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CASE.07『同業者にご注意』

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 たった数秒の間気を失っていた気がする。
 ふがっと目を覚ませば目の前には肌色一色、胸筋に埋もれて眠ってた俺は何事かと飛び起きる。そして、すぐに状況を理解した。

「……あぁ? なんだ、起きたのかよ」
「の、ノクシャスさん……っ、ん」

 ――社員寮自室・寝室のベッドの上。
 あれから気絶していたらしい俺はノクシャスの腕の中で爆睡してたようだ。そして、一緒に眠っていたノクシャスは起きる俺に釣られて目を覚ましたらしい。大きく口を開き欠伸をするノクシャスは、そのままのそりとその巨体を起こすのだ。

「……体、平気か」

 そして、まだ眠たそうな顔をしてこちらへと視線を投げかけてくるノクシャス。
 寝起きだからか声がいつもよりも低いが、その響きはどことなく柔らかい。

 普段寝起きのノクシャスをなかなか見ることなかったせいだろうか。それとも昨夜のあれのせいか。なんだかどぎまぎしながら俺は「は、はい」と頷いた。

 嘘、ではない。毎度のことではあるが、ノクシャスとの行為後はやはり体のあちこちにガタが来る。
 それでも大分慣れてきたのかもしれない、或いはそういう風に作り変えられつつあるのか。初めてのときよりはまだマシだ、というのはあった。
 ……相変わらず、下半身の痺れたような感覚は抜けないが。

 そうか、とぽつりと呟いてそのままノクシャスは乱れていた髪を掻き上げながら端末を起動する。

「つうか今何時だ……うわ、寝すぎた」
「ノクシャスさんもお休みになられてたんですね」
「……お前が寝ろっていうからだろ」

 普段はなかなか見られない光景になんだかまだふわふわとした気分だった。そのままノクシャスを見上げてると、ちらりとこちらを見たノクシャスはそう俺の後ろ髪を撫で付けるようにそっと撫でてくるのだ。

「ノクシャスさん……」
「昨日は、その……悪かった。……色々、大人気ねえこと言って」
「……大人気ねえことですか?」

 なんだっけ、と思い返そうとし、一気にあらゆる記憶が蘇る。そして、そのときノクシャスにぶち撒けられた感情にも。
 瞬間、顔面に熱が集まる。

「い、いえ! ……俺の方こそ、ノクシャスさんの気持ちを考えずに軽はずみなことを言ってしまい、その、すみませんでした……っ!」
「テメェが謝るのはおかしいだろ」
「そんなことはありません! だって、まさか、ノクシャスさんがそんなに――」

 ――そんな風に、俺のことを考えてくださっていたなんて。

 と、言い掛けて自分でもあまりにもおこがましいのではと更に顔が熱くなった。そんな俺に、ノクシャスは「あーもういいから黙れ」と俺を抱き締めるのだ。むぐ、と再びその上半身に飛び込む形になる。温かい。ノクシャスの体温に包まれ、再び眠気が襲ってくる。

「の、ノクシャスさん……」
「……ったく、お前といると、調子狂わされてばかりだな」
「い、嫌……ですか?」
「…………」

 恐る恐る聞き返せば、ノクシャスは眉間に皺を寄せたまま俺を睨み返すのだ。そして、

「むぐっ」
「……テメェ、それわざとか?」
「の、のふひゃふはん、ほれやめへふらはい~~っ!」

 鼻を摘まれ、ふがふがとノクシャスの手から逃れようとしていた矢先だった。視界が真っ暗になる。

「ノ……」

 キスされると予感したときにはすぐに鼻先にノクシャスの顔があり、開いた口から尖った歯が覗くのを眺めながら俺は抵抗をやめていた。

「……っ、ん、ぅ……っ」

 伸びてきた舌に唇を舐められ、つい口を開いて舌を招き入れてしまう。
 大きな舌にずっぽりと絡められ、捕食されるみたいに甘く舌の先っぽを擦り合わされるだけで下半身がじんわりと熱くなってくるのだから恐ろしい。

 呼吸が間に合わずに息苦しさに震えていると、ノクシャスは慌てて俺から舌を抜いた。とろりと唾液の糸が伸び、ノクシャスはそれを舐めとる。

「……良平」

 呼吸を整えてる間に、伸びてきた大きな手に太腿を撫でられ、そのまま足の付け根までゆっくりと撫でるように這い上がってくるノクシャスの掌に息を飲んだ。今のキスだけで反応し始めていた寝間着の下、膨らんだ性器を服越しにノクシャスに揉まれる。逃げ場などなかった。

