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糺君と色んな話してると楽しい。聞き上手なのだろう、人の口から弱音を吐き出させるのが上手いなと思いながらも話している内に段々気分も良くなっていく。
これからどうするかという話になったが、またあいつと出会すのは気まずいと言えば「じゃあ僕の家に来る?」と聞かれて、俺は流石に言葉に詰まった。
「え、いやでも、流石にいきなり押し掛けるのは申し訳ないっていうか……」
「うーん。これは明日真君とまだ話足りないな~っていうアピールだったんだけど、分かりにくかったかな?」
「俺と……?」
「そ! 明日真君と」
どうかな?と小首を傾げる糺君。同い年だし、流石にご家族とかいるだろう。
それに遅くならない内に帰ればいいんだしな……。
「じゃあ、お言葉に甘えようかな」なんて答えれば、糺君は「やった」と嬉しそうに微笑み、ごく自然な動作で俺の手を握る。心臓が停まるかと思った。
「それじゃ、行こうか」
「ああ」
段々糺君の距離感やペースも掴めてきたようだ。最初は驚いたが、なんだか人懐っこい子犬を相手にしてるような気分のが大きかった。大聖とは大違いというか、カラッとしてるのだ。アイツみたいにねちねちしてない。
というわけで、俺は成り行きで糺君の家にお邪魔することになった。手ぶらは申し訳ないのでコンビニでお土産でも買って行こうとしたら、糺君に「どうしたの?つまみ?」と聞かれる。
「いや、ご家族の方にお土産でもって……」
「あーいいよそんなの、それに僕一人暮らしだし」
「え」
「あ、でも、確かにつまみと飲み物は必要だね」
コンビニ前。言いながら中へと入っていく糺君に、俺は取り残されたまま暫くその場を動くことはできなかった。
……本当にこのまま流されてもいいのだろうか。いや、でもちゃんと帰るっては伝えていたから大丈夫だろう。……うん。
そう俺が一人納得してるとき、数分も経たずして買い物を済ませてきたらしい糺君が「お待たせ~」と現れた。早すぎる。
ちらっと糺君の手元の買い物袋を見れば、ジュース、菓子、菓子、菓子、ジュース、……酒?
見間違いか?と二度見したときにはすぐに俺とは反対側の手の方へと移動していた買い物袋。「それじゃ行こっか」と俺の二の腕にしがみついてくる糺君に、そこはかとなく試されているような気分になっていた。
「それじゃ、上がって上がって」
「……お邪魔しま~す」
某所、アパートの三階。その角部屋に糺君の部屋はあった。
招かれるがまま玄関口へと足を踏み入れ、「うっ」と思わず顔を顰めた。
「ん?どうしたの?」と不思議そうにこちらを覗き込んでくる糺君。そしてその奥、今にも雪崩が置きそうなゴミ袋の山を見て別の意味で血の気が引いた。
「た、糺君……君、もしかして……」
「ん?」
「………………掃除苦手な人?」
「掃除? 酷いなぁ明日真君、ちゃんとしてるよ」
「ほら!」と言いながら足元、元絨毯らしき布の塊を足蹴にして避ける糺君を見て、俺は戦慄する。
せっかく可愛い顔をしてるのになんてことだと思わず嘆いてしまいそうだった。
そして、俺は糺君の手を握る。「え?」と驚いたようにそのくりくりとした目が大きく見開かれた。
「……わかった、俺に任せてくれ」
今夜は長丁場を想定していた方が良さそうだ。予めゆまに今夜は遅くなる旨のメッセージを入れ、俺は気合を入れ直すことにした。
なんせ、玄関の向こう側、既に扉が閉じきれないまま負のオーラを醸し出しているそこを前に俺は固唾を飲んだ。
――数分後。
「糺君! 糺君これ冷蔵庫が冷蔵庫の役割果たしてないんだけど……?!」
「あ、それね~。飲み物はこっちのちっちゃいやつに入れてるから大丈夫」
「大丈夫じゃないよそれ、勿体ないって!」
――一時間後。
「カーペットって溶けるのか……」
「引っ越してきたぶりかも、床見んの」
「サラッと怖いこと言うな。……そういや、香春もここに来るのか?」
