅音の手を握る。

「少しくらい手を抜いたって大丈夫だよ、ここはテーマパークなんだし」
「……善家にそれ、言われる日が来るなんてな」
「そ、そんなに変なこと言ったかな」
「……言った。手を抜くなんてこと、今まではなかったのに」
「……それは、そうかも知れないね」

 今までの俺は、人との埋まらない差をどうにか詰め込んで詰め込んで溝をなんとか誤魔化そうとしてきた。けれど、今はできることを全力で頑張ればいいということを覚えた。
 完璧主義のオールラウンダーを求められるヒーロー社会と比べて、この地下世界のヴィランたちはそれぞれの得意不得意を重視してマイペースに暮らしている。そんな社会に、俺もいつの間にかに染まりつつあるのかもしれない。

「それに、ハイレートだと紅音君任せになっちゃうからね。俺も、紅音君にいいところを見せたいんだ」

 これは少しだけ見栄を張ったが、紅音は力なく笑う。そして、「ありがとな」とだけ言って、そのまま俺の肩に腕を回すのだ。普段はあまり意識しなかったが、やはり鍛えられた紅音の体を抱きかかえるのはなかなかキツかったが、キャストさんが手伝ってくれたお陰でなんとか部屋を移動することができた。
 そして先程よりも薄暗く、カビ臭い四角い空間の中。

「……少し休憩……って、思ったんだけどな」

 俺達以外にも数人、囚人服をきたグループがそこにいるのを見て俺は内心冷や汗を掻いた。
 次のアトラクションはグループゲームになるってことなのか。不安がないわけではないが、紅音に無理をさせてしまった手前弱音を吐くわけにはいかないのだ。
 その中には俺達の他に囚人服の客が十人くらい居た。全員顔見知りというわけではなさそうだ、それぞれ二組ずつ固まっては俺達を見て怪訝そうな顔をしたり、目を輝かせたりしてる。
 ……なんとも奇妙な感覚だ。

「ああ? なんだお前ら、ここのキャストかよ」

 そんな中、いきなり囚人服の男に声を掛けられて少しぎくりとした。兄弟だろうか、その横には少し幼さの残った囚人服を着崩した少年もいる。

「え、いや、俺達は……」
「あ、兄ちゃん待ってよ。そこの赤髪のやつってもしかして、こいつじゃね? ほら、今金額が釣り上がってるやつ」

 そう、少年は兄ちゃんと呼んだ男に向かって手にしていたデバイスを差し出した。
 え?と固まる俺、そしてその後ろで青褪めていた紅音に二人の囚人の視線が集まった。

「やっぱりそうだ! ほら、じゃあこいつを捕まえたら――」

 と、言い終わるよりも先に間髪入れずに兄の方が紅音に掴みかかろうとする。が、それを簡単に避けた紅音はそのまま男の腕を掴み――。

「待って、紅音君! だ、駄目だよ、手を出したら……っ!」

 その腕にしがみつき、俺は慌てて紅音を止める。
 何故止めるのだと向けられる目。無理もない。けれどこれは止めなければならない。

「規約のページに書いてあったんだ、特別な囚人以外へ危害を加えることはルール違反になるって……」

 彼らも凶悪な人相ではあるが、危険人物として指定はされていない。となると、最悪なパターンが囚人側の彼らには俺達――というよりも紅音が凶悪な看守と広まってるということだ。
 紅音も理解したようだ。受け流し、そのまま避けた紅音。バランスを崩した男はそのまま転びそうになり、すぐさまこちらへと殴りかかろうとし――そして次の瞬間、部屋の中が真っ暗になる。
 照明が落とされた四角い部屋の中、何事かと俺は紅音の手を握った。

「紅音君……」
「大丈夫だ、善家。……俺から離れるなよ」

 うん、と頷き返すよりも先に、部屋の中央がパッと明るくなる。
 そして、そこに先程まではなかったはずの檻が現れていた。それから、檻の奥のシャッターがゆっくりとあがり、更に大きな複数の道に分かれた通路が現れた。

『やあ、よく来てくれたね。模範囚の君たち。それと、頑張り屋さんな我らが同胞』

 この声って、シャムさん……?
 どこから羨なく響く声に、俺たちは困惑する。そしてそれは囚人たちも同じだった。

『いい子だ。人の話は黙って聞く。――ちゃんと躾が行き届いているようで何より。この施設はちょっとばかり特殊でね、今回は副所長である俺から特別に説明させていただこうと思う』

『君たちには今からちょっとした鬼ごっこをしてもらおう。囚人と看守、それぞれ分かれてね』姿は見えないが、そう続けるシェムさんの声はどこまでも楽しそうに、軽薄に、箱の中に響き渡った。

『君たちは【cops and robbers】というゲームをご存知だろうか』

『ああ、返答は結構。知っていたからとて有利になるものでもない。これから君たちにやってもらうのはその真似事だな』スピーカーから聞こえてきた声はどこまでも甘く、優しい。それなのにどことなく冷たい印象を与えるのは何故だろうか。
 シェムは俺達の反応が見えてるのか、淡々と説明を続ける。

