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CASE.05『お目付け役の役目』
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「っお゛、お前……っ」
ノクシャスが言葉に詰まっている。
なるべくいつもと変わらないように受け答えしたつもりだったのだが、なにかまずかったのだろうか。
「あの、ノクシャスさ……」
ん、と呼びかけるよりも先にノクシャスに腕を掴まれた。「え」と固まる俺を半ば強引に引き摺り、ノクシャスはそのまま部屋の奥へとずかずかと突き進む。
まずい、と思ったが、俺は振り回されることが精一杯だった。
そして。
「おいコラモルグテメェ! こいつに手ぇ出しやがったなお前っ!!」
ソファーの上、乱れた服を着直すどころか下着一枚で寛いでいたモルグは持っていたコーヒーカップを掲げ、「やほ~ノクシャス」となんとも気の抜けた挨拶をしてみせる。
が、無論そんな和やかな空気ではない。主にノクシャスが。
「『やほ~』じゃねえんだよ、お前誰に手ぇ出してんのかわかってんのか?! こいつは……っ!」
「ボスの弟、でしょ? 別に関係ないでしょ~、それに僕と善家君の場合は『合意』だしねえ」
「ねー善家君」と微笑みかけられ、俺は今一度合意という言葉の意味を振り返る。
……いや、合意……なのか……?
「いい加減な野郎とは思ったがここまでとはな」
「大丈夫大丈夫、その子もう処女じゃないって言ってたから」
「は?」
「も、モルグさんっ!」
「こんなところに四六時中箱詰めにされても可哀想じゃ~ん。娯楽も刺激もないと人は駄目になっちゃうからねえ」
だからって今俺が初めてじゃないってことをノクシャスに言う必要はあったのか?!
軽すぎるモルグの口に顔が赤くなる。
「の、ノクシャスさん、これはその色々事情があって……その……」
とにかくこの場を上手く回避しなければならない。そうアワアワとノクシャスを見上げれば、ノクシャスと目があった。
「つか、お前この前は『初めて』つってたよなァ? 誰だ、相手は」
尖った牙を剥き出しにして唸るノクシャス。何故ノクシャスがそんなに怒ってるのか俺にはわからなかったが、確かにそんなことを言ったような気もする。
なんて答えても噛み付かれてしまいそうだが、それでも俺はなるべく丸く収まりそうな言葉を探すのだ。
「あ……あー、えーと……その……」
「ナハトだよぉ~」
「モルグさん?!」
「えー、別に隠さなくてもいいじゃ~ん。どうせすぐバレるって」
そういう問題ではないのだ。もう今度からモルグには大切な話はしない、絶対にしないぞと心に決めてると。
「あのクソガキ、散々人を性獣扱いしていたくせにこれかよ……っ!! くそ、こんなことなら……っ」
隣で唸るノクシャスに思わず震え上がる。
こんなことなら、なんなのだ。ノクシャスに掴まれたままになっていた腕に力が入り、ひいっと震え上がったとき、その目がぎろりとこちらを見下ろした。
「お前もお前だ、俺はあれほど言ったよなァ?! こいつには気を付けろってっ!」
「ひっ、だ、だってでも……っ!」
「仕方ないよぉ、善家君えっち好きだもんねえ~」
「モルグさんは黙っててください……っ!」
「え~~?」
音圧と眼力で押しつぶされそうになりながらも、俺はこの場をどうするか考える。
確かにノクシャスには前々からモルグについては色々言われてた。そのことをすっかり忘れた俺も俺だが、まあ……なんというか……。
「に、兄さんにはこのことは言わないでください……っ」
そう二人に向かって頭を下げる。
このまま口止めをしなければあっという間に主にモルグ経由で色々広がってしまいそうな気がした。
お願いします、と続けるよりも先に「言えるかよ、んなこと」とノクシャスに突っ込まれる。
そしてノクシャスは苛ついたように髪を掻き上げ、そして深く溜息を吐く。
「やっぱテメェと二人きりにさせんじゃなかったわ、この変態野郎」
「人を変態変態言うけどさあ、そもそもノクシャスだって人のこと言えないよねえ~?」
「ああ?」
「なんで善家君が初めてだって知ってたのぉ?」
今度はモルグに詰められ、ノクシャスはぐっと言葉を飲んだ。
確かあのときは……と思い出して、ハッとした。そうだ、ノクシャスと初めてあったとき、お酒を飲んで色々あったあのときだ。
「それは……ッ、テメェには関係ねえだろうが」
「まさかとは思うけどぉ~~ノクシャス、お前だって善家君にちょっかいかけてたんじゃないのぉ?」
「だったらなんだよ、前立腺マッサージしといてとうとう直接手ぇ出したやつにごちゃごちゃ言われたかねえんだよ!」
「の、ノクシャスさん……」
それはもう全部バラしてるようなものではないでしょうか、という俺のツッコミは言葉にならなかった。ノクシャスに掴みかかられそうになり、それをひょいと避けたモルグは一口コーヒーを飲む。
「まあまあ、落ち着きなよぉノクシャス。君のその短気で短絡的で浅慮で考えなしな単細胞な性格もきっと溜まってるからだよぉ、君最近女抱いてないでしょ?」
