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墓荒らし|博士と人造人間のお話
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「どうした、そんなところで丸まって」
読書を止め、喉を潤すために下の階へと降りてきた私を見て、部屋の隅で踞っていた少年はゆっくりとこちらに視線を向ける。そして、「先生」と小さく私を呼ぶのだ。
まるで別々の皮膚を縫い合わせたような、荒い縫い目が目立つ継ぎ接ぎだらけのその顔面。薄暗く濁った虚ろな瞳。
「……木偶の坊って、どういう意味?」
「……誰かに言われたのか?」
「ユーグ」
――またあの糞餓鬼か。
少年の口から出た聞き覚えのある名前に、近所に住む生意気な男児の顔が過る。
少年曰く最近知り合った友人らしいが、少年の話を聞く限りその男児は少年をいじめているようだ。まだ人間らしさが乏しい少年はそれに気が付いていないのだろう。
私が憤っていることに気付いたのだろう、微かに不安の色を浮かべる少年は「先生?」と私を呼ぶのだ。
はっとし、それから少年の頬にそっと触れる。
「エリー、お前は木偶の坊なんかじゃない。……私の大切な【子供】だ」
ああ、そうだ。大事な子供――試作品のうちの一つ。
何体も犠牲になってきた実験の末、ようやく産まれた大切な私の子供なのだ。
それでもエリーはなにか言いたそうだった。
この子は聡い。産まれたばかりにも関わらず、本物の人間の子供のように学び、育つ。だからだろう、納得いかなさそうな顔をしたエリーは「先生」と私を見上げた。
「む? どうした?」
「……そこ腐れかけてるからあまり触らない方が」
そうエリーが呟いた矢先だった、頬と首を繋ぐ境い目、柔らかく沈む。
膿んだ皮膚の奥、沈む指先の感触にエリーは顔色を変えるわけでもなく痛がりもせずただ私を見た。慌てて指を離したが、崩れていくエリーの顔に血の気が引いた。
「何故もっと早くそれを早く言わない……!」
「……先生が触りたさそうだったので」
ごめんなさい、としゅんとするエリーを慌てて処置室へと連れて行く。
エリーは私が人間を模して作った肉人形だ。
その外形は近くの墓場から調達した死体の皮を剥がして比較的新鮮な部分を切り集めて作っているため少々脆く腐敗も早いが、それでもなんとかここまで自我を持つようになった。
始めの頃は言葉を発することもできなかった。
獣のように唸ることしかできない肉塊に私は言葉を教えた。
今では近所の子供と話せるくらいだ。自我が芽生えたとは言え、感情表現に関してはまだ乏しい。
そしてもうひとつ欠点を上げるならば、やはり外形だろう。
剥いで切って縫い付ければ外形は修復できるが、いつでも新鮮で保存状態のいい死体が舞い込むわけではない。なかなかいい素材がないときはなかなか修復することもできず、特に湿気の多い時期や夏となると特に匂いが酷かったり、虫が湧くことも多々あった。
そのことを危惧して予め街から離れた家を買ったのだが、万が一少年の存在が――この子が複数の死体からできた肉人形だと周りに知られたらとなると恐ろしかった。
今はまだ顔に傷がある無口な子供だと思われてるが、細心の注意は払うべきだろう。
墓を掘り返し死体を持ち帰ることは重罪だ。
自分が犯した罪の自覚はあるが、それ以上に好奇心が勝った。
エリーに部屋から出るなと閉じ込めておくことは簡単だ。しかし、近所の子供――ユーグの存在によってエリーがどのように変わるのか、どのような反応を示すのか、興味があった。
……ならば、私がすることは変わらない。
人間の子供と同じように生活ができるように、新鮮な素材を都度用意するだけだ。
とはいえ、先述した通りそれも楽なものではない。
エリーの皮膚移植を終え、一息つくために一階へとコーヒーを取りに降りる。そしてカップを手に部屋へと戻ったときだった。