『看守と囚人で分かれ、看守の二人にはこの檻に囚人を集めてもらうことになる。制限時間内に全員囚人をこの檻に詰め込むことができればその時点で看守の君たちが勝利だ』

「それって……」
「ケイドロってやつだな、善家」
「わ、懐かしい……小さい頃してたな」

 なんて、懐かしんでる場合ではなさそうだ。昔話をしてる俺達とは対象的に、囚人たちは和やかな気配すら見えない。どことなくピリついた空気が流れていた。

『しかし、囚人たちは外側から自由に檻を開けることはでき、仲間を助け出すことができるようになっている』

『看守側の勝利条件は全員捕縛して檻に入れること。囚人側の勝利条件は二人以上が捕まっていないこと。もし囚人が二人、もしくは一人のまま制限時間を迎えた場合は無効試合となる』確かにケイドロのルールではあるが、俺達は二人……しかも俺はほぼハンデみたいなものだし、肝心の紅音君は本調子ではない。
 それなのに、この囚人たちを全員?
 改めて周りの顔を見渡す。話では女子供女子高生に人気だと聞いていたのに、なんだか客層が……テーマパークに遊びに来た客層には見えなかった。なんだか皆険しい顔してるし、というか怖そうな人が多い。

「ま、待ってください。そんなの、看守側には不利では……」
『安心したまえ。このフロアに限り、【ルール無用のなんでも有り】となってる』
「え……」
『君たちはここまで進んできた【優秀な看守】だ。勝者となった者には特別なプレゼントも用意してる。精々励むことだ』
「あ、それは……ありがとうございます」
『ああそれと、今回のゲームのためにその君たちの腕に巻かれたデバイスに新機能も追加している。各自で確認しておくように』

 わかりました、とつられて応える。腕時計型のデバイスを起動させればタイマーが表示される。
 時間は、三十分……?

『制限時間は三十分、三分の間に囚人たちは隠れるように。そして看守たちはそれぞれ檻の中で待機しろ。三分後、囚人たちを集めるんだ。

 ――それでは、健闘を祈る』

 その一言を最後にシェムの声は途切れた。そして、代わりになにもなかった床に向かって大きなタイマーがセットされる。それは腕のデバイスと連動されており、キャストによって俺達が檻へと詰め込まれたと同時にカチリと数字が動き出した。

 本当にゲームが始まった。
 赤くライトアップされた箱の中、囚人たちが消えていくのをおろおろと目で追うが、その中で視認できた者はまともにいない。
 ……皆足が速い。

「つか、賞金だとかプレゼントとか、興味ねえんだけどな」

 閉じられる檻の中、かしゃんと鉄柵に凭れかかった紅音は息を吐く。
 まさかこんなことになるとは思わなかった。
 ノクシャスさんのことを信じたいが、今もどこからか見てくれているのかと不安になる。
 ノクシャスさんが止めないってことは大丈夫、ってことだよね。そう思いたいけど――。

「ど、どうしよう紅音君……」
「どうするもこうするも、降参したところで面倒なことには変わりないんだろ? ……なら、先に他の奴らをとっ捕まえてさっさと勝ち逃げした方がいいだろうな」
「それは、そうかもしれないけど……」

 せっかく紅音君を休ませるつもりだったのに、逆にもっと大変なことになってしまった気がしてならないのだ。
 そんなとき、「善家」と紅音君はこちらへと視線を向けた。

「俺が全員捕まえる。だから、善家はここにいてくれ。そうすれば終わるだろ」
「でも、それじゃあ紅音君は……」
「俺はもう大丈夫だ。……俺のこと気遣ってくれたんだろ? ……お前は本当変わってないな、あの頃からずっと」

 そうぽつりと呟く紅音君の目がどこか寂しそうに見えて、なんとなく引っ掛かった。
 喜ぶべき言葉なのに何故だろうか、胸の奥がざわつく。
 紅音君、と呼び掛けたとき、「よし」と紅音君は立ち上がる。そして袖を捲った。

「他の連中はお前のことも知らない他人だ。手の内を明かさず堂々と胸を張ってたら大丈夫だ」
「わ、わかった……」
「それと、もし助け出そうとするやつが来たらそのまま放っておいていい」
「え、それって……」
「逃がすんだよ。下手に引き止める必要もない」

 それは大丈夫なのか、と不安になる俺に紅音は笑った。

「――どうせすぐ捕まえてやる」

 紅音朱音は俺たち学生の中でも優秀で将来有望なヒーローだった。のに、目の前で笑う紅音の顔が悪い顔をしてるのを見て思わず言葉を失う。
 しかも、記憶の中の学生時代のときよりも生き生きして見えるのだから余計。

「……任せたよ、トリッド」

 その名前で呼べば、紅音は少しだけ目を細める。それから「頼んだぞ、相棒」と紅音は俺の頭をくしゃりと撫でた。
 瞬間、閉じていた檻の扉が開く。鳴り響くタイマーの音。ゲーム開始の合図だ。
 紅音はそのまま先に檻を出る。それに続いて檻を出たときには既に紅音の姿はなかった。
 ――全部杞憂だったかもしれない。
 なんたって紅音なのだ。寧ろ心配すべきはそのフロアにいる囚人たちの方かもしれない。
 なんて思いながら俺は一先ず任された見張りという大役を全うすることにした。
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