「テメェ、好き勝手言いやがって……ッ」
「ってなわけで、口止め料。善家君が払ってくれるってよ」
「体で」と服の裾を掴まれ、そのままぺろんと捲られる。俺もノクシャスもまさかそんな流れになるとは思わなかった。
「モルグさんっ」と慌ててモルグの手を掴むが、そのままモルグは「まーまー」と俺の胸を撫でるのだ。
「ほら、ノクシャス。この子こんな顔して感度めちゃくちゃ良いんだよぉ」
「も、モルグさん……本当に……ッ、ん……っ」
「君も任務ばっかで疲れてるんだよぉ、息抜きに相手してもらいなよぉ」
「……ッ、……て、めぇ……」
ちゅ、とどさくさに紛れてモルグに頬にキスされる。こそばゆさとノクシャスに見られてるという恥ずかしさ、それ以上にまだ先程までの行為の熱が残っている中、この状況をまだ飲み込めずにいた。
ノクシャスがこちらを見ている。額に青筋を浮かばせ、今にもモルグに殴り掛かりそうな気配すらあるノクシャスの気迫に震える。
「ほら、善家君も可愛く誘ってみなよ~」
さっきみたいに、と円を描くように乳首の側面、その乳輪部分を柔らかく撫でられれば上半身が震える。
「の、ノクシャスさん……」
た、助けてください……。
そう小首を振り、目の前のノクシャスを見上げたとき。伸びてきたノクシャスの腕に掴まれる。そして抱き寄せられる体。
「ん~? なあに、それ?」
「……こいつは俺が見る」
「え、え……?! あ、の、ノクシャスさん……っ?!」
「へえ?」と片眉を上げるモルグを無視して、ノクシャスはそのまま俺を小脇に抱えて歩き出す。
その足の向かう先は部屋の外だ。まるで荷物かなにかのように軽々と抱えられた体は浮き、「ノクシャスさん!」と呼び止めるがノクシャスはガン無視である。
「じゃ、僕は暫くここで休ませてもらうかな~」
どういうことだ、モルグもなんでそんなに落ち着いてるのか。
ノクシャスを止めもしないモルグに見送られながら、俺はノクシャスに堂々と連れ出されるのであった。
「あ、あの、ノクシャスさん……っ!」
ノクシャスの大きな手のひらを振り払うことなどできない。
どこまで行くつもりなのだろうか、と必死にその広い歩幅に追いつこうとするが足元がふらついてしまう。そのままよろめきそうになったとき、ノクシャスに抱き止められた。
「あ……っ、ご……めんなさ……」
「はあ……」
それは大きな溜息だった。
人通りの少ない通路のど真ん中、ようやく立ち止まったノクシャスはこちらを振り返るのだ。
「ノクシャスさ……」
と言いかけた矢先だった。いきなり足元が浮く。ノクシャスの小脇に抱えられたと気付いたときには遅い。
「あの、ノクシャスさんっ、待って下さい……!」
「うるせえ、舌噛むぞ。……歩けねえんだろ」
「う……で、でも、流石にこれは……お、俺軽くないですし……っ!」
「テメェくらい持てねえわけねえだろ。つうか、トレーニングルームの一番軽いダンベルより軽いぞお前」
それはヴィランの人たちの馬力がおかしいだけなのでは、と思ったが、本当に軽々と抱えられてしまうと何も言い返すこともできなかった。
もしこんなところを誰かにでも見られたら、とも思ったが、暴れたところで疲れるだけだろう。俺はノクシャスに甘えることにした。
そして、ノクシャスに連れられてやってきたのはナハトの部屋からそう遠くはない扉の前だった。ノクシャスが扉の前に立つと扉は自動で開く。
そしてそのままノクシャスが部屋へと足を踏み入れれば部屋の照明が点灯する。
トレーニング器具や使い方も分からないような武器、それらを手入れするための道具などが散らかったその室内。
扉が一人手に閉まるのを尻目に、ノクシャスはそのまま俺を下ろした。放り投げられるかと思ったが、存外優しく地面に降ろされ戸惑う。
「あ、あの、ここって」
「俺の部屋。あの変態が入ってこれない場所、ここしか思い浮かばねえから連れてきただけだ」
「言っとくが他意はねえからな」と念押しされる。思わず勢いで「わかりました」と返事してしまうが、他意とはどういうことだろうか。
「あれほど忠告してやったはずだがな」
「す、すみません……」
「風呂入ってそのクセー匂いどうにかしろ。あと頭も冷やしてこい。他のやつらに見つかる前にな」
なるほど、そのために俺を連れてきたのか。
そんなに臭かったのだろうかとすんすんと匂いを嗅いでみるが、やはり自分では分からない。けど、ノクシャスに速攻事後だと見破られるくらいだ。いたたまれなくなり、俺は「はい」と項垂れる。
そしてシャワールームへとお邪魔しようと思うが、ノクシャスの部屋には扉がいくつもあってわからなかった。部屋の中を右往左往してると、どすどすと大股でやってきたノクシャスに「こっちだこっち!」と捕まえられる。
そしてそのまま首根っこを掴まれて脱衣室まで連行される俺。
「わ……ノクシャスさんのお風呂、俺の部屋よりも広いですね……!」
「そりゃお前はサイズが違うからな……シャワーの温度はここで変えれるからな、自分で好きなように弄れ。んでタオルはこれ」