 まずい。まずい。また、この流れは。この空気は。

 甘ったるい蜜のような空気に流されては駄目だと頭で思うが、そのまま大きな手のひらで柔らかく包み込むように性器を揉まれ、弄られ、もう片方の手で胸をまさぐられながら優しくキスされる。
 極めつけは、尻の辺りに押し付けられるノクシャスのブツである。既にガチガチになってるのを下半身に押し付けられ、耳元で何度も切なそうに「良平」と呼ばれると頭の奥の大事な部分が溶けていくみたいだ。
 平らな胸を撫でられ、二本の指で挟むように乳首を刺激される。

「っん、ぅ……ゃ、んむ……っ」
「は……っ、良平……」
「ら、め……っれふ、これ、以上は……」
「なんで駄目なんだよ」
「っぁ、え」

 ぐにゅ、と尖った乳首の先っぽを潰された瞬間、太い針に刺されたような刺激に大きく仰け反る。
 逃さないとでもいうかのように、そのまま今度は少し乱暴に乳首を引っ張られ、じんじんと痺れていた先っぽを引っ掻かれた瞬間下着の中がどんどん先走りで滑っていくのがわかった。

「な、な、なんでってぇ……っ」
「……」
「ぁっ、ん、ぅ……っ、ぐりぐり、だめ……っ、ノクシャスさんの指、おっきぃ、から……っ、ぁ、……っん、ぅ……ッ!」
「……っ、は……お前、言ってることマジで無茶苦茶だな」
「っ、ぅ、ひ……ッ!」
 
 ぎゅっと先っぽを絞るように乳首を凝られ、硬く上向きに伸びたそこにノクシャスは舌を這わせるのだ。熱く、分厚い舌でぬるりと摩擦され、呑ませる。あまりにも強い快感に逃げようと身動ぎをすれば、ノクシャスはそのまま尖った牙で甘く噛んでくるのだ。

「ぁ……っ、あぁ……っ!」

 歯が食い込み、ホールドされた状態で口の中に吸い出された乳首を舌で責められる。食われる、と無意識のうちに仰け反る体をがっちりとホールドしたまま、ノクシャスは腰に回した手でそのまま俺の尻肉に指を食い込ませてきた。

「っ、んっ、ふぅ、ゃ……っ! の、くしゃすさ……っ! ん、ぅ」

 寝起きなのに、強制的に快感を叩き起こされる。ずり下げた寝間着代わりのスウェットの下、下着の下まで滑り込んできた太い指は尻の谷間に収まり、そのままぐにぐにと肛門を撫でるのだ。
『したい』――そういうかのように呼吸荒くし、俺を膝に座らせたまま無言で下腹部に腰を押し付けてくるノクシャスに押しつぶされそうになりながら、俺は「ぁの、あの」と繰り返すことしかできなかった。

「……っ、良平」

 そして、極めつけはこれだ。
 俺よりも年上で、俺よりも大きくて強い男に強請るように名前を呼ばれる。お前がいい、と求められているだけで、必要とされるだけで胸の奥がぎゅっと熱くなった。
 ……よくない、これは。よくないぞ。
 そう思うのに、思考とは裏腹に既に痺れ、快感のスイッチを無理やり起動させられた下半身は濡れていた。

「……っ、す、こし……だけなら」

 いいですよ、という言葉は発することはできなかった。ノクシャスにキスをされたからだ。
 ベッドより降りるよりも先に、再び昨夜の続きに持ち込まれることになるなんて俺だって思わなかったが、煽った手前なにもいえなかった。
 そして何より、開いたままの肛門が、内壁が、ノクシャスの性器に反応してきゅっと疼いているのがなによりの答えだった。

 ――まだ、連絡入ってなかったみたいだから大丈夫だよな。
 なんて思いながら、俺はせっかくノクシャスに着せてもらっていた寝間着をノクシャスの手によって再び脱がされることになった。


 それから、丁度挿入直前にノクシャスの方に呼び出しがかかったところで行為は強制的に中断されることになった。
 俺としては挿入直後に連絡が入るよりかはまだ動けるのでタイミング良かったのかもしれないと思う反面、俺もノクシャスもなんだか不完全燃焼のまま着替えることになる。

