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性悪双子と飴と鞭。四日目。
口は災い
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翌朝。
窓の外から聞こえてくるチュンチュンという鳥の声とともに体を起こす。
最早昨日一日燕斗と宋都に弄ばされたせいで、体内時計がとち狂ってしまったようだ。思ってたよりも長い間眠っていたことにぞっとし、それから自分の体を確認した。
全裸のまま放置されてる様子はない。相変わらずダルいが、ケツは大分マシになってる……気がする。
ここは燕斗の部屋のようだ。肝心の持ち主の姿は見当たらない。
丁度良かった。このままあいつに見つかる前に起きて登校の準備をしよう。
ベッドからのそのそと這い出て、そのまま俺は燕斗の部屋を出た。
それにしても宋都はともかく燕斗のやつ、どこに行ってるのだろうか。まだ登校するにしたって早い時間帯だし、普段のあいつの様子からして人の寝顔をニヤニヤ見守っていてもおかしくないってのにその気配すら感じない。
下にいるのか?と思いながらも階段へと降りようとしたとき、宋都の部屋の方から話し声が聞こえてきた。
声の感じからしてなんだかただならぬものを感じた俺は思わず足を止める。
――なんだ、あいつら。喧嘩でもしてるのか?
別にあの二人が言い合いすることは珍しくない。もとより正反対の二人だ。
けれど、宋都のことがあったからか余計話の内容が気になった。
……すこしぐらいなら、バレないか?
あいつらだって立ち聞きくらいしてるだろうし、イーブンだ。なにもやましいことなんてない、と自分に言い聞かせながらも俺はそっと壁に耳をくっつけた。
『……少しは美甘のことを考えたらどうだ?』
『それを言うならお前もだろ? なんだよ、今更独占欲でも沸いてきたのかよ』
――やっぱり俺の話をしてる!
しかも、話の感じからしてなんだこれは。燕斗が宋都に説教してるのか?
俺からしてみれば燕斗も宋都も同じようなものなのだが、二人はそうではないのか。
『独占欲? ……』
『んだよその間、こっわ』
『宋都』
『他にも趣味作ったらどうだ? 今のお前、俺からもあいつから見てもわりとやべえから』
宋都、それは言いすぎだろ。
と、扉に耳を当てながらも不穏なやり取りにハラハラしていたときだった。こちらに向かって足音が近付いてきて、咄嗟に扉から離れようとするのも束の間。いきなり燕斗の扉が開いたと思えば、部屋から出てきた宋都と思いっきり目が合ってしまった。
「あ……」
これは決して盗み聞きしてたわけではなく、と必死に言い訳を探すよりも先ににやりと笑った宋都はそのまま俺を捕まえるのだ。小脇に抱えるみたいにして。
「お、おい……っ! なに、」
「丁度いい。行くぞ」
「い、行くってなに……っ!」
「ばーーか、気分転換に決まってんだろ」
「ま、待って宋都! 俺、まだなんの準備もできてな……」
い、と言い終わるよりも先に、人を抱えたまま一階へと降りた宋都はそのまま俺を廊下に転がした。着地失敗してしまうが、なんとか顔面をぶつけずには済んだ。
「お、お前……っ! 投げるなよ!」
「朝からぴーぴーうるせえな、ほらさっさと準備しろ」
「じゅ、準備って……」
学校は、と今更ながら一々確認できるような雰囲気でもない。好き勝手言うだけ言ってそのまま階段に座り込む宋都を前に、俺はまたやつに殴られどやされる前に一先ず制服に着替えることにした。
――それにしても、なんなんだ。さっきの。
燕斗はまだ部屋から出てきてない様子だし。
先程聞こえてきた会話がなんとなく頭に引っ掛かりながらも、もたもたしてるとケツを叩いてくる宋都から逃げつつ朝支度を済ませることにする。
宋都に言われるがまま制服へと着替え、階段で待っていた宋都の元へ移動する。