「あ、ありがとうございます……」
「その匂いさせたまま戻ってくんじゃねえぞ、いいな」
「は、はい……」
言いたいことだけを言ってノクシャスは脱衣室から出ていく。バタンと勢いよく閉まる扉を眺めたまま俺はノクシャスから受け取ったタオルを抱えた。
言い方はぶっきらぼうではあるが、やはりなんだかんだノクシャスは面倒見がいいんだろうなと思う。怖いけど。
言われた通りシャワーの温度調節するが、ノクシャスの設定温度が普通に火傷するのではというレベルの高さで慄きながら俺は慌てて四十度まで下げる。
それからシャワーを借りて、モルグとの行為の名残を洗い流す。他人のシャワーで全裸になること自体なかなかだと思うのに、こんなことしてるなんて背徳感云々の話ではない。
温かいシャワーを浴びることにより、なんとか体の火照りが収まってくる。すると、次にやってくるのは恥ずかしさやいたたまれなさだ。
ナハトに対する裏切りもなにもモルグの言うとおり別に俺はナハトのなんでもないが、連日この有様はあまりにも、あまりにもどうなのだ。
挙げ句にノクシャスにもバレてしまう始末。
これからどんな顔をして過ごせばいいのだ、そんなことを考えてる内に今度は逆上せそうになっていた。
人の部屋のシャワーにあまり長居するわけにもいかない。俺はノクシャスに怒られないためにも丹念にシャワーを被り、そしてそそくさとシャワーを出る。
服に着替え、髪の水気をタオルで拭った俺はそのまま浴室から出た。そしてこそっとリビングを覗けば、ノクシャスの背中が見えた。なにやら誰かと通信してるようだ。声を潜めているため内容まではわからなかったが、ノクシャスは俺の方に気付けば「また後で連絡する」とだけ告げ、半ば一方的にその通信を終える。
「上がったか」
「あ、あの……シャワーありがとうございました」
「あのままでいられるよかマシだ。おら、座れよ」
「え」
「えってなんだ? まさかそのままのこのこ帰るつもりだったのかよ」
「い、いえ……」
そのつもりでした、なんて言ったらなにされるかわからない。俺は緊張しながら部屋の中央、大きなソファに腰を掛けた。その向かい側のソファに腰をどかりと落とすノクシャス。
……なんだこの図は。いつの日かの教師との面談の図を思い出し、なんだか胃がきりきりしてきた。
「……」
「……」
うう、気まずい。別にまだ怒られてるわけではないが、ノクシャスの顔が怖いのだ。あと圧。
「え、えーと……お、お風呂……ありがとうございました」
気まずさに耐えきれず頭を下げれば、ノクシャスはふん、とそっぽ向いた。
「言っただろ、別にお前のためじゃねえよ。……つうか、あのままでいられる方が俺には迷惑なんだよ」
迷惑、という言葉がぐさりと刺さる。
ごめんなさい、と項垂れれば、ノクシャスは「あーもう」と苛ついたように髪を掻き上げる。
「お前、暫くあいつらに会うのやめろ」
それは予想してなかった言葉だった。
ノクシャスの口から飛び出した言葉に驚いて、「え」と顔を上げればそこには先程と変わらぬまま怒った顔をしたノクシャスがこちらを睨んでいた。
「ど、どうして……」
「どうしてってそりゃ……そうだろ、つかまた会う気でいたのか? お前」
「だ、だって……でも、あいつらって……」
「安生やボスでもそういうだろ。特にモルグ、あいつ懲りてねえからぜってーまたお前にちょっかいかけるだろ」
やっぱり『あいつら』にはナハトも含まれてるようだ。ノクシャスの言葉に我慢できず、「でも!」と声をあげればノクシャスは俺の言葉の先を読んだようだ。
「言っとくが、俺のあれは事故だからな! あれはその……酒だ! 酒すりゃ飲まなかったらそもそも俺はお前なんぞに興奮もしねえよ、ああそうだぴくりともこねえ。けどあいつらはシラフでこれだ」
「う……」
「ったく、ケダモノはどっちだよ。……クソ、あいつら節操なしかよ」
返す言葉を必死に探すが、見つからない。
うう、と唸ることしかできない俺にノクシャスは大きな溜め息とともに足を組み直す。
「安生には俺から適当に言っとく。……ったく面倒臭え、んで俺がこんな面倒なことしなきゃなんねえんだよ」
ぶつくさ言いながら再び通信機に手を伸ばそうとするノクシャスを見て「ま、待ってください!」と俺は思わず飛びついた。
「おわっ! んだてめ、くっつくんじゃねえよ!」
「も、モルグさんはともかくナハトさんはその、許してください! あと兄と安生さんにも内緒にしてください、お願いします……っ!」
「テメェ雑魚のくせに要求が多いんだよッ! おい離れろ! つかお前貧弱過ぎて逆に触れにくいんだよ!」
まさかここで貧弱なことが役に立つとは思わなかった。ならば、と更にノクシャスの腕に掴む。ノクシャスが少しでも本気を出せばすぐ剥がされるとわかったが、それでも今はチャンスだ。
「ノクシャスさんが話すんだったら俺も、ノクシャスさんにふぇ……フェラさせられましたって兄さんに言いますから!」
「ああ?! テメェまさか俺を脅すつもりか?!」
「ヒッ! で、でもだって、ノクシャスさんもバラすんだからおあいこじゃないですか……ッ!」