コンコンと控えめに扉がノックされる。この家に私の部屋を訪れる者は一人しかいない。
「どうぞ」と声を掛ければ、静かに扉が開く。そして顔に包帯を巻いたエリーが現れた。
「……先生、今いい?」
「ああ、どうした」
カップを手にしたまま椅子に腰を掛ける。エリーを招き入れれば、エリーはおずおずと私の元まで歩み寄ってきた。
「……先生。いつになったら、手術しなくて済むの?」
か細い声。それは純粋な疑問だった。
「そうだな、その内……その内な」
「……その内、しなくてもよくなるの?」
小首を傾げ、こちらを見上げるエリー。その包帯の下からとろりと透明な液体が溢れ出すのをそっと拭えば、エリーは少しだけ目を細めた。
痛みはないはずなので、筋肉が反応してるだけだろう。それでもなんだが、その瞬間だけはエリーが人間の子供のように見えたのだ。
私はその言葉については何も答えられなかった。
「……そうだよな、お前も嫌だよな。顔にメス入れられるのは」
エリーはなにも答えなかった。代わりに私にされるがままに撫でられるのだ。
人の心は伝播するとはいうが……それは肉人形も同じなのだろうか。
◆ ◆ ◆
年寄の死体は比較的に簡単に手に入れられるが、張りもなく水分の失われた皮膚は保たないため短期間での修復が必要になる。
その反面、やはり若者の皮膚は丈夫でみずみずしく、素材としては最高だった。それもなんの病気も患っていない皮膚だ。
若ければ若いほどいいが、あまり幼すぎると素材として使える部分が少なくなるのでやはりある程度育った青少年くらいの死体が理想だった。
そんな理想的な素材を大量に死体を手に入れる機会はなかなかない。事故現場では一度で大量の死体が手に入るが、その分損傷が激しいのだ。
そうなるとやはり自分の手で調達するのが早い。
狙い目は金に困った苦学生だ。連中は大金に釣られてすぐにやってくる。薬で眠らせ、皮膚を剥ぎ取る。残った部位もいずれ使う機会があるだろうから保存する。
一人目はまだよかった。ただの家出不良だと思われるからだ。
二人目からは街の警察が騒ぎ出す。だから期間を空け、墓を漁って死体を掘り返しては保たせた。
何度も使える手段ではない。
それでも、エリーのためにもあまり頻繁な手術は控えてやりたかったのはエゴだ。
そしてそろそろ腐臭が強くなってきたエリーのために手術の準備を用意したときだ。少年を探すが、家中を探しても少年の姿は見つからなかった。
普段、エリーは家を出ない。出るとしても外光で傷が目立たなくなる夜間に家の庭でのんびりする程度だ。
だからこそ、庭にもエリーの姿がないことを確認した私は焦った。
「エリー!エリー!」
夕暮れ時。薄汚れた白衣を脱ぎ捨て、私は街中を走り回る。
こんな明るい時間帯にもし腐臭漂わせる少年が誰かに見付かったらと思ったらゾッとした。
あまり自分のことを話さないエリーの行きそうな場所なんて思い付かなくて、一か八かユーグが暮らしているらしい家に行ってみれば彼の両親が現れた。ユーグは遊びに行ってからまだ帰ってこないそうだ。
結局、エリーは見付からなかった。
夜になり、息も絶え絶えに一度私は家へと戻ることにした。
もしかしたらユーグに唆されてどこかへと連れ出されているのかもしれない。
だとしてもだ、皮膚が腐敗してきた少年にユーグがどんな反応を示すか大体想像ついた。
……早く見つけ出さなければならない。
けれどもしかしたら既に帰宅してるかもしれない。
そんな淡い期待を胸に、自宅玄関の扉を開いた。
エリーはまだ帰ってきていなかった。
私は庭先のベンチに腰を下ろし、頭を抱えた。
あれだけ荒れていた庭は今では小綺麗に手入れされている。
夜間、外へ出ては雑草を抜き、花の種を撒いていた少年の背中を思い出す。
「……ああ、エリー」
一体どこへ行ったのか。そんなに手術が嫌だったのか。