「……準備、したけど」
「おー」
「おー……じゃなくて、宋都は?」
「あ?」
「だ、だから……制服……っ、むぎゅ」
宋都はといえば寝るときの服から着替えてはいるようだが、こいつ制服すら着ていない。指摘しようとすれば、立ち上がった宋都に上着を被せられた。瞬間、女ものの香水の匂いが鼻と口の中に入ってきて堪らず噎せた。
「な、なにすんだよ」
「今日寒いらしいから貸してやる。優しいだろ?」
優しいやつは自分で優しいだろ?とか言わない。というか、そもそも宋都サイズが俺に合うわけがないのだ。
あまりにもみすぼらしい姿に自分で悲しくなりそうだし――いや、ちがう、俺の趣味ではないので「いらない、俺自分のあるし」と断ろうとしたが、俺が脱ぐよりも先にそのまま宋都に腕を掴まれる。
「んじゃ、行ってきまーす」
「お、おい……!」
いつものパターンだ。俺の話を最後まで聞かず、宋都は人の腕を掴んだまま玄関で靴を履き替えるのだ。
こうなったら逃げる術はなさそうだ。俺も慌てて靴に履き替え、そして宋都に引っ張られるがまま慈光家を後にすることとなった。
「どういうつもりだよ、宋都」
「どういうつもりって、なにが」
「だから……これもだし、それも」
宋都に掴まれたままの手、そしてやつに着せられた上着に目を向ける。俺の言葉に、やつは手を繋いだままだったということを思い出したようだ。「あー」と声を漏らしたあと、あっさりと手を離した宋都にほっとするよりも先に、今度はそのまま肩に腕を回されるのだ。
「ちょ、お、重い……っ」
「いーだろ? 別に」
なにがいいんだ、人を丁度良い肘おきかなにかと思ってるのだろう。そのまま宋都は行き先も告げず歩き出すのだ。
そんなやつに背中を押されながら、俺は渋々その後をついていくことになる。
宋都はといえば、登校する服装でも無けりゃ駅に向かってるわけでもない。
けれど、向かう先は俺にとっては見慣れた通学路に近付いているのがわかった。
――俺を学校まで連れて行くつもりか?
「なあ……学校だったら、別に一人でも大丈夫だ」
そう声を掛ければ、人の話を聞いているのか聞いていないのかスマホを取り出した宋都は「あーはいはい」とそれを操作しながら適当に相槌を打ってくる。こいつのこういう態度は珍しいことではないのでもういまさらムカつきはしない。
けれどもだ。
「……もしかして、燕斗と喧嘩したのとなんか関係あんの? これ」
お前がこんなことすんのは、と尋ねれば、宋都がこちらへと視線を向ける。
睨む、というよりも見下されてるという形だ。そのほんの一瞬、空気がぴりつくのを肌で感じる。
またこいつの逆鱗に触れるようなことを言ってしまったのだろうか、とはっとしたとき、「みーかーもー」と俺の肩を抱いていた宋都の大きな手に頭を掴まれた。そしてそのままぐしゃぐしゃに髪を掻き回されるのだ。
「う、や、やめろってば……っせっかくセットしたのに……っ!」
「ふ、は! セットって、櫛で梳かしただけだろ! つうか、お前が髪型とか気にすんなよ。色気付いてんのか?」
「う、ばか、やめろ……っ!」
わしゃわしゃわしゃわしゃと好き勝手髪を乱され、目が回りそうになる。
そういう問題じゃないだろ、と慌てて宋都の手を振り払おうとしたとき。そのままぱしんと手首を掴み上げられるのだ。
そして、宋都と真正面から視線がぶつかる。やつの顔にはいつもの底意地の悪い笑顔が浮かんでいた。
「今の学校に好きなやつでもいんのか?」
「は? な、んなわけ……」
「だよなあ、お前童貞臭いし」
「ど……ッ!」
「じゃ、気になるやつもいねえのか」
この流れでなんでいきなりそういう話になるのだ。そりゃ、同じ学校にいる可愛い子は皆気にはならないといえば嘘になる。けれど本気で付き合いたいわけではない。そんなの無理だとわかってるからだ。そうなると、本当に恋愛的な意味で気になるやつと言われればぴんと来ない。
