上 下
54 / 55
ハルベル・フォレメクという男

17

しおりを挟む

 ◇ ◇ ◇


「ユーノ、例の物は?」
「預かってる」
「あー、これかぁ。リシェス君から貰った手帳なんて羨ましいなぁ、僕も特注してもらおうかな。……はは、すっごいすっごい。能無しNPCのくせに頑張って書いてんじゃん」

 ハルベル・フォレメクの手帳を手に、適当なページを開く。
 汚い文字は日本語ですらないが、大方『大好きなリシェス様』と僕への悪口ばかり書かれてるのだろう。それと、アンフェール君とかかな。

 朝焼けの空が射し込むリシェス君の部屋の中、床の上で気絶したハルベル君を見下ろす。起き上がる様子もない。だってそうだろう、その後頭部から溢れる血の量はいくらフィクションの世界の住人だとしても致死量だ。

 それに、今回はただの肉体的な死とは違う。たった一枚のスチルの死ではない。

「これでハルベル君のデータのリセットは完了かな。……リシェス君ならまだしも、こいつに時間取られたのは面倒だったな。けど、こんなバグ放っておいたら後々邪魔だから仕方ないよね」
「アンリ」
「うん、分かってるよ。後はこの世界をやり直すことで完全にハルベル君が初期化される。……ユーノ、君を作ってて良かったよ。僕は時間管理が不得意だから」
「……」

 ゲーム内の不具合を自動で感知し、異変を取り除く自律型AI。まだまだ不具合は多いが、今のところ進行不可なほどの不具合は起きていない。

 ここに来るまでの道程は大変だった。
 ハルベル・フォレメクにこれ以上他の世界の記憶を保有されてしまえばと思うとぞっとしない。
 この世界はリシェス君と僕だけではならない。
 もしハルベル君とリシェス君が記憶を共有することに気付いて対策を練られてしまえば、それこそこの世界ごと削除しなければならなくなってしまう。
 それだけは避けなければならない。だから、リシェス君を殺す前にハルベル君だけをこの世界でループさせる必要があった。

 多少手荒な真似は使ったが、どうせこの世界は使い捨てる予定だった。これ以上あいつの自己を肥大させては危険だ。
 直接データを改竄した。既存キャラの削除とは訳が違う。リシェス君に異変を悟られないようなバランスを保つのは骨が折れたが、結果的には勝手に自滅してくれたようで助かった。

 リシェス君の部屋に仕掛けたハルベル・フォレメク専用の修正パッチは無事働いてくれたようだ。その結果どうなったかは知らないが、お陰で簡単にフリーズしてくれたし。

 蛻の殻となったリシェス君の寝室、その枕元に置かれた香油を嗅ぐ。僕からすれば無味無臭のただの半透明の液体が入った小瓶ではあるが、異常を来しているバグ元にとっては更にそれを深刻化させる効果がある。……即席で作ったプログラムだっただけに効能には不安があったが、よかった。

 あとは自立したハルベル・フォレメクをこの世界に残したまま終える。そうすることで不安要素は取り除かれる。

「誰かが来る」そういうユーノに「わかったよ」とだけ答え、手にしていたハルベル君の手帳をポケットに仕舞う。

 リシェス君だろうな。彼は優しいからきっとハルベル君の死体を見つけたら苦しむに違いない。そう考えたら多少胸は痛んだが、そんな必要はないのだと教えてやりたかった。

 あの男は僕が介入するまでもなくリシェス君を目で追っていた。薄汚い欲望を抱えているくせに、まるで自分は違うとでも言うかのような顔をしてリシェス君の隣に立っていたのかと思うとひたすら吐き気を覚えた。

「ああ、早く……早くリシェス君をあの変態執事から解放させてあげなきゃ……」

 ユーノから受け取った手斧を手に、僕はリシェス君をこの世界から救い出すために一度リシェス君の部屋を出た。


 ◇ ◇ ◇

しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

毒/同級生×同級生/オメガバース(α×β)

ハタセ
BL
βに強い執着を向けるαと、そんなαから「俺はお前の運命にはなれない」と言って逃げようとするβのオメガバースのお話です。

ヤンデレ執着系イケメンのターゲットな訳ですが

街の頑張り屋さん
BL
執着系イケメンのターゲットな僕がなんとか逃げようとするも逃げられない そんなお話です

変なαとΩに両脇を包囲されたβが、色々奪われながら頑張る話

ベポ田
BL
ヒトの性別が、雄と雌、さらにα、β、Ωの三種類のバース性に分類される世界。総人口の僅か5%しか存在しないαとΩは、フェロモンの分泌器官・受容体の発達度合いで、さらにI型、II型、Ⅲ型に分類される。 βである主人公・九条博人の通う私立帝高校高校は、αやΩ、さらにI型、II型が多く所属する伝統ある名門校だった。 そんな魔境のなかで、変なI型αとII型Ωに理不尽に執着されては、色々な物を奪われ、手に入れながら頑張る不憫なβの話。 イベントにて頒布予定の合同誌サンプルです。 3部構成のうち、1部まで公開予定です。 イラストは、漫画・イラスト担当のいぽいぽさんが描いたものです。 最新はTwitterに掲載しています。

