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CASE.06『ヴィラン派遣会社営業部』
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「いや~それにしても久し振りだよねえ、てか初めてになるのかな? このメンツで食事って」
「勝手に入ってくるやつがいたりはしたけどな」
「……良平、俺の飲み物取って」
「あ、は、はいっ! どうぞ……って、わわ……っ!」
ナハトが頼んだドリンクのグラスを渡そうとし、つい手が滑りそうになる。傾くグラスをすぐに受け止めたナハトは「なにやってんの」と眉根を寄せ、そしてそのまま受け取った。
「す、すみません……」
「まあまあ、気にしないで善家君。ナハトももう少し優しくしてやればいいのにねえ」
「……あんた、さっきから良平に慣れ慣れしすぎなんだけど。もう少し離れて座ったら?」
「あは、なに? もしかしてナハト妬いてるの~?」
「……は?」
部屋に入るまでは珍しく穏やか、いやまあほどほどにほのぼのとしていたはずなのに、どうしてこの三人は揃うと毎回揉めているのだろうか。
ぴしりと凍りつくナハトとは対象的に、モルグはというと既にお酒を頼んでいるようだ。
……って、お酒?
「も、モルグさん……休憩中なんじゃ……」
「大丈夫大丈夫、軽いやつだから~」
「放っておけ良平、そいつは非常時に泥酔したまま手術するやつだからな」
「ええっ?!」
「……はあ、本当信じられない」
「おい、お前は飲むなよ」そう釘を刺すようにノクシャスを睨むナハト。そんなナハトに、ノクシャスは「飲まねえよ、酔えるかこんなメンツで」と言い返した。
「アンタまで酔ったら手ぇ付けられなくなるしね。……ま、そんなことになる前に帰るけど」
「ナハトさん、やっぱりお忙しいんですか……?」
「……まあ、少なくとも暇じゃないよ」
「街に顔出してレッド・イルの野郎を探してんだろ? なんか情報掴めたのかよ」
「…………」
ノクシャスの言葉にナハトは無言で舌打ちをする。そして半ば乱暴にグラスを手にしたナハトは仮面を外し、そのまま中身を飲み干すのだ。
「……掴めてんなら今頃あいつの首をボスに渡してる」
そのままダン、とグラスを叩きつけるように置くナハト。めちゃくちゃ機嫌が悪い。
それはそうだろう。寧ろ俺はナハトにはレッド・イルの話題は触れない方が良いのだろうと思っていただけに、当たり前のように触れるノクシャスにも驚いた。
「最近ダウンタウンの方も浮ついてんだよなぁ。お前がやられるほどのヒーロー出てきたって」
「言っておくけどやられてない、一時退却しただけだから」
「そうそう、おまけに腕と腹に一発ずつもらってねえ」
「……モルグ」
「あ、今のは駄目だったんだ~?」
「……」
近い立場の者同士だから話せる話題もあるのだろうが、なんだか俺が聞いてていい話なのか不安になってしまう。必死に聞かないでおこうとするが、どうしてもナハトのことが気になってしまっては無意識に聞き耳を立ててしまうのだ。
「あいつは俺が仕留めるし、別に周りのことなんてどうでもいい。……はい、この話終わり」
「おーおー、なんだまだ癒えてねえのかよ」
「身体は完治したようだけどねえ~」
「ほんっとあんたら性格悪いよ。……ねえ、良平」
「へっ?」
「なにアホな声出してるの。……あんなたはどうだったの、初出勤」
まさかここで俺に話を振ってこられるとは思ってもいなかった。
三人の視線がこちらを向き、余計緊張してくる。
「確か営業部だったよねえ~? 俺、あんま営業部と関わりないから気になるなあ」
「ああ? あー、そっかテメェはな。医療チームは関係ねえもんな」
「そーそーそうなんだよねえ。でもあれだよね? 確か部長さんがあの……」
「んなおっさんの話なんかどうでもいいんだよ」
ほんの一瞬、部長の話題を出された瞬間ノクシャスの表情が強ばるのを見た。
なんだろうか、もしかして知り合いなのだろうか。気になったが、それ以上聞けるような雰囲気でもなかった。