――と言い掛けて、何故か頭の裏側で燕斗が浮かび、冷や汗が滲んだ。
待て、何故あいつの顔が出てくるんだ。普通に考えてここ最近のあいつのムーヴのせいだけども。
「さ、宋都には言わない……」
「あ?」
「お前、秘密って言っても言い触らすだろ!」
「じゃあいんのか?」
指摘され、うぐ、とつい言葉に詰まりそうになってしまう。なんでこういうときばっか鋭いんだよ、こいつ。
「い、いないけど……! も、もしできても教えないって言ってんだよ」
「ふーーーん?」
「な、なんだよ……」
「別に。……てか、美甘のくせに生意気だよなぁ? 俺に隠し事とか」
キレるところそこかよ、と思ったのも束の間、「ま、いいや」とやつは俺から手を離すのだ。
ようやく解放されたものの、手首にはくっきりと宋都の指の痕が残っててしまってる。
「どうせ美甘のことだ、学校でも女子とまともに目ぇ合わせて話せなさそうだもんな」
「……余計なお世話なんだよ」
「否定しねえのウケる」
なんもウケねえよ。馬鹿宋都。
「てか、お前どこまで着いてくるんだよ……宋都、学校は?」
「あ~……面倒臭え」
「……お前な」
「けど、家にいんのも面倒臭えし。なあ美甘、このままどっか遊びにでも行くか?」
「い、行かねえ……絶対嫌だ」
「んでだよ、ノリ悪いな」
ノリとかの問題じゃねえだろ。と睨んでると、俺と同じ制服の生徒たちの姿がちらほらと増え出してきた。そしてやつらは俺――ではなく、俺の横にいる宋都の姿を見てざわついていた。
男子は露骨に恐れて道を引き返し、女子はひそひそと黄色い目を向けてる。そして可愛い子にだけ反応返してる宋都を見て『こいつ』と思った。
「つーかこの辺歩くの久しぶりだわ」
「そりゃ良かったな」
「なに拗ねてんだよ」
「拗ねてねえよ、……って、まじでどこまでついてくる気だよ、お前」
「あー? んだよその言い方。お前が体調悪いっつーから人が心配してやってんのに」
「……は?」
いや、初耳だし。お前全然心配する素振りなかっただろ。というか心配してたのかよ。
言いたいことは色々あったが、多すぎて言葉が上手く出てこなかった。しかも、こいつ開き直ってやがるし。
「だーかーら、ケツ……」
「ばっ、……大きい声でなに言ってんだよ……っ!」
慌てて「むぐ」と宋都の口を塞げば、そのままべろりと掌を舐められ「ひいっ」と情けない声が出てしまう。なんだこいつ、と慌てて手を引っ込めようとすれば、逆に手首を掴んだままところ構わず掌から指の付け根の間までれろりと舌先を這わせる宋都に凍りついた。
「ばか、やめ……っ!」
「なんだ? 舐めてほしかったんじゃねえのか」
「んなわけないだろ、なに考えてんだよ……っ!」
「今更恥ずかしがんなよ」
確かに今更だ。中学時代もそうだ、こいつは周りの目も気にせず自分のしたいこと、自分のことばかりを優先しては周りを振り回すような男だったのを思い出す。
燕斗がいるときはまだストッパーになってくれたが、あいつが居なければどうだ。このザマだ。この前はノリで人の処女喪失させてきやがったし。
「……っ、お前、そんなんだから燕斗に怒られるんだろ」
そう宋都に言い返したときだった。普段の宋都ならば「ああ? うるせえな、犯すぞ」って済ませるところがその言葉を口にした瞬間、宋都の表情から笑顔が消えるのを見て俺は息を飲んだ。
――やべ、地雷踏んだ。
「は? ……なに? お前もあいつの味方すんのかよ」
う、まずい。嫌な予感がひしひしとする。
「さ、宋都……今のは、その……っ」
「てかさ、お前がちゃんとあいつにハッキリ言えばいいんだろうが。『お前、過保護すぎてうぜーんだよ』ってな」
「それは、そうかもだけど」
「だよなぁ? 美甘も俺の言ってること間違ってないと思うだろ?」
ああ、なんか良くない方向へと流されている気がしなくもない。