初心者オメガは執着アルファの腕のなか

深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。 オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。 オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。 穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。

オメガ転生。

BL
残業三昧でヘトヘトになりながらの帰宅途中。乗り合わせたバスがまさかのトンネル内の火災事故に遭ってしまう。 そして………… 気がつけば、男児の姿に… 双子の妹は、まさかの悪役令嬢?それって一家破滅フラグだよね! 破滅回避の奮闘劇の幕開けだ!!

魔力ゼロの無能オメガのはずが嫁ぎ先の氷狼騎士団長に執着溺愛されて逃げられません!

松原硝子
BL
これは魔法とバース性のある異世界でのおはなし――。 15歳の魔力&バース判定で、神官から「魔力のほとんどないオメガ」と言い渡されたエリス・ラムズデール。 その途端、それまで可愛がってくれた両親や兄弟から「無能」「家の恥」と罵られて使用人のように扱われ、虐げられる生活を送ることに。 そんな中、エリスが21歳を迎える年に隣国の軍事大国ベリンガム帝国のヴァンダービルト公爵家の令息とアイルズベリー王国のラムズデール家の婚姻の話が持ち上がる。 だがヴァンダービルト公爵家の令息レヴィはベリンガム帝国の軍事のトップにしてその冷酷さと恐ろしいほどの頭脳から常勝の氷の狼と恐れられる騎士団長。しかもレヴィは戦場や公的な場でも常に顔をマスクで覆っているため、「傷で顔が崩れている」「二目と見ることができないほど醜い」という恐ろしい噂の持ち主だった。 そんな恐ろしい相手に子どもを嫁がせるわけにはいかない。ラムズデール公爵夫妻は無能のオメガであるエリスを差し出すことに決める。 「自分の使い道があるなら嬉しい」と考え、婚姻を大人しく受け入れたエリスだが、ベリンガム帝国へ嫁ぐ1週間前に階段から転げ落ち、前世――23年前に大陸の大戦で命を落とした帝国の第五王子、アラン・ベリンガムとしての記憶――を取り戻す。 前世では戦いに明け暮れ、今世では虐げられて生きてきたエリスは前世の祖国で平和でのんびりした幸せな人生を手に入れることを目標にする。 だが結婚相手のレヴィには驚きの秘密があった――!? 「きみとの結婚は数年で解消する。俺には心に決めた人がいるから」 初めて顔を合わせた日にレヴィにそう言い渡されたエリスは彼の「心に決めた人」を知り、自分の正体を知られてはいけないと誓うのだが……!? 銀髪×碧眼(33歳)の超絶美形の執着騎士団長に気が強いけど鈍感なピンク髪×蜂蜜色の目(20歳)が執着されて溺愛されるお話です。

あなたが愛してくれたから

水無瀬 蒼
BL
溺愛α×β(→Ω) 独自設定あり ◇◇◇◇◇◇ Ωの名門・加賀美に産まれたβの優斗。 Ωに産まれなかったため、出来損ない、役立たずと言われて育ってきた。 そんな優斗に告白してきたのは、Kコーポレーションの御曹司・αの如月樹。 Ωに産まれなかった優斗は、幼い頃から母にΩになるようにホルモン剤を投与されてきた。 しかし、優斗はΩになることはなかったし、出来損ないでもβで良いと思っていた。 だが、樹と付き合うようになり、愛情を注がれるようになってからΩになりたいと思うようになった。 そしてダメ元で試した結果、βから後天性Ωに。 これで、樹と幸せに暮らせると思っていたが…… ◇◇◇◇◇◇

大嫌いだったアイツの子なんか絶対に身籠りません!

みづき
BL
国王の妾の子として、宮廷の片隅で母親とひっそりと暮らしていたユズハ。宮廷ではオメガの子だからと『下層の子』と蔑まれ、次期国王の子であるアサギからはしょっちゅういたずらをされていて、ユズハは大嫌いだった。 そんなある日、国王交代のタイミングで宮廷を追い出されたユズハ。娼館のスタッフとして働いていたが、十八歳になり、男娼となる。 初めての夜、客として現れたのは、幼い頃大嫌いだったアサギ、しかも「俺の子を孕め」なんて言ってきて――絶対に嫌! と思うユズハだが…… 架空の近未来世界を舞台にした、再会から始まるオメガバースです。

処理中です...