モルグもそれに気付いたようだ。「ん~?」と不思議そうな顔をしていたのを見て、これは触れない方がいいやつではないかと直感する。
話題、話題を変えなければ。
「そ……そういえば俺、新しく社員さんの担当につくことになったんですけど……ナハトさんとノクシャスさんも担当の人とかいるんですか?」
必死に頭を回転させていい話題を見つけたつもりだったが、よく考えなくてもあまり話題を変えられていないかもしれない。
が、気付いたときにはもう遅い。
「あのさあ、俺達がそんなもの必要な立場に見える?」
「……は、珍しく気が合うな。そもそも、俺らの場合は依頼はボス通してからだからな。そこら辺のやつらとはちげえんだよ」
俺の聞いていた話ではこの会社は依頼主たちの仲介と斡旋メインと聞いていたが、ノクシャスたちはまた別枠ということなのだろうか。
目を白黒させてると、モルグがこちらへと身を寄せてくる。
「この二人はこの会社の中でも古株だからねえ、寧ろボス直々の仕事じゃないと受けないとか言い出す始末だから」
「な、なるほど……」
「……ねえ、それ小声のつもり? 普通に聞こえてんだけど」
「あらら、けどまー本当のことじゃん?」
モルグに笑いかけられたナハトは「まあそうだけど」とだけ口にする。あのナハトが素直に肯定するということだけでも相当だ。
「まあそういうわけだから営業部の連中とは関わる機会ねえんだよ」
「そうなんですか……」
「おい、なんで残念そうなんだよ」
「もしかしたら、俺も偉くなったら皆さんと仕事でお会いすることもできるのかなと思ってたので……」
嘘ではないが、やはりそもそもの立場が違うのだと思い知らされるようだった。
望み薄だとは分かっていたが、いざ聞くと少し寂しくなってしまう。
「てか、なに、別にわざわざ仕事で会わなくてもいいでしょ」
「え?」
「……寧ろ、もう似たようなもんだし」
ごにょ、と語尾を濁すナハトに思わず顔を上げれば、にやにやと笑うモルグと目が合ってハッとした。
「ナハトさぁ……」
「も、モルグさん! グラス空になってますね……! お酒、お酒注ぎますよ!」
「あ、ありがと~」
何か言い出しそうなモルグを止めることは成功したようだ、ついお酒をなみなみと注ぎすぎてしまったがモルグは気にしていないようなのでセーフだろう。
いつものような殺伐とした空気ではなく、平和とまで行かずともまあまあ和気藹々とした空気が流れていた。そんなときだった。モルグがテーブルに置いていた通信機がいきなり鳴り出したのだ。
「おい、うるせえぞ」
「あーはいはいごめんなさ~い……もしもーし、どうしたのぉ?」
そしてそう席を立ったモルグがそのまま部屋の外へと移動する。研究室からの連絡、ということなのだろうか。
暫くつまみを追加注文したりだらりとした時間が流れていた、そんな矢先だった。
天井から耳を劈くような警報が鳴り響き、驚いて飛び上がりそうになった。
空気中を振動させるように繰り返される警報、そしてすぐに立ち上がるナハト。対するノクシャスは「なにやってんだ、警備の連中は」と肩を竦める。
「あ、あの……これって……」
「別に珍しいことじゃねえよ、お客様が来るのはよくあることだからな」
「ノクシャスさん……」
「ナハト、そいつ部屋に連れ戻しとけ」
「支払いは」
「あ゛ーくそうるせえな、俺の名前でツケておけ!」
ナハトは「了解」とだけ続け、そしてどこからか取り出した仮面を嵌めるのだ。
個室を出ていこうとするノクシャスを止める暇もなかった。俺がつられて立ち上がろうとしてるのを見たナハトに「良平」と腕を掴まれる。
「な、ナハトさん……あの、大丈夫なんでしょうか? お客様って……」
「そこら辺の勘違いした身の程知らずか、大抵ヒーローもどきがやってきてるだけ。……ノクシャスに任せとけばいい、あいつこういうときは役に立つから」
「……それより、あんたはこっち」そうナハトに腕を引かれる。仮面越しだからか、余計ナハトが落ち着いてるように見えた。