「……、……ッ!」
半ばやけくそだったが、ノクシャスの反応はなかなかよかった。
どうやら兄――ボスを恐れているのか、心なしか青褪めて見える。ノクシャスがそんな顔をするなんて、余程兄に知られたくないのだろうか。
ならば、と俺は閃いた。
「……っ、ノクシャスさん」
俺の腕の倍はあるであろう筋肉に覆われたその逞しい腕にするりと腕を絡めれば、ぴくりと腕の中のノクシャスの体が反応する。
ノクシャスの眉間の皺が深くなり、おい、と尖った牙が覗いた。
怯んでは駄目だ、と己を鼓舞しながらも俺はそのままノクシャスに擦り寄るのだ。
「お酒がなかったら……良いんですよね」
「ああ? なに言って……ッんむッ!」
ええい、こうなったらどうにでもなれ!
そう心の中で叫びながら、俺はそのまま背伸びをしてノクシャスにキスをした。いや、キスと呼ぶにはあまりにも粗末、寧ろ事故レベルの接触ではあるがそれでもそのときの俺は必死だったのだ。
「っ、てめ、何考えて……ッ」
「……兄さんには、言わないでください」
「……ッ、……」
「ナハトさんのことも……っ、お願いします」
この際口が紙のように軽いモルグはさておきだ。
ちろ、とノクシャスの唇を滑れば、ノクシャスは口元を引き締める。そして、やめろ、と顔を逸らされるがやはり無理やり引き剥がしてこなかった。
力加減がわからないからか?俺がボスの弟だから?それでも、やるならここしかない。
ノクシャスには悪いが、俺はまだここで穏やかに過ごしたいのだ。あと、兄に知られたらと思うと後が怖すぎる。
だから、黙っててもらわなければならない。
「ん、ノクシャスさん……っ」
「っ、こ、の……ッ馬鹿が……ッ!」
ノクシャスの上唇をそっと啄み、軽く吸い上げればみるみるうちに触れるノクシャスの肌が熱くなっていく。もう一息だ、と思った矢先。思いっきり服を掴まれ引き剥がされた、瞬間、繊維がちぎれるような音ともに着ていたシャツが布切れと化するのだ。
「っ、ぁ……」
青筋を浮かべたノクシャス、極限まで手加減してくれたのだろうがそれでも呆気なく服を破かれるほどの力だ。『あ、まずい』と青ざめたところで遅い。
「の、ノクシャスさん、あの……」
「……テメェが何考えてんのか、よおく分かった。ああ、よーーくな」
地を這うような低い声。
本気で怒ってる。煽りすぎたのだ。けれどだってでも、こうすることしかできなかったし。
しかし、ここで引くわけにはいかない。
「……っ、ノクシャスさん、俺はただ黙っててくれたら俺もノクシャスさんとのことは誰にも言いませんから……――」
「言いませんから……なんだ? これからもあいつらにハメてもらいますってか?」
「……ッ、は……」
ハメる。身も蓋もない言い方に顔が熱くなる。
「違います、そうじゃなくて」明らかに誤解されてる。事実ではあるかもしれないが、けれどももっと俺はただ今まで通り仲良くしたいだけで……。
風呂上がりだからだろうか、考えれば考えるほど体が熱くなってくる。反論の言葉を探そうとしたときだった。ノクシャスの手が顔に伸びる。
「んう……ッ!」
頬を撫でる、なんて優しい動作ではない。口元を覆うように伸びてきた指は口にねじ込まれ、そのまま口を開かれた。
「余程、モノ好きらしいな。テメェは」
「の、のふはふひゃ……」
「あいつらみたいに俺も籠絡できると思ったのか? こんな貧相な体で」
「っ、ふ、う……ッ!」
まだ火照った体を大きな手のひらで撫でられ、びくりと跳ね上がる。
身を捩り、ノクシャスの指を外そうとするがガッチリと絡みついてくるそれは離れない。それどころか、ノクシャスは破れたシャツの残りも剥ぎ取り、剥き出しになった胸を撫でるのだ。
「俺を脅そうとするなんざ、いい度胸じゃねえか。……良平」
もしかしたら俺は選択肢を誤ってしまったのだろうか。
目の前、凶悪な笑みを浮かべるヴィラン様を見上げたまま凍り付いた。
ノクシャスが言葉に詰まっている。
なるべくいつもと変わらないように受け答えしたつもりだったのだが、なにかまずかったのだろうか。
「あの、ノクシャスさ……」
ん、と呼びかけるよりも先にノクシャスに腕を掴まれた。「え」と固まる俺を半ば強引に引き摺り、ノクシャスはそのまま部屋の奥へとずかずかと突き進む。
まずい、と思ったが、俺は振り回されることが精一杯だった。
そして。
「おいコラモルグテメェ! こいつに手ぇ出しやがったなお前っ!!」
ソファーの上、乱れた服を着直すどころか下着一枚で寛いでいたモルグは持っていたコーヒーカップを掲げ、「やほ~ノクシャス」となんとも気の抜けた挨拶をしてみせる。
が、無論そんな和やかな空気ではない。主にノクシャスが。
「『やほ~』じゃねえんだよ、お前誰に手ぇ出してんのかわかってんのか?! こいつは……っ!」
「ボスの弟、でしょ? 別に関係ないでしょ~、それに僕と善家君の場合は『合意』だしねえ」
「ねー善家君」と微笑みかけられ、俺は今一度合意という言葉の意味を振り返る。
……いや、合意……なのか……?