 呼び出しの内容は紅音が目を覚ましたということだった。
 あらかたの事情聴取も終えたあと、紅音の世話係でもあるノクシャスが呼ばれたようだ。
 俺も紅音のことは気になっていたので「俺も行っていいですか」とノクシャスにお願いしたら体のことを心配してくれたようだ。元気アピールをすれば、「着いて行くだけだからな、大人しくしろよ」という条件で許可してもらえた。

「……タイミング、クッソ悪すぎんだろ」
「ノクシャスさん……やっぱり一回抜いておきますか?」
「……お前、どこでそういうの覚えてきてんだ?」

 手と口どちらでもいいですよ、とノクシャスに提案したが、「歯止め利かなくなるからやめろ」と逆にノクシャスに怒られてしまう。
 こういうところはやはり、モルグや望眼よりも真面目――なのかもしれない。

 というわけで、すっかり萎えたノクシャスとともに私服へと着替えた俺は部屋を出て紅音がいるという医務室へと向かうことになったわけだが――。


 evil本社――医療フロア・医務室。
 俺がモルグに連れてこられた場所とはまた違う、病院のような造りの施設がそこには存在していた。
 薄暗く、様々な研究道具や物々しい機械に囲まれた研究施設とは対象的に白を貴重とした洗練された医療フロアではモルグと同じような白衣の医療従事者が忙しそうに行き交っていた。
 本来の病院のように受付はあるが、ノクシャスはそれをスルーして奥へと進んでいく。受付しなくていいのだろうかと思いながらもノクシャスの後をついていこうとすれば、病室へと続く通路のゲートを通り過ぎようとした瞬間警報機が鳴った。

「わ、わ! す、すみません!」
「あー、そうか。テメェは一般社員だもんな。そっちの機械で受付登録しとけ」
「は、はい……」

 大人しく受付へと向かえば、そこにいたスタッフに無言で置かれていた機械を指差された。そっちでやれ、ということらしい。
 すごすごと一人機械の前にやってきたものの、見たことのない機械にどうしたらいいのかと右往左往していたときだった。

「社員証は持っているか。社員証をそこの端末に翳すんだ」

 背後から聞こえてきた冷たい声。そして伸びてきた細く長い指が端末を慣れた手付きで操作していく。驚いて顔を上げれば、そこには糸目の白衣の男が立っていた。
 ――考藤だ。

「か、考藤さん……っ!」
「持ってるか、社員証」
「あ、は、はい……持ってます」

 上着の内ポケットから取り出せば、「貸せ」と考藤にひょいと取り上げられた。そして、そのまま考藤は操作していく。そして、俺に社員証を返した考藤は今度は自分の社員証を翳した。

「……あ、あの……」
「ああ、面会の受付は済んだ」
「え? も、もうですか?」
「トリッドに会いにきたんだろう」

 何故考藤が知っているのだ、と思った時。なかなか俺がやってこなくて心配したらしい、「どうした」と戻ってきたノクシャスは俺と一緒にいた考藤の顔を見て意外そうな顔をした。

「テメェは……」
「室長から概ね話は聞いている。あの人は別件の急用が入ったらしい。――トリッドの病室までは俺が案内しよう」
「は、なるほどな」

 考藤の言葉からなにかを察したようだ。そう笑うノクシャス。急用ということはまたなにかあったのだろうか、心配になったが今は紅音だ。
 俺とノクシャスは考藤の案内の元、紅音の病室へと向かうことになった。

 それから、俺達は考藤の先導で紅音がいるという病室に案内してもらうことになった。いくつもの並ぶ病室の扉。
 この会社にこんな本格的な施設があったことにも驚いた反面、なんだか慌ただしい空気を肌で感じる。
 他にもなにかあったのだろうかと気になりつつも、考藤は社員証を使っていくつかの厳重なセキュリティを潜り抜け、やってきたのは先程までの一般の病室とはどこか雰囲気の違う病棟だった。先程までは病院という感じだったが、ここはどちらかといえば研究施設感があるというか……。

 そう、なんだか物々しい雰囲気に気圧されそうになりながらも辺りを見渡しているときだった。
 とある重厚な扉の前、考藤は立ち止まった。

「ここだ」
「随分といい部屋用意してもらってんじゃねえか、あいつ」
「あの患者は他の者とは違い特殊な体をしてる。一般棟では治せない」

 扉に取り付けられた機械は俺達のIDを読み取り、ゆっくりと開く。その奥には一台のベッドが置かれてい。その頭の部分には物々しい機械が並んでおり、ベッドの上、眠っていた紅音の体に繋がれていた。

