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CASE.07『同業者にご注意』
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食堂で望眼と食事をし、それからまた望眼の営業周りについていくことになる。
望眼の担当社員は色んなタイプがいた。それでも老若男女幅広いタイプの社員に会うことにより、そんな社員の性格によって対応を変えてる望眼を見てるとやはり器用な人だと思った。
畏まることもあれば、昔ながらの友人のように接し、中には雑に対応する場合もあるが望眼曰く「こいつはそういう素っ気ない態度の方が喜ぶからいいんだよ」らしい。本当に器用な人だ。俺には到底真似できないだろう。
営業回りのときでも、やはり望眼の担当の社員は同業者のことを口にしていた。中には実際被害に遭った者もいて、憤る社員を宥めるように望眼はご飯を奢っていた。
そんな光景を何度か見かけた。「こういうときの領収書はちゃーんと取っとけよ、交際費として経費で落とすから」と望眼に執拗に言われる。いい加減なようでそこはきっちりしてるらしい。俺は何度も頷いた。
そして本日最後の営業回り先。
俺と望眼がやってきたのは本社の近くにあるバーだった。黒を貴重とした落ち着いた大人の空間になんだかそわそわと無意味にネクタイの位置を直してしまう。この間サディークに連れてこられたレストランバーとはまた違う雰囲気のお店だ。
ここで本日最後の担当社員に会うと望眼は言っていたが……。
望眼の姿を見ると、バーテンダーは俺たちを店内奥にある個室へと誘導してくれる。
昼も夜も関係ない地下世界ではまだ夕方にも関わらず、ぼちぼち店内は賑わっていた。分かりやすい柄の悪いヴィランはいないが、その代わり人間とほぼ変わりないヴィランたちが多いように見える。
「なんだか、大人な場所ですね……」
「はは、まあガキは来ねえからな」
「今度会う人ってどんな人なんですか?」
「一応俺の担当社員ではあるけど、まあそんな畏まる必要はねえよ。すこーし難しいやつではあるけど」
「え……こ、怖い人とかですか?」
声のトーンを落とし、ひそひそと望眼に尋ねれば、「まあ、ある意味な」と望眼は笑う。
ある意味怖い人ってなんだ。
余計怯えてると、前を歩いていたバーテンダーが立ち止まり、「こちらへどうぞ」と扉を開く。
扉の先は、店内同様落ち着いた空間が広がっていた。そして奥、ボックス席のテーブルにうなだれるようにうつ伏せになっていた男がいた。
耳まで赤くしたその男は見るからに“出来上がっている”状態だ。俺たちがやってきたのにも気付かずに、なにやらブツブツと呟いている。
「も、望眼さん……」
「……っと、一足遅かったな。大丈夫だ、大体いつもこんな感じだから」
そう言って、ボックス席までやってきた望眼はそのまま開いたソファーに腰を掛け、「考藤さん、考藤さーん」と酔い潰れていた男に呼びかける。
……って、考藤? つい最近どこかで聞いた名前だ。
「……ああ、うるさい……頭が割れてしまいそうだ」
そして、考藤と呼ばれたその男は低く唸りなが体を起こすのだ。薄く開かれた鋭い糸目がちな目には覚えがあった。
確か、この人は昨日モルグの研究室で会った――。
「頭が割れてしまいそうなのは貴方が飲みすぎるからでしょう、ほら、水」
「あ゛ぁ……」
亡霊のような唸り声を上げながらも望眼から水の入ったグラスを受け取った考藤はそのままんぐんぐと飲み始める。そして一瞬で空にしていた。
水を飲んだことで少しは落ち着いたのだろうか、まだぼんやりとした目で望眼、そしてその横にいた俺を交互に見やる。
「望眼君が……二人?」
「ちょっとしっかりしてくださいよ考藤さん、ほら、全然違いますから」
なんだか、研究室で会ったときとはまるで印象が違う。
どういうことだ、これは。戸惑ったが、確かにお酒で人格が丸っと変わる人もいると聞くし考藤もそのタイプということなのだろうか。
そう自分を納得させながら、俺は「あの、良平と申します。あのときは、お世話になりました」と慌てて頭を下げる。
そんな俺に、考藤よりも望眼の方が先に反応した。
「って、え。お前考藤さんと知り合いだったのか?」
「知り合いというか、昨日少し道案内していただいたというか……」