「いい加減な野郎とは思ったがここまでとはな」
「大丈夫大丈夫、その子もう処女じゃないって言ってたから」
「は?」
「も、モルグさんっ!」
「こんなところに四六時中箱詰めにされても可哀想じゃ~ん。娯楽も刺激もないと人は駄目になっちゃうからねえ」
だからって今俺が初めてじゃないってことをノクシャスに言う必要はあったのか?!
軽すぎるモルグの口に顔が赤くなる。
「の、ノクシャスさん、これはその色々事情があって……その……」
とにかくこの場を上手く回避しなければならない。そうアワアワとノクシャスを見上げれば、ノクシャスと目があった。
「つか、お前この前は『初めて』つってたよなァ? 誰だ、相手は」
尖った牙を剥き出しにして唸るノクシャス。何故ノクシャスがそんなに怒ってるのか俺にはわからなかったが、確かにそんなことを言ったような気もする。
なんて答えても噛み付かれてしまいそうだが、それでも俺はなるべく丸く収まりそうな言葉を探すのだ。
「あ……あー、えーと……その……」
「ナハトだよぉ~」
「モルグさん?!」
「えー、別に隠さなくてもいいじゃ~ん。どうせすぐバレるって」
そういう問題ではないのだ。もう今度からモルグには大切な話はしない、絶対にしないぞと心に決めてると。
「あのクソガキ、散々人を性獣扱いしていたくせにこれかよ……っ!! くそ、こんなことなら……っ」
隣で唸るノクシャスに思わず震え上がる。
こんなことなら、なんなのだ。ノクシャスに掴まれたままになっていた腕に力が入り、ひいっと震え上がったとき、その目がぎろりとこちらを見下ろした。
「お前もお前だ、俺はあれほど言ったよなァ?! こいつには気を付けろってっ!」
「ひっ、だ、だってでも……っ!」
「仕方ないよぉ、善家君えっち好きだもんねえ~」
「モルグさんは黙っててください……っ!」
「え~~?」
音圧と眼力で押しつぶされそうになりながらも、俺はこの場をどうするか考える。
確かにノクシャスには前々からモルグについては色々言われてた。そのことをすっかり忘れた俺も俺だが、まあ……なんというか……。
「に、兄さんにはこのことは言わないでください……っ」
そう二人に向かって頭を下げる。
このまま口止めをしなければあっという間に主にモルグ経由で色々広がってしまいそうな気がした。
お願いします、と続けるよりも先に「言えるかよ、んなこと」とノクシャスに突っ込まれる。
そしてノクシャスは苛ついたように髪を掻き上げ、そして深く溜息を吐く。
「やっぱテメェと二人きりにさせんじゃなかったわ、この変態野郎」
「人を変態変態言うけどさあ、そもそもノクシャスだって人のこと言えないよねえ~?」
「ああ?」
「なんで善家君が初めてだって知ってたのぉ?」
今度はモルグに詰められ、ノクシャスはぐっと言葉を飲んだ。
確かあのときは……と思い出して、ハッとした。そうだ、ノクシャスと初めてあったとき、お酒を飲んで色々あったあのときだ。
「それは……ッ、テメェには関係ねえだろうが」
「まさかとは思うけどぉ~~ノクシャス、お前だって善家君にちょっかいかけてたんじゃないのぉ?」
「だったらなんだよ、前立腺マッサージしといてとうとう直接手ぇ出したやつにごちゃごちゃ言われたかねえんだよ!」
「の、ノクシャスさん……」
それはもう全部バラしてるようなものではないでしょうか、という俺のツッコミは言葉にならなかった。ノクシャスに掴みかかられそうになり、それをひょいと避けたモルグは一口コーヒーを飲む。
「まあまあ、落ち着きなよぉノクシャス。君のその短気で短絡的で浅慮で考えなしな単細胞な性格もきっと溜まってるからだよぉ、君最近女抱いてないでしょ?」
「テメェ、好き勝手言いやがって……ッ」
「ってなわけで、口止め料。善家君が払ってくれるってよ」
「体で」と服の裾を掴まれ、そのままぺろんと捲られる。俺もノクシャスもまさかそんな流れになるとは思わなかった。
「モルグさんっ」と慌ててモルグの手を掴むが、そのままモルグは「まーまー」と俺の胸を撫でるのだ。
「ほら、ノクシャス。この子こんな顔して感度めちゃくちゃ良いんだよぉ」
「も、モルグさん……本当に……ッ、ん……っ」
「君も任務ばっかで疲れてるんだよぉ、息抜きに相手してもらいなよぉ」
「……ッ、……て、めぇ……」
ちゅ、とどさくさに紛れてモルグに頬にキスされる。こそばゆさとノクシャスに見られてるという恥ずかしさ、それ以上にまだ先程までの行為の熱が残っている中、この状況をまだ飲み込めずにいた。