俺はナハトに従い、そのまま個室を後にした。
――本社、社員食堂内。
食堂内には個室同様警報が鳴り響いていたが、食堂内を徘徊する配給型ロボットも食事をしている社員たちも皆動じることはなかった。
「あれぇ~、ノクシャス行っちゃったんだ」
「モルグさん」
「ナハトがソレつけてるってことは、もしかしてもうお開きって感じ?」
「そう、警戒レベルBだけどこいつになにかあったら困るから」
「なるほどねえ、残念だけどボスとの約束もあるもんねぇ」
警戒レベルって何だろう、言葉からはなんとなく重要度は低そうな感じではあるが……。
気になってちらりとナハトに目を向ければ、視線が合った……ような気がした。そして仮面のままナハトはぷいと顔を背けるのだ。
「とにかく、アンタもどうせ呼び出しなんじゃない? さっさと研究室に戻れば?」
「ん~そのことなんだけど寧ろ逆なんだよねえ」
モルグの言葉に、「逆?」と俺とナハトの声が重なった。
「マネするなよ」と睨まれたが無茶を言わないでほしい。
「ま、詳しいことは移動しながら説明するよ。……あーあ、せっかく気持ち良くなってきたところだったのになぁ」
言いながらモルグは歩き出す。
その間も警報は鳴り続けており、いくらナハトたちが一緒だとしても気もそぞろだった。
原因は間違いなくこの警報のせいだろう、寧ろその音と言うべきだろうか。
昔、よくヴィランによる襲撃があったときこの警報が町中に設置されたこのスピーカーから流れていた。まだ子供だった頃、ヴィラン関係のテレビニュースを見ているときにもその音が流れる度に驚いて怯えていた俺に、兄は「これはヒーローが来る合図のようなものだから怖がらなくていい」と優しく教えてくれた。
……それからだ、過剰に恐怖心を抱くことがなくなったのは。
ヒーロー協会の存在が大きくなって、ヒーローというものが当たり前にそこら中にいるようになった今ではなかなか実際に聞くことはなくなっていた。だからこそ余計、しかもヴィランたちの世界で聞くことになっているわけだから変な感じがするのかもしれない。
それから俺は、ナハトとモルグたちとともに社員食堂の裏口から出て社員寮へと向かうことになる。
「それにしても、皆さん落ち着いてますね。さっき日常的にあるって言ってましたけど……」
「そのままの意味だよ」
「うちの会社ってほら、この界隈でもわりと異質でねえ。他のヴィランたちに疎ましがられることもあるんだよぉ」
「な、なんでですか?」
「さぁね、なんでなのナハト~?」
「頭でっかちで縄張り意識の高いやつらからしてみれば、俺達はプライドを捨てて安定を取った飼い犬だってさ。……ほんっと、くだらない」
仮面越しからだとその表情は分からないが、きっと怒っていることだけはわかった。
俺の部屋は、社員たちの中でもセキュリティも強固な上層部専用のフロアにある。
ナハトが認証システムで呼び出したエレベーターに俺達はそのまま乗り込んだ。
「それで、他のヴィランさんたちが殴り込みに来る……ってことですか?」
「まあ、大体それ。……そうじゃない場合はもっも質が悪いけど」
先程のナハトたちの会話を思い出す。
――ヒーローがやってきた場合か。
「あ、そだ。因みに、今回はヒーローみたいだよ、襲撃にきたの」
「……なんで知ってんの?」
「さっき連絡来てたんだよねえ、どうやらこの間ナハトが奪った《あれ》狙いみたいだよ」
「…………」
あれ、というのはヒーロー協会の研究所にナハトが侵入したときのことを言ってるのか。ものの詳しい内容までは分からないが、エレベーター筐体の空気がひやりとしたものになる。
「ナハトさん……」
今にも外へと向かい出しそうなナハトに不安になって声をかければ、「分かってる」とナハトは小さく口にした。
「ここはノクシャスに任せておく。……じゃないと、アンタを守るやつがいなくなるから」
その言葉とともにエレベーターの扉が開いた。
あのナハトがそこまで言ってくれるとは思わなかった。いや、違う。ナハトに他意はないはずだ。兄の命令があれど、それでもそんな風にナハトが考えてくれてるのが嬉しくて少しだけ頬が熱くなるのを慌てて俯く。そんなとき。