「道案内?」と望眼が小首を傾げるのと、「ああ!」と考藤がいきなり起き上がるのはほぼ同時だった。
「君は……確か所長のお気に入りか。なんでこんなところに……」
「あー考藤さん。こいつはうちの営業部の新入りで、今回は社会見学の一環でちょっと考藤さんにも挨拶させておこうかと連れてきたんですよ。……っていうか、所長って……」
「お前、モルグさんと知り合いなの?」つかお気に入りってなんだよ、と小声で突っ込んでくる望眼に俺は内心冷や汗滲ませた。
そうだ、必然的にモルグとの関係まで知られるということになるのか。この展開は予測してなかっただけに「えーと、その、お気に入りというかただたまたま知り合って何度かお話しただけで……」とゴニョゴニョ口籠るしかなかった。
「……なるほど、社会見学勉強するのはいいことだな。けど、肝心の先輩が望眼で大丈夫なのか?」
「おっとー、厳しいっすね考藤さん」
「い、いえ、先輩には色々勉強させてもらってますので寧ろ助かってます!」
「良平ぁ……」
つい言葉を返せば、望眼は感動したように目をうるうると潤ませていた。対する考藤は目を細め、「いい後輩じゃないか、望眼君」と笑う。
「はは、可愛いでしょう? 俺の初後輩」
「けど、手を出すのはやめといた方がいいぞ。同じ部署なら特に」
「へ」
「って……な、何言ってるんですか……っ? 呑みすぎですから、考藤さん!」
「冗談だ、冗談……おい、グラスを下げるな」
表情が変わらない分、なかなか冗談がわかりにくい人だ。けど、思ったよりもフランクな人なのだろうか。
初めて会ったときは氷みたいに冷たくて淡々とした人だと思っただけに、余計戸惑う。けど、望眼とのやり取りを見てると二人が仲が良いのだとわかってなんだか安心した。
「おい、良平……だったか? お前も呑んだらいい、今夜は望眼の奢りだとよ」
「ちょ、考藤さん。冗談でしょ?」
「あ、あの……」
「はは、まあけど良平。お前の分だったら全然いいぞ。考藤さんは馬鹿みたいにガバガバ呑むから勘弁願いたいですけど」
「にゃんだと?」と既に呂律が怪しくなっている考藤に苦笑しつつ、「なにか呑みたいのあるのか?」と望眼に尋ねられ言葉に詰まる。
「あ、えと……俺、お酒はあんまり詳しくなくて……こういうお店も……」
「ああ、なるほど」
「……益々望眼には勿体ないですね」
「どういう意味っすか考藤さん……あっ、やっぱいいです。言わなくて」
すみません、と項垂れれば「じゃあお前が好きそうなの適当に頼んでやるよ」と望眼は笑う。やはり望眼は優しい。お願いします、と頭を下げれば、ふと向かい側の席の考藤がこちらを見ていることに気がついた。
「あ、あの……なんですか? 考藤さん」
そう恐る恐る名前を呼べば、「うーん」と考藤は唸るのだ。
「あー良平、酔っぱらいはあんま相手しなくていいから」
「俺は酔っ払ってない、しっかりしてる。意識も、ほら」
「ほらって……そういう人は大抵きてるんですよ」
「うるさい望眼、俺は良平君と話してる。……いや、ちょっと気になってな」
どうやら時間差で答えてくれたらしい。望眼は庇ってくれようとしているらしいが、酔っ払いとはいえこの程度ならば寧ろ嬉しいかもしれない。怖そうな人だと思っていた考藤がこうして話しかけてくれるのは。
「あの、気になるって……なにがですか?」
「君、うちの所長とはどこで知り合ったのかと思ってな」
「え……」
考藤の言葉にぎくりとした。
運ばれてきたグラスを望眼から受け取る。青と黄色が混ざりあった綺麗な色のお酒だ。
「えと、どこっていうか……」
「あの人の手癖の悪さは研究室でも有名だからな、どうせ飲みの席で片っ端から声をかけて知り合ったのかと思っていたがお前はお酒はあまり嗜まないらしい」
「え、えと……」
「考藤さん、モルグさんの愚痴言いたいだけでしょアンタ。ほら、考藤さんのおかわりも来てますよ」
「……ああ、やっときたのか」
敢えて自分の頼んだ酒を考藤に渡して気を逸らさせたようだ。受け取ったカクテルに気を取られている間、望眼はこっそりとこちらに口元を寄せる。
「あまり気にすんなよ、あの人の所長との不仲はうちの会社でも有名だから」
「あ……いえ、大丈夫です」
「そうかあ? ならいいけど」
笑う望眼に、ありがとうございますと頭を下げる。やはり細かいフォローもできる人だ。