「……っ、紅音君……」

 その姿を見て、思わず名前を口にしたときだった。横たわっていた紅音の瞼がぴくりと震えるのだ。
 思わず駆寄ろうとしたとき、「おい待て」とノクシャスに首根っこを掴まれそのまま足元が浮いた。

「の、ノクシャスさん……っ!」
「お前はついでだ。……大人しくしてろって言ったばかりだろうが」
「あ……ご、ごめんなさい」
「考藤、こいつはもう問題ねえんだよな」
「ああ、カルテによればな。一時的なショックで意識の混濁はあったものの、それに関しては修復済だ。肉体的な損傷も軽微なものだ。破損した部位は代用のパーツを取り替えている」
「……ッ、……」

 一瞬、考藤の声が遠くなった。今の世の中、自分から体を機械化させるヒーローやヴィランは少なくはない。寧ろ昔よりも寛容になっており、それを活かして活動する者もいるくらいだ。
 けれど、紅音は――紅音がそうなっているのは初耳だった。

「そうかよ。……面倒臭えな、機械の体ってのも」
「こいつに関してはなかなか一般市場に出回っていない特殊パーツばかりだからな、いっそのこと作り直した方が安上がりだと室長は言っていたが……まあいい。今後は定期メンテで構わないが、また異常が見られるようならすぐに言うように、とのことだ」
「ああ、分かったよ」
「それと、記憶についてだ。どうやらトリッドは件のアジトに忍び込む前から不具合が出ていたようだ」
「……不具合だと?」

「――何者かに操られて誘導された可能性がある、と室長は言っていた」

 考藤の口から出たその言葉に、俺もノクシャスも思わず顔を上げた。

「……どう意味だ、そりゃあ」
「可能性だ。何者かが外部からこいつの脳を乗っ取ろうとして失敗した形跡が見つかった」
「そのせいであのアジトへと忍び込んだとでもいうのか?」
「脳を乗っ取ることはできなかったが、視界に異常を来すことはできたようだ。トリッドの網膜に残った映像を確認したところ、……そいつの姿を確認した」

 “そいつ”という言葉とともに鋭い考藤の視線がこちらへと向けられた。ついていくのがやっとだった俺にとって、いきなり向けられた二人の視線に戸惑うしかなかった。

「え、そ、そんなはずは――」
「そんなはずはねえ。こいつは俺と行動していた」

 もしかして疑われてるのだろうか、と震えたが、そんな俺よりも先にはっきりと断言するノクシャスに「ああ、確認済みだ」と考藤は淡々と続けた。

「同時刻、お前たちがこの会社にいたことは記録にも残ってる。そうなると必然的に第三者の姿が出てくるわけだ」
「……」
「この者についてはワケアリだと聞いている。アジトに向かわせたことによってその第三者がなにを狙っていたのか、その結果がどうなったのか。そして町中に不審な影や電波はないか、現在確認中だ」
「それならこいつ、まだ眠らせていた方がいいんじゃねえのか」
「俺個人としては同意見だが、室長曰く『もう全部脳の隅から隅まで確認したしデータも抜き取ったから帰していいよ~』とのことだ。これ以上ここにいても俺達の手にも負えない。それなら通常通り過ごしてもらって、定期メンテと異常報告だけしてもらえれば十分だとのこと」

 考藤によるモルグのモノマネが似てるかどうかはさておきだ、一先ずは安心していいのか分からない事態になっているようだ。
 ちらりとノクシャスの方を見れば、「全部人に押し付けやがって」と苛ついたように舌打ちをする。

「……けどまあ、こっちも人手が欲しかったところだ」
「……っ! ノクシャスさん、ありがとうございます」
「なんでテメェが礼言ってんだよ」
「あ、い、いえ……その、つい……」

 このまま危険人物扱いされて隔離されるのではないかと危惧していただけに、引き取ってくれるというノクシャスにただ安堵した。
 それにしても、俺が眠っている間に色々なことがあったのだろう。紅音が目を覚ましたとき、どんな顔をして紅音と向かい合えばいいのか少しだけ考えた。けれど、答えは出てこない。