数日前、私の元を訪れた少年を思い出す。あのときもっと気の利いた言葉を返せばこうはならなかったのだろうか。そう深く息を吐いた時だった。
不意に、家の外から足音が聞こえてきた。
少年だろうか。咄嗟にベンチから立ち上がる私に答えるよう、自宅の扉がノックされた。
急いで部屋に戻り、そのまま玄関へ走った私は慌てて扉を開いた。
扉の外に立っていた二人組の警官だった。その制服を見た瞬間、全身に嫌なものが走る。
「アシュリーさんですね」
「……ええ、そうですが」
「最近この近辺で墓荒しが多発しているようなんですが、なにかご存知ではありませんか」
心臓が、鼓動が加速する。
どうやら付近の住人に聞き込み調査を行っているようだ。
なるべく動揺を悟られぬよう、言葉を探す
「……墓荒し、ですか。申し訳ありませんが、職業柄どうしても部屋に籠りっきりなもので」
「ああなるほど、学者さんでしたっけ」
「ええ、はあ、趣味程度ではございますが」
「一人で住んでいらっしゃるのですか?助手の方などは……」
「……助手はいません、そんな大層なものでもございませんので」
立ち話をしてる暇などないのだ、こちらは。
さっさと帰ってくれと喉元まで出掛かるのを堪え、愛想笑いすれば警官たちも合わせて笑う。
一見和やかな空気だが、その瞳に微かに警戒心が滲んだのを私は見逃さなかった。
「因みに、どのような研究なされてるんですか?」
普段から第三者に研究内容のことを尋ねらることがあれば、「野性動物の研究をしている」と答えるようにしていた。だから、今回もそう適当に流すつもりだった。
丁度そのときだった。ふと、一緒にいた警官の一人が無線機を取り出す。そしてもう一人になにか耳打ちをする。瞬間、もう一人の警官は表情を変えた。
「……お巡りさん? どうかしましたか?」
「すみません。私どもはこれで」
「ああ……ええ、お疲れ様です」
帰ってくれるならばそれでいい。私は彼らに頭を下げ、その背中を見送ってから部屋に戻った。
あの引きの良さ、なにかあったには違いないだろうが私はエリーのことで頭がいっぱいだった。
それから私は再び少年を探すために家を出る。
隣町まで探し回ったが、朝になってもエリーを見つけることはできなかった。
早朝。
独特の肌を突くような肌寒さに震えながら、街へと戻ってきた私は再びユーグの家へ向かっていたその途中。
こんな朝にも関わらず、やけに町全体が賑わっていることに気付いた。
ヒソヒソとなにかを話しながら歩いていく人々の表情は恐怖で引きつっている。なんとなく気になった私は近くを通りかかった中年夫婦の会話に耳を立てた。
「まさかあんな化け物が墓を荒らしていたなんて」
「行方不明になっていたあの子も食べられたのでしょうか」
「とにかく広場へ急ごう。もう始まってるかもしれない」
通りすぎていく中年夫婦の言葉に、気付いたら私は駆け出していた。
足が向かうその先は夫婦の会話の中に出てきた『広場』だ。嫌な予感が足を急かす。
ああ、日頃から運動すべきだった。
一晩かけての探索でまともに力が入らない体を無理矢理動かし、私は死に者狂いで広場へ走った。
そして、広場前。
朝早く集まった沢山の群衆のその中央、黒い炎が空へと登っているのを見た。
鼻を付くのは何かが焼けるような匂い。
飛び交う罵詈雑言、畏怖の声。怒声。悲鳴――それらの全ての音が止まった。
広場の中央、燃え盛る炎の中に影を見付けた。
磔にされ、火に炙られてるその子供は間違いない――愛しい我が子、エリーだった。
火は既に少年の下半身を包み込み、衣服に燃え移った火は少年の服を炭にする。
体を隠すものがなくなり、露出した華奢な体に浮かぶ全身に走る縫い目や腐敗した皮膚に観衆たちが一層ざわめいた。
「化け物」「死体を食うなんて」「気持ち悪い」「この悪魔」
飛び交う声に、全身が冷たくなる。