俺からすりゃどっちもどっちだ。過保護なのは間違いなく燕斗だが、宋都は俺の扱いが雑すぎるのだ。二人を足して割ってくれ。
「さ、宋都……」
「俺の言ってること、間違ってないよな?」
がっしりと肩を掴まれたまま抱き寄せられる。人目も気にせず近付く宋都の鼻先にぎょっとし、つい何度も頷いてしまった。
そんな俺にニヤニヤと嫌な笑みを浮かべたまま、宋都は「分かってんじゃん」と乱暴に人の体をばしりと叩く。体幹とは無縁である俺は、そんな宋都のスキンシップに耐えきれずによろめいた。
「う、い、痛い……っ! 叩くなよ……っ!」
「悪い悪い、つか美甘が弱すぎんのが悪いんだろ」
「う゛!」
よろめいたところ、ばちん!と思いっきりケツを叩かれてその震動に全身が震えた。
こ、こいつ、まじで信じられねえ。
痛み諸々で涙が滲むのを見て、宋都は「そんなに痛かねえだろ、大袈裟なやつ」と笑うのだ。
本当に嫌だ、こいつなんなんだ。鬼か。知ってる。人の心がなさすぎだろ。
「みーかーも、泣くなよ」
「も……っ、ついてくんなよ、一人で学校行く……っ!」
「あー? なに言ってんだ?」
「さ、宋都も学校行けよ、ほら……」
もう一緒にいたくない、これ以上朝っぱらから乱暴な真似はされたくなかった。
その一心で宋都の腕から抜け出そうとするが、肩を抱いたままの手は一切緩まない。それどころか、肩から背中、そして腰まで降りてきた宋都の手に強く抱き寄せられ、ぎょっとした。
人通りだってある道だ。恋人かなにかみたいに――いや、周りからはただ俺が宋都に絡まれてるだけに見えてるのかもしれない。それでもオーバーサイズの上着の下、そのまま遠慮なくケツを鷲掴みにしてくる宋都に息を飲んだ。
「な、に……っ、おい……っ」
「ヒスんなよ、美甘」
「ひ、すってなんか……っ、ん、ゃ、やめろ、誰かに見られたら……っ」
「別に何もしてねえだろ」
「……っぅ、くひ……っ!」
指の痕が残りそうな程強い力で尻たぶを抓られ、堪らず立ち止まりそうになる。かと思えば、今度は布越しにケツの割れ目をすりすりと撫でながら宋都は俺の耳元で「止まんな」と無茶囁いてくるのだ。
「歩けよ、美甘。それとも、やっぱり俺とサボるか?」
――こいつは本当に、とんでもない自己中野郎だ。
ほんの少しでも気遣ってくれたのだと思った俺が馬鹿だった。背後に立った宋都に硬くなり始めていた性器をケツの辺りに押し付けられ、強い目眩を覚えた。
最初からそのつもりだったのではないか、そう俺は宋都を睨みつけたかったがそれは敵わなかった。
「十秒以内に返事しねえと、このままここで犯すぞ」
俺にだけ聞こえる声で囁かれる言葉に全身から血の気が引いた。
やはり、こいつに一度でも好き勝手ヤラせたのは間違いだったのだ。笑いながら、それでも全く冗談に聞こえないその言葉に俺はただ青ざめた。
「きゅー、はーち」
「っ、わ、かったから」
「……ろーく、ごー」
「さ、サボるから……このまま……っ」
「だから、手……離して……っ」弄ぶように尻の穴を広げていた宋都の手を後ろ手に掴めば、宋都はカウントダウンを止めた。そしてその代わり、その口元に凶悪な笑みを浮かべたのだ。
「よし、決まりな」
――もしかしなくても、俺はまた選択肢を間違えたのかもしれない。
今更後悔したところで、なにもかもが手遅れだった。
窓の外から聞こえてくるチュンチュンという鳥の声とともに体を起こす。
最早昨日一日燕斗と宋都に弄ばされたせいで、体内時計がとち狂ってしまったようだ。思ってたよりも長い間眠っていたことにぞっとし、それから自分の体を確認した。
全裸のまま放置されてる様子はない。相変わらずダルいが、ケツは大分マシになってる……気がする。
ここは燕斗の部屋のようだ。肝心の持ち主の姿は見当たらない。
丁度良かった。このままあいつに見つかる前に起きて登校の準備をしよう。
ベッドからのそのそと這い出て、そのまま俺は燕斗の部屋を出た。