 ――善家、なんで、ヒーローにならなかった。

 ECLIPSEのアジトで紅音を見つけたとき、その口から出た言葉が未だに俺の頭には残っていた。
 次に紅音が目を覚ました時、あのときのやり取りも全てなくなってるのだろうと思うと寂しくないわけではなかった。
 小骨が引っかかったような不安はあったものの、一先ずは紅音が無事でいてくれたことを喜ぶことにした。

 それから、考藤は紅音の側に置いてある機械を操作した。瞬間、先程までぴくりともしなかった紅音が小さく呻くのを聞いて俺は「紅音君」と恐る恐るベッドを覗き込む。
 が、紅音は未だ目を閉じたまま眠ってるままだ。

「紅音君……」
「問題はない。スリープモードは解除してある。直に目を覚ますはずだ」

 そんな俺を慰めてくれてるのだろうか。そっと声をかけてくる考藤に「分かりました」と俺は頷いた。それから考藤はノクシャスに向き直る。

「諸々の手続きについては既に済ませてある。後はお前に任せるぞ、ノクシャス。俺はこれで失礼させてもらおう」

「何かあれば連絡しろ」とだけ言い残し、ノクシャスの返事を待たずに考藤は部屋を後にした。それを見送り、俺は恐る恐る紅音のベッドを覗き込んだ。

「ったく、相変わらず忙しねえやつだな。……おい良平、退いてろ」

 背後からノクシャスに肩を掴まれ、「へ?」と振り返ろうとした矢先だった。そのままベッドで眠っていた紅音の体を荷物かなにかのようにひょいと担ぎ上げるノクシャスにぎょっとする。

「の、ノクシャスさん?!」
「もうここには用はねえ。さっさと帰るぞ」
「あ、あの、く、く、紅音君……」
「あ? まさかもっと丁寧に扱えとか言うつもりじゃねえよな」

「こいつはそんなヤワじゃねえよ」とそのまま紅音君を担いだまま病室を出ていくノクシャス。
 確かに、それならいいのか?と納得しつつ、俺はノクシャスの後を追いかけて病室を後にした。

 一旦目を覚ますまで紅音の部屋に戻る、とノクシャスは言った。が、どうやらその必要はなかったみたいだ。
 社員寮へと戻る途中のエレベーター内、ノクシャスに担がれたままだった紅音の体がびくりと跳ね上がったと思った次の瞬間、すやすや眠っていた紅音の目がぱちりと開く。

「あ、く、紅音君……」
「んぁ……? 善家……って、え、なに」

 と、そこで自分の体が浮いてることに気付いたらしい。ぎょっと飛び上がった紅音に「ようやく起きたかよ」とノクシャスはそのまま紅音の体を床へと放る。
 あまりにも雑なノクシャスにぎょっとするのも束の間、慌てて紅音を受け止めようとしたが俺の筋力では紅音のような健康優良児を支えることは不可能で。受け止めることは叶わなかったが、クッション材にはなったようだ。

「う……いでで……」
「善家?! だ、大丈夫か?!」
「ったく……なにやってんだ」
「だ、だってノクシャスさん、いくらなんでも荒すぎます……っ!」
「いいんだよ、こいつはこんくらいで」
「せめて俺といるときみたいに扱ってください……っ!」
「無茶言うんじゃねえ」

 軽くノクシャスにあしらわれつつ、紅音に抱き起こされる。ありがとう、と小声で礼を言えば紅音は「悪い。俺、重かっただろ」と申し訳なさそうな顔をするのだ。

「そ、そんなこと……あるかも……」
「ごめんな、善家」
「おい、トリッド。具合はどうだ」
「具合って……フツーかな。ってか、ノクシャス、俺もしかしてまた倒れてた?」
「ああ、そうだ。……どこまで覚えてる?」
「確か、俺見回りの途中だった気がすんだけど……。腹減ったからついでに飯屋探そうとしてたらなんか懐かしい匂いがして……」

 言いながら、紅音の眉間に深く皺が刻まれていく。そんな紅音の様子をじっと観察しながら「そこまでは覚えてんのか」とノクシャスは呟いた。

 恐らく、紅音がなにかしらの攻撃を受けたという直前の記憶のことだろう。その後のことを思い出そうとする紅音だったが、待てどもその先の記憶が思い出されることはなかった。

 それよりも先にエレベーターが停止する。開く扉を無視し、扉横のボタンを操作したノクシャスは「一旦場所を移すぞ」とだけ言った。言うや否や急降下していくエレベーターの中、俺と紅音はノクシャスに頷き返す。
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