「あ、ついでに僕のことも守ってね~」
「アンタは死なないでしょ」
「でも、僕が攫われたりでもしたら大変でしょ~? だから、襲撃が収まるまで身を隠しておけって部下の子たちからも言われたんだよねえ」
けろりとした顔で続けるモルグに何かナハトは言いかけたが、やめた。言い返しても不毛だと判断したらしい。俺もそう思う。
「……守られたいならそれ相応の態度でいろよ」
既にやや疲れているナハトに申し訳なりつつ、そのまま俺はナハトに引っ張られる形で自室へと戻ることとなる。
◆ ◆ ◆
――社員寮・自室。
部屋へと戻ってきたときには警報は解錠されていたが、念の為ということもあって今晩は俺の部屋で二人(というか主にナハト)が警護についてくれるようだ。
取り敢えず着替えて風呂に入ったり、途中乱入してきたモルグをナハトが手刀で気絶させて回収したりと色々してるうちにあっという間に夜は更けていく。
寝間着に着替えた俺と、相変わらず気絶したまま床に転がされてるモルグ。ナハトにもシャワーを勧めたのだが、「今はやめておく」とナハトは断った。自分がいなくなったら俺が一人になることを心配してくれたのかもしれない、うち一人はナハト本人が気絶させたのだが。
「ナハトさん、今日はありがとうございました」
「……別に。アンタは明日も働くの?」
「はい、……あっ! そうだ、返信確認しないと……!」
「返信?」
「は、はい……さっきちらっとタブレット見たとき確か担当の方から連絡がきてて……」
言いながら、仕事用の鞄からタブレットをもたもたと取り出す。そして案の定サディークから連絡が入っていた。
その内容は、明日の昼にまた食事にでもどうかというような内容だ。
「えと、『分かりました』……っと……」
「良平、お前入力してる文字口で出すの?」
「あ……すみません、つい……」
「別にいいけど、パスワードまで読み上げそうだな」
「そ、そこまでじゃないです……っ!」
……多分。
なんてやり取りしつつ完成したメッセージを送れば、すぐにサディークからの返信が返ってきた。
『今何してる?』という内容だ。それを俺の背後から覗き込んで見ていたナハトは「お前に関係ないだろ」と吐き捨てる。
「……って、な、なに見てるんですか……!」
「なんで隠すの?」
「だ、駄目ですよっ! 業務内容なので……!」
「……ふーん、あっそ」
そう慌ててタブレットを隠したのが癪に障ったようだ、ナハトはムスッとしたまま向かい側のソファーへと戻った。
言い過ぎただろうか。つんとそっぽ向くナハトに少し反省したが、仕事は仕事だ。公私混同はよくないと望眼にも言われたし……と自分に言い聞かせつつ『お風呂に入って、部屋でゆっくりしてました』とサディークに送る。
「風呂入ったことをいちいち報告する必要なくない?」
「な、ナハトさん見ないでくださいって……!」
「見てない。俺のペットが勝手に情報教えてくれただけ」
「俺は悪くないし」と再びソファーに不貞寝するナハト。先程まで少し仕事モードでかっこいいと思っていたが、すっかりいつものナハトになっている。
けど、ここ最近バタバタしていたのでこういうやり取りもなんだか嬉しく思えてしまうのは俺がおかしいのか。
なんて浸っている間にまた返信が届いた。
『俺もコーヒー飲んでた』
「どうでもいい、無視しろ」
「な、ナハトさん……っ!」
「てか、仕事のやり取り部屋でまでしなくていいでしょ。……さっきからずっとタブレットばっか弄ってるし」
言いながらむくりと起き上がったナハトはこちらを向く。ずっとと言ったって、多分三十分も経っていないはずだが……。そう思って、はっとした。
……もしかしてナハトさん、寂しがっているのか?
「……わ、分かりました、もう今夜はタブレット見ません。……へへ」
「なにその笑い方、キモ」
「き……ッ」
「仕事終わったんだったらさっさと寝なよ」
あれ、一緒にゲームしたいとかそういうのじゃないのか……?