それにしても宋都はともかく燕斗のやつ、どこに行ってるのだろうか。まだ登校するにしたって早い時間帯だし、普段のあいつの様子からして人の寝顔をニヤニヤ見守っていてもおかしくないってのにその気配すら感じない。
下にいるのか?と思いながらも階段へと降りようとしたとき、宋都の部屋の方から話し声が聞こえてきた。
声の感じからしてなんだかただならぬものを感じた俺は思わず足を止める。
――なんだ、あいつら。喧嘩でもしてるのか?
別にあの二人が言い合いすることは珍しくない。もとより正反対の二人だ。
けれど、宋都のことがあったからか余計話の内容が気になった。
……すこしぐらいなら、バレないか?
あいつらだって立ち聞きくらいしてるだろうし、イーブンだ。なにもやましいことなんてない、と自分に言い聞かせながらも俺はそっと壁に耳をくっつけた。
『……少しは美甘のことを考えたらどうだ?』
『それを言うならお前もだろ? なんだよ、今更独占欲でも沸いてきたのかよ』
――やっぱり俺の話をしてる!
しかも、話の感じからしてなんだこれは。燕斗が宋都に説教してるのか?
俺からしてみれば燕斗も宋都も同じようなものなのだが、二人はそうではないのか。
『独占欲? ……』
『んだよその間、こっわ』
『宋都』
『他にも趣味作ったらどうだ? 今のお前、俺からもあいつから見てもわりとやべえから』
宋都、それは言いすぎだろ。
と、扉に耳を当てながらも不穏なやり取りにハラハラしていたときだった。こちらに向かって足音が近付いてきて、咄嗟に扉から離れようとするのも束の間。いきなり燕斗の扉が開いたと思えば、部屋から出てきた宋都と思いっきり目が合ってしまった。
「あ……」
これは決して盗み聞きしてたわけではなく、と必死に言い訳を探すよりも先ににやりと笑った宋都はそのまま俺を捕まえるのだ。小脇に抱えるみたいにして。
「お、おい……っ! なに、」
「丁度いい。行くぞ」
「い、行くってなに……っ!」
「ばーーか、気分転換に決まってんだろ」
「ま、待って宋都! 俺、まだなんの準備もできてな……」
い、と言い終わるよりも先に、人を抱えたまま一階へと降りた宋都はそのまま俺を廊下に転がした。着地失敗してしまうが、なんとか顔面をぶつけずには済んだ。
「お、お前……っ! 投げるなよ!」
「朝からぴーぴーうるせえな、ほらさっさと準備しろ」
「じゅ、準備って……」
学校は、と今更ながら一々確認できるような雰囲気でもない。好き勝手言うだけ言ってそのまま階段に座り込む宋都を前に、俺はまたやつに殴られどやされる前に一先ず制服に着替えることにした。
――それにしても、なんなんだ。さっきの。
燕斗はまだ部屋から出てきてない様子だし。
先程聞こえてきた会話がなんとなく頭に引っ掛かりながらも、もたもたしてるとケツを叩いてくる宋都から逃げつつ朝支度を済ませることにする。
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「……準備、したけど」
「おー」
「おー……じゃなくて、宋都は?」
「あ?」
「だ、だから……制服……っ、むぎゅ」
宋都はといえば寝るときの服から着替えてはいるようだが、こいつ制服すら着ていない。指摘しようとすれば、立ち上がった宋都に上着を被せられた。瞬間、女ものの香水の匂いが鼻と口の中に入ってきて堪らず噎せた。
「な、なにすんだよ」
「今日寒いらしいから貸してやる。優しいだろ?」
優しいやつは自分で優しいだろ?とか言わない。というか、そもそも宋都サイズが俺に合うわけがないのだ。
あまりにもみすぼらしい姿に自分で悲しくなりそうだし――いや、ちがう、俺の趣味ではないので「いらない、俺自分のあるし」と断ろうとしたが、俺が脱ぐよりも先にそのまま宋都に腕を掴まれる。
「んじゃ、行ってきまーす」
「お、おい……!」