「一回だけ来たことあったけど、あいつすぐ家の前の飯屋に行きたがるんだよね~」
「……まあ、そうだな」
せめてこのままではこの子の命が危ないということは伝えておいてくれ、香春。
ここには居ない友人のことを考えながらも、俺は時間を掛けてなんとか雪崩を崩し、分別したゴミ袋たちをごみ捨て場へと持っていく。
そんなことを繰り返してる間にどんどん時計の針は進んでいき、ようやく全てを終えたときには外はすっかり真っ暗になっていた。
磨き上げたリビングの床の上、俺は倒れ込んでいた。本来の良さを殺され続けていたインテリア雑貨たちが『ありがとう』と泣いてる気がする。
……駄目だ、もう動けねえ。
そのまま大の字で転がっていると、ふと、ペタペタと糺君がやってきた。
そして、
「明日真君」
こちらを覗き込んだ糺君。その手には先程コンビニで買ったらしいジュースのペットボトルが握られていた。
「糺君……」
「これ、飲んで。喉乾いたよね」
「……ありがとう」
「それはこっちのセリフだよ。まさか、明日真君がここまで世話焼きとは思わなかったけど」
数時間かけてランニングした後のような心地よさすらある疲労感に包まれながら、俺は糺君から受け取ったペットボトルを開けた。
運動したあとの炭酸ジュースの旨さは格別だ。口の中、喉にじゅわっと弾ける炭酸を流し込みながら、俺は糺君を見上げた。
「……悪い。初対面のやつに部屋弄られるの、嫌だったよな」
「え? どうして? 僕からしてみたら、タダで掃除してもらえて万々歳なんだけどなぁ」
「……糺君って……」
素直に言うと、ほんの少しだけ偏見があった。俺に対してグイグイくるし、スキンシップ激しいし、なんかたまに物凄い色気あるからこう……打算的だったりするのかなと思ってたのだけど、どうやら考えを改めた方がいいのかもしれない。
「僕、こんな風に人にいろんなことしてもらったの初めてだったから嬉しいよ」
「そう……なのか?」
「うん。友達にこうしてちゃんと部屋上げるのも初めてだったからさ。やっぱ僕って人を見る目あるなぁ」
言いながら、ぺたんと隣に座ってくる糺君。その横顔を見つめてると、こちらをちらりと見上げた糺君はそのまま首を伸ばす。
そして、ちゅ、と小さく音を立てて唇が重なった。
「……っ?!」
「あは、ごめん。キスは嫌なんだっけ?」
「ぁ、い、いや……」
あまりにも不意打ち過ぎて恥ずかしいくらいびっくりしてしまった。そんな俺を悪戯っ子のような顔を見て見つめてくる糺君は「ありがとうのキスだよ」と小さく微笑んだ。
不思議と嫌な気はしなかったが、ただ、首から上が熱くて堪らない。
それから、糺君ちのシャワーを浴びて汗だけ流し、俺はそのまま糺君の家を出た。糺君に家まで送ると言われたが、流石に遅いしそんなことしてたら糺君が帰るのが遅くなってしまう、と丁重にお断りした。
帰り際、「これ、明日真君の家族の皆で食べて」と食べ切れなかったお菓子たちがたくさん入った袋を受け取った。一人のときは別にお菓子は食べないのだという。
「弟君、いるんだよね? さっき連絡してた。その子にあげなよ」
「でも、糺君」
「じゃあさ、代わりといっちゃなんだけど、また僕と遊んでよ」
一人は寂しい、と糺君の心の声が聞こえてくるような気がした。都合のいい妄想なのかもしれないが、向けられてる好意に対して嫌悪感はない。「分かったよ」と微笑み返し、俺は糺君の家を後にした。
それから、なんとか家まで帰ってきた。
夜ふかししてたゆまが「夜遊びだ」と睨んできていたので、糺君から貰ったお土産の袋を手渡して黙らせることにした。
わーいとパタパタリビングへと向かうゆまを追いかけリビングに入れば、早速ゆまがテーブルの上に袋の中身を広げていた。
そんな中、『0.01』とクソでかい文字が書かれた黒い箱が並べられてるのを見つけた瞬間俺は光の速さでそれをゆまから取り上げ、無言でリビングを後にしたのだ。「兄ちゃんなにそれ、ずるい!」とゆまが着いてきていたが無視だ、無視。