思いの外冷たいナハトに戸惑いつつ、これ以上取り付く島もない俺はナハトに言われるまますごすごと寝室へと向かう。
別に進展したいとか、この間のあれやそれとかを気にしてほしいわけではないが、ないけども。
あまりにも素っ気ないというかいつもと変わらないナハトを前に、そこで俺は自分自身がナハトに対して無意識に期待してしまっていたということに気付かされる。
とはいえど、ナハトもナハトなりに社会人になった俺を気遣ってくれているのかもしれない。気絶させられたままのモルグのことはナハトに任せておけば大丈夫だろう。
俺は悶々とした気持ちのまま一人冷たいベッドに潜り込んだ。
「勝手に入ってくるやつがいたりはしたけどな」
「……良平、俺の飲み物取って」
「あ、は、はいっ! どうぞ……って、わわ……っ!」
ナハトが頼んだドリンクのグラスを渡そうとし、つい手が滑りそうになる。傾くグラスをすぐに受け止めたナハトは「なにやってんの」と眉根を寄せ、そしてそのまま受け取った。
「す、すみません……」
「まあまあ、気にしないで善家君。ナハトももう少し優しくしてやればいいのにねえ」
「……あんた、さっきから良平に慣れ慣れしすぎなんだけど。もう少し離れて座ったら?」
「あは、なに? もしかしてナハト妬いてるの~?」
「……は?」
部屋に入るまでは珍しく穏やか、いやまあほどほどにほのぼのとしていたはずなのに、どうしてこの三人は揃うと毎回揉めているのだろうか。
ぴしりと凍りつくナハトとは対象的に、モルグはというと既にお酒を頼んでいるようだ。
……って、お酒?
「も、モルグさん……休憩中なんじゃ……」
「大丈夫大丈夫、軽いやつだから~」
「放っておけ良平、そいつは非常時に泥酔したまま手術するやつだからな」
「ええっ?!」
「……はあ、本当信じられない」
「おい、お前は飲むなよ」そう釘を刺すようにノクシャスを睨むナハト。そんなナハトに、ノクシャスは「飲まねえよ、酔えるかこんなメンツで」と言い返した。
「アンタまで酔ったら手ぇ付けられなくなるしね。……ま、そんなことになる前に帰るけど」
「ナハトさん、やっぱりお忙しいんですか……?」
「……まあ、少なくとも暇じゃないよ」
「街に顔出してレッド・イルの野郎を探してんだろ? なんか情報掴めたのかよ」
「…………」
ノクシャスの言葉にナハトは無言で舌打ちをする。そして半ば乱暴にグラスを手にしたナハトは仮面を外し、そのまま中身を飲み干すのだ。
「……掴めてんなら今頃あいつの首をボスに渡してる」
そのままダン、とグラスを叩きつけるように置くナハト。めちゃくちゃ機嫌が悪い。
それはそうだろう。寧ろ俺はナハトにはレッド・イルの話題は触れない方が良いのだろうと思っていただけに、当たり前のように触れるノクシャスにも驚いた。
「最近ダウンタウンの方も浮ついてんだよなぁ。お前がやられるほどのヒーロー出てきたって」
「言っておくけどやられてない、一時退却しただけだから」
「そうそう、おまけに腕と腹に一発ずつもらってねえ」
「……モルグ」
「あ、今のは駄目だったんだ~?」
「……」
近い立場の者同士だから話せる話題もあるのだろうが、なんだか俺が聞いてていい話なのか不安になってしまう。必死に聞かないでおこうとするが、どうしてもナハトのことが気になってしまっては無意識に聞き耳を立ててしまうのだ。
「あいつは俺が仕留めるし、別に周りのことなんてどうでもいい。……はい、この話終わり」
「おーおー、なんだまだ癒えてねえのかよ」
「身体は完治したようだけどねえ~」
「ほんっとあんたら性格悪いよ。……ねえ、良平」
「へっ?」
「なにアホな声出してるの。……あんなたはどうだったの、初出勤」
まさかここで俺に話を振ってこられるとは思ってもいなかった。
三人の視線がこちらを向き、余計緊張してくる。
「確か営業部だったよねえ~? 俺、あんま営業部と関わりないから気になるなあ」
「ああ? あー、そっかテメェはな。医療チームは関係ねえもんな」
「そーそーそうなんだよねえ。でもあれだよね? 確か部長さんがあの……」
「んなおっさんの話なんかどうでもいいんだよ」
ほんの一瞬、部長の話題を出された瞬間ノクシャスの表情が強ばるのを見た。
なんだろうか、もしかして知り合いなのだろうか。気になったが、それ以上聞けるような雰囲気でもなかった。