いつものパターンだ。俺の話を最後まで聞かず、宋都は人の腕を掴んだまま玄関で靴を履き替えるのだ。
こうなったら逃げる術はなさそうだ。俺も慌てて靴に履き替え、そして宋都に引っ張られるがまま慈光家を後にすることとなった。
「どういうつもりだよ、宋都」
「どういうつもりって、なにが」
「だから……これもだし、それも」
宋都に掴まれたままの手、そしてやつに着せられた上着に目を向ける。俺の言葉に、やつは手を繋いだままだったということを思い出したようだ。「あー」と声を漏らしたあと、あっさりと手を離した宋都にほっとするよりも先に、今度はそのまま肩に腕を回されるのだ。
「ちょ、お、重い……っ」
「いーだろ? 別に」
なにがいいんだ、人を丁度良い肘おきかなにかと思ってるのだろう。そのまま宋都は行き先も告げず歩き出すのだ。
そんなやつに背中を押されながら、俺は渋々その後をついていくことになる。
宋都はといえば、登校する服装でも無けりゃ駅に向かってるわけでもない。
けれど、向かう先は俺にとっては見慣れた通学路に近付いているのがわかった。
――俺を学校まで連れて行くつもりか?
「なあ……学校だったら、別に一人でも大丈夫だ」
そう声を掛ければ、人の話を聞いているのか聞いていないのかスマホを取り出した宋都は「あーはいはい」とそれを操作しながら適当に相槌を打ってくる。こいつのこういう態度は珍しいことではないのでもういまさらムカつきはしない。
けれどもだ。
「……もしかして、燕斗と喧嘩したのとなんか関係あんの? これ」
お前がこんなことすんのは、と尋ねれば、宋都がこちらへと視線を向ける。
睨む、というよりも見下されてるという形だ。そのほんの一瞬、空気がぴりつくのを肌で感じる。
またこいつの逆鱗に触れるようなことを言ってしまったのだろうか、とはっとしたとき、「みーかーもー」と俺の肩を抱いていた宋都の大きな手に頭を掴まれた。そしてそのままぐしゃぐしゃに髪を掻き回されるのだ。
「う、や、やめろってば……っせっかくセットしたのに……っ!」
「ふ、は! セットって、櫛で梳かしただけだろ! つうか、お前が髪型とか気にすんなよ。色気付いてんのか?」
「う、ばか、やめろ……っ!」
わしゃわしゃわしゃわしゃと好き勝手髪を乱され、目が回りそうになる。
そういう問題じゃないだろ、と慌てて宋都の手を振り払おうとしたとき。そのままぱしんと手首を掴み上げられるのだ。
そして、宋都と真正面から視線がぶつかる。やつの顔にはいつもの底意地の悪い笑顔が浮かんでいた。
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「ど……ッ!」
「じゃ、気になるやつもいねえのか」
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「あ?」
「お前、秘密って言っても言い触らすだろ!」
「じゃあいんのか?」
指摘され、うぐ、とつい言葉に詰まりそうになってしまう。なんでこういうときばっか鋭いんだよ、こいつ。
「い、いないけど……! も、もしできても教えないって言ってんだよ」
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「な、なんだよ……」
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「つーかこの辺歩くの久しぶりだわ」
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「あー? んだよその言い方。お前が体調悪いっつーから人が心配してやってんのに」
「……は?」
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「ばっ、……大きい声でなに言ってんだよ……っ!」