――糺君、侮れない男かもしれない。
そんなことを考えながら、俺は自室へと帰った。
これからどうするかという話になったが、またあいつと出会すのは気まずいと言えば「じゃあ僕の家に来る?」と聞かれて、俺は流石に言葉に詰まった。
「え、いやでも、流石にいきなり押し掛けるのは申し訳ないっていうか……」
「うーん。これは明日真君とまだ話足りないな~っていうアピールだったんだけど、分かりにくかったかな?」
「俺と……?」
「そ! 明日真君と」
どうかな?と小首を傾げる糺君。同い年だし、流石にご家族とかいるだろう。
それに遅くならない内に帰ればいいんだしな……。
「じゃあ、お言葉に甘えようかな」なんて答えれば、糺君は「やった」と嬉しそうに微笑み、ごく自然な動作で俺の手を握る。心臓が停まるかと思った。
「それじゃ、行こうか」
「ああ」
段々糺君の距離感やペースも掴めてきたようだ。最初は驚いたが、なんだか人懐っこい子犬を相手にしてるような気分のが大きかった。大聖とは大違いというか、カラッとしてるのだ。アイツみたいにねちねちしてない。
というわけで、俺は成り行きで糺君の家にお邪魔することになった。手ぶらは申し訳ないのでコンビニでお土産でも買って行こうとしたら、糺君に「どうしたの?つまみ?」と聞かれる。
「いや、ご家族の方にお土産でもって……」
「あーいいよそんなの、それに僕一人暮らしだし」
「え」
「あ、でも、確かにつまみと飲み物は必要だね」
コンビニ前。言いながら中へと入っていく糺君に、俺は取り残されたまま暫くその場を動くことはできなかった。
……本当にこのまま流されてもいいのだろうか。いや、でもちゃんと帰るっては伝えていたから大丈夫だろう。……うん。
そう俺が一人納得してるとき、数分も経たずして買い物を済ませてきたらしい糺君が「お待たせ~」と現れた。早すぎる。
ちらっと糺君の手元の買い物袋を見れば、ジュース、菓子、菓子、菓子、ジュース、……酒?
見間違いか?と二度見したときにはすぐに俺とは反対側の手の方へと移動していた買い物袋。「それじゃ行こっか」と俺の二の腕にしがみついてくる糺君に、そこはかとなく試されているような気分になっていた。
「それじゃ、上がって上がって」
「……お邪魔しま~す」
某所、アパートの三階。その角部屋に糺君の部屋はあった。
招かれるがまま玄関口へと足を踏み入れ、「うっ」と思わず顔を顰めた。
「ん?どうしたの?」と不思議そうにこちらを覗き込んでくる糺君。そしてその奥、今にも雪崩が置きそうなゴミ袋の山を見て別の意味で血の気が引いた。
「た、糺君……君、もしかして……」
「ん?」
「………………掃除苦手な人?」
「掃除? 酷いなぁ明日真君、ちゃんとしてるよ」
「ほら!」と言いながら足元、元絨毯らしき布の塊を足蹴にして避ける糺君を見て、俺は戦慄する。
せっかく可愛い顔をしてるのになんてことだと思わず嘆いてしまいそうだった。
そして、俺は糺君の手を握る。「え?」と驚いたようにそのくりくりとした目が大きく見開かれた。
「……わかった、俺に任せてくれ」
今夜は長丁場を想定していた方が良さそうだ。予めゆまに今夜は遅くなる旨のメッセージを入れ、俺は気合を入れ直すことにした。
なんせ、玄関の向こう側、既に扉が閉じきれないまま負のオーラを醸し出しているそこを前に俺は固唾を飲んだ。
――数分後。
「糺君! 糺君これ冷蔵庫が冷蔵庫の役割果たしてないんだけど……?!」
「あ、それね~。飲み物はこっちのちっちゃいやつに入れてるから大丈夫」
「大丈夫じゃないよそれ、勿体ないって!」
――一時間後。
「カーペットって溶けるのか……」
「引っ越してきたぶりかも、床見んの」
「サラッと怖いこと言うな。……そういや、香春もここに来るのか?」
「一回だけ来たことあったけど、あいつすぐ家の前の飯屋に行きたがるんだよね~」
「……まあ、そうだな」
せめてこのままではこの子の命が危ないということは伝えておいてくれ、香春。