ノクシャスがこちらを見ている。額に青筋を浮かばせ、今にもモルグに殴り掛かりそうな気配すらあるノクシャスの気迫に震える。
「ほら、善家君も可愛く誘ってみなよ~」
さっきみたいに、と円を描くように乳首の側面、その乳輪部分を柔らかく撫でられれば上半身が震える。
「の、ノクシャスさん……」
た、助けてください……。
そう小首を振り、目の前のノクシャスを見上げたとき。伸びてきたノクシャスの腕に掴まれる。そして抱き寄せられる体。
「ん~? なあに、それ?」
「……こいつは俺が見る」
「え、え……?! あ、の、ノクシャスさん……っ?!」
「へえ?」と片眉を上げるモルグを無視して、ノクシャスはそのまま俺を小脇に抱えて歩き出す。
その足の向かう先は部屋の外だ。まるで荷物かなにかのように軽々と抱えられた体は浮き、「ノクシャスさん!」と呼び止めるがノクシャスはガン無視である。
「じゃ、僕は暫くここで休ませてもらうかな~」
どういうことだ、モルグもなんでそんなに落ち着いてるのか。
ノクシャスを止めもしないモルグに見送られながら、俺はノクシャスに堂々と連れ出されるのであった。
「あ、あの、ノクシャスさん……っ!」
ノクシャスの大きな手のひらを振り払うことなどできない。
どこまで行くつもりなのだろうか、と必死にその広い歩幅に追いつこうとするが足元がふらついてしまう。そのままよろめきそうになったとき、ノクシャスに抱き止められた。
「あ……っ、ご……めんなさ……」
「はあ……」
それは大きな溜息だった。
人通りの少ない通路のど真ん中、ようやく立ち止まったノクシャスはこちらを振り返るのだ。
「ノクシャスさ……」
と言いかけた矢先だった。いきなり足元が浮く。ノクシャスの小脇に抱えられたと気付いたときには遅い。
「あの、ノクシャスさんっ、待って下さい……!」
「うるせえ、舌噛むぞ。……歩けねえんだろ」
「う……で、でも、流石にこれは……お、俺軽くないですし……っ!」
「テメェくらい持てねえわけねえだろ。つうか、トレーニングルームの一番軽いダンベルより軽いぞお前」
それはヴィランの人たちの馬力がおかしいだけなのでは、と思ったが、本当に軽々と抱えられてしまうと何も言い返すこともできなかった。
もしこんなところを誰かにでも見られたら、とも思ったが、暴れたところで疲れるだけだろう。俺はノクシャスに甘えることにした。
そして、ノクシャスに連れられてやってきたのはナハトの部屋からそう遠くはない扉の前だった。ノクシャスが扉の前に立つと扉は自動で開く。
そしてそのままノクシャスが部屋へと足を踏み入れれば部屋の照明が点灯する。
トレーニング器具や使い方も分からないような武器、それらを手入れするための道具などが散らかったその室内。
扉が一人手に閉まるのを尻目に、ノクシャスはそのまま俺を下ろした。放り投げられるかと思ったが、存外優しく地面に降ろされ戸惑う。
「あ、あの、ここって」
「俺の部屋。あの変態が入ってこれない場所、ここしか思い浮かばねえから連れてきただけだ」
「言っとくが他意はねえからな」と念押しされる。思わず勢いで「わかりました」と返事してしまうが、他意とはどういうことだろうか。
「あれほど忠告してやったはずだがな」
「す、すみません……」
「風呂入ってそのクセー匂いどうにかしろ。あと頭も冷やしてこい。他のやつらに見つかる前にな」
なるほど、そのために俺を連れてきたのか。
そんなに臭かったのだろうかとすんすんと匂いを嗅いでみるが、やはり自分では分からない。けど、ノクシャスに速攻事後だと見破られるくらいだ。いたたまれなくなり、俺は「はい」と項垂れる。
そしてシャワールームへとお邪魔しようと思うが、ノクシャスの部屋には扉がいくつもあってわからなかった。部屋の中を右往左往してると、どすどすと大股でやってきたノクシャスに「こっちだこっち!」と捕まえられる。
そしてそのまま首根っこを掴まれて脱衣室まで連行される俺。
「わ……ノクシャスさんのお風呂、俺の部屋よりも広いですね……!」
「そりゃお前はサイズが違うからな……シャワーの温度はここで変えれるからな、自分で好きなように弄れ。んでタオルはこれ」
「あ、ありがとうございます……」
「その匂いさせたまま戻ってくんじゃねえぞ、いいな」
「は、はい……」
言いたいことだけを言ってノクシャスは脱衣室から出ていく。バタンと勢いよく閉まる扉を眺めたまま俺はノクシャスから受け取ったタオルを抱えた。