モルグもそれに気付いたようだ。「ん~?」と不思議そうな顔をしていたのを見て、これは触れない方がいいやつではないかと直感する。
話題、話題を変えなければ。
「そ……そういえば俺、新しく社員さんの担当につくことになったんですけど……ナハトさんとノクシャスさんも担当の人とかいるんですか?」
必死に頭を回転させていい話題を見つけたつもりだったが、よく考えなくてもあまり話題を変えられていないかもしれない。
が、気付いたときにはもう遅い。
「あのさあ、俺達がそんなもの必要な立場に見える?」
「……は、珍しく気が合うな。そもそも、俺らの場合は依頼はボス通してからだからな。そこら辺のやつらとはちげえんだよ」
俺の聞いていた話ではこの会社は依頼主たちの仲介と斡旋メインと聞いていたが、ノクシャスたちはまた別枠ということなのだろうか。
目を白黒させてると、モルグがこちらへと身を寄せてくる。
「この二人はこの会社の中でも古株だからねえ、寧ろボス直々の仕事じゃないと受けないとか言い出す始末だから」
「な、なるほど……」
「……ねえ、それ小声のつもり? 普通に聞こえてんだけど」
「あらら、けどまー本当のことじゃん?」
モルグに笑いかけられたナハトは「まあそうだけど」とだけ口にする。あのナハトが素直に肯定するということだけでも相当だ。
「まあそういうわけだから営業部の連中とは関わる機会ねえんだよ」
「そうなんですか……」
「おい、なんで残念そうなんだよ」
「もしかしたら、俺も偉くなったら皆さんと仕事でお会いすることもできるのかなと思ってたので……」
嘘ではないが、やはりそもそもの立場が違うのだと思い知らされるようだった。
望み薄だとは分かっていたが、いざ聞くと少し寂しくなってしまう。
「てか、なに、別にわざわざ仕事で会わなくてもいいでしょ」
「え?」
「……寧ろ、もう似たようなもんだし」
ごにょ、と語尾を濁すナハトに思わず顔を上げれば、にやにやと笑うモルグと目が合ってハッとした。
「ナハトさぁ……」
「も、モルグさん! グラス空になってますね……! お酒、お酒注ぎますよ!」
「あ、ありがと~」
何か言い出しそうなモルグを止めることは成功したようだ、ついお酒をなみなみと注ぎすぎてしまったがモルグは気にしていないようなのでセーフだろう。
いつものような殺伐とした空気ではなく、平和とまで行かずともまあまあ和気藹々とした空気が流れていた。そんなときだった。モルグがテーブルに置いていた通信機がいきなり鳴り出したのだ。
「おい、うるせえぞ」
「あーはいはいごめんなさ~い……もしもーし、どうしたのぉ?」
そしてそう席を立ったモルグがそのまま部屋の外へと移動する。研究室からの連絡、ということなのだろうか。
暫くつまみを追加注文したりだらりとした時間が流れていた、そんな矢先だった。
天井から耳を劈くような警報が鳴り響き、驚いて飛び上がりそうになった。
空気中を振動させるように繰り返される警報、そしてすぐに立ち上がるナハト。対するノクシャスは「なにやってんだ、警備の連中は」と肩を竦める。
「あ、あの……これって……」
「別に珍しいことじゃねえよ、お客様が来るのはよくあることだからな」
「ノクシャスさん……」
「ナハト、そいつ部屋に連れ戻しとけ」
「支払いは」
「あ゛ーくそうるせえな、俺の名前でツケておけ!」
ナハトは「了解」とだけ続け、そしてどこからか取り出した仮面を嵌めるのだ。
個室を出ていこうとするノクシャスを止める暇もなかった。俺がつられて立ち上がろうとしてるのを見たナハトに「良平」と腕を掴まれる。
「な、ナハトさん……あの、大丈夫なんでしょうか? お客様って……」
「そこら辺の勘違いした身の程知らずか、大抵ヒーローもどきがやってきてるだけ。……ノクシャスに任せとけばいい、あいつこういうときは役に立つから」
「……それより、あんたはこっち」そうナハトに腕を引かれる。仮面越しだからか、余計ナハトが落ち着いてるように見えた。
俺はナハトに従い、そのまま個室を後にした。
――本社、社員食堂内。
食堂内には個室同様警報が鳴り響いていたが、食堂内を徘徊する配給型ロボットも食事をしている社員たちも皆動じることはなかった。
「あれぇ~、ノクシャス行っちゃったんだ」