慌てて「むぐ」と宋都の口を塞げば、そのままべろりと掌を舐められ「ひいっ」と情けない声が出てしまう。なんだこいつ、と慌てて手を引っ込めようとすれば、逆に手首を掴んだままところ構わず掌から指の付け根の間までれろりと舌先を這わせる宋都に凍りついた。
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「なんだ? 舐めてほしかったんじゃねえのか」
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「は? ……なに? お前もあいつの味方すんのかよ」
う、まずい。嫌な予感がひしひしとする。
「さ、宋都……今のは、その……っ」
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「う、い、痛い……っ! 叩くなよ……っ!」
「悪い悪い、つか美甘が弱すぎんのが悪いんだろ」
「う゛!」
よろめいたところ、ばちん!と思いっきりケツを叩かれてその震動に全身が震えた。
こ、こいつ、まじで信じられねえ。
痛み諸々で涙が滲むのを見て、宋都は「そんなに痛かねえだろ、大袈裟なやつ」と笑うのだ。
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「みーかーも、泣くなよ」
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「あー? なに言ってんだ?」
「さ、宋都も学校行けよ、ほら……」
もう一緒にいたくない、これ以上朝っぱらから乱暴な真似はされたくなかった。
その一心で宋都の腕から抜け出そうとするが、肩を抱いたままの手は一切緩まない。それどころか、肩から背中、そして腰まで降りてきた宋都の手に強く抱き寄せられ、ぎょっとした。
人通りだってある道だ。恋人かなにかみたいに――いや、周りからはただ俺が宋都に絡まれてるだけに見えてるのかもしれない。それでもオーバーサイズの上着の下、そのまま遠慮なくケツを鷲掴みにしてくる宋都に息を飲んだ。
「な、に……っ、おい……っ」
「ヒスんなよ、美甘」
「ひ、すってなんか……っ、ん、ゃ、やめろ、誰かに見られたら……っ」
「別に何もしてねえだろ」
「……っぅ、くひ……っ!」
指の痕が残りそうな程強い力で尻たぶを抓られ、堪らず立ち止まりそうになる。かと思えば、今度は布越しにケツの割れ目をすりすりと撫でながら宋都は俺の耳元で「止まんな」と無茶囁いてくるのだ。
「歩けよ、美甘。それとも、やっぱり俺とサボるか?」
――こいつは本当に、とんでもない自己中野郎だ。
ほんの少しでも気遣ってくれたのだと思った俺が馬鹿だった。背後に立った宋都に硬くなり始めていた性器をケツの辺りに押し付けられ、強い目眩を覚えた。
最初からそのつもりだったのではないか、そう俺は宋都を睨みつけたかったがそれは敵わなかった。
「十秒以内に返事しねえと、このままここで犯すぞ」
俺にだけ聞こえる声で囁かれる言葉に全身から血の気が引いた。
やはり、こいつに一度でも好き勝手ヤラせたのは間違いだったのだ。笑いながら、それでも全く冗談に聞こえないその言葉に俺はただ青ざめた。
「きゅー、はーち」
「っ、わ、かったから」
「……ろーく、ごー」
「さ、サボるから……このまま……っ」
「だから、手……離して……っ」弄ぶように尻の穴を広げていた宋都の手を後ろ手に掴めば、宋都はカウントダウンを止めた。そしてその代わり、その口元に凶悪な笑みを浮かべたのだ。
「よし、決まりな」
――もしかしなくても、俺はまた選択肢を間違えたのかもしれない。
今更後悔したところで、なにもかもが手遅れだった。
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