望眼が一緒で助かったな、と思いつつも俺は望眼が頼んだお酒に口をつける。地下特有のお酒なのかもしれない、甘いフルーツジュースみたいでとても美味しかった。
「すごく飲みやすくて美味しいです、望眼さん」
「そりゃよかった。けど、あんまガブガブ飲むなよ? 流石に酔っ払い二人は手に余るからな」
「聞こえてるぞ、望眼」
「おーっと、考藤さんはクール系イケメンって営業部女子たちに人気ですよ~」
「……そうか」
あ、そこは満更でもないのか。
二人のやり取りを見守りながらも、なんだか俺はその場の雰囲気に酔ったようなふわふわとした心地よさを覚えていた。
これが社会人か……と思いながらも二人のやり取りを眺めているとあっという間に時間は過ぎて行く。
お酒というものは恐ろしいものだ。そんなに飲んでいなかったはずなのに、眼の前のグラスが空になる頃には脳の奥がじわじわと熱くなっていた。
全身の筋肉が弛緩したように動けなくなり、机に突っ伏しそうになっていた俺に気付いた望眼に「うお、大丈夫か?」と体を支えられる。
「ら、いじょうぶ……れふ……」
「お前めちゃくちゃ弱いな?! まじか?」
「良平、こういうのは経験だ。アルコールを摂取して免疫力をつける、生物としてそれが正しい成長だぞ」
「あーもーめちゃくちゃ言ってんなよ。考藤さんも言ってることおかしいし今夜はお開きにしますよ、お開き」
「お、おれにゃら……らいじょうぶれふ……」
「良平、その返事が大丈夫じゃねえ」
「ほら、立てるか?」と望眼に腕を掴まれる。その腕を握り返そうとするが、うまく力が入らない。そのまま望眼の腕にしがみつくままずるずると落ちていく体に「おいおい」と望眼に腰を掴まれた。がっしりと掴まれる感触に少し驚いたが、背中にくっつく望眼の体温が心地よくて思わずそのままもたれかかりそうになる。
「……っ、お、おい、良平……」
「望眼、直属の後輩はやめとけ」
「あ~~うるせえうるせえ、考藤さん、あんた一人で帰れよ」
「俺はカウンターで呑み直す」
「……アンタも相当だな」
頭の上で聞こえてくる望眼たちの声。会話の内容までは理解できなかったが、その低めの声が心地よくて更に意識が深いところに落ちていくのを俺は俯瞰して見ていた。
望眼の担当社員は色んなタイプがいた。それでも老若男女幅広いタイプの社員に会うことにより、そんな社員の性格によって対応を変えてる望眼を見てるとやはり器用な人だと思った。
畏まることもあれば、昔ながらの友人のように接し、中には雑に対応する場合もあるが望眼曰く「こいつはそういう素っ気ない態度の方が喜ぶからいいんだよ」らしい。本当に器用な人だ。俺には到底真似できないだろう。
営業回りのときでも、やはり望眼の担当の社員は同業者のことを口にしていた。中には実際被害に遭った者もいて、憤る社員を宥めるように望眼はご飯を奢っていた。
そんな光景を何度か見かけた。「こういうときの領収書はちゃーんと取っとけよ、交際費として経費で落とすから」と望眼に執拗に言われる。いい加減なようでそこはきっちりしてるらしい。俺は何度も頷いた。
そして本日最後の営業回り先。
俺と望眼がやってきたのは本社の近くにあるバーだった。黒を貴重とした落ち着いた大人の空間になんだかそわそわと無意味にネクタイの位置を直してしまう。この間サディークに連れてこられたレストランバーとはまた違う雰囲気のお店だ。
ここで本日最後の担当社員に会うと望眼は言っていたが……。
望眼の姿を見ると、バーテンダーは俺たちを店内奥にある個室へと誘導してくれる。
昼も夜も関係ない地下世界ではまだ夕方にも関わらず、ぼちぼち店内は賑わっていた。分かりやすい柄の悪いヴィランはいないが、その代わり人間とほぼ変わりないヴィランたちが多いように見える。
「なんだか、大人な場所ですね……」
「はは、まあガキは来ねえからな」
「今度会う人ってどんな人なんですか?」
「一応俺の担当社員ではあるけど、まあそんな畏まる必要はねえよ。すこーし難しいやつではあるけど」
「え……こ、怖い人とかですか?」
声のトーンを落とし、ひそひそと望眼に尋ねれば、「まあ、ある意味な」と望眼は笑う。
ある意味怖い人ってなんだ。
余計怯えてると、前を歩いていたバーテンダーが立ち止まり、「こちらへどうぞ」と扉を開く。