エリーが死体を食うだと?そんな馬鹿な。野菜や魚肉は食わせるが人肉を食べさせたこともないしそういう風には作っていないはずだ。
徐々に体を這い上がってくる炎の中、ただじっと少年は目を瞑っていた。
あれくらいの拘束、簡単に壊せるのに、なぜ、何故エリーは逃げない。そもそも何故あの子が火炙りにされているのか。
「っ、退け!」
疲労感もなにもなかった。考えるよりも先に体が動いていた。
観衆たちを掻き分け、磔されたエリーの元へと駆寄ろうとするが揉みくちゃにされ、貧弱な私の体はすぐに地面へと放り出される。それでも駆寄ろうとすれば、屈強な執行人たちに羽交い締めにされ殴られた。
「っ、エリー……ッ!!」
そう声を上げれば、野次馬たちが人を気違いか何かのようにこちらを見た。
ただ一人、エリーだけは私を見て微笑んだのだ。
顔の縫い目が邪魔で上手く筋肉が動かなかったお陰でぎこちないものだったが、それでもエリーは泣きそうな顔をして微笑み、そして、次の瞬間その笑顔は炎に飲み込まれた。炎の中、エリーの体が崩れていく。
「…………は、ははは」
手塩を掛けて育てた【子供】が、今や赤い炎の中、消し炭となっている。
あの子も知っていたはずだ、いくら知能や力があってもあくまでも自分の素材が人間であり、燃やされてしまえば炭になると。
なのに何故だ。墓荒し扱いをされ、捕獲され、それでもなぜ逃げ出さずに処刑されようとしたんだ。
……なんで私を庇ったんだ、エリー。
腹の底から込み上げてくるそれは笑い声となり喉奥から漏れる。
炎に包まれる磔に歓声を上げる観衆たちの声に混じって、ただ、笑った。
ああ、素晴らしい、素晴らしい。私の実験は成功だ。人の心を持った優しい人間を私は造り上げることが出来た。
……そう、悲願を果たすことができたのだ。
こうして墓荒しを犯す私のために罪を被り、こうして火炙りにされ、自ら身を滅ぼすとは。
なんたる忠誠心。ああ、素晴らしい。私は成功した。成功したのに。
顔を覆った掌から零れ落ちる雫はなんなのだろうか。
読書を止め、喉を潤すために下の階へと降りてきた私を見て、部屋の隅で踞っていた少年はゆっくりとこちらに視線を向ける。そして、「先生」と小さく私を呼ぶのだ。
まるで別々の皮膚を縫い合わせたような、荒い縫い目が目立つ継ぎ接ぎだらけのその顔面。薄暗く濁った虚ろな瞳。
「……木偶の坊って、どういう意味?」
「……誰かに言われたのか?」
「ユーグ」
――またあの糞餓鬼か。
少年の口から出た聞き覚えのある名前に、近所に住む生意気な男児の顔が過る。
少年曰く最近知り合った友人らしいが、少年の話を聞く限りその男児は少年をいじめているようだ。まだ人間らしさが乏しい少年はそれに気が付いていないのだろう。
私が憤っていることに気付いたのだろう、微かに不安の色を浮かべる少年は「先生?」と私を呼ぶのだ。
はっとし、それから少年の頬にそっと触れる。
「エリー、お前は木偶の坊なんかじゃない。……私の大切な【子供】だ」
ああ、そうだ。大事な子供――試作品のうちの一つ。
何体も犠牲になってきた実験の末、ようやく産まれた大切な私の子供なのだ。
それでもエリーはなにか言いたそうだった。
この子は聡い。産まれたばかりにも関わらず、本物の人間の子供のように学び、育つ。だからだろう、納得いかなさそうな顔をしたエリーは「先生」と私を見上げた。
「む? どうした?」
「……そこ腐れかけてるからあまり触らない方が」
そうエリーが呟いた矢先だった、頬と首を繋ぐ境い目、柔らかく沈む。
膿んだ皮膚の奥、沈む指先の感触にエリーは顔色を変えるわけでもなく痛がりもせずただ私を見た。慌てて指を離したが、崩れていくエリーの顔に血の気が引いた。
「何故もっと早くそれを早く言わない……!」
「……先生が触りたさそうだったので」
ごめんなさい、としゅんとするエリーを慌てて処置室へと連れて行く。