言い方はぶっきらぼうではあるが、やはりなんだかんだノクシャスは面倒見がいいんだろうなと思う。怖いけど。
言われた通りシャワーの温度調節するが、ノクシャスの設定温度が普通に火傷するのではというレベルの高さで慄きながら俺は慌てて四十度まで下げる。
それからシャワーを借りて、モルグとの行為の名残を洗い流す。他人のシャワーで全裸になること自体なかなかだと思うのに、こんなことしてるなんて背徳感云々の話ではない。
温かいシャワーを浴びることにより、なんとか体の火照りが収まってくる。すると、次にやってくるのは恥ずかしさやいたたまれなさだ。
ナハトに対する裏切りもなにもモルグの言うとおり別に俺はナハトのなんでもないが、連日この有様はあまりにも、あまりにもどうなのだ。
挙げ句にノクシャスにもバレてしまう始末。
これからどんな顔をして過ごせばいいのだ、そんなことを考えてる内に今度は逆上せそうになっていた。
人の部屋のシャワーにあまり長居するわけにもいかない。俺はノクシャスに怒られないためにも丹念にシャワーを被り、そしてそそくさとシャワーを出る。
服に着替え、髪の水気をタオルで拭った俺はそのまま浴室から出た。そしてこそっとリビングを覗けば、ノクシャスの背中が見えた。なにやら誰かと通信してるようだ。声を潜めているため内容まではわからなかったが、ノクシャスは俺の方に気付けば「また後で連絡する」とだけ告げ、半ば一方的にその通信を終える。
「上がったか」
「あ、あの……シャワーありがとうございました」
「あのままでいられるよかマシだ。おら、座れよ」
「え」
「えってなんだ? まさかそのままのこのこ帰るつもりだったのかよ」
「い、いえ……」
そのつもりでした、なんて言ったらなにされるかわからない。俺は緊張しながら部屋の中央、大きなソファに腰を掛けた。その向かい側のソファに腰をどかりと落とすノクシャス。
……なんだこの図は。いつの日かの教師との面談の図を思い出し、なんだか胃がきりきりしてきた。
「……」
「……」
うう、気まずい。別にまだ怒られてるわけではないが、ノクシャスの顔が怖いのだ。あと圧。
「え、えーと……お、お風呂……ありがとうございました」
気まずさに耐えきれず頭を下げれば、ノクシャスはふん、とそっぽ向いた。
「言っただろ、別にお前のためじゃねえよ。……つうか、あのままでいられる方が俺には迷惑なんだよ」
迷惑、という言葉がぐさりと刺さる。
ごめんなさい、と項垂れれば、ノクシャスは「あーもう」と苛ついたように髪を掻き上げる。
「お前、暫くあいつらに会うのやめろ」
それは予想してなかった言葉だった。
ノクシャスの口から飛び出した言葉に驚いて、「え」と顔を上げればそこには先程と変わらぬまま怒った顔をしたノクシャスがこちらを睨んでいた。
「ど、どうして……」
「どうしてってそりゃ……そうだろ、つかまた会う気でいたのか? お前」
「だ、だって……でも、あいつらって……」
「安生やボスでもそういうだろ。特にモルグ、あいつ懲りてねえからぜってーまたお前にちょっかいかけるだろ」
やっぱり『あいつら』にはナハトも含まれてるようだ。ノクシャスの言葉に我慢できず、「でも!」と声をあげればノクシャスは俺の言葉の先を読んだようだ。
「言っとくが、俺のあれは事故だからな! あれはその……酒だ! 酒すりゃ飲まなかったらそもそも俺はお前なんぞに興奮もしねえよ、ああそうだぴくりともこねえ。けどあいつらはシラフでこれだ」
「う……」
「ったく、ケダモノはどっちだよ。……クソ、あいつら節操なしかよ」
返す言葉を必死に探すが、見つからない。
うう、と唸ることしかできない俺にノクシャスは大きな溜め息とともに足を組み直す。
「安生には俺から適当に言っとく。……ったく面倒臭え、んで俺がこんな面倒なことしなきゃなんねえんだよ」
ぶつくさ言いながら再び通信機に手を伸ばそうとするノクシャスを見て「ま、待ってください!」と俺は思わず飛びついた。
「おわっ! んだてめ、くっつくんじゃねえよ!」
「も、モルグさんはともかくナハトさんはその、許してください! あと兄と安生さんにも内緒にしてください、お願いします……っ!」
「テメェ雑魚のくせに要求が多いんだよッ! おい離れろ! つかお前貧弱過ぎて逆に触れにくいんだよ!」