扉の先は、店内同様落ち着いた空間が広がっていた。そして奥、ボックス席のテーブルにうなだれるようにうつ伏せになっていた男がいた。
耳まで赤くしたその男は見るからに“出来上がっている”状態だ。俺たちがやってきたのにも気付かずに、なにやらブツブツと呟いている。
「も、望眼さん……」
「……っと、一足遅かったな。大丈夫だ、大体いつもこんな感じだから」
そう言って、ボックス席までやってきた望眼はそのまま開いたソファーに腰を掛け、「考藤さん、考藤さーん」と酔い潰れていた男に呼びかける。
……って、考藤? つい最近どこかで聞いた名前だ。
「……ああ、うるさい……頭が割れてしまいそうだ」
そして、考藤と呼ばれたその男は低く唸りなが体を起こすのだ。薄く開かれた鋭い糸目がちな目には覚えがあった。
確か、この人は昨日モルグの研究室で会った――。
「頭が割れてしまいそうなのは貴方が飲みすぎるからでしょう、ほら、水」
「あ゛ぁ……」
亡霊のような唸り声を上げながらも望眼から水の入ったグラスを受け取った考藤はそのままんぐんぐと飲み始める。そして一瞬で空にしていた。
水を飲んだことで少しは落ち着いたのだろうか、まだぼんやりとした目で望眼、そしてその横にいた俺を交互に見やる。
「望眼君が……二人?」
「ちょっとしっかりしてくださいよ考藤さん、ほら、全然違いますから」
なんだか、研究室で会ったときとはまるで印象が違う。
どういうことだ、これは。戸惑ったが、確かにお酒で人格が丸っと変わる人もいると聞くし考藤もそのタイプということなのだろうか。
そう自分を納得させながら、俺は「あの、良平と申します。あのときは、お世話になりました」と慌てて頭を下げる。
そんな俺に、考藤よりも望眼の方が先に反応した。
「って、え。お前考藤さんと知り合いだったのか?」
「知り合いというか、昨日少し道案内していただいたというか……」
「道案内?」と望眼が小首を傾げるのと、「ああ!」と考藤がいきなり起き上がるのはほぼ同時だった。
「君は……確か所長のお気に入りか。なんでこんなところに……」
「あー考藤さん。こいつはうちの営業部の新入りで、今回は社会見学の一環でちょっと考藤さんにも挨拶させておこうかと連れてきたんですよ。……っていうか、所長って……」
「お前、モルグさんと知り合いなの?」つかお気に入りってなんだよ、と小声で突っ込んでくる望眼に俺は内心冷や汗滲ませた。
そうだ、必然的にモルグとの関係まで知られるということになるのか。この展開は予測してなかっただけに「えーと、その、お気に入りというかただたまたま知り合って何度かお話しただけで……」とゴニョゴニョ口籠るしかなかった。
「……なるほど、社会見学勉強するのはいいことだな。けど、肝心の先輩が望眼で大丈夫なのか?」
「おっとー、厳しいっすね考藤さん」
「い、いえ、先輩には色々勉強させてもらってますので寧ろ助かってます!」
「良平ぁ……」
つい言葉を返せば、望眼は感動したように目をうるうると潤ませていた。対する考藤は目を細め、「いい後輩じゃないか、望眼君」と笑う。
「はは、可愛いでしょう? 俺の初後輩」
「けど、手を出すのはやめといた方がいいぞ。同じ部署なら特に」
「へ」
「って……な、何言ってるんですか……っ? 呑みすぎですから、考藤さん!」
「冗談だ、冗談……おい、グラスを下げるな」
表情が変わらない分、なかなか冗談がわかりにくい人だ。けど、思ったよりもフランクな人なのだろうか。
初めて会ったときは氷みたいに冷たくて淡々とした人だと思っただけに、余計戸惑う。けど、望眼とのやり取りを見てると二人が仲が良いのだとわかってなんだか安心した。
「おい、良平……だったか? お前も呑んだらいい、今夜は望眼の奢りだとよ」
「ちょ、考藤さん。冗談でしょ?」
「あ、あの……」
「はは、まあけど良平。お前の分だったら全然いいぞ。考藤さんは馬鹿みたいにガバガバ呑むから勘弁願いたいですけど」
「にゃんだと?」と既に呂律が怪しくなっている考藤に苦笑しつつ、「なにか呑みたいのあるのか?」と望眼に尋ねられ言葉に詰まる。
「あ、えと……俺、お酒はあんまり詳しくなくて……こういうお店も……」
「ああ、なるほど」
「……益々望眼には勿体ないですね」