エリーは私が人間を模して作った肉人形だ。
その外形は近くの墓場から調達した死体の皮を剥がして比較的新鮮な部分を切り集めて作っているため少々脆く腐敗も早いが、それでもなんとかここまで自我を持つようになった。
始めの頃は言葉を発することもできなかった。
獣のように唸ることしかできない肉塊に私は言葉を教えた。
今では近所の子供と話せるくらいだ。自我が芽生えたとは言え、感情表現に関してはまだ乏しい。
そしてもうひとつ欠点を上げるならば、やはり外形だろう。
剥いで切って縫い付ければ外形は修復できるが、いつでも新鮮で保存状態のいい死体が舞い込むわけではない。なかなかいい素材がないときはなかなか修復することもできず、特に湿気の多い時期や夏となると特に匂いが酷かったり、虫が湧くことも多々あった。
そのことを危惧して予め街から離れた家を買ったのだが、万が一少年の存在が――この子が複数の死体からできた肉人形だと周りに知られたらとなると恐ろしかった。
今はまだ顔に傷がある無口な子供だと思われてるが、細心の注意は払うべきだろう。
墓を掘り返し死体を持ち帰ることは重罪だ。
自分が犯した罪の自覚はあるが、それ以上に好奇心が勝った。
エリーに部屋から出るなと閉じ込めておくことは簡単だ。しかし、近所の子供――ユーグの存在によってエリーがどのように変わるのか、どのような反応を示すのか、興味があった。
……ならば、私がすることは変わらない。
人間の子供と同じように生活ができるように、新鮮な素材を都度用意するだけだ。
とはいえ、先述した通りそれも楽なものではない。
エリーの皮膚移植を終え、一息つくために一階へとコーヒーを取りに降りる。そしてカップを手に部屋へと戻ったときだった。
コンコンと控えめに扉がノックされる。この家に私の部屋を訪れる者は一人しかいない。
「どうぞ」と声を掛ければ、静かに扉が開く。そして顔に包帯を巻いたエリーが現れた。
「……先生、今いい?」
「ああ、どうした」
カップを手にしたまま椅子に腰を掛ける。エリーを招き入れれば、エリーはおずおずと私の元まで歩み寄ってきた。
「……先生。いつになったら、手術しなくて済むの?」
か細い声。それは純粋な疑問だった。
「そうだな、その内……その内な」
「……その内、しなくてもよくなるの?」
小首を傾げ、こちらを見上げるエリー。その包帯の下からとろりと透明な液体が溢れ出すのをそっと拭えば、エリーは少しだけ目を細めた。
痛みはないはずなので、筋肉が反応してるだけだろう。それでもなんだが、その瞬間だけはエリーが人間の子供のように見えたのだ。
私はその言葉については何も答えられなかった。
「……そうだよな、お前も嫌だよな。顔にメス入れられるのは」
エリーはなにも答えなかった。代わりに私にされるがままに撫でられるのだ。
人の心は伝播するとはいうが……それは肉人形も同じなのだろうか。
◆ ◆ ◆
年寄の死体は比較的に簡単に手に入れられるが、張りもなく水分の失われた皮膚は保たないため短期間での修復が必要になる。
その反面、やはり若者の皮膚は丈夫でみずみずしく、素材としては最高だった。それもなんの病気も患っていない皮膚だ。
若ければ若いほどいいが、あまり幼すぎると素材として使える部分が少なくなるのでやはりある程度育った青少年くらいの死体が理想だった。
そんな理想的な素材を大量に死体を手に入れる機会はなかなかない。事故現場では一度で大量の死体が手に入るが、その分損傷が激しいのだ。
そうなるとやはり自分の手で調達するのが早い。
狙い目は金に困った苦学生だ。連中は大金に釣られてすぐにやってくる。薬で眠らせ、皮膚を剥ぎ取る。残った部位もいずれ使う機会があるだろうから保存する。
一人目はまだよかった。ただの家出不良だと思われるからだ。