まさかここで貧弱なことが役に立つとは思わなかった。ならば、と更にノクシャスの腕に掴む。ノクシャスが少しでも本気を出せばすぐ剥がされるとわかったが、それでも今はチャンスだ。
「ノクシャスさんが話すんだったら俺も、ノクシャスさんにふぇ……フェラさせられましたって兄さんに言いますから!」
「ああ?! テメェまさか俺を脅すつもりか?!」
「ヒッ! で、でもだって、ノクシャスさんもバラすんだからおあいこじゃないですか……ッ!」
「……、……ッ!」
半ばやけくそだったが、ノクシャスの反応はなかなかよかった。
どうやら兄――ボスを恐れているのか、心なしか青褪めて見える。ノクシャスがそんな顔をするなんて、余程兄に知られたくないのだろうか。
ならば、と俺は閃いた。
「……っ、ノクシャスさん」
俺の腕の倍はあるであろう筋肉に覆われたその逞しい腕にするりと腕を絡めれば、ぴくりと腕の中のノクシャスの体が反応する。
ノクシャスの眉間の皺が深くなり、おい、と尖った牙が覗いた。
怯んでは駄目だ、と己を鼓舞しながらも俺はそのままノクシャスに擦り寄るのだ。
「お酒がなかったら……良いんですよね」
「ああ? なに言って……ッんむッ!」
ええい、こうなったらどうにでもなれ!
そう心の中で叫びながら、俺はそのまま背伸びをしてノクシャスにキスをした。いや、キスと呼ぶにはあまりにも粗末、寧ろ事故レベルの接触ではあるがそれでもそのときの俺は必死だったのだ。
「っ、てめ、何考えて……ッ」
「……兄さんには、言わないでください」
「……ッ、……」
「ナハトさんのことも……っ、お願いします」
この際口が紙のように軽いモルグはさておきだ。
ちろ、とノクシャスの唇を滑れば、ノクシャスは口元を引き締める。そして、やめろ、と顔を逸らされるがやはり無理やり引き剥がしてこなかった。
力加減がわからないからか?俺がボスの弟だから?それでも、やるならここしかない。
ノクシャスには悪いが、俺はまだここで穏やかに過ごしたいのだ。あと、兄に知られたらと思うと後が怖すぎる。
だから、黙っててもらわなければならない。
「ん、ノクシャスさん……っ」
「っ、こ、の……ッ馬鹿が……ッ!」
ノクシャスの上唇をそっと啄み、軽く吸い上げればみるみるうちに触れるノクシャスの肌が熱くなっていく。もう一息だ、と思った矢先。思いっきり服を掴まれ引き剥がされた、瞬間、繊維がちぎれるような音ともに着ていたシャツが布切れと化するのだ。
「っ、ぁ……」
青筋を浮かべたノクシャス、極限まで手加減してくれたのだろうがそれでも呆気なく服を破かれるほどの力だ。『あ、まずい』と青ざめたところで遅い。
「の、ノクシャスさん、あの……」
「……テメェが何考えてんのか、よおく分かった。ああ、よーーくな」
地を這うような低い声。
本気で怒ってる。煽りすぎたのだ。けれどだってでも、こうすることしかできなかったし。
しかし、ここで引くわけにはいかない。
「……っ、ノクシャスさん、俺はただ黙っててくれたら俺もノクシャスさんとのことは誰にも言いませんから……――」
「言いませんから……なんだ? これからもあいつらにハメてもらいますってか?」
「……ッ、は……」
ハメる。身も蓋もない言い方に顔が熱くなる。
「違います、そうじゃなくて」明らかに誤解されてる。事実ではあるかもしれないが、けれどももっと俺はただ今まで通り仲良くしたいだけで……。
風呂上がりだからだろうか、考えれば考えるほど体が熱くなってくる。反論の言葉を探そうとしたときだった。ノクシャスの手が顔に伸びる。
「んう……ッ!」
頬を撫でる、なんて優しい動作ではない。口元を覆うように伸びてきた指は口にねじ込まれ、そのまま口を開かれた。
「余程、モノ好きらしいな。テメェは」
「の、のふはふひゃ……」
「あいつらみたいに俺も籠絡できると思ったのか? こんな貧相な体で」
「っ、ふ、う……ッ!」
まだ火照った体を大きな手のひらで撫でられ、びくりと跳ね上がる。
身を捩り、ノクシャスの指を外そうとするがガッチリと絡みついてくるそれは離れない。それどころか、ノクシャスは破れたシャツの残りも剥ぎ取り、剥き出しになった胸を撫でるのだ。
「俺を脅そうとするなんざ、いい度胸じゃねえか。……良平」
もしかしたら俺は選択肢を誤ってしまったのだろうか。
目の前、凶悪な笑みを浮かべるヴィラン様を見上げたまま凍り付いた。
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