「どういう意味っすか考藤さん……あっ、やっぱいいです。言わなくて」
すみません、と項垂れれば「じゃあお前が好きそうなの適当に頼んでやるよ」と望眼は笑う。やはり望眼は優しい。お願いします、と頭を下げれば、ふと向かい側の席の考藤がこちらを見ていることに気がついた。
「あ、あの……なんですか? 考藤さん」
そう恐る恐る名前を呼べば、「うーん」と考藤は唸るのだ。
「あー良平、酔っぱらいはあんま相手しなくていいから」
「俺は酔っ払ってない、しっかりしてる。意識も、ほら」
「ほらって……そういう人は大抵きてるんですよ」
「うるさい望眼、俺は良平君と話してる。……いや、ちょっと気になってな」
どうやら時間差で答えてくれたらしい。望眼は庇ってくれようとしているらしいが、酔っ払いとはいえこの程度ならば寧ろ嬉しいかもしれない。怖そうな人だと思っていた考藤がこうして話しかけてくれるのは。
「あの、気になるって……なにがですか?」
「君、うちの所長とはどこで知り合ったのかと思ってな」
「え……」
考藤の言葉にぎくりとした。
運ばれてきたグラスを望眼から受け取る。青と黄色が混ざりあった綺麗な色のお酒だ。
「えと、どこっていうか……」
「あの人の手癖の悪さは研究室でも有名だからな、どうせ飲みの席で片っ端から声をかけて知り合ったのかと思っていたがお前はお酒はあまり嗜まないらしい」
「え、えと……」
「考藤さん、モルグさんの愚痴言いたいだけでしょアンタ。ほら、考藤さんのおかわりも来てますよ」
「……ああ、やっときたのか」
敢えて自分の頼んだ酒を考藤に渡して気を逸らさせたようだ。受け取ったカクテルに気を取られている間、望眼はこっそりとこちらに口元を寄せる。
「あまり気にすんなよ、あの人の所長との不仲はうちの会社でも有名だから」
「あ……いえ、大丈夫です」
「そうかあ? ならいいけど」
笑う望眼に、ありがとうございますと頭を下げる。やはり細かいフォローもできる人だ。
望眼が一緒で助かったな、と思いつつも俺は望眼が頼んだお酒に口をつける。地下特有のお酒なのかもしれない、甘いフルーツジュースみたいでとても美味しかった。
「すごく飲みやすくて美味しいです、望眼さん」
「そりゃよかった。けど、あんまガブガブ飲むなよ? 流石に酔っ払い二人は手に余るからな」
「聞こえてるぞ、望眼」
「おーっと、考藤さんはクール系イケメンって営業部女子たちに人気ですよ~」
「……そうか」
あ、そこは満更でもないのか。
二人のやり取りを見守りながらも、なんだか俺はその場の雰囲気に酔ったようなふわふわとした心地よさを覚えていた。
これが社会人か……と思いながらも二人のやり取りを眺めているとあっという間に時間は過ぎて行く。
お酒というものは恐ろしいものだ。そんなに飲んでいなかったはずなのに、眼の前のグラスが空になる頃には脳の奥がじわじわと熱くなっていた。
全身の筋肉が弛緩したように動けなくなり、机に突っ伏しそうになっていた俺に気付いた望眼に「うお、大丈夫か?」と体を支えられる。
「ら、いじょうぶ……れふ……」
「お前めちゃくちゃ弱いな?! まじか?」
「良平、こういうのは経験だ。アルコールを摂取して免疫力をつける、生物としてそれが正しい成長だぞ」
「あーもーめちゃくちゃ言ってんなよ。考藤さんも言ってることおかしいし今夜はお開きにしますよ、お開き」
「お、おれにゃら……らいじょうぶれふ……」
「良平、その返事が大丈夫じゃねえ」
「ほら、立てるか?」と望眼に腕を掴まれる。その腕を握り返そうとするが、うまく力が入らない。そのまま望眼の腕にしがみつくままずるずると落ちていく体に「おいおい」と望眼に腰を掴まれた。がっしりと掴まれる感触に少し驚いたが、背中にくっつく望眼の体温が心地よくて思わずそのままもたれかかりそうになる。
「……っ、お、おい、良平……」
「望眼、直属の後輩はやめとけ」
「あ~~うるせえうるせえ、考藤さん、あんた一人で帰れよ」
「俺はカウンターで呑み直す」
「……アンタも相当だな」
頭の上で聞こえてくる望眼たちの声。会話の内容までは理解できなかったが、その低めの声が心地よくて更に意識が深いところに落ちていくのを俺は俯瞰して見ていた。
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