「モルグさん」
「ナハトがソレつけてるってことは、もしかしてもうお開きって感じ?」
「そう、警戒レベルBだけどこいつになにかあったら困るから」
「なるほどねえ、残念だけどボスとの約束もあるもんねぇ」
警戒レベルって何だろう、言葉からはなんとなく重要度は低そうな感じではあるが……。
気になってちらりとナハトに目を向ければ、視線が合った……ような気がした。そして仮面のままナハトはぷいと顔を背けるのだ。
「とにかく、アンタもどうせ呼び出しなんじゃない? さっさと研究室に戻れば?」
「ん~そのことなんだけど寧ろ逆なんだよねえ」
モルグの言葉に、「逆?」と俺とナハトの声が重なった。
「マネするなよ」と睨まれたが無茶を言わないでほしい。
「ま、詳しいことは移動しながら説明するよ。……あーあ、せっかく気持ち良くなってきたところだったのになぁ」
言いながらモルグは歩き出す。
その間も警報は鳴り続けており、いくらナハトたちが一緒だとしても気もそぞろだった。
原因は間違いなくこの警報のせいだろう、寧ろその音と言うべきだろうか。
昔、よくヴィランによる襲撃があったときこの警報が町中に設置されたこのスピーカーから流れていた。まだ子供だった頃、ヴィラン関係のテレビニュースを見ているときにもその音が流れる度に驚いて怯えていた俺に、兄は「これはヒーローが来る合図のようなものだから怖がらなくていい」と優しく教えてくれた。
……それからだ、過剰に恐怖心を抱くことがなくなったのは。
ヒーロー協会の存在が大きくなって、ヒーローというものが当たり前にそこら中にいるようになった今ではなかなか実際に聞くことはなくなっていた。だからこそ余計、しかもヴィランたちの世界で聞くことになっているわけだから変な感じがするのかもしれない。
それから俺は、ナハトとモルグたちとともに社員食堂の裏口から出て社員寮へと向かうことになる。
「それにしても、皆さん落ち着いてますね。さっき日常的にあるって言ってましたけど……」
「そのままの意味だよ」
「うちの会社ってほら、この界隈でもわりと異質でねえ。他のヴィランたちに疎ましがられることもあるんだよぉ」
「な、なんでですか?」
「さぁね、なんでなのナハト~?」
「頭でっかちで縄張り意識の高いやつらからしてみれば、俺達はプライドを捨てて安定を取った飼い犬だってさ。……ほんっと、くだらない」
仮面越しからだとその表情は分からないが、きっと怒っていることだけはわかった。
俺の部屋は、社員たちの中でもセキュリティも強固な上層部専用のフロアにある。
ナハトが認証システムで呼び出したエレベーターに俺達はそのまま乗り込んだ。
「それで、他のヴィランさんたちが殴り込みに来る……ってことですか?」
「まあ、大体それ。……そうじゃない場合はもっも質が悪いけど」
先程のナハトたちの会話を思い出す。
――ヒーローがやってきた場合か。
「あ、そだ。因みに、今回はヒーローみたいだよ、襲撃にきたの」
「……なんで知ってんの?」
「さっき連絡来てたんだよねえ、どうやらこの間ナハトが奪った《あれ》狙いみたいだよ」
「…………」
あれ、というのはヒーロー協会の研究所にナハトが侵入したときのことを言ってるのか。ものの詳しい内容までは分からないが、エレベーター筐体の空気がひやりとしたものになる。
「ナハトさん……」
今にも外へと向かい出しそうなナハトに不安になって声をかければ、「分かってる」とナハトは小さく口にした。
「ここはノクシャスに任せておく。……じゃないと、アンタを守るやつがいなくなるから」
その言葉とともにエレベーターの扉が開いた。
あのナハトがそこまで言ってくれるとは思わなかった。いや、違う。ナハトに他意はないはずだ。兄の命令があれど、それでもそんな風にナハトが考えてくれてるのが嬉しくて少しだけ頬が熱くなるのを慌てて俯く。そんなとき。
「あ、ついでに僕のことも守ってね~」
「アンタは死なないでしょ」
「でも、僕が攫われたりでもしたら大変でしょ~? だから、襲撃が収まるまで身を隠しておけって部下の子たちからも言われたんだよねえ」
けろりとした顔で続けるモルグに何かナハトは言いかけたが、やめた。言い返しても不毛だと判断したらしい。俺もそう思う。
「……守られたいならそれ相応の態度でいろよ」