二人目からは街の警察が騒ぎ出す。だから期間を空け、墓を漁って死体を掘り返しては保たせた。
何度も使える手段ではない。
それでも、エリーのためにもあまり頻繁な手術は控えてやりたかったのはエゴだ。
そしてそろそろ腐臭が強くなってきたエリーのために手術の準備を用意したときだ。少年を探すが、家中を探しても少年の姿は見つからなかった。
普段、エリーは家を出ない。出るとしても外光で傷が目立たなくなる夜間に家の庭でのんびりする程度だ。
だからこそ、庭にもエリーの姿がないことを確認した私は焦った。
「エリー!エリー!」
夕暮れ時。薄汚れた白衣を脱ぎ捨て、私は街中を走り回る。
こんな明るい時間帯にもし腐臭漂わせる少年が誰かに見付かったらと思ったらゾッとした。
あまり自分のことを話さないエリーの行きそうな場所なんて思い付かなくて、一か八かユーグが暮らしているらしい家に行ってみれば彼の両親が現れた。ユーグは遊びに行ってからまだ帰ってこないそうだ。
結局、エリーは見付からなかった。
夜になり、息も絶え絶えに一度私は家へと戻ることにした。
もしかしたらユーグに唆されてどこかへと連れ出されているのかもしれない。
だとしてもだ、皮膚が腐敗してきた少年にユーグがどんな反応を示すか大体想像ついた。
……早く見つけ出さなければならない。
けれどもしかしたら既に帰宅してるかもしれない。
そんな淡い期待を胸に、自宅玄関の扉を開いた。
エリーはまだ帰ってきていなかった。
私は庭先のベンチに腰を下ろし、頭を抱えた。
あれだけ荒れていた庭は今では小綺麗に手入れされている。
夜間、外へ出ては雑草を抜き、花の種を撒いていた少年の背中を思い出す。
「……ああ、エリー」
一体どこへ行ったのか。そんなに手術が嫌だったのか。
数日前、私の元を訪れた少年を思い出す。あのときもっと気の利いた言葉を返せばこうはならなかったのだろうか。そう深く息を吐いた時だった。
不意に、家の外から足音が聞こえてきた。
少年だろうか。咄嗟にベンチから立ち上がる私に答えるよう、自宅の扉がノックされた。
急いで部屋に戻り、そのまま玄関へ走った私は慌てて扉を開いた。
扉の外に立っていた二人組の警官だった。その制服を見た瞬間、全身に嫌なものが走る。
「アシュリーさんですね」
「……ええ、そうですが」
「最近この近辺で墓荒しが多発しているようなんですが、なにかご存知ではありませんか」
心臓が、鼓動が加速する。
どうやら付近の住人に聞き込み調査を行っているようだ。
なるべく動揺を悟られぬよう、言葉を探す
「……墓荒し、ですか。申し訳ありませんが、職業柄どうしても部屋に籠りっきりなもので」
「ああなるほど、学者さんでしたっけ」
「ええ、はあ、趣味程度ではございますが」
「一人で住んでいらっしゃるのですか?助手の方などは……」
「……助手はいません、そんな大層なものでもございませんので」
立ち話をしてる暇などないのだ、こちらは。
さっさと帰ってくれと喉元まで出掛かるのを堪え、愛想笑いすれば警官たちも合わせて笑う。
一見和やかな空気だが、その瞳に微かに警戒心が滲んだのを私は見逃さなかった。
「因みに、どのような研究なされてるんですか?」
普段から第三者に研究内容のことを尋ねらることがあれば、「野性動物の研究をしている」と答えるようにしていた。だから、今回もそう適当に流すつもりだった。
丁度そのときだった。ふと、一緒にいた警官の一人が無線機を取り出す。そしてもう一人になにか耳打ちをする。瞬間、もう一人の警官は表情を変えた。
「……お巡りさん? どうかしましたか?」
「すみません。私どもはこれで」
「ああ……ええ、お疲れ様です」
帰ってくれるならばそれでいい。私は彼らに頭を下げ、その背中を見送ってから部屋に戻った。
あの引きの良さ、なにかあったには違いないだろうが私はエリーのことで頭がいっぱいだった。
それから私は再び少年を探すために家を出る。
