短編集

田原摩耶

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SSS

友達がいないふたり※【寡黙×地味平凡】

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 初めて男に抱かれたのは中学二年の夏だった。
 汗ばじんだ体にあいつの手がやけに熱かったことだけはよく覚えていた。俺は、逃げることもできなかった。
 あいつは無口で、何を考えてるのかもわからないやつだった。それでも俺達の中でも高校生くらいの身長があり、体格もよかった。
 女子達はそんなあいつをかっこいいと影で囁きあい、男子達は気味が悪いと避けていた。

 俺は、あいつとは所謂――友達だった。
 わからない、友達というものがあいつ以外にいない俺にとっては比較的よく一緒にいることが多いというだけだったが、それでも余計なことを言わないあいつの隣は居心地がよかった。
 少なくとも、あいつもそう思っていたのだと俺は思っていた。けど。

 分厚い掌に顎を掴まれ、唇に噛み付かれるようにキスをされる。筋肉からは程遠い俺の腕をいとも簡単に捉え、そのまま部屋の床の上に押し倒された。
 場所はあいつの部屋。締め切られたカーテンの隙間、遠くにミンミンゼミの声を聞いた。
 痛みのあまりに何も考えられなかった。叫ぶことも、押しのけることもできないまま固まる俺の下腹部にあいつは俺の腕くらいあるのではないかと思うほどの性器を挿入させた。
 本来ならば性行為に必要なものが中学生の部屋にあるはずもなく、乾いた体内への挿入には相当の痛みと流血を伴った。
 あいつの荒い息と、全身を押し潰されるような重みは今でも思い出せる。
 あいつは俺を犯した。犯して、中で果てた。
 あまりの激痛に堪えられず、呆気なく気を失った俺が次に目を覚ましたときは自室のベッドの上だった。

「お前のことを友達だと思ったことは一度もない」

 あのとき、覆いかぶさったあいつが真っ直ぐにこちらを見据え、放った言葉は今でも脳に焼き付いていた。
 奇妙な話、犯されたショックよりも友達だと思ったことがないと言われたショックの方が大きかった。

 それからだ、俺には友達と呼べるものがいなくなったのは。

 とうとうたった一人の友人を失った俺だが、一人ぼっちになることはなかった。
 その日以降もあいつは当たり前のように俺の傍にいる。友達じゃなかったんじゃないのか、と思いながらもそれを口にすることはできなかった。
 おかしなことに、俺も俺であいつのことを突き放すことはできなかった。
 その後一緒にいる内に何度かそんな空気になったときも、逃げもせずその唇を、体を受け入れた。
 高校に上がってクラスが違っても、あいつとは友達とも呼べない、清くもない関係は続いている。

「お前ってあいつと仲良いよな、普段何話してるんだよ」

 俺たちの奇妙な関係を見て、クラスメートに何度か尋ねられる。俺は「別に何も」とだけ答えた。実際に何も話してない、俺たちの間にまともな会話はない。それでも、同じ時間、空気を共有しては“一人ではない”と身をもって実感するだけだ。

 その夜、いつものようにあいつの部屋に泊まりにいったときのことだ。「なあ、」と広い背中に声をかける。あいつは何も答えず、視線だけこちらへと向ける。

「なんだ」
「俺たちって仲良く見えるらしい」
「……」
「普段何話してるかって聞かれた。……お前が他に友達作らないからだろ」

 別になんてことはない、ただの日常会話だ。それに高校生に上がったのだ、お互い別々のコミュニティを形成してもおかしくはないのに、こいつは。

「必要ない」
「何?」
「……無駄な付き合いを増やしたところで、疲れるだけだ」

 久しぶりにこいつが五文字以上喋っているのを聞いた気がする。

「俺との付き合いは疲れないのか」

 ほんの少し、復讐のつもりだったのだろうか。意地の悪い言い回しになってしまったが、あいつは嫌な顔をすることなくただこちらを見た。

「お前は嫌なのか?」

 ……少し、驚いた。何故お前が傷付いた子供のような顔をするのか。それと同時に、今の今まで俺が一度たりとも『嫌だと思っていなかった』というのか。……だとしたら、余計心配にもなる。不器用とかいう問題ではない。

「嫌だったら、とっくに殴って逃げている」

 そうやつの背中にそっと凭れかかれば、振り向いてきたあいつに肩を掴まれた。噛み付くようなキスを受け止めながら、その背中にそっと腕を回す。
 お前が俺を友達だとカウントしなかったみたいに、俺も友達を失った。代わりに得たのは自分の感情の自覚と――感度くらいか。
 いつか、この男には恋愛小説でも読ませて勉強させなければならないのかもしれない。告白の仕方と言うものを。

 おしまい
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