既にやや疲れているナハトに申し訳なりつつ、そのまま俺はナハトに引っ張られる形で自室へと戻ることとなる。
◆ ◆ ◆
――社員寮・自室。
部屋へと戻ってきたときには警報は解錠されていたが、念の為ということもあって今晩は俺の部屋で二人(というか主にナハト)が警護についてくれるようだ。
取り敢えず着替えて風呂に入ったり、途中乱入してきたモルグをナハトが手刀で気絶させて回収したりと色々してるうちにあっという間に夜は更けていく。
寝間着に着替えた俺と、相変わらず気絶したまま床に転がされてるモルグ。ナハトにもシャワーを勧めたのだが、「今はやめておく」とナハトは断った。自分がいなくなったら俺が一人になることを心配してくれたのかもしれない、うち一人はナハト本人が気絶させたのだが。
「ナハトさん、今日はありがとうございました」
「……別に。アンタは明日も働くの?」
「はい、……あっ! そうだ、返信確認しないと……!」
「返信?」
「は、はい……さっきちらっとタブレット見たとき確か担当の方から連絡がきてて……」
言いながら、仕事用の鞄からタブレットをもたもたと取り出す。そして案の定サディークから連絡が入っていた。
その内容は、明日の昼にまた食事にでもどうかというような内容だ。
「えと、『分かりました』……っと……」
「良平、お前入力してる文字口で出すの?」
「あ……すみません、つい……」
「別にいいけど、パスワードまで読み上げそうだな」
「そ、そこまでじゃないです……っ!」
……多分。
なんてやり取りしつつ完成したメッセージを送れば、すぐにサディークからの返信が返ってきた。
『今何してる?』という内容だ。それを俺の背後から覗き込んで見ていたナハトは「お前に関係ないだろ」と吐き捨てる。
「……って、な、なに見てるんですか……!」
「なんで隠すの?」
「だ、駄目ですよっ! 業務内容なので……!」
「……ふーん、あっそ」
そう慌ててタブレットを隠したのが癪に障ったようだ、ナハトはムスッとしたまま向かい側のソファーへと戻った。
言い過ぎただろうか。つんとそっぽ向くナハトに少し反省したが、仕事は仕事だ。公私混同はよくないと望眼にも言われたし……と自分に言い聞かせつつ『お風呂に入って、部屋でゆっくりしてました』とサディークに送る。
「風呂入ったことをいちいち報告する必要なくない?」
「な、ナハトさん見ないでくださいって……!」
「見てない。俺のペットが勝手に情報教えてくれただけ」
「俺は悪くないし」と再びソファーに不貞寝するナハト。先程まで少し仕事モードでかっこいいと思っていたが、すっかりいつものナハトになっている。
けど、ここ最近バタバタしていたのでこういうやり取りもなんだか嬉しく思えてしまうのは俺がおかしいのか。
なんて浸っている間にまた返信が届いた。
『俺もコーヒー飲んでた』
「どうでもいい、無視しろ」
「な、ナハトさん……っ!」
「てか、仕事のやり取り部屋でまでしなくていいでしょ。……さっきからずっとタブレットばっか弄ってるし」
言いながらむくりと起き上がったナハトはこちらを向く。ずっとと言ったって、多分三十分も経っていないはずだが……。そう思って、はっとした。
……もしかしてナハトさん、寂しがっているのか?
「……わ、分かりました、もう今夜はタブレット見ません。……へへ」
「なにその笑い方、キモ」
「き……ッ」
「仕事終わったんだったらさっさと寝なよ」
あれ、一緒にゲームしたいとかそういうのじゃないのか……?
思いの外冷たいナハトに戸惑いつつ、これ以上取り付く島もない俺はナハトに言われるまますごすごと寝室へと向かう。
別に進展したいとか、この間のあれやそれとかを気にしてほしいわけではないが、ないけども。
あまりにも素っ気ないというかいつもと変わらないナハトを前に、そこで俺は自分自身がナハトに対して無意識に期待してしまっていたということに気付かされる。
とはいえど、ナハトもナハトなりに社会人になった俺を気遣ってくれているのかもしれない。気絶させられたままのモルグのことはナハトに任せておけば大丈夫だろう。
俺は悶々とした気持ちのまま一人冷たいベッドに潜り込んだ。
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