隣町まで探し回ったが、朝になってもエリーを見つけることはできなかった。
早朝。
独特の肌を突くような肌寒さに震えながら、街へと戻ってきた私は再びユーグの家へ向かっていたその途中。
こんな朝にも関わらず、やけに町全体が賑わっていることに気付いた。
ヒソヒソとなにかを話しながら歩いていく人々の表情は恐怖で引きつっている。なんとなく気になった私は近くを通りかかった中年夫婦の会話に耳を立てた。
「まさかあんな化け物が墓を荒らしていたなんて」
「行方不明になっていたあの子も食べられたのでしょうか」
「とにかく広場へ急ごう。もう始まってるかもしれない」
通りすぎていく中年夫婦の言葉に、気付いたら私は駆け出していた。
足が向かうその先は夫婦の会話の中に出てきた『広場』だ。嫌な予感が足を急かす。
ああ、日頃から運動すべきだった。
一晩かけての探索でまともに力が入らない体を無理矢理動かし、私は死に者狂いで広場へ走った。
そして、広場前。
朝早く集まった沢山の群衆のその中央、黒い炎が空へと登っているのを見た。
鼻を付くのは何かが焼けるような匂い。
飛び交う罵詈雑言、畏怖の声。怒声。悲鳴――それらの全ての音が止まった。
広場の中央、燃え盛る炎の中に影を見付けた。
磔にされ、火に炙られてるその子供は間違いない――愛しい我が子、エリーだった。
火は既に少年の下半身を包み込み、衣服に燃え移った火は少年の服を炭にする。
体を隠すものがなくなり、露出した華奢な体に浮かぶ全身に走る縫い目や腐敗した皮膚に観衆たちが一層ざわめいた。
「化け物」「死体を食うなんて」「気持ち悪い」「この悪魔」
飛び交う声に、全身が冷たくなる。
エリーが死体を食うだと?そんな馬鹿な。野菜や魚肉は食わせるが人肉を食べさせたこともないしそういう風には作っていないはずだ。
徐々に体を這い上がってくる炎の中、ただじっと少年は目を瞑っていた。
あれくらいの拘束、簡単に壊せるのに、なぜ、何故エリーは逃げない。そもそも何故あの子が火炙りにされているのか。
「っ、退け!」
疲労感もなにもなかった。考えるよりも先に体が動いていた。
観衆たちを掻き分け、磔されたエリーの元へと駆寄ろうとするが揉みくちゃにされ、貧弱な私の体はすぐに地面へと放り出される。それでも駆寄ろうとすれば、屈強な執行人たちに羽交い締めにされ殴られた。
「っ、エリー……ッ!!」
そう声を上げれば、野次馬たちが人を気違いか何かのようにこちらを見た。
ただ一人、エリーだけは私を見て微笑んだのだ。
顔の縫い目が邪魔で上手く筋肉が動かなかったお陰でぎこちないものだったが、それでもエリーは泣きそうな顔をして微笑み、そして、次の瞬間その笑顔は炎に飲み込まれた。炎の中、エリーの体が崩れていく。
「…………は、ははは」
手塩を掛けて育てた【子供】が、今や赤い炎の中、消し炭となっている。
あの子も知っていたはずだ、いくら知能や力があってもあくまでも自分の素材が人間であり、燃やされてしまえば炭になると。
なのに何故だ。墓荒し扱いをされ、捕獲され、それでもなぜ逃げ出さずに処刑されようとしたんだ。
……なんで私を庇ったんだ、エリー。
腹の底から込み上げてくるそれは笑い声となり喉奥から漏れる。
炎に包まれる磔に歓声を上げる観衆たちの声に混じって、ただ、笑った。
ああ、素晴らしい、素晴らしい。私の実験は成功だ。人の心を持った優しい人間を私は造り上げることが出来た。
……そう、悲願を果たすことができたのだ。
こうして墓荒しを犯す私のために罪を被り、こうして火炙りにされ、自ら身を滅ぼすとは。
なんたる忠誠心。ああ、素晴らしい。私は成功した。成功したのに。
顔を覆った掌から零れ落ちる雫はなんなのだろうか。
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