ここには居ない友人のことを考えながらも、俺は時間を掛けてなんとか雪崩を崩し、分別したゴミ袋たちをごみ捨て場へと持っていく。
そんなことを繰り返してる間にどんどん時計の針は進んでいき、ようやく全てを終えたときには外はすっかり真っ暗になっていた。
磨き上げたリビングの床の上、俺は倒れ込んでいた。本来の良さを殺され続けていたインテリア雑貨たちが『ありがとう』と泣いてる気がする。
……駄目だ、もう動けねえ。
そのまま大の字で転がっていると、ふと、ペタペタと糺君がやってきた。
そして、
「明日真君」
こちらを覗き込んだ糺君。その手には先程コンビニで買ったらしいジュースのペットボトルが握られていた。
「糺君……」
「これ、飲んで。喉乾いたよね」
「……ありがとう」
「それはこっちのセリフだよ。まさか、明日真君がここまで世話焼きとは思わなかったけど」
数時間かけてランニングした後のような心地よさすらある疲労感に包まれながら、俺は糺君から受け取ったペットボトルを開けた。
運動したあとの炭酸ジュースの旨さは格別だ。口の中、喉にじゅわっと弾ける炭酸を流し込みながら、俺は糺君を見上げた。
「……悪い。初対面のやつに部屋弄られるの、嫌だったよな」
「え? どうして? 僕からしてみたら、タダで掃除してもらえて万々歳なんだけどなぁ」
「……糺君って……」
素直に言うと、ほんの少しだけ偏見があった。俺に対してグイグイくるし、スキンシップ激しいし、なんかたまに物凄い色気あるからこう……打算的だったりするのかなと思ってたのだけど、どうやら考えを改めた方がいいのかもしれない。
「僕、こんな風に人にいろんなことしてもらったの初めてだったから嬉しいよ」
「そう……なのか?」
「うん。友達にこうしてちゃんと部屋上げるのも初めてだったからさ。やっぱ僕って人を見る目あるなぁ」
言いながら、ぺたんと隣に座ってくる糺君。その横顔を見つめてると、こちらをちらりと見上げた糺君はそのまま首を伸ばす。
そして、ちゅ、と小さく音を立てて唇が重なった。
「……っ?!」
「あは、ごめん。キスは嫌なんだっけ?」
「ぁ、い、いや……」
あまりにも不意打ち過ぎて恥ずかしいくらいびっくりしてしまった。そんな俺を悪戯っ子のような顔を見て見つめてくる糺君は「ありがとうのキスだよ」と小さく微笑んだ。
不思議と嫌な気はしなかったが、ただ、首から上が熱くて堪らない。
それから、糺君ちのシャワーを浴びて汗だけ流し、俺はそのまま糺君の家を出た。糺君に家まで送ると言われたが、流石に遅いしそんなことしてたら糺君が帰るのが遅くなってしまう、と丁重にお断りした。
帰り際、「これ、明日真君の家族の皆で食べて」と食べ切れなかったお菓子たちがたくさん入った袋を受け取った。一人のときは別にお菓子は食べないのだという。
「弟君、いるんだよね? さっき連絡してた。その子にあげなよ」
「でも、糺君」
「じゃあさ、代わりといっちゃなんだけど、また僕と遊んでよ」
一人は寂しい、と糺君の心の声が聞こえてくるような気がした。都合のいい妄想なのかもしれないが、向けられてる好意に対して嫌悪感はない。「分かったよ」と微笑み返し、俺は糺君の家を後にした。
それから、なんとか家まで帰ってきた。
夜ふかししてたゆまが「夜遊びだ」と睨んできていたので、糺君から貰ったお土産の袋を手渡して黙らせることにした。
わーいとパタパタリビングへと向かうゆまを追いかけリビングに入れば、早速ゆまがテーブルの上に袋の中身を広げていた。
そんな中、『0.01』とクソでかい文字が書かれた黒い箱が並べられてるのを見つけた瞬間俺は光の速さでそれをゆまから取り上げ、無言でリビングを後にしたのだ。「兄ちゃんなにそれ、ずるい!」とゆまが着いてきていたが無視だ、無視。
――糺君、侮れない男かもしれない。
そんなことを考えながら、俺は自室へと帰った。
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